20話「“L”」
鳥の話 36
雨は一時の激しさを抑え、細く淑やかなものに移り変わった。しかしすぐに降り止む気配はなく、切れの悪い小便のようにだらだらと続くような気配がある。豪雨よりも、今のようなささやかな雨のほうが余計に鬱陶しく感じられるものだ。仁はV.トールとして大地を跳び回りながら、その漆黒の騎士じみた表情を渋面に変えた。
長く雨に当たり続けたためか、それともこの湿った空気がよくないのか。以前エレフによって与えられた足の傷が、しくしくと嘆くような痛みを発し始めていた。
足を止めるほどの痛みではないが、いかんせん、気にかかる。片足にほんの少し重みが加わるだけで、これほど集中力が乱されるのかと仁は苛立ちながらも意外に思った。今は目の前の敵に全神経を向けなければならないときだ。しかも、その敵は油断をして勝てるような相手ではない。
V.トールは金槌を拾い上げると、それをすぐさま横薙ぎに振るった。しかしその一撃は空を切る。つい一瞬前までいたアークは、目の前から煙のように姿を消していた。
気配を感じ、振り返る。そして視界に過る影を認めた瞬間、呼吸が詰まった。アークの放ったボディーブローが腹に叩きこまれていた。
さらにV.トールが反応するよりも早く、その顔面にハイキックが突き刺さる。よろめいた身を、続けざまに放たれた手刀が打ち据えた。
「このっ……!」
声を荒らげ、顔をあげるが、すでにアークの姿はそこにない。先ほどからずっとそんな調子だった。敵はV.トールに攻撃を加えると、まるで瞬間移動でもするかのように忽然と目の前から消えてしまう。そして思わぬ方向から現れる。こちらからの攻撃は掠りもせず、V.トールはほとんど一方的に蹂躙されていた。
背中に衝撃が走り、V.トールはたたらを踏んだ。痛む足を踏ん張り、振り向きざまに金槌を片手で叩きつける。しかしまたしても、アークを捉えることはできなかった。
「どこをみている。私は、ここだ」
声と共に、横から蹴りが飛んでくる。かわす暇も、防ぐ術もなく、アークの一撃はV.トールの耳を張った。その直撃は仁の意識を混濁させた。三半規管がわずかに狂い、目眩が起こる。足元がふらつき、膝から力が抜けた。
「くそおっ!」
しかしそれでも、仁の闘志は潰えなかった。腰を捻り、上半身をねじるようにして金槌を打ち放つ。
「これが私の真骨頂。“黒城スペシャル”だ」
見当違いの方向から、彼の冷静な声が聞こえてくる。首を捩ったところで顔面を殴られ、そのあまりの衝撃にV.トールの体は浮いた。水たまりに大きく尻もちをついてしまう。視界がぐるぐると回っていて、即座に身を起こすことはとてもではないが困難だった。
「アークの能力ではない。私の研ぎ澄まされた技術だ。お前の仲間は何を勘違いしたのか、能力による自らの力の底上げを狙ったようだがな」
糸のような雨を浴びながら、アークがその姿を現す。その装甲は雨に濡れ、てらてらとした光沢を放っていた。
「しょせん、その場しのぎの猿真似。この私には、到底敵わぬ。この私の培った技術にはな」
不遜な態度で言い切り、彼は右手から覗くハンドガンの銃口をV.トールに向ける。
強い。V.トールは霞んだ景色にアークを認め、改めて敵の強さを思い知った。空から降ってきた真実の槍に打たれても、アークの動きは少しも鈍ることはなく、むしろ激しさを増す一方だった。
対して、仁はひどく動揺していた。
京助の目と足を奪い、日常を破壊した、あの忌まわしい事件。多くの人間の命を無差別に葬り去った、絶対に忘れることも、許すこともしてはいけないあの事件。その犯人がマスカレイダーズというグループであったという真実。そして、その事件によって大切なものを失った者同士、導かれ合うようにして石碑の前で出会ったあの男が、そのマスカレイダーズに所属しているという現実に、心を揺さぶられていた。
男が嘘をついていたのか、と最初は思った。だがあの男がふとした瞬間に滲ませた、罪と悲しみを背負った空気は演技で出せるものとは到底思えない。
やはり先ほどの反応から見て、彼は何も知らぬままマスカレイダーズに入っていたという線が妥当だろう。しかしそれは彼にとってみればあまりにも残酷で、許しがたく、受け容れがたい、真実であるに違いなかった。
仁よりもずっとずっと、心に与えられた衝撃は深いはずだ。しかし彼はそれを表にはけして出さない。心に生まれたひずみをそのまま力に変えて、仁を攻め立てているような印象さえ受けた。
「……さっきの話、どう思う?」
V.トールは自分の体1つ1つの駆動を確かめるようにして、ゆっくりと身を起こしながら、アークに尋ねた。アークは銃口をこちらから逸らさぬまま、わずかに首を傾げた。
「話? なんのことかね」
「白を切るなよ。……新宿の、事件のことさ」
口に出すと、男はふんと鼻を鳴らした。それから一歩足を踏み出すと、ハンドガンをさらに間近からV.トールに突きつけた。
「私はあんな言葉に惑わされたりはしない。しょせん、化け物の言い分だ」
「彼の言うことが、嘘であるように聞こえたのかい?」
菜原の悲痛な叫びを軽んじるような言葉に、仁は苛立ちをもって問い返す。あの魂を絞り出すようにして発した声が虚言に聞こえるなど、この男はどういう耳をしているのかと本気で疑いたくなった。
「僕には彼の話は嘘に聞こえなかった。きっと本当だよ。あの事件を起こしたのは、僕とあなたの大切な人を殺したのは」
「……いいだろう。仮に、奴の言うことが真実であったとしよう」
仁の言葉を途中で遮って、ハンドガンを携えた右腕を前に伸ばしたまま、彼は降りしきる雨に平行させるようにして、左手の人差し指で天を指した。
「だから、なんだというのかね。たとえマスカレイダーズがあの事件を起こしていようがいまいが、いまのこの状況には、何の変化ももたらさない。私はあのホテルにたどり着かねばならず、そしてお前は私の侵攻を阻止しなければならない。――違うかね?」
仁は声を呑みこんだ。聞く者を屈服させるかのような男の強い語調に、圧倒される。だが、ここで引くわけにはいかなかった。仁は動揺を押し隠せぬままに、さらに、男に問いかける。
「あなたは、それでいいの?」
「それ、とはなんだ。はっきりと言うがいい」
「だから、僕たちを侵略することが、あのホテルに到着することが、今のあなたにとってどれほど価値があるんだ。マスカレイダーズはあなたの、いや、僕たちにとっての敵かもしれないのに」
なぜこの男がいまだ、素直にマスカレイダーズから受けた命令を行使し続けているのか。それが、仁にとって一番の疑問だった。組織に対する疑いが少しくらい生じ、攻撃の手が緩まってもおかしくはないはずなのに、彼の心にはまったく揺らぎがみられない。彼の考えは、心情は、仁にとっておよそ理解不能なものだった。
