06 今度の宿題は・・
悠里は鏡を持ち歩くようになった。
以前は見かけを気にしないあまり、メイク担当の実留に、たまには鏡を見なさいと怒られていたのに、頻繁に鏡を覗くようになると、今度は不審がられている。
「悠里さんたら・・もしかして・・恋しちゃったの?」
実留が恐る恐る尋ねる。
「違うわよ。鏡の中に・・えっと・・違う自分を見ているの」
悠里の言葉に、ピクリと反応する実留。
「それ、レンナン・ノバラの『十人の笑う女』の台詞でしょう。あの舞台は最高だったわ」
上手く騙せたと思ったが、実留の熱い長話を延々と聞かされることになったのは予想外の事態だった。
悠里が鏡で見ているのは、ヘリアンが頑張る姿だ。
つい気になって、実留がいる横でも見てしまう。
「そろそろね。体幹は鍛えられたようだし、あとはステップを教えるだけ。うふふ、待っていなさいミア! それに婚約者レミージョ! あなたたちに生まれ変わったヘリアンを見せてあげるわ! 今さらその姿に、ヘリアンがいいと後悔したって遅いのよ!レミージョよ! わははは」
立ち上がって叫んでしまった。
実留が悠里に聞く。
「それ、どの舞台の台詞なの?」
「ま、まだ先の・・再来年だったかしら・・?」
危なかった。つい見返してやりたくて、力が入ってしまい声が出た。
出ていたレベルではなく、叫んでいたのだが・・。
情報がヘリアンからしか聞かされていない悠里は、レミージョのことを勘違いしていた。
レミージョは決してヘリアンから離れようとしていたのではない。
一途に思っているのは、レミージョの方かも知れないのだ。
そんなこととは露知らず、レミージョとミアを見返すために、今日から帰宅後ヘリアンにダンスのレッスンをつけようと、急ぎ自宅に帰ったのだった。
◇□ ◇□
ダンスレッスンは困難を極めた。
実は悠里、ダンスは得意で体が覚えてしまいすぐに踊れるのだが、それを言葉にして伝えるのが非常に下手なのだ。
「ヘリアンさん、その右足の移動の時にグンっとしてちょうだい」
「グンっととは・・どういった動きなのでしょうか?」
感覚で伝えようとするので、うまく伝わらない。
そして、ヘリアンは体を動かすことに慣れていないために、どうも動きが変なのだ。
優雅な動きのはずが、なぜか盆踊りのように見える。
ヘリアンは見様見真似ができる器用さを持ち合わせていない。
そして、悠里は天才肌ゆえの教え下手。
壊滅的な二人によって、時間ばかりが過ぎていく。
「ヘリアンさん。あなたのそのダンスの披露会はいつでしたっけ?」
「あと、一週間になりました・・」
「ま、まずいわね・・」
焦った悠里が部屋の中をぐるぐる回りだした。その時、うっかり片付け忘れた酒瓶を踏んでしまって、テレビに向かって転んでしまう。
けがをする!と思ったが、そのままヘリアンの部屋の中にダイブ。
悠里が振り返ると、今までいた部屋が鏡越しに見えている。
「あらやだ! こっちの部屋から見ると、私の部屋って乱雑に見えるわ。帰ったら片付けをしないとね」
呑気なことを言っていたが、隣のヘリアンは腰を抜かしてあわあわしている。しかし、悠里はお構い無しに自己紹介。
「あら、ヘリアンさん。いつも会っているのに、初めましての気分だわ。どうぞ、よろしくね」
「は、はい。こちらこそご指導よろしくお願いします」
悠里が落ち着いているので、ヘリアンも冷静になれた。
「時間もないんだし、ダンスのレッスンを始めるわよ」
そう言うと、悠里はヘリアンの手をとり、腰に手をやる。
すると、なぜか再びヘリアンがおどおどしだした。
「どうしたの? 私が男役をするからあなたをリードするわよ。だから安心して」
「すみません、悠里さんは背が高いのですね。立ち方もかっこよくて、女性だと分かっていても、ドキドキしてしまいます」
顔を赤くするヘリアンに悠里は納得した。
「私、昔男役をやっていて多くの女性を虜にした経験を持っているわ。だから、あなたの感覚は間違っていないかも」
