05 一途な努力家
ミアは自室のクッションを壁に投げて、八つ当たりの真っ最中だった。
怒りが収まらず手当たり次第に投げつけている。
「おかしいじゃない! レミージョ様があの陰気なヘリアンを、ちっとも見限らないなんて!」
机の引き出しを力任せに開けて、小さく折りたたんだ紙を取り出す。そして、乱暴に広げた。
それは、以前にミアが書いた『健気なヒロインは、王子たちに溺愛される』の内容を詳細に書いた紙である。
「レミージョ様は、あのじめじめ婚約者に嫌気がさし、明るく元気で健気な私にだんだんと惹かれるのよね? それを見て心を病んだヘリアンが、私を妬んでネチネチと攻撃してくるの。で、最終的に私はヘリアンに倉庫に閉じ込められて、晴れてレミージョ様とハッピーエンド・・のはずなのに! ぜんっぜんヘリアンがネチネチしてこないじゃない!」
再びクッションを投げつける。
「今日もヘリアンの心が病むように、待ち伏せして嫌味なことを言ってやろうとしていたのに・・。あの態度・・どういうこと?」
陰気なヘリアンに侮辱的な言葉の数々をかけてやろうと待っていたのに、堂々と言い返されて、反対に怯んでしまったのだ。
「陰気なヘリアンじゃなくなったら、私の一番の推しのレミージョ様が手に入らなくなるわ」
なんとかしなければ、と焦るミア。
しかし、その歪んだ表情は、これぞ悪役令嬢の顔だった。
◇□ ◇□
ミアが焦っていた時刻に、悠里も焦っていた。
なぜなら、ヘリアンが今日起きたことを嬉しそうに喋っているのだが、全く見ていないので、さっぱり分からないのだ。
『見ているわよ』と言ったが、ずっと鏡の前にいる訳でもないので、あまり・・いや全く知らないでいた。
だが、子犬のように嬉しそうに話しているヘリアンに、本当のことは言えず、「よくやっていたわね」とさも見ていたように褒める。
ヘリアンが話していることを総合すると、ミアと会うといつも嫌味を長々と言われるところ、前を向いて話したら、何も言われなかったらしい。
それに、いつも教室で一人でいると、他の生徒にヒソヒソと聞こえるように噂をされるが、それもなかったとのこと。
「す、凄いわね・・」
悠里が凄いと言ったのは、猛スピードで成長するヘリアンと、それほど辛いのに、頑張って学校に通っていたことを言ったのだ。
自分なら、休んでいるだろう。
「本当に凄いんです。さすがユーリ様です!」
本当に凄いのはヘリアンなのに、尊敬の眼差しを向けてくるから、どんな顔をすればいいのか分からず、困り果てる。
「まだまだなのですが、ちょっと自信が持てました」
頬を赤らめるヘリアンが可愛い。
この顔をレミージョに見せればイチコロだろうに・・。
と思いつつ、ボーッとしていたらヘリアンからお願いをされた。
「ユーリ様、お願いです。私にダンスを教えてください」
「へ? ダンス?」
間抜けた声が出てしまったが、ヘリアンは余程切羽詰まっているのか、頭を下げたままで上げようとしない。
貴族の通う学校ということで、ダンスの授業は全生徒の必修科目。
しかも、2ヶ月に一度、ダンス披露会というものがあり、生徒のダンスの技能の習得度を、先生方に判断してもらうのだ。
婚約者がいるものは、そのカップルで踊ることが、お互いの暗黙の了承である。
レミージョの気持ちは分からないが、いつもヘリアンのパートナー役を引き受けてくれていた。でも、ダンスが苦手なヘリアンが、いつも足を引っ張っているのだ。
「ダンスかー・・」
教えられないことはない。
だが、手取り足取りしたいが、なにぶんこの距離だ。
声だけで教えられるのだろうか?
それに、社交ダンスは習ったことがあるが、タンゴ、ルンバ、ワルツなど、それでいいのだろうか?