そしてうろたえる仁を前に、男は、不遜に言い放つ。それは仁の思惑や予想を完全に断ち切るような、並みならぬ自信に満ち溢れたものだった。
「だから、なんだと聞いている。私はお前を打ち倒し、あの場所に向わなければならない。それはマスカレイダーズがたとえ、どんな組織だろうとなんら変わらぬ、私の目的だ」
仮面にぽっかりと浮かぶ、薄黄色の双眸がV.トールを真っ直ぐに捉えてくる。V.トールは心を引き剥がされるかのような鋭さを備えたその眼差しに、たじろがずにはいられなかった。
「残念だったな。お前の思う通りに、私はいかんぞ。私は世界だ。世界を理解することなど、お前ごときに、できるはずがない。だから私は止まらない」
男の言葉は、仁の心にずしんと重く響き渡った。彼の言う通りだった。
確かに頭の隅では、組織に不審を抱いたアークが戦いを中断し、ホテルに向かうことを諦めてくれ、そして自分たちに協力してくれる、そんな姿を思い描いていた。だが、その思惑をアークは看破した。仁の思い通りに世界が動いてくれないのと同じように、この男の心を動かすことは不可能だった。
それを実感し、改めて仁は、この男の強さを知った。人の言葉に流されることのない、確固たる自分を持っている。それは、あまりに状況に流されやすい仁がずっと憧れてきた人物像だった。
だが、そんな男をなぎ倒していかなければ、葉花を救うことはできない。目の前に立ちはだかる、あまりに高い壁を前に、仁は心が折れそうになる。だが、ここで膝をつきでもしたら、一生後悔することになるのは明らかだった。
ならば、戦うしかない。逃げ腰はもうたくさんだ。自分は、デビルズオーダーの戦士だ。その自覚を、心の中に熱く宿らせる。
「……そうだね、僕が、間違ってた」
V.トールは自分の体の周囲に青色の粒子を散布させると、光に身を巻かれながら、顎を引き、アークを睨み返した。
「僕はあなたを倒し、そして、葉花を救いだす。その目的に変更はない」
「そうだ、ミスターイカロス。どんな理屈も理由も、いまの私たちの間では何の意味もなさない。大切なのは、過去でも未来でもない。今だ。目先の目標を叶えられぬ者に、先を語る資格はない」
「この壁を乗り越えなくちゃ、どのみち先なんかない。立ちはだかるなら、迎え撃つだけだ」
覚悟なら、この戦いに臨んだその時に決めてきたはずだった。それをいま、実体のあるものに変えて、心に縫いつける。そしてそのむせ上がるような思いに突き動かされるようにして、粒子をアーク目がけて放出し、さらに続けざまに指先から電撃を撃った。
粒子と電撃が接触した瞬間、空間が火を噴いた。燃え盛る炎が手招きをして、アークの身を蝕もうと襲いくる。
だが、またしても彼は忽然と姿を消した。雨に打たれてくすぶる炎だけをその場に置き去りにして、アークはその存在を隠す。そしてついにその気配を感じることさえできぬまま、V.トールは左からの衝撃をしたたかに浴びた。
「お前もそろそろ限界なのではないのかね? 体ではない。電撃やあの奇妙な光。あれらは有限なのだろう? この戦闘でお前は、突っ走りすぎた。もうそろそろ使えなくなる頃だろう。どうだ、図星かね?」
ハンドガンを打ち放ちながら、アークは後ろに跳ぶ。弾丸に皮膚を抉られながらも、V.トールは金槌の柄にすがりつくようにして、痛みに必死に耐えた。苦し紛れに電撃を打つが、それは牽制にすらならず、アークの背後に消えていく。
確かにアークの言っていることは寸付違わず、的を射ていた。
電撃も粒子も無限ではない。どちらも仁の体内に埋め込まれた石板から生成されている。中でも青色の輝くような粒子は、V.トールとしての姿を保つために必要なものでもあった。これ以上外部に展開してしまえば、戦うことさえ困難になってしまう。そういう意味でも、仁は窮地に立たされていた。
しかし、仁は、V.トールは笑みをみせた。苦し紛れからではない、仁にはまだ勝機があった。アークが菜原を嘲弄するために発した、“能力”という言葉で閃いたことがあった。
だから、まだ白旗をあげるわけにはいかない。葉花のためにも、そして自分のためにも、策が尽きるまでもがいて、策が尽きてもあがいて、この戦いを絶対に制しなければならないのだから。
「まぁね。だけど、どのみち時間はないんだ」
V.トールは片手で金槌を支え、もう片方の腕を突き伸ばし、アークに青白い光を灯した指先を向けた。応じるようにアークも右腕をかざし、照準をV.トールの顔面に合わせてくる。
「だから、全力でいかせてもらう。もう躊躇も温存もしない。これが僕の全てだ」
「ならばお前のフルパワー。正面から叩き割ってやろう。格の違いを見せつけてくれる」
V.トールの撃った電撃とアークの放った銃弾が2人の間で激突した。小さな火花が舞い散り、その光が完全に霧消せぬ間に、双方とも動き出している。V.トールは円を描くようにして急迫してくるアークに対し、電撃で迎え撃った。
「貴様の心を挫き、その身を削り、魂を擦り潰す! それこそがこの私の勝利。屈服させ、貴様を支配してくれるわ!」
不規則なステップを刻みながら駆けてくるアークを前に、電撃は彼の背後に次々と消えていった。鼻白む仁の前で、アークはハンドガンを自らの足元目がけて放った。土煙がもうもうと沸きあがり、彼の姿を土気色のベールが包み込む。
V.トールは視線だけを揺らし、素早く周囲を探る。彼の卓越された動きから繰り出される驚異的な攻撃は、まったく予測不可能だった。次は一体、どこからその拳や足が飛んでくるのか気配すらおぼろげなのが恐ろしいところだった。
気を引き締め、周囲に神経を運ぶ。こんなところでも足の痛みが邪魔をする。息を軽く吸い込み、苦痛を脳内から排除した。
地面がさざ波をたてた。V.トールは咄嗟に身構える。そして相手の攻撃は、下からきた。身を低くして仁の懐に転がりこんできたのだ。アークは伸びあがるようにして、強烈なアッパーをV.トールの顎に叩きこんだ。
あまりに神出鬼没。予測すら役に立たない方向から敵は仕掛けてきた。V.トールは大きく体をのけぞらせる。
姿勢を正した時には、またしてもアークは影も形もなくなっている。V.トールは素早く金槌に手を伸ばした。掌に神経を集中させる。硬い肌に沁み入るようにして、血脈を伝い、神経を滑り、脳内に入り込んでくる映像を仁は観た。
それは、金槌のもつ“記憶”だった。仁の能力、サイコメトリー。指先から物の記憶を読みとる力を、今ここで発動させる。アークは本当に自らの姿を消すわけでも、ワープをするわけでもない。人間離れした動きで翻弄するだけだ。ならば仁の視覚に捉えることはできなくとも、金槌ならアークを見ているかもしれない。そう考えた。事実、その予想は的を射ていた。
「そこか!」
V.トールは流れ込んできた映像をなぞるように、跳躍し、横に避けた。するとそこに、呼吸を合わせたようにアークの拳が飛んできた。V.トールはわずかに体を傾けることで、敵の攻撃を、初めてかわした。
