害獣退治
「なんだ、聞こえなかったのか?俺がお前に力を与えてやるって言ったんだ」
そうニヤニヤしながら言っている。
「いや〜聞こえてないわけじゃないんだけどね、如何せんただの喋れるトカゲにそんな神みたいなことが出来るとは思えないしねぇ」
「貴様……俺はトカゲではない、れっきとしたドr…」
問答を繰り返している内にレンの作業が終わってしまった。
トカゲの話を遮って口を開く。
「ハイハイ、分かったよじゃあ僕もうやること終わったんでね。チャオ」
気取った風に去ろうとしたらトカゲがレンの制服を引っ張る。
「おい待て、まだ答えを聞いていないぞ」
先ほどよりも少し真剣そうに言っている。
「答え?あぁ力だなんだってやつね。う〜ん別に必要ないね。」
先程よりもより気怠そうに答える。
「何故だ、叶えたい野望とかないのか?」
その言葉を聞き、レンにはある光景が色々とよぎった。その一つに、前夜のクラスメイトの事だったりも思い浮かんだ。だが、それよりも、もっと。レンの腸に響かせるある光景が思い浮かんだ。
それは野望への架け橋になる、と言えばそうなのかもしれない。しかし、レンは嘘をつく。心根からの無意識で。
「・・・あぁ、ないさ、そんなもの。それに、僕じゃあ例えその力を与えられてもちゃんと使えないでしょ、ただの一般人だし」
そう卑屈になって、斜に構えていると、トカゲも声を少しだけ、ほんの少しだけ荒げて説得を試みる。
「いいやそんなことはない、お前には素質がある。魔王になれる程の素質がな」
名残惜しそうに言ってくる。
「人を暗黒の道に歩ませようとしてんの?とにかく僕には不向きさ。特に王なんかはね」
少し眉をひそめながら言う。
「おい、待て。まだ話は・・・」
そうして、トカゲからの熱烈なアピールは、かれこれ日が沈み辺りが暗くなるまで続いた。
「いい加減諦めて、力を受け取れってみたらどうだ。食わず嫌いは良くないぞ」
「見るからにヤバいものを口にするのかい?君は。それに、あっちで快眠をしている奴の方がよっぽど相応しいと思うよ」
一軒家の方を指差しながら、くだらない反論を述べる。
2人かなりヒートアップしている中、誰かの声がかかる。
「それって俺のこと?てゆうかお前、さっきから誰と話してんのさ」
スグルが起きて来たようで、いつもと変わらない調子だ。
「君体調良くなったのか、よかったよ。あと下を見てみろ、トカゲがいるだろ。こいつ喋れるんだよ」
「おいおいトカゲは喋られねえよ。」
レンは自分を信じて反論する。
「この世界のトカゲは喋れるんだよ。あのネズミだってやたらデカかっただろ?それにさっきまで流暢に話してたんだよ。なあ?」
「………………」
しかし、何も喋らない。
「こ、こいつ……」
誇らしげな顔をしているのを凄い形相で睨んだ。
スグルが口を開く。
「ごめんな、俺が小屋で寝てる時もお前は暑い中ネズミ捕りしてたんだよな。お前疲れてんだよ」
「違っ、これはね……」
必死に弁明を試みるが止まらない、
「ギルドに医務室あるらしいから、そこで診てもらおう。ほら帰るぞ」
「アァァァァァァァ!!!」
太陽が沈んだのと同時に断末魔が響く。 すっかり日が沈み、辺りは暗い。言葉により、現実味を帯びさせて言うなら夏場の19時ぐらいだろうか。
特に抵抗しないまま引き摺られているレンにスグルが声をかける。
「お前トカゲと話したこと覚えてるか?内容でなんの病気か分かるかもしれない」
「だから僕は疲れてないってば。それにもう少し待ったりとかしないか?別に今日までって訳でもないし、尻痛いしさ」
引き摺られているまま尻を撫でる。
「いや、そうはいかない、畑の主さんが言ってたんだよ。夜は危ないからなるべく早く街へ行けって、多分熊とかが近くに目撃されてるんだっ……」
スグルの声が聞こえなくなった。いや、それよりも、遮られたという方が相応しいだろう。
スグルの方へ振り返ってみるとそこ居たのは熊のような体格と毛の大男だった。
いや、人なのか怪しいところだ。
何せそいつの雰囲気を2人は知っている。
あの小汚い男とそっくりだ。
二人がその男の存在を認識した瞬間、スグルは3~4メートルほど吹っ飛ばされた。
それを見てレンは確信した。
(こいつは人間じゃない、あいつと同じの化け物だ…)
