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片鱗

 熊男は先程のやり取りからずっと殺気立っていた。それを自分でも分かっているのか、自身を落ち着かせるための煽り文句を吐く。


 「おい、テメエさっきからごちゃごちゃと。そんな悪趣味なの身に着けても、俺には勝てやしねぇんだぞ」


はっきり言って、そんな事ことに興味はない。

 レンの興味は今、身に纏っている鎧にある。ゴテゴテしたマントに、赤黒い装飾、全身から絶え間無く禍々しいオーラを放っている。


 「どうした?早く殺れ」


 なんなら声もする。


 「いや〜ね、君がどこにいるのかって気になってね」


 「そんなこと今気にしてどうする。いいから目の前の雑魚一匹、さっさと片付けろ」


 こっちからすると、体からやたら渋い声がどこからか出ているので気色が悪い。


 「まあ、どうしてもというなら教えてやる。後ろを見てみろ、分かりやすいぞ」


 振り返ると鎧のマントの内側に何かしらの紋章がある。

 言い方から察するに恐らく……


 「ここだ」


 「ここかぁ…」


 レンの想像とは一口も二口も違ったものであった。もうちょっと格好の良いものを期待していた。


 「うるさい、俺だってもっといい所が良かったぞ。なんなら乗っ取ってやってもいいんだぞ」


 トカゲを見る目が得体のしれない謎生物から、何かと不遇な奴をみる目に変わった気がする。

 

「マント燃やすよ?それに……、前を見たほうがいいと思うけど」


 「え?……あー成る程な」


 「向かって来てるね」


 「そうだな」


 「潰れて死ねェェェェ」


 そんなレン達の曖昧な応答が耳に入らないくらいものすごい剣幕で突っ込んで来る。

 つまらない漫才などしてる暇などなかった。

 巨体を向けながら、猛スピードでタックルしてきている。

 避けようとした頃には既に手遅れ。人間が食らったら骨の一本や二本ではすまないだろう。

 タックルは直撃し、力では押し負けているため、後ろの雑木林の方へどんどん押されていっている。

 挙句の果て太めの巨木に押し付けられた。


 手の甲で平手打ちされてあれだ。全身に負荷がかかり、もう肋の2、3本は折れているかもしれない。

 このままでは折角の力が無意味になってしまう。(もうだめだ……)なんて思ってしまう。

 しかし、特に何も起こらない。痛くも無い。

「は?お前今直撃したよな。なのになんで…」


 「舐めるなよ」


 トカゲの声だ。

 突然マントの方から声が出てくるのに、少々びっくりした熊男と気味悪がってるレンを尻目に続ける。


「この鎧はかつて、伝説の名工が作ったとされる物だ。お前如きに破れるものか」


トカゲは、さも自分のことの様に語るが、レンはその言葉に信憑性を感じる。確かに傷一つも付いてない。

 まあ、その名工とやらの鍛冶の技術はとんでもなよいのだろうか。


 「オォラァ!!!」


 熊男はそんな様子に余計に癇癪を起こしたのか、いきなりグーで殴った。

 拳が顔に迫りくる。しかし、熊男の拳よりも先に熊男の腹に拳がめり込んだ。

 その拳は間違いなく、自分のものだった。


「ッッ……!!おぼふ」


 熊男はその場で膝をつき、息を荒げる。その姿は失笑ものである。


 「随分と、手間がかかってるな。素手じゃそれが限界か?」


トカゲの声のせいでビクッと固まった。

突然生きるか死ぬかの瀬戸際で話しかけてるのはやめて欲しいものだ、とレンは思う。

 どうやら言いたい事の意味としては、武器を使え、ということらしい。といっても、近くに武器になりそうなものなんて、小学生の頃よく拾ったいい感じの枝しか、辺りにはない。


 「で?何がいいたいのさ」


 突然話しかけれたことを若干気にしながら質問する。質問の意図としては、武器を使え、以外の意味をさっきの質問から読み取ろうとしたものである。

 