さらに間断なく放たれてきたハイキックを、腕で防ぐ。残りわずかな電撃をその腕1本に収束させ、払いのけると同時にアークに放った。視界を覆うほどの巨大な光量が瞬き、アークの体がわずかに揺らいだ。彼の脚部を覆う装甲から、黒煙が噴きでる。
さらにV.トールは腕をぐんと伸ばし、アークの頭を掴もうと試みた。しかし相手はやはり強敵だ。反射的に身を反らし、それをさせまいとする。だがV.トールは多量の粒子を体の表面から発生させると、光の塊となったそれをアークにぶつけ、一瞬、隙を生じさせた。
敵のバランスが崩れた。そこを見計らって前のめりになり、V.トールはアークの丸い頭部を鷲掴みにした。
その瞬間、仁は頭部を掴んだ左腕に違和感を覚えた。目をやると、アークの左手から吐き出されたワイヤーが知らぬうちに絡みついていた。丸い瞳でじとりとこちらを睨むその様子には、まるで獲物を糸で絡め取る蜘蛛のような不穏さがあった。
アークの左肩に備えられたバインダーが軋んだ音をあげながら持ち上がる。そこから無骨な砲口が露出し、続けてその内部が溢れださんばかりの光に満たされた。V.トールはみるみるうちに、目の先で白い光輝が膨らんでいく光景を前にして、反射的に右腕を突き出していた。
なにか策があったわけでもない。しかし、自分目がけて放たれようとしている熱線に対し無抵抗でいることはできなかった。受け身で戦うことはもう止めたのだ。自らの身を犠牲にしても、相手を傷つける結果に至ったとしても、胸に思い描いた未来のために力を尽くすと決めたのだ。
V.トールは叫び、いまにも光が迸らんとしている砲口に手首を突っ込んだ。行き場を失った光は砲塔を膨張させ、ミシミシとくぐもった音を宙に刻んで――次の瞬間、アークの肩が急激な光を発しながら大爆発を起こした。
爆風に押される形で、V.トールとアークは双方ともそれぞれ後ろに激しく吹き飛ばされ、その勢いで2人を繋いでいたワイヤーが根元から切断された。
V.トールは2回、3回と地面を跳ね、最後に強く背中を打ち付けて止まった。アークは両足で着地したが、衝撃までは殺せず、地面を削りながら後ずさった。もうもうと沸き上がる土煙を片手で払いのけながら、アークは軽く頭を振る。両肩のバインダーはどちらも悉く破壊され、先ほど爆発した左肩からは、黒々とした煙がいまだ空に昇っていた。
「決死の覚悟。見事だ。ミスターイカロス」
立ち上がるV.トールに、アークは指先を向けた。「だが」と疲労のこもった声で続ける。彼の指す先には、V.トールの右腕があった。
「腕を1本やられたな。この私を前に、それは随分と高い代償ではないのかね?」
アークの言う通り、V.トールの右腕はこの戦闘中、もう役には立たなそうだった。黒い装甲は剥がれ、切り裂かれ、捩じれて、みるも無残な姿を晒している。腕から肘にかけて河川のように血が流れ、指先を伝って、地面に雫を落としていた。そのダメージの大きさは、指が5本揃っているのが奇跡なくらいだった。爪は吹き飛ばされ、指先がおかしな方向を向いているものの、欠損はない。V.トールはあまりの激痛に遠くなる意識を何とか繋ぎとめ、悲鳴を喉の奥に押しこみながら、左手で足元の何かを拾い上げた。それは泥にまみれていたが、以前と変わらぬ、銀の輝きを保ち続けていた。
「そうでも、ないよ。まだ僕にはこの手がある」
V.トールは拾い上げたサーベルを、無事な左腕で強く握りしめた。戦闘の序盤でアークに弾かれたものだ。吹き飛ばされた先に偶然落ちていたのは、幸運というより他ならなかった。剣先をアークの喉元に向けると、V.トールは明確な殺意をもって対峙する敵を睨んだ。
「あなたが誰だろうが、何だろうが、最後まで諦めない。僕には失いたくない人がいる」
雨で全身をむらなく濡らしながら、じわりと熱を持った頭でV.トールは叫ぶ。父親ごっこと痛罵を浴びせられようと、いつか葉花を不幸にすると、あんな関係が無茶だと揶揄されようとも、仁は守ることを諦めない。元の生活を取り戻すまで、どれだけの痛みや苦しみを背負っても、この気持ちは揺るがない。
「この手は、あの娘に触れることは許されない。だけど、この手であの娘を救うことならできる」
だから――。V.トールは泥土を背後に跳ねのけ、疾駆した。アークとの間に放置されたままのハンマーをつま先で蹴り、もとの石板の形に戻す。走りながら、サーベルを頭上高く上げると、落ちてきた石板はちょうど示し合わせたかのように、サーベルの柄へと綺麗にはまった。
「だから、ここを通してもらう。これが僕の力だ!」
サーベルに粒子が収束され、青い光刃となって定着する。V.トールの身の丈以上の長さをもつ、その光輝をアーク目がけ、片手で横薙ぎにした。空を焼き、薄闇に切り裂きながらアークの身を削ごうとしたたかに迫らせる。
「お前の全力など、私の全力の3%にも満たないこと、その身をもって教えてくれる!」
アークは高い跳躍力で、その一撃をかわした。さらに返す刃もしゃがんでかわし、そのままV.トールへと飛び込んだ。V.トールがサーベルを握った手の人差し指を立て、そこから電撃を迸らせて対抗しようとするが、またしてもアークを見失う。彼はまるで獲物をはるか上空から見つめる猛禽のように、音さえなく、常に人の死角を的確にとらえてくる。
「……そこだ!」
しかし、今の仁にその手は通じなかった。サーベルにサイコメトリーを発動させ、その記憶を読み、アークの姿を捕捉したのだった。電撃を撃つと、アークは後ろに跳びながら銃弾をばら撒いて反撃してくる。空中でちかちかと再び火花が散った。
「どうやら、お前にスペシャルは通用しないらしいな、ミスターイカロス!」
「僕はそんな名前じゃない!」
サーベルを、振り回す。光刃が宙を薙ぎ、アークの陥没した右肩を切り裂いた。
「僕はデビルズオーダーの、トールだ!」
青い光を薙いだ箇所が小さな爆発を起こし、アークの装甲が背後に吹き飛んでいく。しかしアークは気にも留めず、地に落ちた装甲の破片を置き去りにして、ハンドガンを撃ちながらこちらに猛スピードで接近してくる。
V.トールは果敢に攻め立ててくるアークの銃弾を受けながら、サーベルを振るおうとした。
だがその時、つい数秒前に指先から頭の中へと転がり込んできた映像が、ふと再生を始めた。アークの装甲に触れたとき、それは川の奔流のように仁の中へ自然に入り込んできたのだった。それがサイコメトリーを通じて、脳内に働き掛けてきた映像だと気付くまで、そう時間はかからなかった。
「これは……」
流れ込んできた映像の中で、金髪の少女が微笑みを浮かべていた。葉花と同じくらいの年齢だろうか。彼女は愛しげな目つきで、心底嬉しそうにこちら、つまりアークを見つめていた。おそらく彼女がアークの娘なのだろう。少女の父親を愛する気持ちが、その一欠けらの映像だけでも、仁の心には伝わってきた。
