第7話 向き合い
「ーねぇせんせ。せんせの幸せって何?」
昼休み中、木の下で生徒たちが遊んでいる様子を見ているといつの間にか隣にいた1人の生徒が話しかけてきた。
「ん〜、なんだろうな。逆にラムナが幸せって思う時っていつなんだ?」
子供が考えていることは分からない。
可愛いなと思っていると、急に大人びた事を言ってくる。
「ラムナはねー、大好きなご飯いっぱい食べて、お腹いっぱいになった時ー!!」
やっぱり可愛いな。そうだなぁ、幸せか。
俺にとって何が幸せなのだろう。
教育の加護が脳内の物質が生成された時に感じると訴えかけてくる。
うるさい、そういうことじゃないんだよ。
俺は冒険者にはなれなかった。
でも目指した何かになったとしても、それが幸せとは限らない。してみたい仕事や職業が自分と合わないかもしれない。そう考えてみると、充実感に溢れていてやりがいも感じれて、俺は今幸せを感じれている。
「先生はね、みんなと話している時が一番幸せだよ」
綺麗事に聞こえるかもしれないが紛れもない本音だ。俺は今が一番幸せだと言い切れる。
「なにそれ変なのー!でも、私もせんせ好きだよ!ラムナもせんせと話せてしあわせー!」
その言葉が何よりも一番嬉しい。より一層、この子達を守ろう、大切にしようという気持ちがグッと強くなる。
別に冒険者になれなかったことを後悔していないわけじゃない。
ただ心から今ある幸せを大事にしたい、そう思っている。
前世でも俺は教師をしていたが、その時も同じような気持ちだった。
少し違うのは、確か子供の頃から教師を目指していた。
……あれ、なんで教師になろうと思ったんだっけ。
ノイズがかかったように上手く思い出せない。
何か、大事なことを忘れている気が…
昔の思い出でに深け、そんなことを考えていると村に着いた。
俺が冒険者一行を襲ってしまったあの時、村の人達は隣村へ避難していたので誰一人として知らない。
入口に入った瞬間、話しかけられた。
「あら、サカイちゃん。無事だったんだな!」
小さい時から仲が良い隣の家のおじさん「トマ」さんが話しかけてきた。
「あぁ、なんとか…トマさんも無事でよかった。」
今回街や村が襲われたのは約500年ぶりらしい。
「今回の村の被害者は約10名、そのうちの7名が亡くなってしまった……サカイちゃん。その…いつでも俺でよければ頼ってくれよ。帰る場所にだってしてくれていい。」
…俺は周りに恵まれすぎているな。
心臓がキュインと縮み、涙が溢れそうになった。
「トマさん。…ありがとう。何かあったら頼るね。」
そう言って自分の家へ向かった。
村は騒々しく、一部の救援隊や騎士団が調査や救援活動を行っていた。
家に着くと、俺の家の中や周りを大人数の救援隊と騎士団が動いている。
「人様の家を土足でぞろぞろと…!!!」
少しあの時と近い感情になりかけたが今は非常事態、致し方ない。冷静な判断でグッと感情を抑え込み、家へ入ろうとした途端
「ここは立ち入り禁止だ!!!」
思い切り突き飛ばされた。
なんだこいつ…?ここは俺の家だぞ…?
「いや、ここ俺ん家なんですけど。」
驚きが怒りに変わっていく、が抑え込む。
「知らん。そんなことは関係ない。国が立ち入り禁止と決めたのだ、血縁者であろうが親族、親戚であろうが立ち入ることは許されない!!」
おいおい、こいつはどんな教育受けてんだ…?
見るからに騎士団上層部の人間だが、ちと頭が固すぎないか?
「お前、上の言うことしか聞けないただの犬だろ。いるんだよなぁ、校長の言うことしか聞かないめっちゃ面倒も体臭も臭い、ハゲた教頭みたいなやつがよー。」
怒りを必死に抑え込み、溢れ出る感情を煽りにして発散させた。
気のせいか、自分の体から黒い煙のようなものが出ている。
「…そうか。だからどうした?そんな怒りに身を任せても私には勝てん。さっさと去れ。」
こいつはハガネアの上位互換だな…
力量で人を判断し自分より弱いものは全て下に見ている。俺はそういう奴が一番大っ嫌いだ…!!
