表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

六節 路地裏にて




 椿は昼食を買いに行こうとして、今日もノーマンに会うだろうかとふと思った。ストーカーされているので会う確率は高いだろう。


「そろそろ本気で断らないとな」


 呟いて家を出る。以前も告げたが、椿にはアディアという本命がいる。ノーマンにどれだけ迫られても応えることはできない。勿論不倫をする気もない。きっぱり断って初恋を忘れてもらいたい。

 商店街の近くまで来ると、予想通りノーマンが現れた。


「椿、今日は元気そうだな! 昨日は突然倒れてびっくりしたぞ」


 快活に笑うノーマン。椿は彼の腕を掴み、近くの細い路地に引き摺り込んだ。驚くノーマンを壁際に追い詰め、顔の横に手をついた。さすがのノーマンもびっくりしている。


「いきなりどうした」


 椿は指先でノーマンの鎖骨をなぞり、喉仏に触れ、つうと顎の下まで撫でた。ノーマンは自然と喉を晒す格好になっている。戸惑い、赤くなっているノーマンを下からじっと見つめた。


「前も言ったけどさあ、俺には本命がいるの」


 喉をくすぐってみると、ノーマンはびくりと震えて顔を動かした。逃げようとしているが、壁についていた手で頬に触れた。距離の近さにだいぶ照れているようだ。普段は変態だが、本当はこういうことに慣れていないのかもしれない。


「つ、つばき」

「本命がいるからおまえには応えられない。分かったか? 返事は?」

「俺は諦めない」

「困った奴だ。このままだと俺はおまえを傷つけないといけなくなる」


 首を鷲掴みにするとノーマンははっとしていた。脅したくなかったが仕方ない。自分たちに未来はないのだから、何がなんでもここで終わらせるのだ。


「もう俺の前に現れるな。でなければ」


 喉を掴む手に力を入れようとした――その時だった。


「っ……椿……」

「えっ」


 ノーマンが目に涙を浮かべていた。まさか泣くとは思わず、ぎょっとして手を離した。ノーマンは項垂れてぽろぽろと涙を流していた。


「おまえ感情の振れ幅大きすぎだろ。そんなに泣くことか」

「椿が酷いことを言うから……! どうして現れるな、なんて言うんだ! 悲しい!」

「いや、でも」

「さっきまでエッチなことをする雰囲気だったじゃないか!」

「そんなわけあるか!」


 とんでもないことを大声で言われ、椿は慌ててノーマンの口を塞いだ。路地のすぐ傍を通る人々がひそひそ話しながらこちらを見ている。男同士の修羅場だと誤解されている。これは完全に想定外だ。焦っていると、ノーマンが椿の手を引き剥がして叫んだ。


「すごく期待したのに酷い!」

「俺にそういう気はねえよ。あれはおまえの急所を突く為に――」

「下から見上げてくる椿はものすごく色気があってときめいた。抱きしめていいか?」

「この状況でよくそんなこと言えるな」


 一周回ってすごい。呆然としていると、ノーマンは涙の痕を拭き、急に椿の肩を押した。今度はノーマンが椿を壁際に追い詰め、逃げ道を塞ぐように両腕を顔の横についた。椿と違うのは、照れすぎて顔が真っ赤になっているところだ。


「椿……俺はおまえのことが好きだ」


 椿は冷静に返した。


「知ってるよ。散々言われたから」

「本命がいても、王都にいる間は口説かせてほしい」

「何を言って……」

「王都を出たら二度と会えないかもしれないだろう」


 椿はノーマンを見上げて沈黙した。ノーマンはこれまでと違い、とても苦しそうな顔をしていた。


「俺は一応護衛士で、椿も多分どこかで戦闘行動をしている。身体つきを見れば分かる。俺たちは他の人より死に近い」

「…………」

「椿が本気で嫌ならもう会わないが、そうでなければ……望みがなくともいい、恋を続けさせてくれ」


 ノーマンは椿の肩に額を押し付けてくる。ノーマンはすべて分かった上で「恋」をしていたらしい。遠い学生の頃の初恋の続きを。


「でも、逆につらくないか。俺はおまえに応えられないんだぞ」

「可能性はゼロじゃない。残りわずかな可能性に賭ける」

「賭けても無駄だ」

「無駄かどうかはまだ分からない」


 さりげなさを装って抱きしめようとしてくる。椿はノーマンの腕を掴んで押し留め、下から睨みつけた。


「俺が何言っても聞かないんだな。悪い奴め」

「椿だって俺をいつまでも誘惑する悪い奴だ」

「誘惑してねえよ」


 つい苦笑してしまった。どうやらノーマンはこれからも椿に恋をして、隙あらば口説こうとするらしい。拒絶した方がいいと思うが、王都にいる間だけなら問題ない気もする。

 椿はノーマンと見つめ合った。ノーマンの青い瞳は緊張や照れでうっすら涙目だった。椿はノーマンの額を指で弾き、腕の中から逃げ出した。


「王都にいる間だけだぞ」


 ノーマンはぱっと瞳を輝かせていた。


「ありがとう! 好きだ!」


 不毛な恋だというのに、眩しく見えるほど嬉しそうな笑顔だった。

 ノーマンは困った男だが、底抜けに明るくて良い奴だ。だからといって惚れることはまずないが、嫌な気持ちにはならなかった。

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