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02 強くなりたい!


女優、麻生悠里は落ち込む。

「私ってまだまだだったのね・・」

お茶の間でお馴染みになっていると思っていた。

CMだけでも15本は流れている。

お茶、化粧品、ビールなど・・。

なのに、目の前のヘリアンは麻生悠里を知らないと言ったのだ。

ショックを隠しきれない。


「あ、あなた、テレビは見ないのかしら? もしかして、最近の子に多いけど・・ユーチュームしか興味はないのかしら?」

じっとヘリアンの返答を待つ。


「あの、テレビという物を知らなくて、何か教えていただけますか? もしかしたら、異国の物かもしれません」

悠里は、ヘリアンの後ろの部屋に、テレビらしきものを探す・・がない。

しかも、ヘリアンの衣装が貴族のドレス。


ここで、やっと小説の中の人物なのだから、テレビなどないのだと、原点に立ち返った。


「そうだったわ。あまりにも現実離れした出来事だったから、いまいち現状を掴みきれていなかったの・・。ごめんなさい」


「いえ・・、わ、私の方こそ物を知らないと言われているので、国中を探せば・・どこかにあるのかも知れません・・その・・テレビというものが・・」

ヘリアンの返答に、悠里は改めて彼女の顔や様子をじっと観察し、ふっと笑う。


「あなた、とても心根の優しい、いい子だわ。気に入った! あなたの悩んでいることを、スッキリ解決してあげたいわ!」


ヘリアンはとても素直な子で、小説の中の人物ではない。

悠里が手助けをしたいと言うと、彼女は顔を明るくさせて微笑んだ。


「ありがとうございます。誰にも相談できなくて、今日も学校で起きたことに鬱々としながら、何もできず悩んでばかりいました。どうぞ、これからよろしくお願いします。先生、ご芳名をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「まだ、言ってなかったわね。麻生悠里よ」


「アシュー・ユーリ様ですか?」

全くの別名に聞こえる。きっと和名は言いにくいのだろうと、麻生は短縮した名前を提案する。

「悠里が名前なの。だからユーリでいいわよ」


自己紹介が終わって、ヘリアンの現状を教えてもらうと、やはり小説のストーリーとは違った点がいくつもあった。


小説では、ヘリアンは婚約者のレミージョの浮気を疑い、ヒロインを倉庫に閉じ込めてしまう。それがレミージョにばれて、婚約破棄されるのだ。


だが、浮気を疑っていても、目の前のいかにも人が良さそうで、気の弱いご令嬢が、そんな犯罪まがいな真似ができるだろうか?


今は少ししかヘリアンと話をしていないし、ヒロインがどのような人物か知らないが、悠里は何がなんでも彼女を応援しようと決めた。

直感だ。


「じゃあ、今日のことをまとめると、ミアという男爵令嬢に、『レミージョ様は、本当は私と付き合いたいけれどヘリアンさんが邪魔しているので、困っているのよ』と言われたのね」


ヘリアンは辛そうに頷くと、再びハンカチで目頭を押さえる。


「あなたは本当にレミージョさんが好きなのね・・。羨ましいわ」

悠里の本音が漏れた。

甘酸っぱい経験など、前はいつ経験したのか、すっかり忘れてしまったわ~と遠い目に。


「はい、レミージョ様は、小さい頃から剣をもって、私を守ってくださったんです。・・でも・・ミアさんのお話が本当なら・・」


「じゃあ、当たって砕けろで、レミージョに『ミアと私、どっちが好き』っ聞いてみればいいじゃない。それに、婚約者なんだもの、相談してみたら?」


悠里はあまりにもサバサバしていて、男女の機微にとても疎い。

恋愛相談をして良い人物ではないのだが、ヘリアンは知らない。


「そんなこと・・怖くて聞けません。それにレミージョ様に、相談なんてできません」


俯くヘリアンを前に、悠里の眉間にシワがよる。


「ヘリアンさん!」

「は、はい・・」

「良く聞いて。言えないなら強くなれ! 強くなれないなら、助けを求めろ! さあ、どっち?」


進むべき道は二択しかない。

追い詰められたヘリアン。


もっと恋愛に詳しい人物なら、この二択以外にもっと適切な選択肢を、ヘリアンに与えられただろう。

でも、恋愛偏差値20の悠里には、この二択しかない。


ヘリアンは少な過ぎる選択肢から選んだ。

「レミージョ様のお手を煩わせるのなら、私は強くなります!」


悠里にとって100点満点の答えだった。

「よし、じゃあ、今からレッスンよ!」


メイク室の扉がガチャっと開く。

「お待たせしました。筆があったので、メイクしますね」

実留が帰って来ると、目の前の鏡にはヘリアンではなく、悠里自身が映っていた。



◇□ ◇□



仕事が終わり、自宅に戻って来ると、ヘリアンに会ったことは夢だったのでは?と思えてきた。

何度もメイク室で一人きりになったが、それきりヘリアンが映ることはなかったのだ。


台本を持って、一人では大きすぎるソファーに座る。

再び立ち上がり、キッチンへ。

大事なものを忘れていた。

スーパーマーケットで買ったふぐヒレをライターであぶり、それを熱燗に入れて、ひれ酒を作る。


65インチのテレビをつけて、ニュースを探す。

リモコンでカチカチとチャンネルを変えていたら、一瞬よく分からない番組があった。


「ん? 今、女性が叫んでいる番組があったわね。やだ!ホラーかしら・・」

ニュースを見たいのに、恐ろしいホラーの番組は一秒だって見たくない。


慎重にリモコンのボタンを押す。

カチ・・カチ・・。・・カチ!


「ユーリ様!やっとお会いできました!」


「うぎゃー!!」

悠里はリモコンを壁に放り投げ、ソファーの後ろに隠れた。


「あ・・。あれ? ユーリ様? あの・・わ、私です・・ヘリアンです」


聞き覚えのある声に、ソファーの背もたれから顔を出した。

65インチのテレビ画面にアップに映るのは、間違いなく昼間に会ったヘリアンだ。


ドキドキが続く。

「うっ。心臓が痛いわ。それに・・あーあ・・せっかく用意したお酒が・・」

溢したお酒を、布巾で拭いていると、申し訳なさそうに、ヘリアンが謝罪してきた。


「いきなり出てきてしまい、申し訳ございませんでした」

「いえ、私の方こそ怖がりすぎたわね。溢したのは、あなたのせいじゃないから」


てきぱきと片付けると、悠里はどかっとソファーに座る。

そして、ヘリアンをじっと見つめていると、ヘリアンは恥ずかしさと悠里の目力に負けて下を向いてしまった。


「ヘリアンさん、強くなりたいと言ったわよね?」


悠里の言葉に顔を上げるヘリアン。

そして、声は弱々しいが、はっきり答えた。


「はい、強くなりたいです」


「うふふ、ちょっとはいい目になったわ。じゃあ、まず、最初にすることは、声を出しましょう! 勇気の源は声よ! 私の言葉を復唱して!」


「はい!」


「アメンボ あかいな あいうえお!」

「・・え? じゅ、呪文?」


レッスンは始まったばかりである。



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