南天のプレアデス
「お〜い、秀〜。朝ごはんもうできてるわよ。さあさあ、早くご飯食べてないと遅刻しちゃうわよ〜。お父さんももう行っちゃったし……」
寝起きの怠さを身に引き摺りながらもなんとか目を開け、布団から起き上がり、着替える。
いつもの何気ない日常の風景。
冷めたご飯が何よりも嫌いな母が今日も朝っぱらから、キッチンからスグルの部屋へとお召しの声が鳴り響く、当たり前の早朝。
いや、今は当たり前"だった"が正しい。
そんな一場面からスグルはハッと目を覚ました。
(……もう二度と会えないかもしれないな)
なんて事を思う。
そして全身に違和感を感じる。
頭から背中、下半身全てを包み込むような柔らかさがそこにはあった。
気がつけばスグルは見知らぬベットに横たわっていたのだ。
辺りを見回す前にまず、天井へと目をやった。だが、自分のいる大部屋の天井はスグルからだと全く見えなかった。
「知らない天蓋だ……」
天蓋とは四柱式のベットでよくある屋根のことである。そのお値段は安いものでも、とてもじゃないが一般家庭のスグルが手に出せるような額ではない。
ならば、何故自分がこんなベットに寝そべっているのか。
その答えを考える間もなく、左隣から声が聞こえてくる。
「そんな名前だったんですね、それ」
そうスグルの独り言に突っ込んだのは左隣のキングサイズベッドで寝ていた小澤だった。
「おっ、やっと起きたか」
そう元気に話しかけてきたのは右隣の大原だ。
さらに奥を見てみると、どこか寂しげな顔を浮かべている鈴宮がベッドに寝っ転がっている。
どうやら4人全員、この大きな部屋でキングサイズベッドで眠っていたようだった。
4人全員いると分かり、雑談やなにがどうなっているか、など話し合おうとする矢先、白色の素材に金色の装飾を施した優雅で立派な扉を外から、コンコンと叩く音がした。
スグル達がは〜い、と声を返すと扉から見るからに熟練そうな老執事と、栗毛の髭が顔全体を覆っている老爺だった。
スグル以外の3人はその老爺の姿をみた瞬間、
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」」」
と、絶叫した。
3人が浮かべている表情は10年来のトラウマと再会したかのような絶望の表情であった。
この老爺はギルドへやって来たあの矍鑠だ。しかし、その時よりも、かなり立派な御召物を着こなしていた。
スグルが3人の絶叫に若干……いや、かな〜り、びっくりした調子でこう質問する。
「え、えっ〜と。一体みんな何があったの?」
だがその質問に対する答えは3人からではなく、老爺の口から聞かされた。
「手荒な方法で連れて行ってしまったこと。まずは謝罪させてほしい。本当に申し訳ない」
と言って、老爺は頭を60度程下げ、謝罪の言葉を述べている。
同じようなベットで話を聞いている3人は、うんうん、と納得しているようだが、スグルには何一つ分かっていない。
何しろ、この御老人に一番最初に、一瞬で気絶されられたため、鈴宮達がどのような惨劇を体験したか分かるはずがないのだ。
そのため、「手荒な方法」というものにもいまいちピンときていない。
「ふぅ……」
と、謝罪の言葉を終え、一息ついている老爺に対して、老執事が申し訳なさそうに話した。
「ライオス様、そろそろ国王陛下との会合の時間が……」
ハッとした顔をし、老爺は少しもの惜しそうにこう言った。
「あぁ……、そうだったそうだった。勇者御一行、急な用ですまないのだが私に着いてきてくれないか」
そんなことを言った後、老爺は懐から出した小さなベルを2回ほど鳴らす。
次の瞬間、10人ほどの男女混ざった使用人達が、絶対どっかに隠れていただろってぐらい早く駆けつけてきた。
その使用人集団は、3:1の配分で男性と女性で別れてしまった。
3の方はスグル達の方へ男性、1の方は鈴宮の方は女性が向かった。
使用人の中の2人が部屋のどこにあったかも見当もつかないやたらと大きいカーテンで区切る。
「えっ、何!?この状況」
「お急ぎの用ですので、こちらも最速のパフォーマンスを行います」
そのカーテンは2つに場所区切り、使用人達は自分たちのチームの方へ入っていった。
ガタゴトガタゴトシュッシュッ、ドンガラガッシャ〜ンなどと軽快な音を立てている。
外側から見ると何しているか全く分からない。
そして、次の場面では使用人達の作業が終わり、スグル達4人はカーテンの外へ出てきた。
だが、先程までの寝間着スタイルが一変、貴族の社交界にでも着てくるようなそうゆう小洒落た衣装を身に纏っていた。
何が起こったんだ……、という顔をしている4人達を尻目に老爺は通路側へ振り返る。
「では、こちらへ」
テクテク、テクテクと歩いている老爺の後ろをスグル達が、これまたテクテクとついて行く。
黙々と歩いて行く、老爺に対して、スグルは突然自らの疑問をぶつける。
「つかぬ事をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「何用ですかな?」
「自分、ギルドで貴方を見てからの記憶が全く無いんですけど、一体ここはどこなのでしょうか」
その言葉に老爺は再び、ハッとした顔で、
「おっと、これは失礼。言うのを忘れていおった」
そう言って、さらに続ける。
「ここは王城。あの街から王都までの半日、貴方方は眠っていったのだ」
「半日も……ですか?」
ぎこち無い敬語で、なんで眠っていたのかという情報は伏せたまま、こちらに説明する。この老爺は誰かに敬語を使うのが慣れていないのだろうか。
スグルのそんな分かりきった質問に、老爺は穏やかに微笑みながら頷く。
「ええ。お、ちょうど中庭を通るので空を見てはいかがかな?」
その言葉に従って、空を見てみると、そのには満天の星空が広がっていた。
現代では決して見ることの出来ないような、幻想的で誰かに見守られているかのような温かさを感じ、目が奪われている。
そんなスグルの様子を嬉しそうに見ている老爺は真面目にこう言った。
「では、謁見の間に着いたので、私はこれで」
余りにも綺麗なものを見せられ、大満足のスグルは元気に、
「ありがとうございした!!」
と、礼を述べる。