兄貴気取り
レン達がシェラタンに向かおうと、ろくに舗装もされていない野獣か探検心に目覚めたばかりの少年少女しか通らないような獣道を踏みしめている頃、スグル達は王城の大きなキングサイズベットに身を預けていた。
王との謁見を終えた後、空は変わらず星が光っていたので足早に客室へ帰ってきたのだ。
「・・・ふぅ」
と、力の抜けた声を出す。
無理もないだろう。
昼頃、老人によって王城へと誘拐され、夜頃になったらろくに身支度もできずに王と謁見したのだ。
' '本来なら’’スグルでは一生体験できないであろう密度の一日を過ごしている。
なんなら、今身を預けているふかふかのベッドもこの豪華な客室に泊まることも、やたらとこちらの様子を伺ってくる扉前の世話係だってあの世界では身に触れることはなかった。
ギルドの埃臭い宿舎から一転してこんな場所に何故いるのだろう、と心の中でスグルは考えてみる。
そうして、考えていたらある一つの言葉が浮かんできた。
「『勇者』かぁ…」
そう答えだけを出して、虚勢の勇者は眠りにつく。
コンコン。
スグルがすっかり脱力し、丸まりながら眠っている翌朝、扉をノックする音が聞こえる。
ノック音と共に飛び起きたスグルがまず最初にドアに向かおうとする。
だが、その必要はなかった。
左隣の左隣のベットの大男、大原が既にドアの前に立ち、ドアノブに手を掛けようとしているからだ。
その様子にスグルは、同じタイミングでベットから出たのにな・・・、と違和感を覚える。
大原が扉を開けると、その向こうにはメイドをズラリと並べたリーダー的な老執事が立っていた。
「勇者御一行様に国王陛下からの伝達があります。こちらへお着替えください」
そう言って、簡素で、かつ華やかな衣服を大原達に見せつけてくる。
時間帯でいえばいつも学校に向かわなくちゃいけないくらいなので、誰もまだ寝たい~、なんて事は口にしない。
全員が老執事の言うことに了承したのを感じ取ったのか、老執事は手を2回ほど叩く。
それを合図に、それぞれの衣装を持ったメイド達が3人を取り囲んだ。
スグル、大原、小澤は今から自分達に起こることを察したのだろう。
そのまま大人しくメイド達にされるがままに着替えさせられた。
昨晩老人と共に歩いた星の見える渡り廊下。現在は星の光では無く、日の光が刺してくる。
そんな中、石畳のタイルを踏みしめながらスグル達は王の元へ向かう。
ただし、『スグル達』というのはスグル、大原、小澤の3人である。
もう一人の鈴宮はどうしたかというと・・・
「あ~!やばいやばい遅れる~~!!」
廊下を全力疾走していた。
流石に年頃の乙女の寝床を男子と同じ部屋にするというのはいささかどうだろうか、
という泊まらせる側の配慮によりスグル達の部屋から少し離れた一室に泊まる事になったのだ。
スグル達と同じ時刻に起きたはいいものの、玉座の間までの道のりが分からず虱潰しに探していて、このような事態になってしまった、というのが遅刻の原因だ。
そうして、廊下を駆っていると一人の男性が佇んでいた。
その男は美しく、逞しく、それでいて素朴さのある青年だった。素朴といってもそれは全身から与えられる印象であり、服装自体は国の高官らしい朱色の少し華やかなものだった。
「ハァ、ハア…、あの・・・すいません、玉座の間ってどこにあるか分かりませんか?」
その問いで彼女を認識し、一見丁寧そうな見た目とは裏腹に、こう答えた。
「俺も王様に用があるんで道案内するよ」
玉座の間にて、4人が絶賛遅刻中の鈴宮を待っていた。
そのうち、3人はスグル、大原、小澤だ。そしてもう一人は、栗毛の王様、オイディプスである。
鈴宮とは違い、しっかり道を覚えていた3人は早々に来たはいいものの、もう一人がまだこないことに疑問を覚えていた。それは王様も同じことである。
「鈴宮さん、来ませんね」
最初に口を開いたのは小澤だった。
内緒話程度の声量ですぐとなりの大原に話し掛ける。
「全く、遅刻とは……。やる気の足らん証拠だ!もっと早寝早起きをだな……」
と、本人にいないところで大原も説教じみたことを言う。なんのやる気かは知らないが、この台詞には熱血漢味を感じさせるものがある。
まあ、大原は昨夜はもっとも早く床に着き、目覚めの調子もとても寝起きとは思えないくらいハキハキしていたので、説得力自体はある。が、如何せん声が大きい。
その声は10メートル離れた玉座に座っている王様にも聞こえるくらいだ。
「私の失態ですね。案内役くらい付けておくべきでした・・・」
と、王様も二人の様子と大原の声で会話内容を察したらしく、ショボン、としている。
その落ち込み具合として、周囲にキノコでも生えそうなぐらいにはジメジメとした空気が流れていた。
「え、えェ、だいじょッ・・・エぇ・・・」
そんな王様の様子を見て、スグルは何か言葉をかけたり、二人を注意するべきかを悩み、結果的にただ慌てふためいただけだった。
そんな中ゴォン、ゴォン、と鈍い音を響かせながら扉が軽く殴られている。
「おっと、まだ全員揃ってないのに来てしまいましたか・・・まあ、いいでしょう。入ってきてください」
いきなり鳴ったその重鎮な音色に驚き、後ずさるスグル達とは違って、王は誰が扉を叩いているかを知っていた。
バタン。
そう音を立て、王の待つ玉座の間へとやってきたのは、2つの男女の人影である。
一方の女側はスグル達の下へ駆け寄った。
その女は鈴宮である。
「いい朝ですね。国王陛下」
「自分が遅れていることを取り繕いはしないのですか?ある意味感心しますよ」
そして、もう一方の男は王へと軽く挨拶し、此方に向き直った。
その男は、端整な顔立ちをしている黒髪の青年だった。ただ黒髪といっても、その詳細を語ると、言い表すなら、純白の真反対のような淀みのない黒であった。
「全員揃った様で何よりですが、早速本題に入りましょう。彼がこれからあなた方の指南役を務める・・・・・・」
その男はこれから自分の名を紹介しようという主君の言葉を、まるで忠誠なんか端からないように遮り、乗っ取った。
「俺は、カトルス・ディオスクーロイ。兄貴として慕ってくれてもいいんだゾ♪」