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07 「行きなさい!!」


ヘリアンの学校生活は、最近では良いこと尽くしだった。


これも悠里の助言のお陰である。

屋敷では、侍女たちが毎日せっせと髪型を研究したり、メイクを変えてみたりと綺麗に仕上げてくれる。


なぜか異様に侍女たちが張り切っていて、美容の研究にどんどんと熱心になっているのだ。

そして、毎回セットが終わると、とても褒めてくれる。

「ヘリアンお嬢様、すっごくお綺麗です!」や「誰が見ても一番です!」などなど。


自分じゃないような気がするときもあるが、髪型やメイクを変えるだけで自信になり、悠里に言われた背筋も、自然にピーンと伸びるのだ。


学校に着けば、悠里に言われた通り微笑みを絶やさず、ようやくできた友達とも、仲良く自分の意見を言うことで、今までにない良い状況になっている。


ミアが突っかかってくることもなくなった。

何度か来たが、その度に悠里の言われたことを繰り返したのだ。

悠里曰く

『図々しい奴は付け上がる。思い通りにした記憶をミアに蓄積させるだけで、ヘリアンさんには何もいいことがない。そして、ミアには勝ち癖がつき、あなたには負け癖がつく』そうだ。

そして、強く何度も繰り返し、ヘリアンに伝える。

『だから、言い返せなくても、とにかく堂々としてなさい!』


だから、ヘリアンは頑張った。


ミアが向こうから大きな顔をしてやってくると、いつもは俯いていたヘリアンが、じっと前を見たまま、ミアのニヤついた顔を見つめ返す。


そして、いつものように『レミージョ様があなたという婚約者がいるせいで、辛い思いをしていると言っていたわ』と自信ありげに言うのを、まっすぐ目を逸らさずに聞いている。