彼女のイメージが仁の中で葉花と重なる。姿形も何もかも、葉花との共通項は背丈と年ぐらいであるのに、それでもアークを纏う男が娘を想う気持ちが、少女が父親を慕う情熱が、仁の胸を抉った。
するとつい先ほどまで、敵の命を刈り取ろうと燃え上がっていた漆黒の闘志が、急激に冷めていくのを仁は感じた。
それに伴って、全身から力が抜けていく。
V.トールは腕の動きを途中で止め、サーベルを落とした。胸に銃弾を浴びながらも、躍りかかってくるアークから目は離さない。彼の発言からも分かる、娘を愛する気持ち。それを自らの葉花に対する想いと重ね合わせながら、V.トールは電撃を剣状に変化させ、指先に纏った。
V.トールは腕をまっすぐに突き出した。アークも仁がサーベルを捨てて、リスクの大きな正面突破で対抗に出るとは思いもしていなかったらしい。V.トールの左手の先から伸びた青く発光する刃は、アークの腹部にはめこまれたプレートを貫いた。
「なに……!」
初めて、アークの口から驚愕の声が漏れた。そして、無意識のうちにこの一連の動作をおこなっていた仁もまた、同じように驚いていた。
刃をプレートの半ばまでうずめたまま、V.トールはアークの体を地面に引き下ろした。アークの体にはなるべく達しないように、しかし確実にプレートを刃で貫通させる。そして自らの中に蠢く電流を全て流しこむような気持ちで、V,トールはアークのプレートに深く埋め込まれた指先から電撃を一息に解放させた。その間も、アークはハンドガンから銃弾を吐き出させ続ける。
この窮地でも、的確に攻撃の標準を絞ってくるのはさすがだった。V.トールの強固な体表の中でも、これまでにダメージを集中的に受け、もろくなっている箇所を狙ってくる。神経を直接引き出され、嬲られるような痛みに意識を混沌とさせられながら、それでもV.トールはアークに電流を絶えず流し続けた。ここまでくれば、根競べの境地だった。
降りしきる雨に慟哭と苦痛を浮かべ、V.トールは青白い電流に巻かれながら、自らの精神力を絞りつくした最後の一撃をアークの腹部目がけて、打ちこんだ。
アークの体がびくんと、波打つように跳ねた。鼓膜に甲高く響くような物音が聞こえ、V.トールの手の先から、アークのメイルプレートが粉々に砕け散る。腹部にはプレートを失った後のくぼみが顕わになった。
「やるではないか。だが!」
ハンドガンの操作を止め、アークは意気揚々と拳を打ちだしてきた。その口ぶりは歓喜に満ちている。プレートが破壊されたことで指の抜けたV.トールもそれに合わせて、腕を振り出す。
数秒の時を置いて、互いの攻撃は、互いの体を打ち据えた。みしり、という肉が軋むような耳に悪い音が大音量で雨を突き破る。双方とも、がむしゃらに放った二撃目のストレートは互いの顔面を捉えた。
そして、雨は弱まっていき、一瞬の静寂が場を支配した。
その静寂を打ち破るかのように、満身創痍によろめくV.トールの前で、アークはまるで糸の切れた人形のように水たまりの中へと倒れこんでいった。
「僕の、勝ちだ」
打ちのめされた体中の皮膚からとめどもなく血が流れ、足元に赤い液だまりを作っている。体を少し動かすだけで耐えがたい痛みが襲い、その度にへたりこんでしまいそうになる。それでも折れそうな心を導くのは、葉花の笑顔。その愛らしさを、アークからの映像によって仁はいま一度思い出したのだった。
うつ伏せに倒れたままのアークを見据え、V.トールは沈黙のまま、気付けば胸が震えるような思いで彼を目の前にしている。嬉しいのか悲しいのか悔しいのか、自分でも自分の感情が分からなかった。だが、追いつめられた末に自分が咄嗟にとった行動には、驚きを隠せなかった。なぜあんな行動に出たのか、今になってみても、よく分からない。
霧からあぶりだされたホテルの、不気味な外観を眺める。それからサーベルを左手で拾うと、アークの横を通過し、駆けだした。地面のぬかるみも気にせず、痛みをこらえながら大股で歩を刻む。腹部に戻した石板を叩き、体に青い光を滾らせると、さらなるスピードでこの更地を突きぬけていく。
次に自分が向かうべき場所は、分かっていた。先ほどから異様な気配を、ある一点に感じていたからだ。その胸に重石を載せられたかのような息苦しい感覚は、霧に混じって赤い粒子が流れてきた、あの時の感覚に通じるものがあった。
あの声の主にもう1度接触することができれば、葉花の居場所が分かるかもしれない。仁は一抹の期待を心に宿し、吸い寄せられるように、その場所を目指す。
そしてその場所にたどり着いた末に仁が見たものは――Z.アエルと激しい攻防を繰り広げる、狼の着ぐるみの姿だった。
※※※
続けざまに放たれたゴンザレスの不器用な蹴りを、Z.アエルは体を僅かに反らすことで回避した。
重そうな着ぐるみで全身を覆っているにも関わらず、ゴンザレスの動きは機敏だった。彼が短く太い足で回し蹴りを繰り出し、さらに岩山を渡る猿のような軽いフットワークから目にも止まらぬワン・ツーを放つ度、赤い粒子がふわりと宙を舞った。その血のような粉塵は、彼のその怪物の腕から絶えず吐き出されていた。
「何を言っても、何をやっても、無駄だよね」
ゴンザレスは嘲るかのような笑い声を立て、豪腕を振るう。Z.アエルは胸の前で両腕を組み合わせ、衝撃を周囲に逃すようにしてそれを防いだ。
「だって化け物に、人間の言葉や道理が通じるわけないもんね。馬鹿でごめんね、彼が」
「それは……そっちも同じでしょう!」
Z.アエルは腕でその巨体を振り払うと、間断なく掌中に白い粒子をかき集めた。それを眩く発光させ、光線として発射する。ゴンザレスは後ろに跳びながらも、彼女と同じように赤い光線を腕から放ち、空中で光条同士を相殺させる。
「その粒子の色に、見覚えがあります」
ぜえぜえと息を乱しながら、Z.アエルは揃えた指に光を絡ませた。それは坂を滑り落ちていく砂のように、歪な二等辺三角形を形成しながら縦に伸びていくと、10センチほどの長さの刃になった。
「赤色はLの石版の証。それは……ボクがある人の体に埋め込んだものです」
「なら人違い、だね。ゴン太くんは、ゴン太くんだよ。生まれた頃からね」
同じように、ゴンザレスも右手に真紅の刃を生成し、彼女の攻撃を受け止めた。光刃同士による、見ようによってはひどく幻想的な鍔迫り合いを展開しながら、さらにゴンザレスは言い募る。
「君とゴン太くんは、始めて会ったはずだよ。君はずっとずっと逃げてきたからね。だから、こんな状況に追い込まれるんだ。とっとと、死んじゃえば良かったのに」
「ボクは死にません」