「お〜その感じだとテメェら気づいているみたいだな」
その言葉が言い終わる前にその男の体からはフサフサと太い毛が生えていっている。
「そう、俺は吸血鬼。人が大好物の悪い奴らだよ」
熊男は続けて語るが、どうやら、その本意は対話ではなく、自叙だった。
「つっても、お偉いさん共は『脂っこい』とかいって、人間の肉を食おうとはしねぇみてぇだけどな」
熊男は、自叙のつもりにしては、世間話のような内容を語っていた。
男はあっという間に熊のような毛深い体に変化していた。いや、熊そのものだ。
「これからお前らは俺の腹の足しになるがよ、恨むならこんな時間に外を出歩いた自分といつでも自分達を守ってくれないお天道様を恨むんだな」
吐き捨てる様に言ってくる。
「お前……心が痛まないのか?」
腹を押さえ血を吐きながらスグルが口を開く。
一方レンは尻餅をついたまま微動だにしなかった。
「愚問だな。お前らだって牛や豚を食うだろ?人間だけがそれをやっていい道理はないんだよ」
そうニヤリと笑う。
「にしても、お前はあそこの根暗そうな奴と比べて根性がある。お前の方が美味そうだ」
熊男は続けて、少し早口で語る。
「安心しろよ。肉の質ってのは、狩った瞬間の感情で決まるんだ。すぐに終わらせてやるよ。ま、精々楽しいことでも考えてろ」
舌舐めずりをしながら生まれたての子鹿の様に震えているスグルへ足を向かう。
どんどん近づいき、遂に2メートルほどの距離に近づいた。
さすがの恐怖に、スグルはいつの間にか気を失っている。
まあ、これなら楽に逝けるだろう。
「スゥゥ〜、じゃあいっただきま~す」
熊男が『いただきます』代わりに、息を整え、臭い口を開いた。
だが、熊男が口を開けようとすると一本の縄が飛んでくる。その縄はあっという間に熊男の足を縛った。
縄の正体は、ネズミ達を縛り上げた、スキルの縄であった。
「アァァんだ〜、テメェ。ただの腰抜けのくせに。俺がもう怖くねえのか?」
「いいや、ちっとも。まあ、命の危機であることは確かだけどね。でもねえ目の前で人が、それに友達が死ぬをみたくないとは普通のことだよ。後、腰は最初から抜けてない。尻が痛いだけさ」
これまでの少しだらけた喋り方ではない。少しだけ、ほんの少しだけ真剣にな目つきと話し方だ。
だが現実は非情。
「面白レェ、じゃあお前からあの世行きだぁ!!」
反応する暇もない程に一瞬でレンの目の前に立ちづんだ。
「えっ?!」
「ほ〜ら〜よっとォ!」
大きな手でビンタの構えだ。
ビンタと言えども人外のビンタだ。
顔を吹き飛ばされかねん攻撃と判断し回避しようとした。
「……っぶね」
スレスレで避けたが次はない。
と、考えてる間。
熊男の手のひらがこちらに飛んでくる。
顔に直撃を受けた。
辛うじてまだ意識はあるが、鼻血がだらだらと流れ、顔の骨が砕け、内側では、骨折が起こっている。
スキルすら使う気力もない、完全に詰みの状態だ。
「安心しろ、すぐにまた会えるさ」
勝ちを確信した顔で、トドメを入れる。
だが、止まった。
目を開いて見てみると、レンは自身が無事であることを認識した。それは何故か。そう思い、辺りに目の焦点を合わす。
すると、目の前で滴り落ちる鮮血が見えてくる。だが、それはレンのものではなかった。
次の瞬間、それが誰のものか、目に見えて分かった。
熊男の左手が無い。
そして、本来ならば、レンを叩き潰す巨掌のある場所には、黒い影があった。先程、レンに散々語りかけていたトカゲである。
恐らく、いや確実に、トカゲがやったのだろう。
「ィッテェなお前ぇ〜。まさか人間如きに肩入れするのか?」
目の前のトカゲがどんな奴かは知らない。
目に見えるとおり、まず間違いなく人間ではない。だが、目の前の、唯一の友人を貪ろうとする化け物とは絶対的に違う。それをレンが理解するのに、さほど言葉は要らない。
死にかけ・・・というには、まだほんの少しだけ余裕のあるレンが口を開く。
「君、一体なんの用?」
「決まってるだろ?お前にだ」
「何をごちゃごちゃとォ゙」
左手を吹き飛ばされた熊男は憤っていた。だが、その憤怒は、左手を落とされたことにではなく、楽しい楽しい狩り時間をちっぽけなトカゲに邪魔されたことに向けられていた。
「少し黙れ」
