勇者の輝き
とても重要なことをトカゲはさらっとカミングアウトしてきた。
(どうせならカメレオンを倒した直後ぐらいに言っえばいいのに……)
と、心の中で水を差す。このお姫様に刺された傷が、致命傷にはならなくともズキズキと痛んでくるからだ。
「…………チッ、余計なことを……」
女の子の方も端麗な顔を歪ませながら、舌打ちをする。
レンをトカゲは脅すように言う。
「とにかく、そいつは殺すな。殺すなら、二度とお前には力は貸さないぞ」
それを聞き、少々怪訝な顔をしながら言い返す。
「要は見逃せってことね?」
「そうだ」
そんなトカゲの肯定の言葉にレンは反発する。
「……でも君、最初に力を貸してくれた時、僕がしたい事にちゃんと賛成してたのに。どうゆう風の吹き回しだい?」
したい事というのは熊男の時に言った「吸血鬼皆殺しにしたい」というものだ。レンのこの態度は、一種族の皆殺しにノリノリに協力する奴が今目の前の少女を守ろうとする道理があるのか。いわば単なる疑問である。
その答えは案外、すぐに返ってきた。
「すまないな、俺はその小娘の母親と友なのだ」
トカゲは落ち着いた目をして、きちんと答えた。前の殺伐とした雰囲気から、やけに感傷的になる。
その女の子の母親と友達。つまりは魔王の関係者とも言えるのかもしれない。
トカゲのそんな様子に、色々思うところはあれど、多少は納得したのか、
「まあ、分かったよ」
と、手を離した。
女の子は「やっと自由の身になった」とでも言わんばかりか、体を伸ばしながら握りしめられた首根っこを撫でている。
そしてレンには、気になることがまた一つできた。
「もう一つ聞くけど、彼の母親ってどうゆう立場なのs……」
レンとトカゲのやり取りを黙って聞いていた女の子が突然、レンが「さ」を言う前にに入ってきた。
「魔王」
たった2文字の言葉だけであらかた見当がついた。
そのまま、女の子が続ける。
「こいつは魔王の鎧、つまりペットよ」
「えぇ……」
遠慮も無く、人ではないが他人のプライバシーを侵害してきた。
女の子のその台詞に唖然とする。だが、それはブラッドがペットであったことよりも、魔王が女性であったことが原因であった。頭の中で色々と積み上げてきた魔王像が崩れ去っていまった。
「失礼極まりないぞ。そもそも、俺とあいつは長年を共にした友だ」
と、細かいところに反論してきたトカゲを尻目に更に言葉を続ける。
「そして私は、"十二使徒"山羊黄印、カプリ・バートロードよ」
「え……?デブ?!」
何やらわけの分からない単語を並べているが、何一つとして分からない。
十二使徒……聞いた事自体はある単語だが、要は吸血鬼組織の幹部的な立ち位置なのだろう。
そう考えたら、血筋的な意味で魔王の娘ということも納得だ。
頭の中で平然とそんなことを考えていると、
「あべしっ!?」
レンが色々と考える前に放った一言に、感応し、カプリの小さな掌がレンの頬へと向けられ、思いっ切り叩きつけられる。
「デ・ネ・ブ!そんな蔑称で400年共にしてきたこの字を呼ぶんじゃないわよ!!」
カプリがそう血相を変えて、ガミガミと言った時、地面に這っているブラッドの声が聞こえてくる。だが、如何せん声が色々と小さいので、レンとカプリにははっきりとは聞こえなかった。なので、2人は地面に耳を傾けながら這いつくばる。はたから見ると、かなり珍妙な光景のため、周りに人がいないことを安堵する。
「おい、小僧。お前特に目的地はなのだろう?」
と、トカゲはレンとカプリ2人に顔を近づけられながらで言った。
それにレンはなにか訝しげに答える。
「まあ、ないよ。このまま路銀をいくらか貯めるつもりさ」
少し右頬が緩めながらトカゲは話した。
「ならいい。……じゃあ、決めた。小僧、お前の吸血鬼狩りの目的地は北の大地の更に奥。魔王城のある孤島、ロストシルバニアだ」
「はぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁあ!!!???」
突然飛躍した話に、地面に這いながら気持ちのいい怒鳴り声を上げた。
