01 私を知らないの?
女優、麻生悠里は現在35歳。
舞台では170センチの身長を武器に、男役もこなすマルチな存在。
数多くのドラマ、映画に出演し、日本を代表する女優である。
今日はドラマの撮影のために、テレビ局のメイクルームでフェイススチームの真っ最中。
「まーた、昨日お酒を遅くまで飲んでましたね」
メイク担当の川長 実留に注意される。
「台本を読みながら、ちょこっとだけひれ酒を飲んでいたのよ。実留くんも寝酒にひれ酒いいわよ~どう?」
実留はスチーマーの調節をしながら、肩をすくめ断った。
「いえ、お酒は美容の敵ですから! それで、台本は読めたんですか?」
「勿論よ。でも、台本以外に本が読みたいのよね。最近寝付きが悪いから・・。何かいい本ない?」
実留が本を差し出した。
「この本面白かったですよ」
実が大きな黒い鞄から、一冊の本を取り出す。
「サスペンスとか、ホラーは嫌よ。眠れなくなるから」
だが、受け取った本は、そんな類いのものではないとすぐに分かる。
「『健気なヒロインは、王子たちに溺愛される』って、私には絶対に回ってこない役ね。今度会った時に返すから、それまで借りてていいかしら?」
「はい、返却はいつでもいいですよ。それより、メイクを始めますね」
実留に言われ、悠里は前の鏡を見ながら、肌のコンディションを確かめていた。
ちなみに、実留はとても女性っぽい話し方をする男性である。
3日後・・。
悠里は小説を読んで憤慨していた。
「実留くん、おかしいと思わない?婚約中に浮気していた男(王子)が婚約破棄を言い出すなんて!だって、有責は王子の方なのに! 訴えてやるわ!それに、あんなあざとい演技に引っ掛かって、自ら悪役令嬢に落ちていくなんて! ダメだわ、苛々するから今日も寝酒決定ね」
「きゃー、明日は朝早くからの『入り』なのに、浮腫むまでお酒を飲まないでくださいよー」
実留の言うことはもっともだ。
プロが明日のことを考えないで、行動するのは恥ずべきことだったわと、悠里は一応反省する。
「あ、借りていた本を返すわね。ありがとう」
鏡越しにお礼を言って、本を渡そうとしたが、実留は両手が塞がっている。
「そこに置いておいてください。今から、メイクの仕上げしちゃいますね」
悠里は本を鏡の前の台に置いた。
「あー、しまった! ごめんなさい。私ったら麻生さん専用の筆を、隣の部屋に忘れてきてしまったみたい。すぐに取りに戻るので、待っていてくださいませんか?」
実留は焦っていた。が、入り時間までまだまだ余裕がある。
「いいわよ。慌ててないし」
「ごめんなさい、すぐに戻ります!」
実留がメイク室から飛び出していった。
悠里は腕を上げて、座りながら背筋を伸ばし、深呼吸。
「はーー。肩が凝っているわね」
前の鏡を見ると、自分ではない人物が映っている。
しかも、大きな鏡の向こうはメイク室ではなく、少々古めかしい洋室っぽい部屋が映し出されているのだ。
「んん? これ、鏡じゃなくてスクリーンだったのかしら?」
目を細めてじっと見ると、鏡の向こうの女性が自信なさげに肩を震わせて、俯きながら泣いている。
「ずっとレミージョが好きだったのに、嫌われていたなんて・・。でも、今さら婚約を破棄なんて言われても、私、どうすればいいのか・・クスン」
悠里は鏡に顔をくっつけて、泣いている女性の顔を見ようと、必死に覗き込む。
「どこかで、見た気がするわ・・。しかもレミージョ・・て、ああそうだわ! 昨日まで読んでいた本の、えーっと・・騎士団長の息子の名前じゃない! じゃあ、この泣いている女性はその婚約者のヘリアン・アイデ伯爵令嬢よね」
悠里が目の前の本を手に取り、キャラクター紹介のページを見ると、彼女が載っていた。
