第2話:鉄塊を杖に持ち替えたい男、聖なる光に射抜かれる
第三十歳、魔法使いになれませんでした。
そんな男が、異世界で再チャレンジするお話です。
今回は文字が読めない問題と、教会デビュー回。
まだ光は出ません。まだ奇跡も起きません。
出るのは汗とインクと、ほんの少しの決意です。
ゆるく読んでいただければ嬉しいです。
依頼板の前で、マグナスは三分間、微動だにしなかった。
「……」
「おい、寝てんのか?」
隣の荒くれが肩をどつく。
「読めねえ」
「は?」
「読めねえ」
沈黙。
「……今さら?」
慎二の心が、静かに崩れ落ちる。
(ラノベ三千冊読破の俺が……今は一文字も読めねえ……!)
羊皮紙に並ぶ文字は、呪文どころか、ただの模様だ。
「いつもどうやって依頼受けてんだよ」
「受付の嬢ちゃんに聞きゃいいだろ。文字なんざ飾りだ、飾り!」
ギャハハ、と笑い声。
慎二は悟った。
(ここでは、読めない奴は一生“使われる側”だ……)
そのとき、受付の少女が冷ややかに言った。
「文字を習いたいなら教会へどうぞ。寄付金を積めば、暇な神官様が“野蛮人”にも教えてくれるわ」
野蛮人。
その単語が、妙に刺さった。
⸻
■教会
街外れの白い建物。
慎二は銀貨を握りしめる。
(ここから俺の魔法使い人生が始まる……! 美少女シスターが優しく手取り足取り……)
扉が開く。
出てきたのは、熊。
いや、熊のような中年神官だった。
「……何用だ」
「も、文字を……」
「懺悔か?」
「違います」
「喧嘩か?」
「違います」
「なら座れ」
美少女はいなかった。
夢は早くも一つ潰えた。
⸻
■地獄の文字講座
「これは“A”だ」
「……あ」
「違う。逆だ」
「え?」
「それは呪詛だ」
「!?」
「嘘だ」
慎二は震える手で羽根ペンを握る。
丸太のような腕で、小さな文字を書く。
インクが飛ぶ。
紙が破れる。
神官がため息をつく。
「お前、剣は振れるのにな」
「……あっちは得意なんで」
「こっちは?」
「苦手です」
即答だった。
⸻
■そのとき
扉が勢いよく開いた。
「助けてくれ! 魔物に襲われた!」
血まみれの商人が運び込まれる。
空気が変わる。
奥から、一人のシスターが現れた。
慎二は、反射的に背筋を伸ばした。
(きた……!)
彼女が目を閉じる。
そして、声が落ちる。
「――天上に座す至高の理、光の神が慈悲をここに。
暁を司る十二の精霊よ、銀の翼を広げ、
泥濘なる現世へ降り立ちたまえ。
清冽たる奇跡の雫をもって、
欠けし命の器を今一度、黄金の輝きで満たさんことを……」
教会の雑音が消える。
言葉が空気を洗う。
彼女の指先から、光が零れる。
商人の傷が、静かに閉じていく。
慎二は、息を忘れていた。
(……これだ)
酒場で笑われる音じゃない。
剣がぶつかる音でもない。
世界が静かに変わる音。
(俺は、あっち側に立ちたい)
無精髭も、傷だらけの鼻も、今はどうでもいい。
あの詠唱を、あの光を、自分の手で。
⸻
「……おい」
神官の声。
「鼻の下が伸びすぎだ」
「……はい」
「それと」
神官は慎二の手元を見る。
「一文字も進んでいないぞ」
沈黙。
慎二はゆっくりと紙を見る。
ぐしゃぐしゃの“A”。
インクまみれ。
彼は、もう一度ペンを握った。
「読めなきゃ、あそこに立てない」
神官が片眉を上げる。
「……本気か?」
慎二は、うなずいた。
その瞬間。
神官の目が、わずかに細まる。
「……妙だな」
「何がですか?」
「いや。気のせいか」
慎二は気づかない。
だが、その背に、ほんの微かな温もりが宿っていたことを。
まだ光は出ない。
まだ奇跡は起きない。
ただ――
一文字、書けた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ようやく“詠唱”が登場しましたが、
主人公はまだ一文字レベルです。
遠回りでも、言葉から積み上げる男を書いていきます。
次回は、祈りが“憧れ”で終わらない展開へ。
引き続き見守っていただけると嬉しいです。