Z.アエルが口調を強くすると、その体から粒子が靄のように噴出した。陽光を浴びる砂浜のように、その表面はちかちかと光が瞬いている。それは大きく膨らむと縦横無尽に嬲りつける腕のように、ゴンザレスの体を啄ばんだ。その砂粒の大きさにも満たない細かな粒子1つ1つが、鋭利な刃物のようだ。着ぐるみをズタズタに引き裂かれながら、たまらずゴンザレスは腕を振るい、Z.アエルを力任せに払いのけると、後ろに飛び退いた。
「あなたを倒して、ボクがみんなを幸せにします。黄金の鳥は、光です。それを汚す者に容赦はしない」
「父親の猿真似のくせに、偉そうだね。だからゴン太くんは、君のことが大嫌いなんだ」
白い粒子は獲物を追うハイエナの群れのように地面を掻きながら進み、ゴンザレスを追い詰めていく。ゴンザレスは後ろに跳び、粒子の軍勢から距離をとりながらその隙間を狙って赤い光線を指先から撃ち放つ。
「そうさ。君はあの悪魔のような男の娘、なんだ。人の心を操り、命を侮辱し、世界を滅ぼさんとした、あの男の血と意思を受け継ぐ。そんな奴を、生かしておけるわけ、ないじゃない」
ゴンザレスの合成音声ごしの声がわずかにひずむ。感情の昂ぶりが彼の冷徹さを侵食しているかのようだった。
「それは、こっちのセリフです」
ゴンザレスの怒りの純度も相当なものだが、Z.アエルの抱える憎悪も負けてはいなかった。彼女の言葉1つ1つが、心を摘み、震え上がらせる。地の底から昇るマグマのように熱く、空から降り注ぐ雹のように冷たく鋭い。
Z.アエルは飛んでくる赤い光線をものともせず、手の中に集めた粒子で作り出した光の盾によって次々と防いでいった。
「直也さんも、葉花さんも! 速見先生も! あなたのせいで……みんな幸せを奪われている! 危険に晒されている!」
Z.アエルは右手首に装着された石版を、物々しい外見のガトリングへと変化させる。中のくりぬかれた円柱が幾重にも連なったそれを左手に装着すると、ゴンザレスの顔面目掛けてかざした。
「あなたがいるから、あなたみたいな人たちがいるから、みんな幸せになれない! だからボクはあなたを殺す。殺して、黄金の鳥を呼び覚ます! それがリーダーとしてのボクの責任なんです!」
白い粒子にゴンザレスの左足がさらわれた。着ぐるみがボロボロになって剥がれ、その内側にあった脚部が明かされる。それもまた露出している右腕と同じく、青い硬質な皮膚と人間のものとは違う、碇の先端のような形をした爪が生え伸びていた。
片足を浮かされ、ゴンザレスがバランスを大きく崩した。その瞬間を的確に狙い澄まし、Z.アエルは最高のタイミングでガトリングを掃射する。
掃射しようと、した。しかしその砲塔から弾丸が放たれることはなかった。Z.アエルの体は後ろから伸びてきた手によって、がっしりと羽交い絞めにされていた。
「華永、ダメだ。殺すとか、死ねとか、そんなのお前は使っちゃいけないんだ」
Z.アエルは小さく舌を打ち、首を背後によじらせた。そこにはいつの間に意識を取り戻していたのか、口の周りや服の胸のあたりを血で湿らせた速見拓也の姿があった。彼の右目はとじ、左目の瞼は半分までしか上がっていない。非対称に歪んだその表情は、ひどい悲しみに打ちのめされた男の顔をしていた。
足がうまくたたないのか、それとも、もはや体力の限界なのか、おそらくその両方だろうが、拓也は両膝を地面に引きずり、Z.アエルの背中にぶらさがるようにしていた。彼女の腕力なら、満身創痍を抱えているようなその男を、片手でいとも簡単に払いのけることができるはずだ。
しかし、彼女はそうしなかった。Z.アエルは口をぱくぱくとさせる拓也を、肩で大きく息をしながら静かに見つめていた。
「お前は、こんなところに、いちゃいけないんだ。お前は、父親とは、違う。お前はこんなところで人を傷つけていちゃ、ダメだ」
「まぁた、そんなこと言ってる。無理だよね、そんなの」
ゴンザレスが嘲りをこめて、ばっさりと言い捨てる。拓也の聞くものの心を震わす声も、頭を被り物で覆い隠したゴンザレスには小指の爪ほども届かないようだった。
「言ったでしょ。その子は、化け物なんだ。人間の気持ちが分かるわけ、ないんだよ」
「華永! お前は、化け物なんかじゃないだろ? ただの、普通の、女子高生なんだよ。お前は、俺の生徒じゃないか!」
峠を越え、弱まるばかりの雨の中に拓也の声はよく響いた。喉や胸の力も弱まっているらしく、声量はそれほどではないのだが、彼の言葉は澄んでおり、滞りなく耳の奥にすっと入ってくる心地よさがあった。だからこそ、その爽快さと、彼の声調に孕んだ悲しみは異様なほどにバランスが悪く、それだけで聞く者の気持ちを不安にさせるようだった。
その時、主張を続ける拓也を見ていたゴンザレスの視線がわずかに揺らいだ。その方向には青白い光を纏って進む、一筋の直線があった。ゴンザレスは小さな笑い声をたてると、その光の方向に体を向けた。怪物の腕を首にあて、こきんと関節を鳴らす彼の姿は新たな獲物を前にした、殺戮者特有の愉悦に満ちていた。
「邪魔者が、こちらも入ったね。じゃあ、ゴン太くんは、あっちと、遊んであげようかな」
空を走るようにして、舌なめずりをしながら去っていくゴンザレスの背中を見つけ、Z.アエルはそちらに足を向けようとする。だが、それを拓也が阻んだ。
「友達と遊んで、彼氏を作って楽しんで、毎日なんだかんだいいながらも授業に出て、勉強して、部活して。そんな当たり前の、だけど、大きな幸せをお前だって持っているんだ。なのになんで、わざわざそれを捨てる。今やってることは、お前が本当にやりたいことなのか? これでお前は幸せになれるのか?」
「当たり前じゃ、ないですか」
拓也の主張に、Z.アエルはぼそりと呟いた。そして彼女は体を大きく腰から回転させると、その勢いを利用して拓也を投げ飛ばした。背中から地面に落ち、彼は苦しそうに呻いた。Z.アエルは彼を見下ろし、ズタズタに切り裂かれた自身の右腕を痛そうに撫でながら言った。
「当たり前の幸せ。そんなの、分かってますよ。でもそれを奪ったのは、誰だと思ってるんですか」
いまにも泣き出しそうな、声だった。気づけば、彼女はZ.アエルの姿のままで感情を震わせ、泣いていた。拓也は目を見開き、怪物の表情に魅入った。
「ごめんなさい、速見先生。だけどボクは、あの人の、娘なんです」
Z.アエルはガトリングを石版に戻すと、左手から粒子を発した。それは草原に吹く風のような柔らかさで、拓也の体をたちまち包んでいく。
「ボクは生まれた瞬間から普通の女の子じゃ、なくなっちゃったんです」
拓也が白い靄の中で何かを発しようとした、しかしその声もまた粒子の中に閉じこまれる。その様子は芋虫の繭の作られる工程に、どこか似ていた。
「心配してもらって、ありがとうございます。でももう、かまわないでください。自分の力で、自分の幸せは勝ち取ります。これは、そのための戦いでもあるんです」
