山羊のお姫様
ここは神界……とでも言うべきだろうか。
そこのとある一角にて現世の様子をまじましと見ているのが一柱いる。あの女神様である。
やたらと豪華な椅子に座り、右手に金色の果物を持ちながら快適そうに観察していた。
「あのやたら心の声がうるさかった子……ちゃんと私からの贈り物を使ってくれているみたいねぇ〜☆」
今見ているのはレンの近況のようである。一人なのにも関わらず、口調は別に変えないのだ。
「ん?一緒にいる子ってもしかして……あの子じゃ……」
まるで体育の時間の授業参観に参加する親のような気持ちでよ〜く見ている。といっても、右手には金色の果実を持っているなんて珍妙な輩は親はもちろん、身近には居てほしくない。
「そうだとしても、今はこの子の側に居させるのが一番都合がいいかもねぇ〜☆」
そう言い終わらない内に、シャリっとした音を立てながら金色の果物を丸かじりする。
一方、現世では絶賛レンとカメレオンが向き合ってるという状況である。
「……生憎、こちらは暇では無いんです。一刻も早くケリをつけたいところです」
カメレオンがどこかむず痒いような焦りを感じて居るのがこちらでも見て取れる。
「まあ、もう暗いしね。こっちも同じ気持ちさ」
その言葉を聞き、僅かな笑みと余裕が溢れていた。
「では、そうゆうことなら……」
スッと、その姿が森林の暗闇へと消え去った。
一瞬で姿が消えてしまったというなら高速移動のようなものなのだろう。いや、違う。
ふと足元を見てみるとカメレオンが立っていた芝生から直ぐ側の木まで足跡が伸びている。
(あの長い舌に、緑の体のカメレオン。だとしたらもしかして……)
その考えが完全に纏まる前にさっきの舌攻撃がこちらへ伸びていく。
バチィィン、という気持ちのいい音共に全身に響く。
「……やっぱりか」
直後、足跡が伸びていた木々に張り付くカメレオンの姿がハッキリと見えた。
「まあ、予想は出来たことなんだろうけど……いまいち冴えてないねぇ、僕。透明化なんてさぁ〜」
そうお察しの透明化である。
(ん〜?よくよく考えてみれば足跡ですぐ気づけたよな……)
なんてことを考えていると、カメレオンが不格好に張り付きながら口を開いた。
「私達の一番の強みはこの透明化。貴方の様な劣等種には到底見えるものではありません」
緑トカゲはそうしてレンを煽る。だが、その姿はどこか虚勢を張っているようにも見えた。
そう言い終わるとまた、姿を消していく。
スタっという軽快な足音と仄かな微風が立つ。
どうやら、今度は周りの木々を伝いながら意味もなく回っているようなのである。さっき受けた攻撃は鎧のおかげかそこまでの痛さは感じなかったが、あまりこのまま一方的になるのは好ましくない。
「さぁ〜てどうしよっかな〜、僕はあいつが見えないし……」
こう言いつつも、微かに笑みが溢れている。
まるで無防備とも取れるような貫禄で地面に座り込む。
「えい」
青々しい雑草を手に目一杯掴む。
そうこうしている間に3時の方向にからに2回目の攻撃が来てしまった。防御を取らないと行けない。のだが何故かレンは棒立ちである。
次の瞬間、「グギャ」と呻きながら長い舌が地面、というよりそこらの雑草にあの長い舌が巻き取られいた。
「し……、舌が……」
いきなりの事に慌てるカメレオンとは対照的に飄々とした様子で語りかける。
「僕にはまあ、特殊な力があってね。どうやら認識の問題みたいだよ。つってもこれは大分無理やりだけどね」
レンのスキル「拘束」は自身から硬いロープを出すのと拘束具の性能を上げるというものだ。つまり、足元の雑草を「拘束具」として無理やり認識をし、後者の能力に適応させたのだ。
「「…………へぇ(ほう)」」
無言で蚊帳の外に居たトカゲも女の子もこれには心を惹かれ、感心している。
「ティッ」
「グフッ……」
カメレオンは軽く吹き飛ばされ、そこら辺の木々に叩きつけられた。しかし、レン自らの手ではなく、熊男をやっつけた時の紋章を代わりに叩きつけた。
紋章でカメレオンへそのまま押し潰す。
「イギャァァァァァァァァァ!!!」
「五月蝿よ」
木々と紋章の間に挟まれ、潰されているこからか、はたまた紋章から謎エネルギーが出ているからかは分からないが、文字で表し難い程、痛みで叫んでいる。
「えぇ……、こんな悪趣味なオマケもあるのか……じゃあできるだけ早く終わらすよ」
と、カメレオンが感じている苦痛はレンにも想定外のようだった。
カメレオンはしばらくすると息も絶え絶えのまさに瀕死の状態になった。そんなカメレオンにレンは冷静にだけど、凛として問いかけた。
「……一応聞いておくけどなんであの子を狙ったの?」
「家族の為ですよ」
「……は〜ん」
今際の際に立っている者の予想外の言葉に少しばかり驚いた。
