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03 知らぬが仏


「どうしたの?」

悠里は戸惑っているヘリアンに、なぜ復唱しないのかを尋ねたのた。


「あの、その不思議な言葉は、強くなるための呪文なのでしょうか?」


ああ、異世界じゃそう聞こえるのか、と苦笑い。


「これは、呪文じゃなくて声を出して、滑舌をよくする訓練の言葉なの。まず、強くなるには、大きな声ではっきりと意見を言えるようになること!」

ヘリアンはそうだったのかと納得する。

「はい、確かに社交界で人気のある人は、よくとおる声で、はっきりと話をする方が多いです」


「では、ヘリアンさんはいつもどんな感じで話しているのかしら?」

悠里は、普段のヘリアンの様子が知りたかっただけだったが、しょんぼりさせてしまった。


「私は・・。いつも人の話を聞いて・・、頷いているか・・、小さく返事をするだけです。意見を言わなければならないときも、・・その・・他の人が言った意見に沿うように一言だけ言うようにしています・・」


ヘリアンの様子から、悠里は想像ができた。


「じゃあ、これを機に頷くだけじゃなくて、意見を言えるようにしましょう。それにはまず、話さなきゃね! では、私の後に大きな声で言ってね」


悠里が息を吸って、よく通る声を出した。

「アメンボ赤いなあいうえお!」


「ぁめん・・ぁかぃ・・ぁぃぅぇ・・」

テレビの音声が壊れたのか?

そう思ったくらい、ヘリアンの声は小さく、くぐもっている。


「・・えっと・・ご飯食べてないの?」


「食事はもう済ませましたが・・?」


悠里はテレビ画面をじっと見つめると、ヘリアンがおどおどしだすのが分かる。

表情が固い。

彼女は恥ずかしがりやで、声を出すことに慣れていないのだ。


普段、声を出さないものが、急に声を出せと言っても出ない。

「声を出すには、先に顔回りの筋肉をほぐすことから始めましょう」


そう言うと、ヘリアンは表情が緩んだ。きっと声も出せなかったことで、悠里から見放されるとでも思っていたのだろうか。

悠里が続けると言ったことに安堵し、喜んでいた。


「私の顔をよく見て、一緒に真似てちょうだい。声は出せたら出してみて」


「はい!」


ヘリアンの少しだけ、おどおどする態度が消えて、悠里は微笑む。

悠里は目を開き、口を思いきり開けて「アー!」と腹から声を出した。


ヘリアンも少し口を開けて「ぁ・・」

と小声。

「もっと大きく口を開けて、恥ずかしがらない!」

「はい!」

悠里は口を横に引っ張って「イーー!」

ヘリアンも「ぃー」

今度は、口を突き出して「ウーー!」

ヘリアンも負けじと「うー!」


いい感じにヘリアンの顔の筋肉がほぐれたのをみた悠里は、「あめんぼ」を試すことにした。


「あめんぼ あかいな あいうえお!」


「ぁめんぼ ぁかぃな ぁぃぅぇ・・」


いけると思ったが、声が全然出せていない。


腹式呼吸とかの前に、声を出そうとすると、怖くなり喉が閉まるのだ。

歌手が緊張で、喉が閉まって歌えなくなることがある。


声を出すことに慣れるには、まず、台詞を変えてみようと考え、悠里は絶好の台詞を思いついた。


「では、続いて次の言葉を言ってちょうだい! 『レミージョ様が好き!』はい、言ってみて!」


「え?! あの・・その・・・」

戸惑うヘリアンに悠里は容赦がない。

「あら、レミージョさんへの気持ちはそんな程度なの? ほら、言って『レミージョ様が好き!』」


「レミージョ・・さまがす・・き」

ヘリアンは、もにょもにょと小さく言う。

勿論、そんな声では悠里が許さない。


「あら? 彼のことそんなに好きじゃないの? 好きならもっと声を出せるはず!」

「レミージョさまがすき」

まだまだだ!

会話程度の声量である。


「ライバルのミアさんに気持ちでも負けているわよ。ほら!」

ミアの名前に、ヘリアンの気持ちに火がついた。


「レミージョ様が好き!」

ヘリアン会心の声に、悠里はようやく満足する。


「ほら、頑張れば出るじゃない。その気合いを忘れないでね。今日のレッスンはこれで終わり。次までに鏡を見て笑顔の練習をしておいて。声だしも忘れちゃだめよ!」


「はい! 頑張ります!」

未だ固い表情だが、真剣に答えるヘリアンを見て、悠里は安心してテレビのスイッチを消したのだった。


◇□ ◇□


ヘリアンは、悠里が鏡から消えた後も、丁寧にお辞儀をする。

「ユーリ様、ご指導ありがとうございました」


しばらく鏡を見ながら、微笑む練習をするが、どうもぎこちないのだ。

悠里の笑った顔を思い浮かべて、真似をする。

何度もやっているうちに、悠里に近づけたような気がして、嬉しくなってきた。

時計を見ると、もう寝る時間だ。

ヘリアンは慌ててベッドに入る。すると久しぶりに鬱々とした気持ちもなく、穏やかに眠ることができた。


当然、朝の目覚めも爽やかだ。


侍女がいつも通りに、身支度を手伝いに来てくれた。

だが、なぜか皆がいつもより微笑みが優しい。しかも、励まされる。

「ヘリアン様、今日も元気に頑張りましょうね!」

「ミア様より、ヘリアン様の方が何百倍も素敵です!」


「あ、ありがとう」

ヘリアンが馬車に乗って、学校に向かう前も、なぜか父や母や兄まで侍女たちに混ざって送り出してくれたのだ。


「うふ、皆に応援されているようで、元気が出るわ。これもユーリ様のお陰かしら」


悠里のお陰ではなく、悠里のせいである。

昨夜発した、『レミージョ様が好き』の声を、屋敷の全員が聞いていたことに気がついていないのは、ヘリアンだけだった。



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