粒子がうっすらとした霞を残しながら失せると、拓也は一度大きく目を見開き、その後で意識を失った。最後まで口をもがくように動かし、指先で地を引っかいていたが、結局もう彼が言葉をその口から紡ぐことはなかった。その全身から流血が止まる。傷口を塞ぐように、白色の粒子が彼の体を撫でていく。
「大丈夫です。ボクは怒りませんから。ボクを見張っていたことも。直也さんのことも。葉花さんのことも。だって、速見先生も利用されていたんですから」
Z.アエルはゴンザレスの向かっていった方角を鋭く睨み付けた。
「だから、もうちょっと待っていてください。先生も幸せにしますから。だから、そこでちょっとだけ休んでいてください」
Z.アエルは翼を白く輝かせ、地を強く蹴った。ひと跳びで彼女の体は宙を浮く。だが、その体は長らく空を舞うことはせず、飛翔するが否や、漆黒の騎士、V.トールを襲うゴンザレスに向けてすでに急降下を始めていた。
※※※
気配の漂うもとへ到着したV.トールに、突然光が急迫した。
Z.アエルから突然、こちらに体の向きを転じた狼の着ぐるみが、右腕に粒子を集め、光線をその掌に収束させると、それをV.トール目掛けて撃ち放ってきたのだ。それも1つの直線ではなく、複数。まるで流れ星のように空を切り裂いて、無数のそれは仁の頭上に落ちてくる。
足を止め、サーベルを一薙ぎにして乱射された光線を捌くV.トールにゴンザレスは急襲してきた。仁の想像を遥かに凌駕する運動能力で、ゴンザレスはとんぼを切ると、V.トールの前に降り立った。こちらが反応するよりも早く、右腕に作った赤い粒子の光刃を振るってくる。V.トールはサーベルを素早く前に出し、それを受け止めた。
強敵、アークを相手に死に物狂い大立ち振る舞いを展開した直後のことだ。仁に敵の攻撃を凌ぐ体力は残されていなかった。しかも利き手が使えず、慣れない手で得物を握っていることもあり、明らかに力負けしていた。相手がサーベルごと押し退けようと腕に力をこめてくると、それだけで、体はいとも簡単に傾いだ。
「狼の、着ぐるみ……なんだ、お前は!」
腰に力を入れ、何とか鍔迫り合いの体勢を維持しながら、思わず仁は叫ぶ。体のいたるところをボロボロに解れさせた狼の着ぐるみが、なぜこんなところにいて、しかも自分に襲いかかってくるのか、まるで意味が分からなかった。さらにサーベルを受け止めているその腕を改めて認め、ゾッとする。破れた着ぐるみの右腕の下から伸びたその腕は、明らかに人間以外の生物のものだったからだ。
その狼の着ぐるみは、軋んだ笑い声をたてると、さらに腕を大きく振るい、V.トールの体を大きくよろめかせた。
「なんだ、とは言われたもんだね。初めまして、ゴンザレスだよ。でも、ゴン太くんって、呼ばなくてもいいからね」
ゴンザレスはバランスを崩したV.トールに、容赦なく布の破れた左足で蹴りを打ち込んできた。降り積もった疲労のせいで足の踏ん張りが利かず、その体は、ぬかるみの中へと派手に転げる。
泥に塗れたV.トールを見下ろしながら、ゴンザレスはその掌中に赤い光を滾らせた。
「黄金の鳥のみんなに言われても、ちっとも、嬉しくないからね」
非情な言葉と共に放たれたその熱線をV.トールは、身を起こしながらギリギリまで引きつけ、電撃の帯びた左の掌で受け止めることで即座に防いだ。
だが、ぶつかり合った衝撃で小さな爆発が起こり、V.トールは背後に弾き飛ばされる。しかしその反動をうまく利用し、地面の上をくるりと回転するようにしてすぐに起き上がった。
雨に湿り、黒く滲んだ狼の着ぐるみがうすら笑いを浮かべる。無論、着ぐるみの表情は変わるはずもなく、その顔は常に笑顔を振りまいているのだから、それは仁の錯覚に違いなかった。
仁は対峙するこの着ぐるみの声に、聞き覚えがあった。思い出すまでもない。それは先ほど、赤い粒子に乗って聞こえてきた、あの特徴的ながらがら声だった。まさかその声の主が着ぐるみに入っているとは予想すらできなかったが、間違いはなさそうだ。
「……さっきの声の主、だね」
痛みに耐えながら、右手にサーベルを持ち替え、問う。するとゴンザレスは、大きな頭をゆっくりと回した後で、その怪物の腕に再び、赤い光刃を走らせた。
「嬉しいね、聞いてくれている人が、いたんだね。ゴン太くん、感激だよ。誰にでも聞こえるわけじゃないからね。君とゴン太くんは、波長が合うんだね」
「葉花はどこにいる」
どこか人の怒りを誘うような、粘り気のあるゴンザレスの言葉。それが最後までその口から飛び出しきる前に、仁はさらに問いを重ねた。
「あの子は、どこにいるんだ」
「ヨーカ?」
ゴンザレスはまるで日本語に拙い外国人のような、奇妙な発音を口にした。空にちらりと視線をやり、それからそのあまりにも巨大な手を叩き合わせる。雨をたっぷりと吸い込んでいるからか、そこからは鈍い音がした。
「あぁ、あの小さな女の子の、ことかな? ゴン太くんのお友達の、ぴょん吉くんによく似ているね」
「なんでもいい。どこにいるんだ。言え!」
焦りと苛立ちが心を満たし、つい乱暴な口調がまろび出る。ゴンザレスはそんなV.トールを見つめ、「うーん」と悩ましげに呻いた。そのあとで、掌を向け、1本1本指を畳み、残った人差し指で、こちらを指した。
「教えてあげようと思ったけど、やっぱりやめた。ゴン太くんはね、厚かましい人には、厳しいんだよ」
不服の帯びたその声を置き去りにして、ゴンザレスが動いた。地を踏み切り、目にもとまらぬ速さで接近するとV.トールの胸を、赤い刃で袈裟がけに切り裂いた。
全身を苦痛が駆け抜ける。V.トールは無我夢中でサーベルを振り抜くが、それは雨粒を切るに終わった。ゴンザレスの返す刃が肩を一閃する。V.トールは背後によろめきながら、不気味なほど緩慢な動作で上半身を起こすゴンザレスを、慄然とした思いで見つめていた。
「もう少しいじめてから、君の耳元で、囁いてあげるよ。君が助けに行かなくちゃ、葉花ちゃんが死んじゃうよ、ってね」
嫌味たらしく言い放ちながら、ゴンザレスがさらに光刃を突きだす。追い込まれたV.トールにそれを避ける術はない。恐怖が鋭い剣先に形を成して、迫り来る。
「そうは、させません!」
だが、その恐怖を少女の声が一蹴した。見上げるV.トールの視線の先に映るのは、雪よりもまだ白い、純白の粒子に身を包んで空より舞い降りる、Zアエルの姿だった。
「絶望に突き落とされるのは、あなたのほうです」
白い粒子がZ.アエルの体から離れ、敵を噛み砕く牙のように、ゴンザレスに迫った。V.トールを蹴り飛ばしたゴンザレスは空を見上げ、彼女をその目に捉えるとそれから呻くような声を発し、右手をZ.アエルにかざした。そこに彼の、隙が生まれた。この瞬間を待ち望んでいた仁は、おそらく二度とないだろうこの好機を逃すようなへまはけしてしなかった。