 「その鎧は特別な素材で出来ていてな、魔力・腕力・知力その他諸々が強化される」


「つまり?」


「あいつよりも圧倒的にお前の方が強い」


 ニヤリと微笑む。それだったらもう慎重にやる必要はない、とレンは途端に身体を伸ばした。直後に、謎の自信が、身体の底から湧いてくる。


 「案外君とは仲良くなれそうだよ」

 

 フッ、と嘲る。


「だといいがな」

 

 そんな2人に、早急に立ち上がった熊男は突進して行く。


 「よくも俺をこんなにコケにしやがって……どんなにがヤバいやつでも所詮はただの小動b……」


 「五月蝿い」


 少し宙から蹴りが飛ぶ。おかしい筈だ。

さっきまで相手と、自分の脚まで、1・2メートル程離れているのに、一瞬で自分の元から熊男の元まで飛んできたのだ。

 熊男はそのまま巨木に吹っ飛ばされた。

 レンは良い意味で違和感を感じている。


 (身体がいつもよりも軽い……これってもしや……)


 この鎧のおかげ、と考えるのが自然である。トカゲの言っていたことを実感した。

 だが、直後、吹き飛ばされ、巨木に埋まっていた熊男はこちらの方へと帰ってきた。しかも、2・3メートルはある丸太を携えて。

 熊男はそれをレンへと向かって投げつける。

 レンもそれに鎧で受けようか、と反応する。だが、それよりも先に反射的行動が出てしまった。

 丸太は空中で静止し、落っこちてしまった。その理由は熊男には分からなかった。しかし、レンには一目で分かった。スキルとやらの、ネズミをバッタバッタと捕まえた、あの魔法の縄である。

 縄は何故か袖口から出てきた。元々は身体の何処かで作られたのだろう。

 

 「あ、いいこと思いついた」


 そう言った直後、縄で結ばれた丸太を、まるで鉄槌かの如く、熊男に振りかざした。

 レンは内心で思う。


  (にしても、よくもこんなの軽々と扱えたな。僕)


 思いついたはいいものの、内心では出来るとは思っていなかった。

 

 「ぐへェェェェ!!」


 と、情けない声を出しながら、熊男は丸太による鉄槌を受けた。

 それを見届けたレンに、違和感が走る。身体が宙に舞ったのだ。

 その理由は丸太を熊男に襲わせたことである。縄が張っていたせいで、重さで負けるレンも、丸太の命中と共に宙に浮いたのだ。


 「ちょっ……あ……ギャァァァ!!!」 


 見事に放物線を描く。その着地地点は熊男の、まさに今ノビている場所であった。

 その光景が、レンの悪戯心に火を点ける。

 ベキィ。

 レンが熊男の鼻中を踏みつける音が鳴る。さっきやられたお返しだ、と言わんばかりに思い切っし踏みつける。

 

 「痛ッテェ!テ、テメェ何しやがる!!」


 と、鼻血を撒き散らしながら怒鳴る。だが、その綺麗な紅色の血の源泉はもうすでに原型を留めていなかった。

 そんな熊男を尻目に、


 「ふぅぅ〜うまくいってよかった、よかった。全く、殴り合いなんてスグルのを遠目に見るだってのに……不慣れも不慣れなんだよ」


 足首を少々痛がるような素振りを見せ、体育の授業前に行う準備体操のように、軽いマッサージをする。

 そして、息を整える。


 「ようやく、これで終わるよ」


 その様子を感じ取ったのかトカゲは冷静に、だが、吐き捨てるように言った。


「決めろ」


「へいへい」


 正直、トカゲのこの指示だけは100%肯定的に受け止められた。レンの方も冷淡に言い返す。

 熊男にとって20分前にはただの餌であった。そのただの餌が現在進行形で自分を殺しにかかっているのだ。

 当然、一番に来るのは恐怖であるはずなのに。


 「俺をォ゙なめるなァァァ」


 既に数発を受けてとっくに体はボロボロであるのにも関わらず、執念で飛び掛かってくる。

 そんな執念を目の当たりにしてレンたちはすっかり萎縮しているのだろうか、体が動いていない。

 このまま一撃が入ってしまいそうだった。が、そうはならなかった。

  