さすがに悠里も不安で、すぐに了承できなかった。
「ちょっと、考えてみるわ。それまで前に言った笑顔の練習をしておいてちょうだい。それと、会話で重要なのは話題なの。ヘリアンさん、あなた今まで頷いているか、相手の話の内容いかんを問わず、相手の望むような返事をするだけだったでしょう? 話題が提供できるように、学校の勉強に励みながら、ファッションやお店の流行りや、各貴族の領地のことも勉強なさい。敵に勝つには情報よ!」
悠里は、ヘリアンに宿題を多めに出して、時間稼ぎをするという姑息な手段を使った。
だが、真面目で素直なヘリアンは、盲信する悠里の言葉を真剣に受け止め、出された宿題を必死でこなしていっていく。
前にやった『あめんぼ あかいな あいうえお!』
更に『レミージョ様が好き』の変化系の『レミージョ様が大好き』も頑張った。
勉学は勿論のこと、言われた通り多くの生徒の領地のこと、または今の流行りなど、必死で覚えた。
笑顔の練習も忘れない。
ぎこちなかった笑顔も毎日すると、自分でも見られるようになっていく。
そんなこととは知らない悠里が、のんきにテレビをつけると、ヘリアンが「あと少しで、ユーリ様の宿題も終わりそうだわ」と目を輝かせて勉強をしているのだ。
時間稼ぎになっていなかったと慌てる悠里。
急ぎ、悠里は女優の仕事をこなしつつ、ダンスの先生の門を叩いた。
「悠里さん、お久しぶりね。どうしたの?」
先生はお年を召していらしたが、背筋はピンと伸びている。
「あの、貴族のダンスを教えていただけませんか? そもそも貴族のダンスとはどんなものでしょうか? 前に教わった社交ダンスでいいのかしら?」
悠里の焦った表情に驚きつつ、先生は部屋に入るように促してくれる。
「今度、舞台でシンデレラでもするの?」
お茶目にウィンクをして見せる先生に、少し落ち着きを取り戻す。
「いいえ、違いますが、舞踏会のような貴族の踊りが知りたいのです。それで、先生ならご存知かなと思って・・、突然のご連絡すみませんでした」
麻生悠里という芸名を名乗ってすぐから、ダンスを教えてもらっていたので、随分長い付き合いだが、こんなに突然『今日お伺いしたい!』と言ったのは、はじめてのことである。
「DVDを見ながら、解説するわ。それから教えるわね。古くて恥ずかしいのだけれど・・」
映し出された映像は、何年も前のもので古いが、ドレスが短くてステップが見やすいものだった。
どうやら、先生の若かりし頃の映像だったようだ。
「社交ダンスのタンゴは得意だったんだけどな・・」
「タンゴは違うわね・・」
残念そうな悠里に先生が、説明を続けた。
「貴族のダンスは優雅なステップで、そんなに速くはないわ。文献だと込み合っている場所で踊るから、派手なターンもないわね。社交ダンスより型が決まっているし、覚えたら体幹ができているあなたならすぐに美しく踊れるわよ」
「体幹・・」
その言葉に、グッと喉が詰まる。
最近まで猫背で、ふらふら歩いているようなあの子に、最もなさそうなものが体幹だったわと不安になる。
ほんのちょっと顎を上げただけで、首が痛いというヘリアン。
胸をはれと言ったら、次の日に胸が筋肉痛になったというヘリアン。
潜む能力は異常に高いが、それは筋肉を使わないものに限定されている。
ステップを覚え先生にお礼を言って、悠里はダンススタジオを後にした。
そして、向かった先は自宅のテレビ前だ。
すぐにテレビをつける。
そして、リモコンをカチカチと連打してヘリアンを探すが、今日はどれもテレビの番組しか映らない。
当たり前のことだが、それが非常にもどかしい。
「厳選パスタ企画って、私はうどん派よ! それよりももっと大事なのを映しなさい!」
その怒りにテレビが怯えたのか、突如ヘリアンの部屋の景色が映し出された。
「良かったわ。一刻も早く、ヘリアンさんに体幹を鍛える運動をしてもらって、ダンスの準備をしておかないと!」
暗い部屋の奥に、ヘリアンが見えた。
声をかけようとしたが、ヘリアンの動きに悠里は思いとどまる。
ヘリアンが領地の勉強をするために、片手で本を読みながら、スクワットをしているのだ。
「ああ、よろけてしまうわ。でも、足腰が強くなれば、ダンスも上手くなるって本に書いてあったし、次にユーリ様に会う時までに、すぐにダンスのレッスンを受けられるようにしておかないと!」
ヘリアンの努力する姿を見て、そっとテレビを消す悠里だった。