V.トールは残り少ない粒子を腹部から噴出させ、その勢いに乗じるようにして身を起こすと、腰を捻り、逆手に掴んだサーベルをゴンザレスの背中目掛けて突き出した。葉花を救うために。その一心が、鈍い体を無理やり動かす。
さすがのゴンザレスも二方向からほとんど同時に繰り出される攻撃に対し、いっぺんに反応することはできなかった。
その切っ先は着ぐるみの生地をやすやすと貫き、その向こうに構える硬い皮膚を力強く穿った。そして驚いたようにこちらを振り向いたゴンザレスの頭を、まるでミキサーに入れた果物のように、Z.アエルが放出した細かな白い粒子がばらばらに切り裂いていった。
魔物の話 37
横たわるガンディの装甲を、無慈悲な雨が打ちつける。
困惑が胸にひしめいている。喉がつまり、声を出すことができない。悲鳴も、秋護の名を呼ぶ声も、全て沈んだ空気の中に溶けていってしまうかのようだ。ぱくぱくと口を動かすことは叶うものの、その吐息は雨を掻くだけに留まってしまう。
震える呼吸を吐き出し、濡れた地面を指先で引っ掻くガンディをレイは青ざめた表情で見ていることしかできない。心の芯に至るまで凍えるようで、体がまったく動かなかった。
先ほどまでガンディの装甲に施されていた金の装飾は、今ではすっかり消え失せていた。その胸からは鋭利な槍の切っ先が飛び出ている。その柄を辿ると、それはガンディの背中から、アスファルトを貫いて育つ草花の如く、一切の揺らぎなく生え伸びていた。
血塗られた槍の先端を見つめ、それからしばらくして、その意味に気付く。ねじの切れたブリキ人形のように、動かなくなってしまったガンディを目の当たりにし、レイは視界が黒く濁っていくのを感じた。
ぴちゃ、ぴちゃ、と水たまりが跳ねる音が聞こえた。ぎこちなくそちらに首を捩ると、3メートルも離れていない地点に身を震わせるS.アルムが立っていた。
「この先にはいかせない」
ぬかるんだ地面に足跡を作りながら、その怪人はレイに迫る。その口元は歪み、蛍光グリーンの目は小さなレイを真っ直ぐに睨みつけていた。
「いかせるわけには、いかない。春斗のような犠牲者をまた出すわけにはいかないんだ。あいつが死んだ時から、俺の願いはそれだけだった」
その自分の体を抉るような視線にレイは危険を察知し、反射的に黒い鳥と再び一体化した。背中に漆黒の翼が出現し、体から瘴気が噴き出す。
しかし、臨戦態勢へと気持ちを切り替え、顔をあげたレイの前にS.アルムの姿はなくなっていた。後頭部をぞわりと撫で上げられるような感覚を覚え、振り返る。するとそこに、牙の生え揃う口を開くS.アルムがいた。その深く、黒々としたタールのような口内はレイの目に地獄の門のように映った。
その口から白く、粘り気のある液体が吐き出された。レイは咄嗟に身をかわそうとするものの、完全に避けることはできず、液体は服の端や腹部に付着した。
数秒前まで立っていた地面や、白濁液を受けた服が煙をあげながら溶解されていくのを前にして、レイはゾッとした。溶けていく部分を手の甲で思わず払いのけようとするが、寸前でためらう。ためらった先から、腹部に、皮膚を引き剥がされるような激痛が走った。
液体の溶解能力は服を溶かすだけでは留まらず、その下にある肌までも焼いた。しかし服越しに液体を受けたのは不幸中の幸いであったようで、へその横あたりに軽い火傷の跡ができたものの、それほどひどいダメージにはならなかったようだ。
「残念ながら俺は、女の裸やガキの体に嫌悪するたちでね。皮膚を焼き、肉を削ぎ、骨の髄まで溶かしてやる」
にぃ、とS.アルムが不気味に笑む。そして口の周りに付着した白濁液の残滓を舌で舐めとると、その緑色の瞳でレイを射抜いた。
「お前が何であろうと、誰であろうと、俺はここを死守する。――それがボスに対する恩返しでもあるからだ」
服の一部が破け、鼻白むレイの前にS.アルムが降り立つ。レイが反応するよりも早く、相手の拳が飛んだ。
頬に弾けるような痛みが走り、脳が揺れる。体が地面に倒されたのを感じてから、レイは自分がS.アルムに殴られたのだと気付いた。頬がぴりぴりと痺れるような痛みを発している。舌に血の味が広がり、ざらついた感触までもあった。どうやら歯が1本砕けたらしく、口の中で出血しているらしい。唇の端から血が顎に伝う。レイはそれを手の甲で拭うと、虚ろな意識で顔を上向かせた。
そこには悲しみを背負い立つ、S.アルムの姿があった。身を震わせ、荒い息を吐いている。その引き返す場所を失ったかのような彼の切迫した様子に、レイは圧倒されていた。
「お前らがいなければ、春斗も、何百人って人たちも、誰も死ななかった! そしてお前らがいる限り、またきっとそれが繰り返される!」
その態度に、言動に、瞳に。憎悪を充満させながら、S.アルムはあんぐりと大きく口を開く。レイに再び白濁液を浴びせかけるつもりなのだと、今度こそ容易に理解できた。今度は服だけではなく、皮も骨も肉も、綺麗に溶かすつもりなのだろう。自分の危機を察知しても、レイの体は動かない。身体的、精神的、さらに黒い鳥の力を発現させたことによる反動など、あまりにも多くのダメージが身に蓄積し、その両足がたたなくなるまで身を蝕んでいた。
「だが、そうはさせない。俺が、そんな未来は断ち切ってやる。俺は、俺たちは、今度こそ、本当の幸せを掴んでやるんだ」
手をギリギリと握りしめ、S.アルムが叫ぶ。キャンサーやケフェクスを仕留めた黒い光を発すれば、という考えも一瞬頭を過るが、それが窮地を脱するための有効打になるとは思えなかった。
レイはすでに気付いていた。自分たちが戦ってきた怪人と、S.アルムや華永あきら、黒コートの男が変化した怪物が別の存在であることに。どういうことなのかは分からないが、怪人とあの怪物は、根本的なところで大きな違いがある。これまでの経験と発現した鳥の力の影響もあって、その考えは今では確固たるものとしてレイの思考を支配していた。
「春斗が見たかった、未来をな!」
驚くほど濃厚な色をした液体が大量にその口より放出され、レイに襲いかかる。
しかしそれがレイの身に浴びせかけられることはなかった。目を見開いたレイの前に、気付けば、銀色の大きな背中があった。泥でその色はくすみ、多くの傷跡が刻まれているが、その頼りがいの大きさは不変のものだった。背には槍の柄が痛ましくも突き刺さっている。
尋常ではない量の煙がその身から噴き出ている。金属の溶解する独特の臭気が鼻を掠めた。ガンディの装甲が液体によって溶かされているのだ。その煙の量から察するに、中に入っている人間にまでその影響が及んでいる可能性があった。
「藍沢さん……?」
久々に声を発することができたことに感慨を覚える間もなく、まず、目の前の光景を疑った。どうしてここに自分を庇うようにして、ガンディが立っているのか、数秒経過しても尚、状況を微塵も理解することができなかった。
「おいおい、女の子を拳でぶん殴るとは。ちょっと非常識すぎるだろ」
