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三節 薔薇の花束




 春といえど朝はまだまだ寒い。椿は目覚めたものの、布団にくるまってぼんやりしていた。眠いし寒いし、なんだか身体が重い気がする。連日佳姫に魔力を喰われて疲れているようだ。

 このまま二度寝したいが、アルヴィに疲労を悟られたくない。アルヴィは心配性なので、疲れていると知ったら大慌てするだろう。気合いで起き上がり、欠伸をしながら居間へ降りた。


 アルヴィは慌ただしく朝食を作っていた。毎日出勤する奴は大変だな、と呑気に思う。


「椿さん、おはようございます」

「おう。時間大丈夫か? 手伝うぞ」


 椿も簡単な料理なら作れる。伸ばしっぱなしの髪をうなじで結んで台所に立ち、サラダ用のキャベツを刻んだ。アルヴィはパンにトマトソースを塗り、スライスした卵とチーズを乗せていた。これを焼く間にじゃがいものポタージュを仕上げるらしい。


「朝からしっかり作るんだな」

「もう一品欲しいんですが食材が足りません。椿さん、そっちのバター取ってください」


 朝食が完成すると、テーブルに着いて二人で食べた。年々アルヴィの料理の腕が上がっている気がする。毎日自炊をしていれば当然か。

 アルヴィの成長に関心していると、メモ用紙とペンを渡された。


「すみませんが、食材が尽きたので昼の間に買っておいてください。春キャベツと玉ねぎと……」


 言われたものをメモし、買い物を了解した。野菜が中心で、調味料と肉は少なめだ。


「近所の商店街で揃うと思います。では俺は出勤します」

「いってらー」


 アルヴィは食事を終えると仕事鞄を持ってバタバタと出て行った。玄関扉が閉まる音を聞き、椿は深々と息を吐く。


「だるい……そろそろ魔力をどうにかしないと」


 買い物が終わったら昼寝でもしよう。魔力を回復させるには眠るのが一番だ。

 皿洗いをしてテーブルを拭き、買い物の準備をした。商店街が活気づくのはもう少し後だ。ソファでうとうとしてからメモを握りしめて外へ出た。

 椿の頭には買い物のことしかなかったが、ノーマンが現れて足が止まった。


「おはよう椿。今日はプレゼントを持ってきたぞ」


 いきなり何だと眉を寄せると、ノーマンが眩しいほどの笑顔で花束を差し出してきた。赤い薔薇の花束で、かなり大きい。二十輪くらいありそうだ。


「何これ」

「恋のアプローチだ。好きだ。受け取ってほしい」

「花より食料がいい」


 真顔で言った。花を貰っても扱い方が分からないし、腹の足しになる食料がほしい。ノーマンは大袈裟なほどショックを受けていた。


「花は駄目か? この季節にこの数の薔薇は頑張った方なんだが」

「まあ花に罪はないが、おまえが罪深すぎるから」

「俺に何の罪が!?」


 色々あるだろうと言おうとして呑み込んだ。朝から面倒な会話をしたくない。椿にはアルヴィから頼まれた買い物があるのだ。

 商店街へ向かうが、やはりノーマンが付いてくる。


「これまで順番を間違えてきたことは謝る。おまえと仲良くなりたいんだ。最終的に付き合いたいし宿へ行きたい。殴られるのも好きだ」

「順番を気にする前に欲望を隠せ」

「そ、その冷たい瞳もいいな……興奮する……」


 ここまでブレないといっそ清々しい。それにしても今日は調子が悪い。怒る気力が湧かないし、なんだか歩くのさえ面倒になってきた。魔力切れに近い状態に陥っているようだ。椿はぼうっと商店街を眺め、何か言っているノーマンを見た。

 休みたい。買い物をする体力がない。そしてノーマンの相手をする余裕もない。ならば。


「なあ、ちょっと買い物してくれない?」

「え?」

「このメモに必要なもの書いてあるから。はい財布。俺はこの辺で休んでる。頼んだぜ」


 メモと財布を押し付け、代わりに薔薇の花束を受け取った。花束を持っていたら買い物なんてできないだろうと思ったのだが、ノーマンはとても嬉しそうにしていた。


「まさか椿が花束を受け取った上、俺を頼ってくれるとは……! 買い物は任せろ! ちゃんと全部買ってくる!」


 ノーマンは元気に手を振って商店街へ走っていく。椿は近くにあったベンチに座り、背もたれに身を預けてまた欠伸した。

 春の穏やかな陽射しが気持ち良い。風が吹くと花束の香りに包まれ、心が落ち着いた。薔薇なんて贈られても困るが、香りは悪くないと思う。それどころかリラックスして眠ってしまいそうだ。

 うとうとしながらノーマンのことを考える。筋肉バカで変態だが悪い奴ではない気がする。これまで殴り飛ばして逃げていたが、そろそろ向き合った方がいい。


 ノーマンは椿のことが好きらしいが、椿には心に決めた人がいる。どんなに好きだと言われても応えることはできない。きちんと断って初恋を忘れてもらおう。

 半分眠りかけていると、買い物を終えたノーマンが戻ってきた。


「ちゃんと全部買ってきたぞ」

「助かった。悪いな」


 紙袋や野菜が入った麻袋を持ち、ベンチから立ち上がった。ノーマンを真っ直ぐ見上げ、正直に言う。


「おまえは良い奴だから教えておく。俺には好きな奴がいる」


 アディアは性格が悪いし物騒な奴だが、時折見せる弱さや優しさに惚れてしまった。何より、あれだけ長く一緒にいると離れられない。ずっと傍にいたいと思う。


「どれだけアプローチされても、俺がおまえに靡くことはない。受け入れてくれ」


 これだけはっきり言ったら諦めるだろう。初恋が叶わないのは少々可哀想だが、中途半端に接するのは不誠実だと思う。

 椿は花束を返そうとしたが、ノーマンは思い詰めた様子でぽつりと言った。


「では不倫か……」

「何でだよ」


 思わずつっこんだ。本当に何を言っているのやら。しかしノーマンは真剣だ。


「そうだ、不倫はあまり良くないことだ。しかし俺たちの未来には不倫以外ないだろう。どうすればいい?」

「未来なんてねえよ」

「俺は椿に弄ばれる運命なのか。この鬼畜め! 許さんぞ!」


 と言いつつ瞳を輝かせている。前々から思っていたが、ノーマンの思考はポジティブすぎて別方向でおかしくなっている。椿はよく周りから変だと言われるが、上には上がいる。


「俺には好きな奴がいるの! おまえのことは眼中にないの!」

「諦めない! それが俺だ! 好きだああ!」

「うるせえ!」


 全力で殴るが、ノーマンは頑丈なのであまり効いていない。椿の拳に慣れてきた感じがする。

 早くマリスに帰りたい。そしてアディアとぐだぐだしたい。

 こんな熱苦しい男より、冷たくて淡々とした氷のような男の方がいい。


「俺は不倫でもいい!」


 こんなことを笑顔で叫ぶ男は御免だ。

 椿は必死になって逃げ回るのだった。




 帰宅後、薔薇の花束を返し忘れたことに気付いた。花に罪はないので捨てるのは嫌だ。アルヴィは観葉植物が好きらしいので、扱い方を知っているだろうか。


「う……もう駄目だ……」


 椿はふらふらとソファに倒れ、力尽きて眠りに落ちた。夢の中にまでノーマンが追いかけてきたらどうしようと思ったが、幸い疲れすぎていて夢を見ることもなかった。

 

 


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