今までは逃げるか、『ごめんなさい』と泣いて謝っていたが、それは絶対にしてはならぬと悠里に言われたので堪え、微笑みながら聞くのだ。


そして、言い終わったミアに『では、レミージョ様にそれを私に直接言いに来てくださるようにおっしゃってください』と背筋を伸ばしたまま言う。


背筋を伸ばして気がついたが、ミアはヘリアンより背が低く、見下ろせるのだと思うと、さらに気合いがはいった。


これを繰り返していると、ミアが突撃する頻度は極端に減ったのだ。

今では、なぜミアと取り巻きから、あんなに逃げていたのか、本当に不思議でならなかった。


もう、肩身の狭い学校生活ではない。

だから、悠里の宿題は全力で取り組みたい!と思っていたのだが・・。

今日は前の学校生活に戻ったようにおどおどしている。


それは、悠里の宿題のせいだ。

「あ、レミージョ様がいらっしゃる・・声をかけないと・・でも、心臓が飛び出しそう・・む、無理」


悠里からレミージョに声をかけて、ダンスの練習をお願いをしてこい!と無茶振りされたが、ヘリアンは勇気がでない。


いや、無茶振りではない。むしろ。普通の婚約者同士なら、よくある会話である。

学校の廊下を歩いていると、何度も遠くを歩くレミージョを見たが、回れ右して、全速力で走り去ってしまった。


「分かっています、ユーリ様。話し掛けようと思うのですが、体が勝手にレミージョ様とは反対の方向に動くのです」

誰もいない廊下で、見ているかも知れない悠里に、何度も言い訳をしてしまうヘリアン。


深呼吸して、今度こそ!とレミージョのクラスに向かっていたが、勢いがあったのはレミージョのクラスの隣の教室までだった。

近くになると大ブレーキで、ピタッとと立ち止まってしまう。

すると、レミージョが運悪く?運良く?教室から出てきて、久しぶりに真正面で目が合う。


ヘリアンは一言も発せず、操り人形ばりにかくかくした動きのまま、踵を返して再び、逃げてしまった。

そのまま廊下を突き進み、闇雲に廊下を曲がったり進んだりを繰り返した結果、行き止まりに。


そこに、追いかけるようにレミージョが来てしまった。

逃げ道がなくなり、いざレミージョと対面すると、やはり言葉が出ない。

気まずい雰囲気が流れる。レミージョが、それを察しヘリアンに言葉をかけた。


「ごめん、君が俺を避けていることは知ってたのだが、つい追いかけてしまった。ハハ・・これじゃ、ストーカーだよな」


レミージョが追いかけて来てくれるなんて!と嬉しかった。

だが、やっぱり声が出ない。緊張で気持ちも首も力尽き、ヘリアンはいつものように項垂れる。

そんな彼女を見て、謝罪するレミージョ。


「ごめん、困らせたね。じゃあ・・」

元来た廊下を引き返し、去っていくレミージョ。

なぜか寂しそうに見える彼を、追いかけることもできないヘリアン。

呆然と見送っていると、彼女の背中を誰かが思いっきり押した。

「きゃー」

レミージョの背中にヘリアンは顔から突っ込んだ。

びっくりして振り返るレミージョ。

グレーの瞳が優しげにヘリアンを見ている。

「大丈夫? 怪我はない?」


頷くヘリアン。

今、ここで伝えないと二度とこんなチャンスはないと思えた。

勇気を振り絞り、顔を上げるヘリアン。


心配そうに見つめるにレミージョに、ヘリアンは震える声でダンスの練習のことを伝える。


「レレレ、レ、レミージョ様! わ、私とダンスの練習をしていただきたいのですが、お時間がよろしいときにお願いできますでしょうか? あ、でも・・ もし、レミージョ様がお忙しいなら、こ、このお話は聞かなかったことにしてください。でもでも・・でも、もし10分・・いえ、5分でもございましたらお願いしたいのでございますです。そ、そ、その・・お時間があっても、私と練習することがお嫌なら、全然お断りしていただいても構いません。ですがー」


「もちろん いいよ! 俺も誘いたかったんだ。ずっと・・。でも言えなくて。本当に嬉しいよ!」


ヘリアンが顔を上げると、そこには、顔を真っ赤にしながらも満面の笑みのレミージョがいた。

普段の学校生活で見たことのない笑顔だった。


ぼーと見惚れていたら、次は抱きつかれてしまう。

「ヘリアンが好きすぎて、でも、距離が分からなくて・・。近づこうと頑張れば去られるから、もう婚約破棄されるんじゃないかって、怯えてたんだ。それに、このところヘリアンがどんどん綺麗になっていくし、焦ってしまって・・本当に良かった!」


「でも、ミア様が・・」

ミアの名前を出した途端、レミージョは急にうんざりした口調で、今まであった面倒臭かったあれこれを話してくれた。


「はー・・。見ていたらわかるだろ?あのしつこさ! 何度追い払っても腕をとる厚かましさ。威嚇しても取り巻き連中たちと黄色い声ですり寄ってくるんだ・・。あれは前世はコバエだな」


レミージョのミアへの気持ちを、初めて知って驚く。そして、今までミアから聞かされていたことを、ポツリと口に出してしまう。

「え? じゃあ、レミージョ様が私と別れたがっているって言っていたのは・・?」


レミージョが抱き締めていたヘリアンの体を離し、わなわなと震えながら、地響きのような低い声で彼女に尋ねた。

「それは、ミアがヘリアンに言ったのか?」


ヘリアンが頷くと、レミージョが瞳孔を開きっぱなしの瞳で更に問う。


「もしかして、それで俺と距離をとっていたのだろうか?」


頷いたら、ミアが終了する。だが、嘘はつけない。

ヘリアンは怯えながら、コクンと頷く。


レミージョが再びヘリアンを抱き締め、耳元で囁くように告げた。

「もう、絶対に離さないし、不安にさせないようにする。誰が何を言っても俺だけを信じてほしい」


抱き締められているので、ヘリアンは頷けない。

「はい」

ヘリアンの返事が耳元で聞こえると、レミージョの体がピクリと動き、呟きが漏れた。

「かわいい・・離したくない・・」


その言葉を夢ではないだろうかと、夢心地になりつつ、ヘリアンはこの状況になる前に、背中を思いっきり押されたことを思い出していた。


あのとき、確かに悠里の声がはっきりと聞こえたのだ。

『行きなさい!!』と・・。



今日も読んでいただき感謝です!

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