お出迎え
スグルの"星神試練"とやらの結果が、500年前に魔王を倒した英雄と同じ、"勇者の輝き"であることは分かった後、あのギルドマスター含めこの街のギルドに勤める人間は、みんな大慌てで連絡を取ったり、書類整理をしている。
この光景の原因となったのはただ一つ。
本来ならば、イレギュラーであるはずの「勇者の輝き」を持つ者の出現。いわばスグルである。
この騒動を目の当たりにしているゴロツキ筆頭の狩人達も一人ぐらいいてもおかしくないはずなのたが、何故か不思議とポカーンと、スグルの一行とギルド職員しかいなかった。
「ええ。はい、じゃあお願いします。はい、至急王都から応援基、馬車と護衛の手配を」
ウェイトレスの一人が化粧台や洗面台のシンク……いや、祭壇のようなものに向かい合って何者かへ連絡をするような仕草を取る。
この光景に、スグルはまず先に困惑を感じた。
「(俺が……勇者?俺が?そんな器じゃないのに……)」
口には出さずに心の中に留めておいた。
それはこのウェイトレス達の慌てようから、如何に重大なことかスグルは感じ取ったからである。
そんな中、スグルはふと浮かんだ疑問をたまたま通りかかったウェイトレスに聞いてみる。
「あの〜、なんで昨日と違って他の人達がいないんですか?」
昨日のどんちゃん騒ぎを見たのなら当然の疑問と言える。時間帯だってそう変わらない。
その質問に目の前のウェイトレスはごく一部の人間とは違い、愛想よく答える。
「申し訳ございません。伝え忘れておりました。実はこの辺りで活動していた魔王軍の爵位を持つ吸血鬼がどこかへ移動しているという情報が流れまして、それでこの街のギルドのハンター達に捜索願いが出されたんですよ」
へぇ〜、という顔でそれを聞いたスグルはその話題をもう少し深掘りしてみる。
「爵位って貴族とかに与えられる称号ですけど、吸血鬼に貴族ってのは居るんですか?」
少し常識を問うような質問である。だが、ウェイトレスは戸惑うようなことはない。スグル達が異世界から来たということはギルド職員にも伝わっている。
このウェイトレスも当然その事を知っている。
「まだこの世界に来て間もないんですから知らないのも当然ですよね!その質問もお答えします。」
ウェイトレスは穏やかな笑顔を表情に浮かばせながら自身の言葉に付け足す。
「吸血鬼は実力主義。強ければ権力者にもなれます、もちろん魔王は吸血鬼のトップなので吸血鬼の中で一番強いのです」
と、説明してくれたがいまいち質問の答えとなっていない回答だった。
少し疑問の残るウェイトレスの答えにスグルは
「つまり?」
と、単刀直入に聞いてみる。
「爵位を持つ吸血鬼は我々の普段狩る平民以外雑魚とは一線を画す強さを持っています」
ウェイトレスは前後合わせて誰にでも分かりやすい様に回答を構成していた。
ウェイトレスとの問答が終わり、数分間が空き、各々の個室から出てきた転生者一行がギルドのロビーへ集合していた。
「にしてもあのホシガミシレンとやらで勇者の素質があるだなんて凄いですねぇ、スグルさんは」
そう言ったのは生き残った5人の中で一番小柄な、小澤 陸であった。
「そうそう、俺と小澤はどっちも一番多い"戦士"って言う凡庸なやつだったのに」
小澤に続いてスグルに羨みの言葉を放ったのは一番大柄な、大原 大翔、である。
彼の言った戦士というのは文字通り、戦う者のことであるのだが、大原の台詞単体だとこのままでは言葉足らずとなる。
「星神試練というものは人が行う場合、星神様がその者の進むべき道を教えてくれるってものでして、今回はあちらの水晶を媒介とし、アイオーン星教の教典を用いて行いました。新米の方々は皆、星神試練を受けるんですよ」
と、またもやたまたま通りかかったウェイトレスがタイミング良く教えてくれた。
何やら、なんちゃら教などと聞き馴染みのない言葉が出てきたが、どうやら、星神試練というのは文字通り、神仏の関係する宗教感の強いもののようだ。
スグル・小澤・大原の情報の整理が済んだところ、4人の中で唯一の女の子が口を開く。
「ウキウキ気分のとこ、悪いんだけどさ。これからどうゆう方針で行動していくわけ?」
名前は鈴宮 凛。一応は紅一点のポジションであるのだが、彼女のこれまでの発言を見返してみるとおり、少し現実的に物事を見過ぎてしまう性根であり、とてもじゃないが紅一点などという性格ではない。
彼女の星神試練の結果はお馴染みの"治癒術師"というもの。
今まで、無理矢理リーダー気取りだったスグルは彼女の質問にこう答える。
「まずは日銭を稼ぐことからだよ」
