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11 ヘリアンの願い


悠里は昼間からお酒を飲んで、夕方には遥と別れて、早めに家に帰ってきた。


「じゃあ、早速だけど・・、ちょっと彼女たちを待ちつつ、おさらいをしようかな」

悠里はテレビのスイッチをつけて、ソファーにどっかり座る。


「まあ。ちょうど良かったです! ユーリ様、いらっしゃいませ」

画面から、サーガの元気な声が響いた。

画面に映っているのはサーガとヘリアンだ。

しかし、後ろの背景というか、室内の内装が全く違う。

白地の壁に金箔で縁取った窓際。それに、装飾のキラキラ感がまるで、ドコソコ王朝の宮殿である。


「あなたたち、どこにいるの? そんなところに居ても大丈夫?」


二人が首を傾げると、サーガが戸惑いながら答えた。

「私の部屋なのですが、ここでは具合が悪かったのでしょうか?」

「・・部屋・・?」

そういえば、彼女は侯爵令嬢だと言っていたなと、初めの挨拶を思い出す。

今さらだが、サーガが物凄い貴族なのだと分かった。


「ごめんなさい。サーガさんのお部屋なら、そこが一番いいわ。落ち着いてレッスンができるもの」


悠里は後ろの部屋の内装に目がいって、全く落ち着かないが・・。


「では・・始めましょう。今日、うってつけの人物に相談できたの。それで、色々とテクニックを教えてもらったので、実践していくわよ」


本来、女性的な役をこなすには、遥のようなふわりとした春風のような女性が適任だ。


そうはいっても、遥も忙しくわざわざきてもらう訳にもいかない。

だから、悠里がやるしかない。

それに、ちょっと女性っぽい演技もやってみたかったというのが本音である。


いつも台本に書かれている、ガンガン突き進む女性役は悠里で、男性を癒す役は柔らかい感じの女優さんに決まっていた。


なので、俄然やる気満々なのだ。


「いい? まずは様子見で、いつものサーガさんとは違う姿を、王子様に見せてやりましょう」


「はあ、違う姿・・ですか?」

サーガが戸惑っている。

そこで、遥に言われたことをそのまま伝えた。

「いつもは、サーガさんのしっかりしているところしか見てない王子様に、これからは、意外なところを見せつけていくのよ」


「・・は・・い」

「はあ・・」

返事は返ってきたが、まだ飲み込めていない二人に、いきなり実践形式の稽古をしてもらうことにした。


「じゃあ、私のすることを見ててね」

遥に言われた通り、悠里は役になりきった。恋に悩む乙女の役だ。

何度も言うが、若い頃はその170センチの背丈のせいで、初々しい乙女の役はなかったので、ノリノリである。


「コホン。まずは、ミアが王子様と手を組んで歩いているところを見つけたら、こうするのよ。見てて」


悠里はでっかい黒い熊の人形をデンと置き、説明する。

「いいこと? これをミアと王子様に見立てて演技するわね」


まず、二人を見て、ハッとする悠里。そして、悔しそうな悲しそうな表情で泣き出しそうになる。だが、その表情のままで口許は口角を上げて、いかにも無理に笑顔を作っている風を装い、お辞儀をする。そして、何も言わずにその横を通りすぎる。


「どうどう? これをしてちょうだい」


「え?」

サーガが首を横に振って抗議する。


「二人を諌めもせずに、通りすぎるんですか? それでは、婚約者の私が二人の関係を認めたことになります!」

サーガが口をへの字にして怒った。それを宥める悠里。


「王子様は、まだミアに傾いているわけではないの。少し口煩いあなたと距離を置きたいと思っているのよ。そこにガンガン責めたら、ますます王子様は逃げちゃうのよ」


「・・そ、そんなものかしら?」


ヘリアンが悠里の言葉に激しく頷いて同意し、サーガに助言する。

「ハラル王子殿下は、サーガ様のことを気にかけていらっしゃるんですが、正論で怒涛のように攻められては、辛いのだと思います。サーガ様の可愛らしいところを、是非見てほしいと私も常々思っていました!」


