10 遥のテクニック
『健気なヒロインは、王子たちに溺愛される』という小説のストーリー通りなら、ヒロインはハラル・ストラン王子をターゲットにしたのだろう。
だから、目の前の王子の婚約者であるサーガ・ニルセンが困っているのだと悠里は一人で納得する。
悠里は担当メイクの実留が貸してくれた本の内容を思い出していた。
うろ覚えの内容を、記憶の片隅から引っぱりだしてみる。
「こんなことなら、本を返すんじゃなかったわね」
台本の合間にさっと読んだだけなので、詳しいストーリーが抜けている。
気の強いサーガは、ハラル王子にずけずけと指摘する。しかし、気の弱い王子にはそれがどんどんと負担になってくるのだ。
だが、大人しく優しいヒロインが、王子の愚痴を嫌がりもせず聞いてくれる。
その人柄に癒され、王子の気持ちはだんだんとヒロインに傾いていく・・というのが粗筋だったはず・・。
このヒロインは、困っている男性に手を差し伸べて、助けていき皆に溺愛されるというのだが、この内容自体、悠里は不満だった。
だが、この物語の中でも最も簡単にヒロインに靡くのが、ハラル王子である。
小説ではハラル王子の婚約者のサーガは、高圧的で傲慢だったと思い出す。そのために、サーガはかなり辛辣に描写されていた。
それを踏まえ、改めてサーガを見ると、確かに癒される要素はない。
しかも、少し話しただけで、表現が直接的で正直疲れる。
まっすぐなのはいいが、ダメなものはダメっと言って、話し合いの余地がないのはどうだろうか。
「全くハラル殿下も殿下です! 何度言ってもミアという男爵令嬢と話をするのを止めないのです。私という婚約者がいるのに!」
まさに『キーィィ』とハンカチを噛み切りそうに憤っている。
声が大きい・・大きすぎる。
しかもキンキンと鼓膜が破れそうだ。
「少し、落ち着いて話してくれるかしら?」
悠里が頭を押さえながら言うと、意外にも素直にストンと椅子に座った。
「分かっているの。ハラル殿下が私を苦手に思っていることを。でも、私も長年王子妃教育を受けて、殿下を支えるために努力をしてきたの。それと同じように殿下も、大変な努力をなさってきたのに、何も知らないミアが、殿下のこれまでの努力を無駄にしようとしていることを止めたいのです」
確かに礼儀のなっていないミアを、自分の妻に選んだ時点で、ハラルは王子から転落するだろう。
実際問題、ミアとは結婚できず他の国に婿入りされる。
ミアと結婚を押し通せば、廃嫡されるだろう。
だからこそ、サーガは必死になるわけだ。
「お願いします。ハラル第一王子殿下からミアを遠ざけてほしいのです。もし私が嫌なら、私は婚約破棄でも構いません。でも、このままではハラル殿下は不幸になってしまう!」
あれ?
悠里は改めてサーガを見た。
これまた、小説の人物と性格が違っている。
「もしかして、あなた・・とってもハラル王子のことが好きなのね?」
悠里の質問にサーガの顔が、夕日よりも赤くなった。
「わ、私は・・好き嫌いなど言える立場ではないのです。だって、殿下のお力になれるように、側でお支えさせていただくのが、私の務めですもの。そ、そんな、愛とか言ってはいけないのです!」
かわいい~
悠里の心が跳ねる。
「あなたのこと全力で応援させてもらうわ。あなたのこと、気に入ったし、元々、ミアのことは胡散臭いから正直、気に入らないのよね」
「え・・?」
サーガが変人奇人でも見るように、眉をひそめて悠里を見ている。
「ん? 私、変なこと言ってないわよね? なんでそんな目で見ているのかしら?」
「すみません。私のことを気に入ってもらえるなんて・・、思ってもみなかったので、びっくりしてしまって」
ヘリアンがおかしそうに、悠里とサーガの会話に割って入った。
「まあ、サーガ様。私はサーガ様が好きですわ。ですから、こうやってユーリ様にお引き合わせしたのですよ」
サーガに言ってから、ヘリアンは悠里に向かって謝る。
「サーガ様は物言いが少々きつく誤解されやすいのですが、とても気遣いの方なんです。お許しください」
「なーんだ。ツンデレって奴ね」
悠里の言った『ツンデレ』が分からず、二人が首を傾げる。
その方向と角度が同じで、悠里が心がきゅんとなる。
「本当にかわいいわ。ますます、頑張っちゃおう! でも、ちょっと待っててくれない? 私自身が、あざとい・かわいい系の女子に勝てる気がしないのよ。その手に詳しい人物から、アドバイスをもらってから、じっくり作戦を立てましょう」
悠里も昔、あざとい系女子に彼氏を取られたことがあり、相談されても今のままでは、最も苦手なタイプに勝てる気がしないのだ。
まずは、相談しなくてはならない。
あの人に!