「あれを北の国の奴らに差し出せば、大金をもらえるのですよ。そうしたら私の家族は将来ずっと安泰に暮らしていける。友達だって恋人だってできるかもしれな……」
プチ。
そこで言葉が途絶えた。カメレオンが理由を述べ終える前に頭が潰れてしまった。いや、潰れたというよりも潰されたの方が正しい。
眉間にシワを寄せながら誰かを軽蔑する目で言う。
「家族の為だけにこんな事するのは美談だとは思うけど、その美しさがどこかの誰かを不幸にするっていうんだったら、死んでも文句は言えないよね」
つまらなそうに溜め息をついた後、スタスタと駆け足であの女の子の元へ駆け寄る。だけども、カメレオンと同じ様にレンも虚勢を張っていたようだった。
「大丈夫?怪我はなかったかい?」
「ハイッ、大丈夫です!!あなたの方こそ怪我はないんですか?」
若干の元気さに気圧され、少し怯んでしまいそうであったが、なんとか質問に答える。
「まあ、無事だね。というよりもこの鎧の影響かなんかで傷が治っちゃうんだよね」
「そうなんですね!!良かったですぅ〜」
ニコリとこちらへ微笑んでくる。その笑顔に何か不思議な感覚を第六感が感じ取る。それに、彼女の口調は、初対面の時から少々変わっており、あの女神を感じされるものがある。
彼女どころか女友達もろくに作らなかったレンには少々照れくさいものなのかは分からないが、照れくささからくるものなのだろうか。
そんな中レンは女の子に単刀直入に聞く。
「……で君はどこに住んでいるんだっけ?」
「え、えっと〜この森を抜けてから……た、確か少し先の街だわ」
少々ぎこち無い説明をしながら、森の先を指で指した。
レンのこの質問は決してやましい意図があったのではない。人として当然の人道である。
「なるほどなるほど。森の先ね、えっと確かここに入ってたような……」
ガサゴソと登録の際にもらった、ロールプレイングで言うスターターセットのポーチを漁る。
「おっ、あった。よかった〜、荷物入れから探し物を探す時っていうのは生きた心地がしないからね」
と、少し饒舌に言いながら出したのは既に誰かに使われたような赤いシミのついた簡素な地図であった。
「確か……君が言っているのは、この森を回り道したとこにある……このシェラタンって街だよね?」
と、地図を指差しながら問いかける。
「そ、そうそうそう、そうなんですよぉ〜」
食い気味に、激しく頷いてくる。
「それにぃ〜、もうすっかり真っ暗ですしぃ〜さっきの緑トカゲみたいな奴がでてきたら怖いですぅ〜」
確かに、辺りはもう日が沈んでいる。それに、昨日の熊男のような奴が出てくる可能性も十分にある。
論理的に考えると彼女の言っている事は正しい。
それに対し、レンは
「じゃあ、お気をつけて」
と、一人で帰らせる気満々だ。
そんなレンの袖を物凄い力で女の子が掴んでくる。
「あのぉ〜一人で帰るなんて怖いですぅ〜一緒に帰ってくれませんかぁ〜?」
と、上目遣いで懇願をしてくる。
そんな目に多少の良心が痛み……
「……まあいいか、分かったよ。君を送り届けるよ」
承諾してしまった。
「やったぁ~」
レンが言葉を言い終わるのと同時に後ろに隠れる形に回ってきた。
といっても、背丈は同じくらいのため、漫画に出てくるようなか弱い女の子という気はしない。
そうして、街への最初の一歩を踏み出す瞬間。
サクッとした音と共に血が滴る。
レンはその原因をすぐさま目にする。腹を刃で刺された。
「……………はぁ」
落胆と安堵感の込められた溜息を吐いた。
「悪いわね、せっかく助けてもらったのに。貴方が使っていたその龍。そいつさえいなければ貴方はこうはならずに済んだのよ」
そう言って、腹に刺した刃物を抜く。いや、刃物ではない。少なくとも、短剣やナイフなどの凡庸なものとは違った。
女の子の右腕から大鎌の刃のようなものが大きく1本だけ生えているのだ。
「君、やっぱりとは思ったけど、さっきの奴と同類か……」
レンは先程感じた変な感覚の正体が分かった。不信感だ。
口だけは動かしているが、体は突っ立てるのがやっとなのか、突き刺された時の姿勢から全く動いていない。
「あら、感づいていたのね。そうよ、私は吸血鬼。かといって、同類だなんて、失礼よ。下劣なあの緑トカゲと一緒にしてほしくないわね 」
彼女の姿はさっきと大きく異なっていた。
先程の町娘の容姿から、腐りきった果物のようにドロドロと外面を覆う肉が剥がれていく。
そうして姿を現したのは頭には二本の小さな角、白い肌に白い髪。まるで山羊の子供を連想させる姿だった。外面だけではなく、声帯の肉も本来の姿に戻ったようで、声も変わっていた。
彼女のその佇まいは、凛としているようで未成熟。例えるなら、つぼみが開ききらない花だ。彼女本来の声だって、カメレオンのような大人な雰囲気がなく、風鈴の音のように、幼さのある高い声だった。