悠里も更に説得する。

「そうよ、押してダメなら引いてみなさいって、有名な駆け引きの言葉があるんだから」

「なるほど・・駆け引きですか・・」


サーガは二人にせっつかれて、恥ずかしがりながらも、悠里のやった演技をしてみる。


だが、なんという大根。

悠里はこれほどの大根役者を見たことがない。


「言っちゃ悪いけど、その演技は百面相というのよ。スムーズに表情を変えられないかしら?」


サーガが演技で表情を変化させるには、一度前の顔を無表情にリセットしないと、次の表情に変えられないという、なんとも残念な機能がついているようだ。


悩む悠里とサーガに、ヘリアンが妙案を思い付いた。


「そうだわ! サーガ様、大好きなチョコレートを見つけたと思ってください」

サーガの顔がぱーっと明るくなる。


「でも、そのチョコレートが目の前の私にどんどん食べられていくの」


サーガが自然と悲しい顔に・・。


「あら、まだ辛うじて1個が残っているかも知れない・・」


サーガは口許に笑みが浮かぶ。


「あー残念、なかったわ」


サーガがその表情のまま、眉が下がった。


悠里はびっくり。

「スムーズに表情を変えることができたじゃない! それを忘れないでレッスンを頑張ろう」


サーガは困惑していた。

それを忘れないでと悠里に言われたが、『それ』とは『どれ』だったのだろうか・・と。


◇□ ◇□


次の日サーガの緊張は、世界最高峰の山より高まっていた。

サーガを見て通りすぎる生徒たちは、一目みただけでぎょっとして、遠巻きに避けていく。


サーガは気がついていないが、緊張のためにかなり顔がこわばって、何とも言いがたい怖い表情になっていた。


見慣れているヘリアンでさえ、ちょっと怖い。

だが、仕方ない。

ミアとハラルが二人で仲良く教室に向かうところに、一人で立ち向かうのだから。

そして、悠里の言う『健気な女性』を演技するのだ。


「私できるわよね・・。だってあれだけ頑張ったんだもの」

サーガが緊張で小刻みに震えている。

彼女が落ち着くようにと、ヘリアンは背中を擦る。


「ええ、睨まないこと。二人を注意しないこと。これさえできれば、今日のところは充分です」

実はあの後も、何度も練習をしたのだが、想定練習に入った途端、サーガの顔が般若に変わるのだ。


サーガは二人が寄り添っているのを想像するだけで、頭が沸騰するくらい腹が立つらしい。


それで悠里が、レベルを大いに引き下げた。

『絶対に王子にしてはいけないこと』の最低限の条件を出して、それができれば今回は『よし!』としたのだ。

それは、『睨まないこと』『注意しないこと』この二つ。


ヘリアンは、サーガがこの二つだけでも守ってくれるように祈るばかりである。

演技に関しては申し訳ないが、はなっから期待はしていない。


サーガとヘリアンがドキドキしながら待っている。と、ミアと王子が並んでやってきた。

それを見て、サーガが二人の前に立つと、ミアが待ってましたとばかりに、嫌みっぽく笑いながら、ハラルの腕を掴む。


ヘリアンは、サーガがいつものように、目を三角にして正論をかざし、怒鳴ってしまうのではと身構えたが、なにも言わない。


サーガは堪えたのだ。


そして、これ以上ないくらいの悲しい表情になった。

そして、目に涙を一杯溜めながら、唇は少し頑張って口角を上げている。

最後に、二人の横を何も言わずに通り過ぎたのだ。


完璧だった。

ヘリアンは走り去ったサーガを追いかけるために、ハラルとミアの横を通りすぎたのだが、そのときに見たハラルの表情の意味が分からなかった。


サーガを傷つけたのはハラルなのに、呆然としているのだ。そして、悲しそうな顔をしていた。


ヘリアンはそれを見て苛立った。

だが、何か意見できる立場ではないため、軽く会釈して去る。

そのときミアの顔も見ていた。

彼女は勝ち誇ったような優越感に満ちた顔をしていたのだ。

ヘリアンは悔しかったが、そのままサーガを追う。


サーガに追い付いた時、もう彼女は泣いてはいなかった。

「私、二人を注意しなかったわよ。でも、これで、もっと二人が仲良くなっちゃいそうで辛いわ・・」


いつも凛としているサーガが年相応の女の子に見えた。


「サーガ様は頑張りました。ユーリ様もどこかでご覧になっていて、きっと褒めてくださいますわ」

ヘリアンはこの『ツンデレ』な女の子の頑張りが報われることを、心から願うのだった。



今日も読んでいただき、ありがとうございます。


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