 「フゥ〜〜〜、ハァ〜〜〜」


 溜息……というか深呼吸に近い。そんな暗い呼吸とともに、レンの影から何かが出てくる。

 この場に居る誰もが知らない物質やとても貴重でお目にかかれない物でもない。本当に『何か』なのだ。少なくともレンはこれについての結論は、分からない、である。だが、それと同時に、自分自身の身体の一部であるかのような安心感を感じた。

 それは、穴の中で長い間、餌をじっと待っていた鱓のように、喰らいつく。その触感は、公害物質のような淀んだ、赤黒いドロドロである。

 気がつくと、熊男はそのドロドロに包みこまれ、磔刑のようになっていた。また、熊男を捕らえるドロドロは、この時、何かの紋章を形作っていた。


 ドロドロに、まるで鼠捕りのように引っ付く熊男は、

 「ヤメロよ……ヤメてくれよぉ……お前に良心はないのか?」


 と、急に情けない声で命乞いを始める。

 それに対して、

 

 「おいおいさっきまでの威勢はどうなってんだよ」


 と、内心で疑問に思う。この時、不思議とドロドロについては余り思うところがなかった。多分、いつもなら興味を惹かれたのだろうが、今は目の前の事だけを見ていた。

 熊男の腹を、一本指でグリグリと力を入れる。


 「少なくとも君に対しては毛頭ないよ」


 さらに熊男の腹に力が加えられる。


 「それにィ、君だってヒトのこと、肉として見てないんだろ?」


 軽く身体が宙を舞う


 「だからねぇ……」


 「ま、待て……」


 「さっさと死になよ、羽根虫」


 プチッという音以外にはもう何も音はしなかった。



 少し経った後、熊男の一撃で畑に刺さりながら伸びていたスグルがやっと目を覚ました。

 「あれぇ……俺どうなったんだっけ?」

 受けた傷を擦りながら周りを見回していた。


「おい……な、なんだよ……これ」

 目にした光景は2メートル以上の巨体の熊のような何かを笑顔で引きずりながら向かってきている友人の姿だ。


「あ、やっと起きたの?これ以上暗くなるのもあれだしさっさと帰ろうよ」


 友人とも言えども流石に若干の恐怖を覚えてしまう。


「てゆうかなんなんだよそれ……」


恐怖的に、引き気味に、質問をする。


 「あぁ、これね。さっき君を殴り飛ばした奴さ。昨日の夜、僕らを襲った奴と同じ吸血鬼だろうね。これギルドに持っていったら何かしら貰えんでしょ」


 「えぇ……」


 昨晩自分達のクラスメイトを襲った奴を別個体といえど倒してしまったのだ。


 スグルの頭に疑問が出来る。


 「お前よく無傷だったな」


 「へ?」


 困惑しながら自分の身体を見渡してみる。

おかしなことだ。

 確かに、別に行動には支障はないが、全くの無傷な訳がない。

 だが、自身の体を見回してみても、傷を負ったところは何一つなかった。

 それに、身体に妙に力が湧いてくる。そういえば、熊男は腹にトカゲから風穴を受け取っていたのだが、ピンピンしていた。

 合点がいった。


「吸血鬼にゃあ、再生能力があるわけね」


 (ん?じゃあ何故自分は治っているのだろうか。もしかしてあのトカゲェ……)


 気になることがまた増えた。


「おい、なんか言ったか?」


 ビクッと固まってしまった。

 

 「いや……別に」


 仮に再生能力があったとしても個人的には巻き込むようなことを言いたくはない。

 それに、レンの内心としては、スグルが無事で終わったので、万々歳である。


 「じゃあ帰るぞ」 


 「あぁ」


仄かに香る血の香りの漂う畑道を2つの影は死体を引きずりながらトボトボと歩いていく。



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