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七節 勝負




 春ならではの柔らかな陽射しが降り注ぐ午後、椿は公園の近くでノーマンと遭遇した。いつも通り口説いてくるかと思いきや、公園の隅へ行くよう促された。


「何だよ」

「今日は違うアプローチをしようと思う」


 ノーマンは妙に気合いが入っていた。怪訝に思いながら見ていると、上着を脱ぎ捨てて体術の構えを取った。腰に佩いた剣に触れる気配はない。

 困惑する椿にノーマンは極めて真剣に告げる。


「これまで俺は様々なアプローチをしてきた。告白し、花を贈り、路地裏でいちゃいちゃした」

「いちゃいちゃしてねえだろ」

「もっと距離を縮めたい! だが椿は強い! というわけで、体術で勝ったらもう少し触らせてほしい!」

「発想がぶっ飛びすぎて怖えよ」


 椿とノーマンの間にはかなりの実力差がある。だからこそ勝ったらご褒美が欲しい、ということだろう。

 しかし真っ向から勝負してもノーマンに勝ち目はない。なにせ椿は元一級護衛士だ。自分で言うのも何だがノーマンより何倍も強い。そう思うのだが、ノーマンは自信があるらしい。


「俺と椿にはかなりの体格差がある。俺の鍛えた身体に勝てるかな?」


 得意気に笑っているところ悪いが、体格差など気にならない。


「自分よりデカい相手とは戦い慣れてるよ。ぶっちゃけおまえよりデカい。王国三本の指に入る護衛士だった」

「え? 何だその化物」


 二人とも真顔になった。椿の脳裏にはレオンの呑気な笑顔が浮かんでいる。レオンはノーマンより縦も横も大きく、戦技と体術は王国随一だった。義手になった後もルアルディ卿から勧誘されるほど優秀だ。

 ノーマンはそんな化物の存在が信じられないらしい。椿に歩み寄りながらおそるおそる聞いてくる。


「そんなに凄い人が実在するのか?」


 椿はしみじみと頷く。


「俺の教育係だったんだよ。強すぎていつもボコボコにされた」

「椿をボコボコに? 信じられない。俺より巨軀ならば動きが遅くなりそうだが」

「それが意味分からないくらい速いの。逃げ回っても一撃喰らったら終わり。重すぎて身体全体に響く」

「恐ろしい……椿ほどの天才にそこまで言わせるとは」

「もっと怖い話がある。そいつと同じ実力の化物が東の街にいるんだ。体格は俺と変わらないが、左利きですごく戦いづらい」

「左利き?」


 椿はついついノーマンに「化物」たちのことを語った。普段あの二人に負けっぱなしで、誰かに愚痴を言いたくなってしまった。ノーマンも興味津々だ。


「デカい方は一撃が重いから、まともに受けると腕が痺れる。そこでさらに追撃されて吹っ飛ばされる。左利きの方はとにかく戦いにくい。どこを責めればいいか分からない」

「デカい方は何故素早く動けるんだ? 普通に考えて椿より速いのはおかしいだろう」

「それな〜……色々観察してるけど、骨格と関節が違うのかもしれない。なんというか、全体的に動きがしなやかなんだよ」

「身体構造の話になるのか」


 ノーマンは首を傾げ、腕を伸ばした。


「どう違う?」

「腕は同じだよ。肩が柔らかくて、この辺の筋肉が発達している」


 説明しながらノーマンの肩に触り、はっとした。話に夢中になって普通に触ってしまった。椿は距離を取ろうとしたが、ノーマンは不思議そうにしている。


「それで、筋肉が何だ」

「……いや、この話はここまでだ。危ねえ」


 じりじり退がるとノーマンもようやく気付き、椿に手を伸ばした。


「待ってくれ、もう少しいちゃいちゃしたい」

「今のはいちゃいちゃじゃねえだろ」

「じゃあ勝負だ!」


 ノーマンが体術の構えを取る。椿はやれやれと息を吐き、拳を握った。椿はあの化物二人に鍛えられた。ノーマンには悪いが、勝負なんて一瞬で終わる。


「もう始めていいか」

「来い!」


 ノーマンが吠えた瞬間、地を蹴って肉薄し、みぞおちに拳を叩き込んだ。だいぶ手加減しているが、ノーマンは呻いて倒れ込んでいた。これで終わりだ。椿は余裕を持ってノーマンを見下ろしたが、震える手で足首を掴まれた。


「こら、負けただろ」

「も、もう一回」

「何度やっても同じだ。俺はあいつらには及ばないが、その辺の護衛士には負けない」

「うぅ……」


 かなりの吐き気と痛みに襲われているだろう。内臓が揺れるような殴り方をしたのでしばらく動けないはずだ。しかしノーマンは椿が思うより強かった。椿のズボンに縋りつき、よろよろと起き上がる。


「医務室送りを思い出す……」

「根性あるなあ」


 椿は本気で感心した。あの一撃を受けて動けるなんて驚きだ。日頃から訓練して身体を鍛えている証である。まだ伸び代があるのでは、と思っていると、ノーマンが足にしがみついて危ないことを呟いた。


「椿の脚……すらりとして素敵だ……」


 足を振ってノーマンを地面に落とした。うっかり変態であることを忘れていた。


「椿は体術まで綺麗だな……疾風のように速く鋭い……ものすごく痛いが興奮する」


 頭を殴ればよかったと後悔したが、最早いつものことだ。椿はノーマンの傍に屈み、諭すように言った。


「俺には勝てないと分かっただろう。もう仕掛けてくるなよ」

「じゃあ次のアプローチは何がいい」

「俺に聞くな」

「一緒に食事したい。食事デート」


 椿は何も言わず、ノーマンの肩を叩いて公園を出た。大声で呼び止められたが聞こえなかったふりをする。

 椿は通りを歩きながら先程のことを振り返り、ぽつりと呟いた。


「友人だったらよかったのに」


 やはりどれだけ口説かれても恋人にはなれない。

 友人では駄目なのだろうか。


 ――恋って難しい。


 そんなことを久しぶりに考えた。

 


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