08 私がヒロインなのよ!
ダンス披露会は、授業の一環であり、パーティーではない。
だから、多くの生徒は制服での参加となる。
だが、熱々カップルだったり、卒業と同時に婚約者と結婚が決まったりすると、それを周囲に伝えるために、お揃いのドレスと礼装で参加する生徒もいる。
ヘリアンは今まで目立たないように、制服で参加していた。
しかも、レミージョとの待ち合わせ場所は、披露会の会場になる講堂裏手。
そして、そっと会場に入りダンスを踊るのだが、ダンスが苦手なヘリアンは、講堂の隅っこで一曲踊ると、そそくさと逃げるように立ち去っていた。
まあ、すぐにミアや、他の女子生徒がレミージョめがけて押し寄せるから、それに合わせて逃げていたのだが・・。
しかし、今回はレミージョがダンス披露会の前から、衣装の打ち合わせといっては有名な仕立て屋にヘリアンを伴って生地から選ぶ気合いの入れようだ。
「今回も制服で・・」と言うヘリアンに、「俺にドレス姿を見せてはくれないの?」とシュンとするレミージョに、悲しそうな顔でお願いされては、さすがに断れなかったのだ。
ドレスのデザインはヘリアンの好きなものを選ばせてくれたが、色は青色のドレスと刺繍は銀色で!とそこはレミージョが譲らない。
自分のトレードマークの色を着せる気満々なのだ。
出来上がりのデザイン画を見て、レミージョは大満足のようだった。
数日後・・。
レミージョがわざわざ出来上がったドレスを届けてくれたので、家族の前で広げて見せると、ヘリアンの家族は数秒沈黙し、その後、暖かい眼差しになった。
ドレスの色はレミージョの青色の髪と同じ色。そして、ドレスに刺繍された大輪の花の色は銀色で、施されたスパンコールも勿論、銀色。
彼のグレーの瞳に合わせたのだと、誰がどう見ても一瞬で分かる。
レミージョはそれを着たヘリアンを想像しているのか、「早くこのドレスを着たヘリアンを、皆に見せたいな」と、うっとりした眼差しを彼女に向けていた。
侍女たちが何とも言えない表情で二人を見て、にまにまと微笑んでいる。
その顔を見るとヘリアンの冷や汗が止まらない。
だが、冷や汗どころか、滝汗になることが起きる。
叫びたくなるようなことを、レミージョがいる前で、家族に暴露されたのだ。
「レミージョ様、娘のためにわざわざドレスを届けてくださってありがとうございます」
「いえ、私がヘリアンに、このドレスを一刻も早く見てもらいたかったものですから・・」
レミージョは本当に嬉しそうだ。
そのレミージョの前で兄が一言。
「良かったなあ、ヘリアン。あれだけ、『レミージョ様が大好き』って叫んでいたから、神様も望みを叶えてくださったんだよ」
「え?」
ヘリアンが凍りつく。
レミージョが顔一杯の驚きの表情で、横に座っているヘリアンを覗き込んでくる。
更に、家族も侍女も口々にいうのだ。
「ええ、そうですわ! お嬢様の『レミージョ様が大好き!』が始まると、私たちもお嬢様の願いが叶いますよう一緒にお祈りしていたんです」
「ううっ・・?」
ヘリアンは小さく呻く。だが、家族からの攻撃はまだ続くのだ。
父が・・。
「レミージョ様が大好き! がもう聞くことができないのは寂しいが、想いが届いたことは本当に嬉しいぞ!」
「・・・」
ヘリアンは倒れそうだった。
皆に聞かれていたなんて・・。
そりゃそうだ。防音設備のない部屋で叫んでいたら、丸聞こえである。
それを聞かされたレミージョは、瞳をキラキラ輝かせて、愛おしそうにヘリアンを見つめてくる。
穴があったら入りたい・・ついでに誰か蓋をして!と思ったが、レミージョの言葉に救われた。
「じゃあ、これからは私も叫びます。『ヘリアンが大好きだ!』って」
顔を見合わせ、笑い合う二人にアイデ伯爵家は幸せ色になった。
◇□ ◇□
そして、訪れたダンス披露会当日。
ミアがレミージョをダンスのパートナーにしようと探している中、レミージョが講堂に現れた。
礼装の美男子に、講堂の女子の生徒が悲鳴に近い黄色い声をあげる。
今までレミージョはヘリアンに合わせて、制服での参加だった。その彼が礼装で現れたのだ。
女子の視線が集中する。
「キャー!素敵!」
「レミージョ様!」
だが、すぐに止む。
その隣には、青い布地に見事な銀色の刺繍のドレスの女性がいたからだ。
その女性の佇まいは、優雅で洗練されていて、生徒たちから称賛の声が上がる。
ミアはその女性が誰なのか、全く分からなかった。
しばらくしてから、ミアはその女性がヘリアンだと気がつくと、慌てて近寄り文句を言う。
「ヘリアン様、あなた性懲りもなく、またレミージョ様につきまとって! 彼が困っているのがまだ分からないの?」
ミアは自分と踊るためにレミージョが、わざわざ礼装をしてきたというのに、ヘリアンが婚約者の立場を利用して隣にいるのだと思っているのだ。
だが、ミアは推しであるレミージョから冷たい声で、拒絶される。
「愛しいヘリアンに近づくな! おまえが俺のヘリアンに嘘を言い続けたこと、絶対に許さないぞ。二度と俺と俺の女神のヘリアンに近づくな!」
ミアはレミージョが言ってる言葉がしばらく理解できなかった。
「え? 私がヒロインなのに? ヘリアンを選ぶなんてあり得ない!」
絶叫するミアを無視して、レミージョはとろけるような笑顔をヘリアンに向けると、講堂の一番真ん中につれていき、まるで見せつけるかのようにダンスを踊りだした。
会場中が大絶賛する優雅なダンスだった。
がっちりした体格のレミージョがしっかりリードすると、ヘリアンの優雅で軽やかなステップは妖精のようである。
しかも二人は映画のワンシーンのように、スポットライトを浴びていて、まるで本当の主人公のようだった。
それを見て、唇を噛むミア。
「主人公は私なのに! 私を選ばないレミージョなんてもう要らないわ。ヘリアンも今に見てなさい。おまえたちよりずっと上の身分の男を捕まえて土下座させてやる」
そう言うと、次のターゲットである、この国の第一王子ハラル・ストランを見て笑う。
「思い知らせてやるわ。私がヒロインなのよ!」
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