第一話「召喚勇者?ではない様だ。」
――このままだと死ぬ。
そう感じた。
息ができない。
目の前が見えない。
そのことが、恐ろしい。怖い。
激しい苦痛の中、ルーク・アンベートの意識は朧げだ。
しかし、
この感覚は夢ではない。
自分の体の感覚が少しずつ薄まっていく感じ。
それが怖くて、怖くて、耐えられないのだ。
薄まる意識の中。
今持っている最後の記憶。
それは、
二十三年間もの付き合いだった体を失い、
赤ん坊となった。
そして謎の発光した石を飲まされ――、
「…………俺は……。」
自分の姿さえ見えぬまま、ルーク・アンベートは声を出した。
正確には「自然と出た」、だ。
ようやくだ。
ようやく声が出せた。
「俺は…………!」
まだ自我を失っていないのだ。
目の前に見えたのは、ただ何もない、真っ暗な無の空間。
そう、ルーク・アンベートは放り出されたのだ。
確か赤髪の少女は、こう言っていた。
――序列代五位の私、ヴァーベル・フィーアの名の下に、貴方を勇者候補から除外します。
さらに、こうも言っていた。
――あなたの来世の名前は、アルベルト・ヴォルツ。ごく普通の転生者。あとは勝手にしてください。
アルベルト・ヴォルツ、だと?
フンッ、誰だよそいつ。
全く意味が分からない。
「くそっ!ふざけやがって……。」
心身離脱。
いや、記憶喪失。
ただ、自分の体の感覚が直感的に教えてくれる。
今ルーク・アンベートは『死んだ』のだと。
まあどちらでもいい。変わらない事だ。
殺された理由、
召喚された理由。
そして、『失敗作』と言われた所以。
その全ては、神のみぞ、いいや、あの赤髪の少女のみぞ知るという訳だ。
――確かあの女、ヴァーベル・フィーア、と言っていたか。
――――
「契約の時は来ました。勇者、ルーク・アンベート。いいえ、アルベルト・ヴォルツ。」
突然、声がした。
聞き覚えのある声だ。
同じ言葉を繰り返していた。
それは初め朧げに聞こえた程度だったが、
ちょうど今、その声ははっきりとしたものになった。
ああそうだ、コイツだ。
赤髪の少女は。
「お前、よくも俺をこんな目に遭わせてくれたじゃないか。落とし前は、はっきりと付けさせてもらおうか。」
ルーク・アンベートは声を低くして、少女の声をする方を睨みつけた。
はっきりとした姿は見えない。
けれど、微かに、ホログラムのように浮かびあがる姿があった。
その特徴は、まさに赤髪の少女と一致していた。
「その事については、申し訳ないと思ってるわ。」
「あ?なんだと?」
「けれど、残念ながらあなたに拒否権はない。私の言う事を素直に聞きなさい。」
ルークの質問に、少女はまともに答える気も無いようだ。
訳が分からない、何を考えているのだろう?
何をして欲しいというのだろう?
「誰が石を無理矢理呑ませて殺そうとしてきたヤツのいうことなんか聞くかよ。」
「そう、でもこのままだとあなた、『もう一度死ぬ事になる』わ。」
赤髪の少女は、ルークに顔を近づけてきた。
意味ありげな表情の瞳で見つめながら。
「は?おい、どういう事だよ?もう一度死ぬ?お前は何を――、」
「ルーク・アンベート。あなたは勇者の失敗作として処刑され、永遠に命を落とす筈だった。けれど、私はそんなことさせない。だって、面白そうだもの。何一つ『運命』が見えないのは、あなたが初めてだから。」
――助言、いや予言か?それとも妄言?
少女に嘘をついている様子は無かった。
だが、そんなこと誰が信じられよう。
「お前のことを信じられる訳ないだろう。」
「詳しいことは、まだ教えられないの。でも、これらは全て、必ず起こることよ。そして、私たちは、『必ず再会する』。」
――何、この世界の神にでもなったつもりか?それとも何かい?厨二病でも患っているのか?
「何だよ、『運命』が見えないって。我が秘蔵の邪眼が疼かない的な痛いソレか?」
「違うってば。」
少し頬を膨らませて、少女は目を背けた。
異世界転生ものでいう「女神」といった風格は感じられなかった。
まあそんな胡散臭いもの、最初から信じないが。
「それで、お前は俺に何を望むんだよ。」
「『死神』を、この世界から葬り去りなさい。」
赤髪の少女、ヴァーベル・フィーアの声が響き渡る。
そのまま視界がホワイトアウトして……
そして俺は――『本当』の転生をした。
――『死神を葬れ』だと?
※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※
※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※
どれくらい経ったか分からなかったが、やがて、意識が戻った――。
――俺は……何を……?
目覚めると、辺りは暗くて、微かに水の流れる音がした。
ここは――洞窟、だろうか?
しかし一体、いやそもそもこれは現実なのか?
とりあえず俺は、光を求めて辺りを見渡してみる事にした。
それにしてもこの体、全く言うことを聞かない。
足を踏ん張ろうにも上手く動かないし、ジャンプは……しない方が良さそうだ。骨折はしたくないしなぁ。
そうだった。
この体は、赤ん坊の作りになっているのだ。
それにしても、なんて雑な扱いだろう。本で読んだ召喚モノだと興奮した矢先、虫ケラの様に殺されて挙げ句の果てにリスポーン地点が暗闇ってか?
「うーぅ、あー」
くそっ、赤ちゃんの身体だとこんなにも頭が重たいのかよ。
何か、視界がなくてもどこかわかるもの……そんなものがあれば……。
例えば、魔力とか!!
(なんちゃってな、あー恥ずかしい恥ずかしい。都合の良い展開はあり得ないってか。)
しかし参ったな、どうしたものか。
体は動かない、辺りは暗闇、歩けるどころか立てもしない。
だが、雑に生きてきた二十三年間の記憶だけはある――と。
社畜卒業!夢が叶ったね!ってか?ふざけんな!
触れるものは、赤ちゃん基準で手のひらサイズの超小さい石ころだけ……か。仕方がない。
これを思いっきり壁にぶつけて、壊れでもしてくれりゃ楽なんだがなぁ。
「うぁ!」
動かしにくい腕を奮い上がらせ、全身の力を振り絞って――石を投げる。
(え……?!)
その途端、何か体に違和感を感じた。
『ビリッ』とした電流が流れてくる感じの感覚……。
手先から紫色の粒子が集まってきて、
静電気よりも少し強い痛みを伴った、どこか不思議な感覚が体に刻み込まれる。
全身の何かが手先に集中して、込み上がってくる何とも言えないこの感じ。
――ガーッガガガガガーッ!
石ころからは、予想より大きい音が辺りに鳴り響く。
(これは何と言うか、すごく……すごく……!)
砂粒の様なものが辺りに飛び散る。
壁を砕くには至らなかった。
だが、俺の気分は高揚していた。この目で見たのだ、確かに何か成し遂げたと言う事を。
何か、この世界で生きていく為のヒントの一端を掴んだ――と。