第8話 理想の現実
「ーーーーてね、ーーーーーーだと思うの。ーーーーーーーーってこと。そのーーーーーーーーーーーーーーる。だからーーー」
…その先の言葉は、部分的にも思い出せない。
これが記憶はいずれ思い出せなくなるってことか。すっかり忘れてた…紙とかに書いておけばよかったな…
誰から言われたのか、どんな内容だったかさえ思い出せない。
モヤモヤしているとトライバルが見えてきた。
入口に鑑定所で対応してくれたメルサ人の女性店員さんが立っている。
「お待ちしておりました。所長から馬車の手配を任されています。こちらでパジャンにお向かい下さい。」
一度会っただけなのにここまで好待遇なのか。
感謝を伝え、馬車に乗り込んだ。
ちなみにこの世界に馬は存在しない。
馬に似た動物「リリー」が馬車の先頭にいる。
「リリーに行先は教えていますので馬車内でおくつろぎください。では、お気を付けて。」
リリーは動物の中でも頭がいい。
しつけ方によっては、人の言葉も軽くだが喋れるようになる。
店員さんに別れを告げ、出発した。
ー道中で鑑定結果を見返した。
加護能力「教育(ランクI)」「覚醒(ランク×)」
「硬化(ランクH)」「剣技(ランクS)」
「格闘技(ランクJ)」「魔術(ランクK)」
「錬金術(ランクG)」「召喚術(ランクW)」
「技術向上(ランクF)」「能力向上(ランクI)」
「計算(ランクK)」「ラッキーセブン(ランク×)」
「状態変化(ランクH)」「把握(ランクO)」
確かゴイルさんが街を出る直前こう言っていた。
「加護のことなんですが…私も長年、色んな方の加護を見てきましたがこの「覚醒」という加護は見たことがありません。どのような条件でどんな効果が発動出来るのか不明ですのでお気をつけて下さい。」
どんな効果なのだろう。というかシンプルにカッコよすぎだろ!!
男心(厨二)をくすぐられてしまう。
他にも色々あるが「把握」と「状態変化」ってなんだ…?
硬化はハガネアが一緒に冒険した時に仕方なく教えてくれたあれか。
あの時ゴイルさんに聞いとけばよかった…
次会った時に聞いてみよう。
一通り目を通した後、俺は馬車の中の荷物を確認してみた。
すると中にゴイルさんからの手紙が入っていた。
「念の為、食料と水を3日分。少しですが3万ギルと護身用に剣を1本入れておきました。リリー用のご飯はもう一つの袋に1週間分入っています。既に苦しい現状、これから先も誰よりも厳しい道が待っていると思われます。私はあなたの力になりたい。その1つとして、こちらの馬車はお譲り致します。大事に使ってくださいね。また会える日を楽しみにしています。
メルサ鑑定所 所長 ゴイル・ドラド」
胸があつくなってしまった。
ゴイルさんは数々の鑑定者を見てきたはずだ。
中には加護を複数持つ人達も。その人達がどうなったか知っているからこその忠告だろう。
だが感謝をしてもしきれない。次に会った時はしっかりお礼をしよう。
そう決意し、お腹が減っていたので中に入っていた缶詰を3つほど食べた。
パジャンに着くまで約3時間。もう辺りも暗くなり始めていた。
「少し急がないとな。リリー、いけるか?」
俺が上に跨ると、リリーは足を早めた。
ーしばらくしてパジャンに着いた。
辺りは暗くなっていたがリリーのおかげで2時間弱ほどで着けた。
「ありがとな」
リリーの頭を撫でると少し甘えた声で鳴いた。
今夜は馬車を預け、屋敷の近くの宿をとることにした。
そして少し休憩した後、俺は街へ出た。
初めての街、やることは1つ。飲みに行く!!
こんな時にって思うかもしれないが逆だ。
こんなしんどい時に独りだぜ?そりゃ飲みたくもなるだろ。
宿の近くにあった居酒屋兼BARみたいなところに入った。
「少し強めの飲みやすいお酒一つください。」
すると青く透けた綺麗なカクテルが出てきた。
「こちら、当店オリジナルカクテル「オーディン」です。海のように青く透き通った色と、海の神オーディンのように強い酔いが来るのでこの名を付けました。」
なんか思ったよりオシャレだな。
というかオーディン?なんで前の世界の神の名前がこの世界にもあるんだ?