悪戯っぽく笑う悠里に、胸がキュンとなるヘリアン。
慌てて首を振って、いつもの言葉を呪文のように使う。
「私はレミージョ様が大好き!私はレミージョ様が大好き」
そう言うと、再び落ち着きを取り戻せたのだった。
悠里が手取り足取りのレッスンをした結果、二時間で格段に上手くなった。
「一緒に踊っていただけると、とても分かり易いです」
ヘリアンの体の動かし方や、足の運びなど随分と良くなった。
「私も明日は仕事だし、あなたも学校でしょ。そろそろ戻ることにするわね」
悠里は躊躇することなく、鏡の中に入っていく。
そして、自分の部屋に戻るとそのまま寝室に直行するのだった。
そして、次の日もヘリアンの部屋に行ってレッスンをする気満々だった。
だが、俳優仲間の飲み会を断って、せっかく早く家に帰ってきたというのに、ヘリアンの部屋に入れない。
テレビの向こうにはヘリアンが映っているのに入れず、ヘリアンも困惑していた。
「あーもう! 今日も続けてレッスンが出きれば完璧だったのに! ぬおおおお、ぬあんで!は・い・れ・ないー?」
悠里はテレビに顔面を押し付ける。
その様子を見て、ヘリアンは必死で止めた。
「ユーリ様、お止めください。お顔がつぶれてしまいます」
「あ、それはダメね。私、これでも女優だからね。お顔は大事にしないと」
ヘリアンの言葉で、悠里は無理に画面の中に押し入ろうとするのは諦めた。
「仕方ないわ。ヘリアンさんには一人で頑張ってもらうしかないわね。こちらから指導はするわ」
「昨日のレッスンでコツはつかんだので、見ていてください!」
ヘリアンの珍しく強きな発言は、努力と自信に裏付けされたものであった。
昨夜、悠里が帰ったあとも、ヘリアンは一人で練習をしていたに違いない。
昨日よりも格段に上手に踊れているのだ。
「もう完璧に近いわ。とてもきれいだし優雅に踊れているわよ」
悠里が褒めると、ヘリアンの頬が真っ赤になった。
踊りっぱなしも疲れるだろうと、休憩を入れる。
悠里はその時間を利用して、最近の学校の様子を聞くことにした。
「ミアは相変わらず、レミージョさんにベッタリくっついているの?」
「はい、レミージョ様を追いかけ回しています。でも、私がそれを見ている範囲では、いつもレミージョ様は、ミア様が来ると、さっとどこかに行ってしまわれるので、ベッタリにはなっていないです」
ヘリアンの言葉に、鈍感な悠里も『あれ? もしかして、レミージョのことを勘違いしてた?』と思うようになる。
「ふーん。そうなの・・。ところでヘリアンさん、学校はどう? ちゃんと前向いて、声を出してお話しができているの?」
「あ、はい! 前を向いて、胸をはって微笑んでいると、私お友だちができたんです。しかも2人も。3人で今流行っているお店に行ったりするようになって、自分の意見を言うことって大事なのだと分かりました。でも、相談されたら、その人の身になって考えるというより、どの返事が喜ばれるのだろうと、思ってしまうことがあるんですけど・・」
恥ずかしげに学校生活を語るヘリアンは、以前と笑い方も変わっている。
「で、あなたのレミージョ様には、自分から話し掛けたりはしていないの?」
積極的になったといっても、ヘリアンはレミージョの話になると、力なく俯いてしまう。
彼のことになると、未だに自信が持てないようだ。
悠里は取って置きの案を閃いた。
「では、明日の宿題を出しておくわ。絶対にやっておくのよ」
「は、はい」
「いい返事だわ。では、宿題の内容は、レミージョにダンスの練習を頼むこと!以上!」
「へ? ええ?! むむむ無理!・・です・・」
ヘリアンが泣きそうな顔になったが、それを見て宿題を取り下げる悠里ではない!
「じゃあ、見てるから!」
嬉しそうに手を振る悠里だった。
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