冒険へ(準備編)
峰を登るための準備、持ち物作りを始める。そう、「作る」のだ。
事前に考えた“作り方”をイメトレしながら、材料を木の下に並べる。全てを近場で調達できたのは僥倖だ。
私はまず、何十本かの蔓を平たい岩の上へ並べた。そして、鋭い石でほぐす。ほぐす。繊維がバラバラになるように、丁寧に。緑のカケラが岩の上を広がってゆくのが、なんだか見てて楽しい。どんどんほぐす。ほぐす。
もうわかるとは思うが、今作っているのはロープだ。硬い蔓の繊維を使って作るのは、我ながらかなり良い方法ではないだろうか。
ちなみにロープは、繊維をほぐし終えたら乾かす時間を挟むため、一番最初に作業を始めた。効率よく、最短で丁寧に。
だいぶ腕が怠くなってきたが、だいぶバラバラになった。糸のようになったそれらを、私は一旦横にどけ、風除けの葉を乗せた。
「これは弄らないでね」
猫達へ釘を刺しながら、固まった手の指をほぐした。よし、次の作業へ移ろう。
今から作るのは、ズバリ水筒だ。なんだかんだコレが一番重要だろう。
作り方は至って単純で、昨日私が見つけた、椰子のような木の実の中をくり抜くだけだ。とはいえ、想像以上に手間取るし、時間もかかるはず。
まず果実の上部を割る。大き過ぎると使い辛いが、小さかったらこの後の作業に支障が出る、一番大事な工程だ。
私は、手ごろな石を持って、実へ思い切り手を振った。
石越しに手へ伝わってきた衝撃と、傷一つつかない実の頑健さのどちらに驚くべきだろうか。
そして、一拍遅れて自分の脳の無さに笑いが出た。実に対して縦に打撃を加えても、空洞じゃない限り割れるなんてことは無い。上の部分を破壊したいのであれば、“達磨落としの頭打ち”の要領で横方向に衝撃を与える必要がある。もっと言うなら、垂直に力をかけるのであっても、端を狙えば割れた。私は、よりにもよって球体の最も強い所に渾身の力を発揮し、玉砕したのだ。
「いや良い、失敗したとしても失敗の理由が分かればマイナスじゃない。成功への近道を体当たりで確認したんだ。意味はあったんだ...」
ブツブツ言い訳を呟きながら、再び石を持って振りかぶった。
何回も同じ所に衝撃を与え続けたため、十分繰り返したらとうとう割れた。この作業で大部分の体力を持っていかれたから、一旦休憩にする。
休憩時間で、この辺りを散歩しよう。のんびりと青空の下を歩いていくと、猫達が沢山付いて来た。やっぱり、可愛い。十分も歩けば、腕の疲れはだいぶ取れた。
「さて、続きだね」
次は、中の果肉部分を抉り出し水ですすぐという事をやる。まず木の棒を持って、突き刺し、果肉をほじくる。これをまた繰り返すのだ。
作業に熱中する私をよそに、夜はどんどん更けていって。
とうとう私は、全ての道具を作り終えた。道具を持って私は、猫達にサヨナラを言う。
峰の方へ歩き始めた私。だが、なんと猫達は私に付いてきた。初めてこの世界に来た時から変わらない、親鴨に付いて回る小鴨のような表情で。
「...うーん...」
私は小さなため息を吐いた。
「さぁ、いよいよだね」
私は足元の猫達に語りかける。流石に山登りに幾百匹の猫を連れるのは大変だから、ぐっと減らして五匹。頑なに付いてきた白い猫、灰猫三匹衆、そしていつも一緒だった金色猫だ。
彼ら五匹を選別した後私は、親分猫にお辞儀をする。他の猫をよろしく、でも、今までありがとう、でもない不思議な気持ちで。
金色の猫が大きく欠伸をする。それに釣られて周りも一緒に。それを見て、いよいよだと言う気持ちで一杯だった私の緊張が一気に解けた。よく分からないけれど、ありがとう。
感謝された当の本人は、緑色の瞳をパチクリさせ、首を傾げた。