◇□ ◇□
この日、悠里は久しぶりのオフだった。
友人の遥と買い物を楽しんだ後、ランチのお店に入ったところである。
「すごく素敵なお店ね! 私、近くにこんなお店があるなんて、全っ然、知らなかったわ。忙しいのに、予約してくれて、ありがとう悠里」
大通りを少し逸れて脇道に入ると、石畳の道になり、そこに隠れ家風のお店があった。
席に着くと遥がお店を見渡し、目を輝かせている。
このお店を選んで良かったと、悠里は嬉しくなった。
性格が正反対に見える遥と長年友人でいるのは、彼女のこんなところだろう。
いつだって彼女は、些細なことも褒めてくれるのだ。
「私が男なら、絶対に遥を彼女にしていたわ」
「うふふ、なあに・・それ」
ふんわり微笑む。
そこに、若い男性の店員が、メニューと水を運んできた。
「こちら、ランチのコースメニューです。星のマークは飲み放題のプランもございます」
メニュー受けとる遥は、店員の顔を見て「ありがとう」と微笑み、目で感謝も伝える。
自然だ。
ここで、ハッとする。
自分はこの仕草はできない。
やはり、この女性にモテ仕草を教わるのが正解だ。そうすれば、私に似た意地っ張りサーガも、一歩進めるかも知れない。
そう思うと、遥に必死で頼んでいた。
「モテ仕草を教わりたいの? 誰か気になる男性でも現れたの?」
遥がまた嬉しそうだ。
「だから、違うって。とにかく簡単なものでいいから教えてよ」
両手を合わせ拝むように頼むと、「分かったわ、でもそれが効果あるのかは、保証できないわよ」と教えてくれることになった。
だが、生まれもっての素質の違いに、悠里は愕然とすることになるのである。
自分がすれば、あざとく見えるが、遥がやれば癒されるのだ。
食事が運ばれてくる間、この理不尽な違いに悩む。
「おかしいわ・・、頬杖の仕草も何か違うわ。同じ30代なのにコップの水を飲む仕草も全然違うし・・。これほどの違いがあるなんて!」
もしや四捨五入で40歳と30歳になる違いなのか?と。真剣に考えた。
「うふ。頬杖もね、悠里は背中を丸めて、がっつり腕で頭を支えているんだもの。それじゃあ、だめ。背筋を伸ばして腕を斜めにしすぎないでちょっと支える程度にするの。掌を開かないで軽く握って支えると女性らしいかも。でも、私は悠里が水を飲む仕草は好きよ。男性的で素敵なんだもの」
それって褒めてませんよ、遥さん。
心の中で恨めしげに呟く。
「本当に一つ一つ違うのよね。えっと、こうかしら?」
悠里が女性らしいポーズが実践しようとしていたら、遥が話題を戻した。
「それよりも、悠里が気にかけている女性のことを教えてほしいわ。その方がアドバイスしやすいもの」
確かにそうだと、悠里は異世界を現代風にアレンジして、簡単に伝えることにした。
「幼馴染みの男女が高校生になって、女の子の方は、ずっと男の子が好きだったんだけど、男の子の方が、気の強い幼馴染みより、かわいい系のあざとい女の子に興味がいっちゃったの。その幼馴染みの女の子を私は応援しているのよ。なんせ、割り込んだ女の性格が悪くてさ!」
「ああ・・」
遥が悠里に気の毒そうな表情を向ける。
「私じゃないわよ。む、昔そんな感じで彼氏を取られちゃったけど・・だから、私じゃないの!」
必死の否定に、遥も分かってくれて、一緒に悩んでくれた。
「かわいい系の女性に勝つには、意外性よ」
「意外性?」
悠里がキョトンとした顔をすると、遥が笑う。
「クスクス。それよ。いつもはしっかり者の女性が無防備になったり、大人しくなったり、いつもと反対の行動をするの。この場合は、あざとい系なことやボディータッチをするより、意外性を見せる無防備系がいいのよ。そうね、悠里に似た人なら、簡単なテクニックを教えてあげた方がいいかも」
さすがである。
遥が幾つか要点をまとめてくれた。
簡単に伝授してもらったテクニックを、早速サーガに教えることにした。
10話です。まだまだ続きますので、もう少しお付き合いください。
今日も、読んでいただきありがとうございました。