女の子の言葉を聞き、何か思うことがあったのか、眉をピクリ、と動かす。
「それにしても……貴方どうして私が吸血鬼だってこと分かってたのかしら?自分で言うのも何だけど完璧にか弱い女の子の真似をしていたのだけれど」
心底疑問だったのか、それとも、文字通り自分の手で腹を刺した相手を余程格下と思っているのか、姿勢も心構えも緩んでいた。だが、その緩みが命取りになることもあるのだ。
「グエェーー!!!」
瞬間、レンが女の子の右手首と首根っこを握り絞め、取り押さえる。
女の子の方は余りの一瞬出来事に、焦る間もなく、途轍もなく情けない声を上げながら組み伏せられていた。
「こちらの方こそ、こんな体勢になってしまって悪いね。えっと〜、『どうして分かったのか』だっけ?」
ようやく頭が状況に追いついてきらしく、ジタバタする女の子を踏みつけながら、他愛もない質問に答えようとする。
「まあ、君。ちょくちょくボロ出してたしね」
「えぇ!?」
自分の演技にそんなに自信があったのか知らないが信じられないものを見ている様な目で見てくる。
そんな目も気にも留めずにレンは話し続ける。
「緑トカゲを倒す前と後でキャラ違い過ぎるし、住んでるとこ聞いたら、ものすご〜くあやふやだったしさ」
それを聞いて、失態が悔しいのかジタバタと足を動かす。まるで、次があるかのように。
ショックで先程までポカーンと、間抜け面に空いていた口で語る。
「っま……まあ次はうまくやればいいってだけだしぃ、この経験を糧にもっとうまく騙せるようにするわよ」
こんな状況にも関わらず、随分とポジティブな発言をした。
そんな言葉を聞き、心底疑問そうに質問する。
「え……どうやって?次はないのに」
質問の意味として「今、ここで君は死ぬから次はないよ」って事である。
その意味を理解したのか、
「……貴方、まさか自分が優位に立っているとでも思ってるの?」
と、心底余裕そうに聞き返す。
「というと?」
「貴方、さっき私から大きな刃が出てきたの覚えてないの?私は体中、いつでもどこでも、何本でも刃を出すことだって出来るのよ。当然、貴方が今向き合っている背からもね」
「嘘こけ」
少し悪意ありげにニコリとしながら続ける。
「君が言ってる事が仮に正しいのだとすれば、なんで最初の一撃で確実に殺そうとしなかったんだい?何百本の刃で僕をぐちゃぐちゃにする事だって出来るはずなのに」
「…………ッチ」
女の子の額には少しばかりか冷汗が滲んでいる。すぐバレる虚飾が剥がれたのだ。
「…………随分と貴方は感がいいのね。そうよ、今の言葉は大体嘘。本当は1本だけしか体から出せないのよ……」
「フッ……」
と、文体では表せないくらい嫌味に鼻で笑う。
「……でも、たかが人間如き。1本だけでも簡単に殺す事だってできるわよ」
至って落ち着いた様子で堂々と喧嘩をふっかける。
余裕そうだったレンのこめかみがピクリと動く。
「ほへぇ〜〜、いい性格してるねぇ。じゃあ、試してみるかい?いいよ来いよ。僕はこのまま君の首に力を込めるだけでいいんだからさ」
更に、レンは瞳を鋭く尖らせながら続ける。
「……あと、家族のために頑張っていたあの緑トカゲを、下劣だなんて。殺した僕が言うのもなんだけど、人としてどうかと思うよ」
「人外に人道を求めるのはやめて欲しいわね。それに殺した自覚があるなら、よくそんなことが言えるわね。人格破綻者以外のないものでもないわよ」
ミシミシと音を立てながら、女の子の首根っこを掴んでる指先に少しばかりか力を入れる。このまま首を折るつもりである。
女の子の方も少々体を揺すりながら、確実に行動不能にされられるよう、刃の位置を調整している。
(昔から握力は強い方さ)
(かかって来なさいよ。私だってここで死ぬつもりはないわ)
と、お互いに殺る気は満々だ。
だが、ここで邪魔が入ってきた。
首根っこを掴んでいた手が叩かれた。
「痛」と、随分と簡素な反応をする。
叩いたのは、女の子はではない。現在進行系で組み伏せられている。
地面から聞いたことのある声がした。
見てみると、少し大きな赤黒い生い物がいた。
今まで、ずっと何一つ口を開いていなかった赤いのトカゲ。ブラッドである。
「そこまでにしておけ、小僧。そいつを殺すのは俺が許さん」
意外な一言である。
てっきり、「ちんたらするな。ささっと殺せ」くらい言うと思っていたのだが、その口から出たのはまさかの制止の言葉であった。
何故か聞きたいところだが、そんな質問も入れないくらいの勢いで続けた。いや、入れないのは勢いだけではなく、その内容の衝撃度の方もあった。しかも、特大のものである。
「その小娘は魔王の娘。まあ、要は吸血鬼共のお姫様だ」
「ぇええーーー!!?」