「へぇ、やって見なきゃわかんねぇだろ!!」
…正直調子に乗っていた部分はある。
鑑定であんな見たこともない力を手にしたら誰だって自分は強いって過信してしまうだろ?
使ったことも、使い方も知らないくせにな。
「…本当に頭の悪いやつは困る。」
そいつは殴りかかった俺の拳を素手で受け止めた。
その瞬間、俺の右腕全体に硬いものを噛み砕いた時のような音が鳴り響いた。
「ぐぁぁぁぁぁあ!!!!」
俺の叫び声を聞いた村人たちがぞろぞろと野次馬のように集まってくる。
「こ、国営騎士団の副団長様だ…」
「こんな村にカルア様が…?」
「あいつ、何したんだ?」
野次馬共が、ざわざわと騒ぎ始めた。
「お前、ここが地元だろ?こんな醜態晒して恥ずかしくないのか。だから言っただろ。私には勝てん、さっさと去れと。」
こいつの加護は人を怒らせることか?
今まで出会った人間で一番クソ野郎だ。左手に力を込める。
「な、ダメですカルア様!!」
怖くて見て見ぬふりをし作業を続けていた救援隊の中から一際でかい人間が出てきた。
胸には他の救援隊と違う色のバッジがついている。こいつは救援隊の上の人間か。
「救援しにきた村で死人を出されると騎士団と救援隊の信頼に関わってきます…どうか手は出さぬよう…」
「こいつが殴りかかり自分で怪我をしただけだ。」
このカルア様ってやつは本当に教育が必要だな…
でも悔しいが、ただの上の人間ではなく戦闘においては力の差が想像出来ない。かなう者などいるのだろうか、と疑ってしまうほどに。
「…ではロム隊長。私は他の救援活動の見回りをしてくる。くれぐれもこいつを現場に立ち入らせぬように」
そう言ってあいつは去っていった。
「君、申し訳ないことをしたね、私は救援隊13番隊隊長「ロムデイト」で、さっきの人は「カルア」様だよ。国営騎士団副団長様なんだ。なんであんな騒ぎになっていたんだい?」
俺は事情を説明した。
「それは災難だったね…でもすまない、親族でも立ち入れないのは本当なんだ。調査が終わってない今、襲撃をいい事に血縁者がが家族を殺害してしまう事件も少数だがあってね…証拠を無くされないために立ち入れないんだ。本当にすまない。」
確かに、そういう理由なら仕方ない。
「…そういうことだったんですね。騒ぎを起こしてしまい、すみませんでした。僕はグランガルガ中央学校の教師「サカイ」と申します。ロムデイトさんが謝る必要ないですよ。」
俺が全て間違ってるとは思わないが、ロムデイトさんに非は無い。
自己紹介も兼ね、謝罪した。
「こちらこそ申し訳ない。多分被害者の方は親御さん達だよね?」
俺は無言で、少し俯き気味に頷いた。
「…お母さんのことは残念だった。綺麗にした後、明日以降葬儀をする予定だよ。日程はサカイくんに合わせる。私に行ってくれたら手続きはしておくから、いつでも言ってくれ。あとお父さんの方なんだが…一応グランガルガの地下施設の病院で入院させる事になった。首の骨がおられているから復帰は正直厳しいかもしれない。とりあえず面会が出来る状態になったら連絡させてもらうね」
そう言いながら俺の右腕をマッサージしてくれていた。
不思議と痛みを感じるどころか、心地よい。
「腕はこれで大丈夫だと思う。動かしてごらん?」
俺の右腕は正常に動いた。痛みもない。
どういうことだ?回復魔法は傷は治るが病気や体の中の症状は治らない。
「不思議そうな顔をしているね。私の加護は「整体」。触るとどこが悪いのか、どうしたらいいのかが伝わってくる。回復魔法をかけながら整えていくことで中も元に戻すことが出来るんだ。ただ、神経は私のランクじゃ治せないから君のお父さんは治せなかった。すまない。」
この世には俺の知らない加護がたくさんあるな。
「いえ、ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました。…母と父の事、よろしくお願いします。」
俺は深々と頭を下げた。
「うん。任せて。」
この人になら安心して任せられそうだ。
しかし、カルアって奴のことは正直まだ許せてない。
言い方ってものがあるだろう。
憤りを感じながら俺は「ハナコ」がいるパジャンへ向かい始めたー