神ってもしかして本当に存在するのか?
そう思いながら1口飲んでみた。
少し酸味があるが甘く、果実を匂わせるようないい匂いが鼻の奥を刺激する。
喉を通ると少し熱い。多分度数で言うと20%は超えてるな。
しかし飲みやすい。俺はあまり酒が強くないためすぐに酔った。
そこからは店員と話し、思ってる事を全部吐いた。
親と生徒を奪われた恨み、トムラさんとゴイルさんへの感謝、迷惑をかけてしまった申し訳なさ、カルアの愚痴、ロムデイトさんの加護の凄さ、俺の鑑定結果の謎など…
多分面倒くさかっただろう。途中から俺泣いちゃってたもんな。
店員さんは終始否定することなく黙って聞いてくれていた。
全て話し終えた後、少し冷静になった。
「…いっぱい話しちゃってすみません。お会計お願いします。」
店員さんが答えた。
「4500ギルになります。…サカイさんはすごいですね。私は怖くて、いつも現実から目を逸らしちゃいます。でも今日の話を聞けて勇気を貰えました。またこの街に来たら遊びに来てくださいねっ。」
鼻の奥がつーんとなり、涙が溢れてしまった。
いや、これはお酒のせいだ。
「あ、ありがとうございます。また絶対来るね」
お金を払い、恥ずかしさを紛らわすようにそそくさと店を出た。
帰り道、屋敷の前を通ると灯りがついていた。
時計塔を見ると、時刻は深夜の1時43分。
こんな時間にまだやってるのか?と思い、酔っている勢いで中に入ってみた。
「「酒臭いねんボケェ!!!!」」
怒号とともに突風が吹き俺は外に投げ出されてしまった。
なんだ、と思い顔を上げるとナイスバディなのにちっちゃくて童顔の綺麗な女の子が立っていた。呆気にとられていると次は氷水が飛んできた。
「何しに来たんやわれぇ、うちは飲み屋とちゃうんや!!これやから酔っ払いは嫌いやねん、さっさと去ね!!」
なんでこの人関西弁やねん。
この世界にも関西弁あんのかいな。
びっくりしつつも、少し酔いが覚めた俺は呼び止めた。
「すみません!ゴイルさんの紹介で来ました!…酒臭いのは申し訳ないです。また後日、酒を抜いてきます…」
しまった、変わり者と聞いていたのに酔った勢いで入ってしまった。
「はぁ。もうええわ、息止めて中入れ。ええって言う前に息したらいてこますからな」
深く息を吸い込み、中に入った。
「頭貸し。…あーおったわ。ほんで肝臓ってここら辺やったよな…いくで、ちょっと踏ん張りや」
すると思いっきり肝臓目掛けてパンチが飛んできた。
予想外過ぎる展開と踏ん張りきれずに、勢いよく息を吹いてしまった。
「酒臭い言うとるやろがー!!!!!」
次は腹のど真ん中に蹴りを食らった。
外に投げ出され、その勢いで青く透き通った液体が口から出てきた。
ウルバリンと比にならないほど強い。
「ほんまにええ加減にしぃや。…はぁ。さっさと中入れ。」
ゆっくり立ち上がると酔いが完全に冷めていることに気づいた。
「さ、先程はすみません…。ところでここって何するところなんですか?」
女の子は驚いた猫のような表情になっていた。
「はぁ!?あんた何も知らずに来たん!?ゴイルのやつ次会ったらしばき回さなあかんな…。もぉ〜、一から説明すんのめっちゃ面倒臭いやんけぇ〜」
「す、すみません…」
俺はなんで謝ってるんだろう。
そしてこの子は何歳なんだろう…
貫禄はあるのに見た目は発育が良すぎる10代前半の子みたいだ…服装も少しませている。
「…あんた今めっちゃ失礼な事考えとうやろ?」
な、なんでバレたんだ!?
もしかしてそういう加護か!?
「…半分当たりで半分ハズレや。」
え?また俺の頭の中を読んだのか!?
…ん?半分当たりで半分ハズレ…?年齢と見た目の事か?