しかし、そんな空気の読めない熊男に一喝。
凄まじい気迫で睨む。
ドッグランで見たことのある光景だ。キャンキャンと吠える小型犬に、堪忍袋の尾が切れてたった一回だけ吠える大型犬。そして、必ずそうゆう場面では、小型犬が吠えられた瞬間、すぐに逃げ出すのだ。
一方後ろに足を泳がせる。そんな格下には目もくれず話し始める。
「改めて言ってやる。お前に力を"くれてやる"。だが、今度は一つ条件があるがな」
そう言ったトカゲは、先程、しつこく同じセリフを吐いた時とは雰囲気が違っていた。まるで、『王』のように、威厳と品格を持っている。そんな言葉に感じられる。
だとしても、レンの態度は変わらない。トカゲの発言で、気になったところを指摘するのみだ。
「で、その条件ってのは何なの?」
トカゲは真っ直ぐに答える。
「望みだ。お前はもしも今、"人を越える"力を手にできるんだったら何を望む?俺が求めるのはそれだけだ」
レンには難しい質問だった。いつもなら。
だが、今は違った。というより、あの女神に此処に飛ばされてから違っていたのかもしれない。
レンは、考えて最初に出た答えを口に出す。
「罪無き人々を守る。とか?」
「随分と高潔な答えじゃないか。まあ、それもお前の望みの一つなのだろう」
トカゲは口を一度閉じて言い直す。このとき、レンは腸の中身を覗かれるような感覚があった。
「ただな、お前の本質は違うだろ?今、現在のお前の望みだ。お前は、あれが殺されるってなってどんなことを思った?それを吐き出せ」
あれというのはあそこで伸びているスグルのことである。
それを見て、レンは溜め息をつく。ただ、それには一ミリたりとも、落胆や憂鬱だったりの感情は含まれていなかった。それでも、せめて一つだけ挙げるとしたら、それは、今から口に出すこっぱずかしい言葉に対しての、感応だった。
「・・・分かったよ。分かったさ、分かってるよ、そんなもの」
結論が出せた。
レンはあまり人に興味を持ってなかった。友達がスグルしか居ないのもそのせいだ。現に、生き残ってるあの3人がいい例だ。顔も名前も覚えていない。どうでもいいからだ。
だが、たった一人の腐れ縁の友人だけは違った。どうでもよくなかった。
そいつが今、正に死に直面している。
なら答えは一つ。取り除けば良いのだ。
「僕の身内に手ェ出すんだったら、容赦はしないさ・・・・・・」
人差し指で熊男を指差す。その人差し指は、決意の表れか、ピンと、力強くたっている。
「お前ら害獣、全員僕が狩る」
そんな、身内贔屓の身勝手な望みを聞き、少し呆れたように言う。だが、その顔には笑みがこぼれていた。
「決意しか伝わってこないな。百点満点には程遠い。だが、及第点だ。いいだろう」
「ガキィ、誰を狩るってェ?」
言葉遣いとは裏腹に少し怯えていた。
「言ったでしょ?君だよ」
その目はさっきとは全くの別物。 何かを決意した瞳である。しかし、この先全てを『覚悟』している訳ではなかった。だが、この瞬間はそれだけでよかった。
「トカゲ、力を寄越せ」
崩した口調で呼ばれたトカゲは、レンの側までくる。ただ、その心境は、子供の誕生会のような、懐かしさが零れ落ちていた。
「・・・よかろう。力を貸してやる」
熊男も殺気立つ。コシュ~ルワァ、ハアハアと息を上がらせる。
さっきの余裕なんて、どこにもない。
熊男とレン。互いは互いの事をを想い合っていた。しかも、全く同じ感情で。
『『殺す』』
熊男は突如理性を無くしたのか、熊なのに猪突猛進をしてくる。
それがレンに届くまでの間、トカゲはレンの首元に噛みついた。
その瞬間、体には脱力感と共に、赤黒い液状の何かが湧いてきた。人間の血液のようでそうではなかった。だが、レンにも、その他の誰かにも、血液にしか見えなかった。
その血液は体を包み、形造る。
次の瞬間には、血液は無くなっていた。
だが、異様だ。 自分は何かを身に纏っている。それの色は赤と黒。
身体をビッシリと覆う鎧だ。しかし、街で見た普通の西洋の甲冑とは何かが違った。
その外見は鎧というよりも龍をイメージされられる。だが、それと同時に、歪な不完全さも感じさせられる。
レンが鎧についてを認識した途端、トカゲは口を開き、声を上げる。
「さあ、害獣退治の始まりだ」