その後すぐに、毎日を生きるためにはお金が必要だろ?、とスグルは付け足す。
具体的にどうするかというと、入会試練の様な鈴宮達が受けた薬草採取やスグル達が受けた簡単な害獣退治をこなすという算段である。
治癒術師というものがいるのだから薬草はそこまで必要ない、と思ってしまうが治癒術師の数は他と比べても少ないらしく、ギルドには薬草採取の依頼が尽きないのだ、と通りかかるウェイトレスから代わる代わるに聞かされる。
「それに貰ったスキルだってろくに使いこなせてないし、星神試練の"進むべき道"とやらも全然実感がない。しばらく練習やらの時間が必要だよ」
なんて少し自信も緊張感もない言葉をスグルは吐いたが、それでも一応の答えになったのか
「まあ……今はそれでいいけど」
と、若干喉が引っ掛かるところもあるが、鈴宮は納得をした。
情報整理が一旦は最中、またまたウェイトレスの一人が間に入ってきた。
「あの〜先程勇者様がおっしゃった事ですが……どちらとも心配する必要はないと思います」
そんな言葉に全員が?の文字を浮かべる。
頭の中の?を掻き消そうとスグルはウェイトレスへ疑問を投げかけてみる。
「心配する必要はないってどうゆうことです?」
「それは……」
と、ウェイトレスが求められた質問に答えようとするのを遮るかのように、正面の両開き門扉が、バァァァン!!と、ギルド内全てに音を響かせながら勢い良く開いた。
扉が開いて間もなく、光の差す方から小柄な老人が入ってきた。だがその老人はか弱い御老体などではない、栗毛の大きな髭を生やした老翁である。
その矍鑠の姿をギルドの中にいる全員が目に焼き付けた瞬間、その殆どは石床と見つめ合った。
そうしたのはギルド職員全員である。
「ま、まさか先代国王である貴方様が遥々王都からここまでいらっしゃるとは……。申し訳ありません。現在この通り落ち着きがない状態でして……」
あのギルドマスターがその老人に施設の代表として、このバタバタ具合を謝罪する。
それに対して老人も穏やかな様子で言う。
「よい。むしろ儂の方こそ急に来てすまなかったな」
その言葉にウェイトレス達含め全員が、フゥ……、と肩の荷が下りたようだった。
だが、ギルドマスターがその雰囲気をぶち壊してその老人に単刀直入に聞いてみる。
「そ、それで何故、貴方様がこんなチンケな田舎町へ……?」
そう震え声で聞いているが、それとは裏腹に老人の方は堂々と答える。
「例の勇者殿の件でな。そちらからの連絡を聞いて儂が直々に"保護"しに来た」
そんな老人とギルドマスターの問答は、少し離れたところにいるスグル達には聞こえない。そのため、スグル達から見ると、いきなりせっせこ働いてたギルド職員達がいきなり現れた老人に江戸時代の百姓町人の如く頭を垂れているという異質な光景なのである。
そんなスグル達の珍妙な者を見る目に気付かずに老人に腰を下げながら新たな疑問を投げかける。
「で、ですがいくら勇者の輝きを持つ者の護送とはいえ、いくらなんでも貴方様がこのような雑務をする必要は無いのではないでしょうか?」
その質問と同時に、怖いもの見たさでスグルが少しずつ近寄り、聞き耳を立てようとする。
「(なんて言ってんだろ、あのお爺さん)」
と、心の中で唱えながら更に音を立てないようゆっくりと近づいていく。
そんなスグルの抜き足差し足に、意識を奪われずに、ギルドマスターの質問へと目を向ける。
「確かにそうじゃな。じゃが、たまたま近くで隠居生活を楽しんでいたんでな。なぁに、王都の兵達には話はつけておる」
にじり寄った結果、こんな台詞を耳に入れる事が出来た。だが、そんな隠密行動もピクッと止まった。
「(あ、やべ……目が合っちゃった)」
突如として、スグルの気配を察知し、こちら向いて来た老人と、である。その老人の目つきは、先程まで穏やかだったのが夜の野獣のような眼光へとなったのだが、すぐまた穏やかな目つきに戻り、質問をしてきたギルドマスターの顔を向いた。そして、その顔は立派な髭で隠れているが笑みが溢れていた。
「それに、長年生きているから分かるのじゃがな……」
次の瞬間、矍鑠の姿がギルドマスターの前から消えた。それは、少し離れた場所にいたスグルにも分からなかった。
理由はシンプル。自分の真後ろだったからだ。
その姿が目に焼き付けられた瞬間、スグルの首元に老人の、最も身近である凶器がめり込む。
スグルのドサリ、という音を最後に少しの間沈黙が続いた。
そんな沈黙をすぐに切り裂き、ギルドマスターへ面と向かって仰った。
「『楽しそう、面白そう』は人の生を何よりも豊かにするのじゃよ」