「アホかそっちちゃうわ!!!加護の方や!!!」
思い切り頭をしばかれた。
「…はぁ。一から説明したる。うちが「ハナコ」や。加護は4つ持ち。この国で一番の加護持ちとされとる。「世渡り」「把握」「コピー」「知識」これがうちの加護や。あんたも1つは持っとるやろ?」
…把握。俺が知りたかった加護の一つだ。
「はい。でも使い方を知ら…」
ハナコさんは遮るように言った。
「いちいち言わんでええ。しゃーなし全部説明したるから。まず「把握」について。これは相手の思考、自分の全て、現状や状況、全てを把握出来るっちゅう加護や。ランクによってその繊細さは変わるけどな。だからさっきからあんたなんでわかるんやって思っとるやろ?これが「把握」の能力や。あんたの把握はランクOやろ?うちはランクVやからここまでは無理やけどOもめっちゃ高い方やから鍛えて慣れたらごっつ便利なるで。そうやなぁ、鍛え方言うても顔色とか声のトーンとかで相手が何考えるんやろとか、自分やったらこうすんな〜みたいな事に意識を持っていったら勝手に頭ん中に入ってくるようになるわ。まあ頑張ってみ」
何だこの人は。聞きたいことを何も言わず全て当てて教えてくれる。
この人はまさに俺の理想の教師…
「そんなええもんちゃうわ。うちは人を選ぶし「教育」なんて加護は持ってへんからな。てかあんた加護持ちすぎや。そんなんやったら…いや、今言うことちゃうな。まあええわほんでな、さっきの酔い飛ばしどういうこっちゃねんおもてるやろ?あれはあんたの記憶ん中探ったんや。ほんならつい最近ロムデイト?ちゅう男にマッサージしてもろて傷治してもろたやろ?そいつの能力の「整体」を「コピー」して使っただけや。それがコピーの能力、次違う加護コピーしてもうたら上書きされてまうけどな。」
凄い、記憶も読めて加護を使ってる最中に違う加護を使うことも出来るのか…!
「それって僕にも出来ますか…?」
ハナコさんはタバコに火をつけ、答える。
「複数の加護持ちやったら、その加護の相性さえ良ければ誰でも出来る。例えばあんたで言うたら「召喚術」に自分の持ってる加護を付与出来る。まあその召喚したやつが死ぬまでは自分は使えんようになるけどな。他にも「錬金術」で毒生成して「剣技」で切りつけた後「状態変化」で悪化させる。こんなん出来るようなったら大体イチコロとちゃうか。」
すごい、そんな使い方があったのか…
自分の力をより鮮明に想像できるようになり、興奮が止まらず息が少し荒くなる。
「ただな、加護って言うもんを使えるようになるには条件を一度揃えなあかんねん。「剣技」やったら体と頭に覚えさすんや。今まで剣を使ったことあるか?その使ってきた中で現状一番有利な動きを自然と繰り出せる、これが加護や。剣教えてもらったん、冒険者目指した時だけやろ?そんなんやったら素人とほぼ変わらん。剣の扱い方、動き方を出来るだけ多く学ぶ事で加護が活きてくるんや。」
今の俺に必要なのは「技の多さ」と「精度」という事か…しかし練習を省けるのはデカすぎる。
剣を使えそうな人も二人、思い当たる。
そのうちの1人は頼りたくないけど。
「その頼りたくない方が余裕で強いで」
ハナコさんには全部視えているっぽい。
「あはは……でも読み取れるとしても、なんでそんなに色んな事を知ってるんですか?」
シンプルな疑問をぶつけてみた。
「最初に言うたんやから考えたらわかるやろ。「知識」の加護や。ほんでこれはランクZ。ランクZはその加護を100%使えるってことや。生まれ持ったもんやと確率で言うたら、あんたの前の世界やと宝くじの1等が1枚買っただけで当たるみたいなもんやな。これのおかげでうちはこの世の知りたい事全てを知ろうとするだけで知れる。まあ知りすぎたら脳がオーバーヒート起こして3週間寝てまうねんけどな」
え、やばくないか…?
そんな知ってはいけないような知識があるのか…
「アホンダラ。内容やなくて量の問題や。てか私のことはええねん、あんたのことや。あんた、えっぐいもん背負わされとるで。ここからが本題や。覚悟して聞きやー」
俺は固唾を飲んだ。
理想が叶うということがどういうことか、この時は知る由もなかったー