「あら、やっぱりこの鏡スクリーン仕様になっていたの? それにしても、この本、テレビ放映されていたのね。でも、テレビ化なら、キャラ設定は守らないといけないわ。彼女の気難しいって設定を忘れたのかしら?」
本のキャラクター紹介では、婚約者に寄り添うことのない、気難しい女性とあり、本文もそのように描かれていた。ヘリアンは嫌なことがあると、すぐに婚約者をおいてた立ち去るのだ。
だが、今、鏡の中で泣いている人物と、少し感じが違って見える。
小説のヘリアンは、眉を寄せて気難しい女性に挿し絵も描かれているが、今目の前の女性は少し違うのだ。
気の弱そうで、今にも倒れそうな薄幸な感じである。
「クスンクスン、私には・・、何も取り柄がないんだもん。婚約破棄になっても仕方ないわよね。あの女性は明るくて可愛くて、到底・・かないっこないわ・・」
悠里の眉がピクリと動いた。
そして、だんだんと険しい顔になっていく。
「あーもう! ちょっとは自分に自信を持ちなさいよ」
イラついて悠里が鏡に向かって、独り言のように声を出した。
彼女に言ったわけではない。テレビの製作者にである。
それにテレビに向かって文句を言うのは、よくやってしまうことで、他の人がいるときは、絶対にしない。
鏡の向こうのヘリアンが、泣くのを止めてじっと食い入るように、こちらを見ている。
そして、唇を震わせながら、ゆっくり開いた。
「あ、あなたは・・誰? どうやって、我が家に・・入ったのですか?」
テレビのはずなのに、ヘリアンはこちらを見て、はっきりと言葉をかけてきた。
「えー!ヘリアンの役者さんが話しかけてきた!!・・・って、もう! びっくりさせないでよ! どっきりなのね! はいはい、分かったから! カメラはどこ?」
悠里は立ち上がり、部屋に隠されているはずのカメラを探し始めた。
だが、どこにもないし、仕掛人がいつまで経っても現れない。
業を煮やした悠里は、ヘリアンに訴えた。
「で、この仕掛人は誰? 司会者は誰の番組?」
「何を仰っているのか、分からないのですが・・」
その言葉に、悠里が長ーいため息をついた。
「はーー。もう、引っ張りすぎよ。全く・・実留くんまで仕掛人だったのね。隣の部屋に隠れているのをとっ捕まえてやるわ!」
部屋を出た麻生は愕然とする。
なぜなら、部屋の外の人々の動きが止まっていたのだ。
一瞬これは大掛かりなどっきりだなと思ったが、窓の外を見てどっきりではないと確信した。
それは、窓の外を飛んでいる鳩が、翼を広げたまま落ちることなく、止まっているのだ。
窓の眼下に広がる街の光景は、人も車も動いてない世界だった。
少々頭がパニクったが、悠里の割りきりは早い。
「これって、時間が止まっているのよね・・面倒だわ」
部屋に戻って、ヘリアンと向き合った。
「あなたの名前はヘリアン・アイデ。そして、婚約者はレミージョ・ラーシェン。騎士団長の息子よね。そして、あなたが嘆いているのは、ミア・ハーゲンという男爵令嬢に婚約者が取られそうになっているから・・よね?」
ヘリアンが少し口を開いたまま、目を見開いていて、声も出せないほど驚いている。
「・・・」
彼女からの返事がない。
「そうよね?」
悠里は相手が落ち着くのを待たずに、せっかちに返答を強く求めた。
「そ、そうです・・。でもなぜ・・私のことをそのようにご存じなのですか? も、もしかして・・学校の関係者の方なのでしょうか?」
ヘリアンは恐る恐る質問をする。
悠里の目がカッと見開き、ヘリアンを見る。
「私が何者か?・・ですって! あ、あなたテレビや映画で、私を見たことはないの?」
「え? テレビ?・・ないです」
「Oh my god!」
久しぶりの投稿ですー!
いつものように、誤字脱字多いと思います。
読みづらくて申し訳ない・・。
是非、誤字脱字報告をよろしくお願いします。