レンがギルドを出てから、数時間後のお日様が眩しい昼時、スグルたちはギルドマスターの説明を受けていた。
スグル達の前に少々小汚い中年一歩手前の男が立っていた。
無精ひげを生やした顔、生気のない目にかかったボサボサな髪、まるで浮浪者と思わせる人相である。
これがこの街のギルドマスターだ。逃げ延びた中での唯一の女の子は、
(こんなんが、街のギルドとやらのトップとか……この街大丈夫かしら)
と、大分失礼なことを思う。
「えっと……これから〜君達には吸血鬼狩り登録前の検査を受けてもらう。まあ〜簡単なやつだ。すぐ〜に終わる」
と、やる気のない態度でスグル達に対応をする。
その直後、男は指を鳴らした。次の瞬間受付の奥からゾロゾロとウェイトレスさん達が4〜5人出てきた。
本だったりなど全員何かしらを道具を持っているのだが、その中の1人は片手で持ちきれないぐらいの大きさの水晶を持って来ている。
マスターをその水晶を見て、説明を再開させる。
「こいつを使う。別に金は取らないから心置きなくやってくれ」
と、本人なりのつまらないジョークを交えてヘラヘラ笑いながら説明してきた。緊張ほぐしのためだったら申し訳がない。
そんなマスターの笑顔は片手を見ない内に消えていた。
「痛ッた!!」
マスターの顔が青ざめる。
「駄目ですよ、責任者、ちゃんと転生者の皆様へ"星神試練"の説明をやってくれないと」
1人のウェイトレスがマスターの職務態度を見かねて、脛を思い切り蹴ったのだ。
そのウェイトレスの顔はスグルには何やら見覚えがあった。
「あぁ!!昨日の!」
スグルの目に映ったのは、レンと共に始めて受けた依頼を担当していたウェイトレスの人であるが、あの時の無愛想で厳しい態度は依然として変わっていない。
そんなスグルの反応を受け、ウェイトレスの方も取り乱しはしないものの以前よりも少し愛想よく受け答えをしてくれた。
「お久しぶりです。転生者様」
「あの……きちんとやるんで説明続けちゃっていいっスカ?」
マスターが脛を押さえ、威厳の欠片もない喋り方で割に入ってきた。
スグルとウェイトレスはそれを聞きいて「あっ……やべ」という顔になった。
その顔を見届け、マスターは再び説明を再開した。
「さっき、彼女が言っていたから分かるかもしれないがこれから君達が受けるのは『星神試練』というものだ。まあ、試練といっても神聖な占いとでも思ってくれたらいい」
と、軽い調子で言う。
それに続けて、
「やることは手をかざすだけ。簡単な事だよ」
と補足を入れた。
それに対してスグルは「星神」という単語が簡単には喉を通らなかった。
星というのはどこの星なのか、この世界には天文学というものはあるのか、神とは何なのか、自分たちをこの世界には飛ばした女神とは同一なのか、とスグルは分からないなりに色々な事だ考える。
だが、その思考は一旦の答えを出す前に止まる。
ギルドマスターがスグルに向けて指を指してきた。
「じゃあ〜まず君から。大丈夫大丈夫すぐ終わる」
と、半ば強引にスグルを水晶の前へ立たせた。
「はい、手を出して」
スグルの手を小学校の図工の授業での教師のように掴む。するとギルドマスターは、優しく、何かに祈るように、何かに撫でるように、
「星の導きに」
と唱えた。
次の瞬間、水晶の中が光り輝いた。
いや、それよりも、映し出されたという方が正しいだろう。
映し出されたのは金色に眩く輝く点である。
「えっと……金、金。あれ?無い……」
水晶の隣に居た本を持ったウェイトレスが呟く。
本を持ったウェイトレスは続けて、
「あの〜マスター、金色のは本には載っていません。もしかしてこの方って、未知の適性を持っているんじゃ……」
と、不安半分、好奇心半分で尋ねる。
それに対し、ギルドマスターは冷静であった。というよりも驚いてはいるがこのウェイトレスのように無知では無い。
そのウェイトレスの言葉をきっぱりと否定する。
「いいや、そうじゃない。そうじゃないけど、びっくり仰天ものだよ」
つまり、この光が何か知っているのだ。
「金色の輝き。400年前、''殲滅の魔王"を滅ぼした英雄。勇者の輝きだよ」
「え?」
それは呆然とするしかない紛れもない真実であった。