少しはにかんだような、この状況に似つかわしくない軽い言動。それは確かに聞き慣れた、藍沢秋護のものだった。体に貫通した槍のことなどものともせず、それでもわずかに身を揺らしながら、ガンディは肩越しにレイを見た。その横顔には憔悴が如実に顕われていた。
「これで借りは返した。さっきはレイちゃんに助けてもらった、からな」
「そんなの……」
レイは息を呑みこんだ。そんなの当たり前じゃないか、と言おうとしたが声は最後まで出てこなかった。ガンディの装甲から立ち昇る煙が、秋護の擦り減らされた魂が少しずつ抜けていくイメージと重なり、胸が詰まった。
S.アルムの腕が伸び、ガンディの首を掴む。ガンディもまたそれに対抗するように、右腕で敵の腕を握り返した。
「早く行けよ、レイちゃん。こいつは俺がここで引き留める。だから、行けよ」
「でも、藍沢さんが」
「俺はいいんだよ。かっこいいだろ? 可愛い女の子を庇いながら死ぬなんて。非現実的で、俺らしいじゃないかよ」
「そんなの、そんなの……全然かっこよくないですよ」
発した声は上擦っていて、しかもか細く、その言葉が秋護の耳に届いたのかどうかは定かでない。しかし、それでもこの気持ちを伝えたくて。喉の奥から感情を絞り出し、叫んだ。
「死ぬなんて、かっこ悪すぎますよ。生きている方が、絶対、かっこいいです」
自分でも気付かぬうちに、レイの瞳は潤んでいた。感情がぶれ、胸の中に潜んでいたものがぐらぐらと均衡を失い始める。雨でもともと見えづらかった視界がさらに歪み、一瞬、何も映らなくなった。秋護の声も行動もあまりに弱弱しくて、しかしその信念も魂もけして萎んではいなくて、しかし彼の力になれない自分が情けなかった。
ガンディは小さく頷き、前方に目を戻した。擦り切れた咳を発しながらも、思いのほか冷静な語調だった。ただ、その首はぎりぎりと絞めつけられているため、途切れ途切れとなって、レイの耳には届いた。
「なんでもいいから、早く行けよ。レイちゃんがいるのはここじゃない。俺たちの未来を繋ぐのは、レイちゃんなんだ。早く行けよ。こんなところで、立ち止まってる場合じゃないだろ」
「でも」
「いいから! ……頼むぜ。非現実を現実にするんだ。俺にはできない。レイちゃんには、その力がある。だから、行ってくれ」
まだ自分にはできることがある。やれることがある。秋護の言葉は、レイの胸にじわりと染みた。後ろ髪を引かれる思いはあったものの、それでも、レイは頷き返した。重い体を引きずりながら立ち上がり、ガンディの横を駆け抜けた。
「行かせないって、言ってんだろうが!」
S.アルムは首だけをレイに向け、口を開く。しかしそのわき腹をガンディの蹴りが捉えた。
「行かせろよ!」
さらにS.アルムの頬を殴る。しかし自分の攻撃の反動で、ガンディは足元をふらつかせる。S.アルムは顔をあげると、歯を軋ませ、その装甲服の戦士を睨んだ。
「お前……なぜその体で動ける。一体、何者だ!」
「ただの人間だよ。俺は。ま、楽しもうぜ。痛くても、苦しくても、俺は笑ってやるよ。この命が尽きるときにもな」
足を引きずりながらガンディはS.アルムに飛びかかる。彼の声は、自分で言う通り、とても楽しそうだった。苦痛や辛苦を受け止めながらも、彼はそれでも楽しく生きる術を知っていた。S.アルムが反撃し、その爪が首に食い込んで呼吸が止まっても、ガンディの声は弾んでいた。
「まだ、手はある。生きている限り、可能性はゼロじゃない!」
ガンディは自身の腹部に手をやると、そのバックルにはめこまれたプレートを半分だけスライドさせた。すると次の瞬間、ガンディの背中から装甲のパーツが、まるで完成したパズルをひっくり返したかのように、分解され始めた。
「俺の悪あがきは、タダじゃ終わらないぜ!」
たじろぐS.アルムに、ガンディは宣言した。その直後、これまでの受けたダメージによってするどく研磨された金属片たちが、ガンディから離れ、次々とS.アルムの体を貫いていった。
S.アルムの背後には空を反射して灰色に濁る水たまりが広がっている。装甲のパーツたちは、そこ目がけて、その怪物の体を通過しながら反射面の中に帰っていく。
ガンディに掴みかかることで自分から利き腕を封じていたS.アルムに、その飛びかう無数の金属片を回避することはできなかった。前に飛び出したパーツたちは次々とS.アルムの胸や手足を貫いた。悪魔然としたその怪物は、血を吐くような叫びをあげ、ズタズタに身を切られていく。
「ふざけ、やがって」
S.アルムは激昂し、ガンディの体を地面に引き倒した。そして飛んできた金属片を右腕で弾くと、右手首に装着された三角形の石板を太い針へと変化させた。
ガンディは仰向けに倒れた姿勢のまま、身動きがとれない。当然だろう。体を貫かれて尚、一度立ち上がり、激しく動き回っていたことがすでに奇跡なのだ。うずくまるガンディの体に、S.アルムの右手が迫る。そのあまりに巨大な針先が、さらに彼の体に命を吐き出す風穴を作り出そうとする。
「藍沢さん!」
レイは思わず足を止めた。一瞬、やはり引き返そうかと思い直した。臨死の境目に立たされる彼を見捨てて、このまま立ち去ることなど、できるはずもなかった。
だが、レイがそちらに足を向ける前に、ガンディは上半身をがばりと起こした。そして肩関節を振りまわすようにして、右手をS.アルムの腹部あたり目がけて突き出した。その手の先にあったもの。それは白のメイルプレートだった。その色は狩沢が“エレフ”を纏う際に使用するものだった。
ごぽっ、とガンディの内側から気泡が弾けるような音が聞こえた。秋護が吐血したのだ。先ほどから一定の間隔でその音は響いてくる。その仮面の下は血が溜まりこんでいるに違いなかった。
ガンディは親指を使って、メイルプレートの上蓋を開いた。その中身には名刺入れのようなスリーブケースが束ねられており、そこには1枚1枚カードが挿入されている。そのカードをガンディはS.アルムの眼前に叩きつけるようにした。すると次の瞬間、一番上のスリーブケースに入れられたカードがぐにゃりとひん曲がり、光の球体と化して、ケースから飛び出した。
ふわりと舞いあがった光球を前にして、S.アルムは目を丸くし、ガンディは爽やかに笑った。
「狩沢さん、悪い。エレフ、ダメにしちゃうぜ」
ガンディの装甲を、針の先端が射抜く。それと同時に、光球はS.アルムの体をすっぽり覆い尽くすほどの大きさをもつ巨大な象に姿を変えた。まるで影絵で作り出したかのような、輪郭だけをなぞった、実体のない象。その象がいま、獰猛な動きをみせ、一息にS.アルムの全身を呑みこんだ。
S.アルムの尾を引くような叫びが、強烈な光の中に消えていく。光は空を突くほどに広く、高く、目を瞠るような速度で膨張した。そのあまりの輝きの強さに2人の姿はレイの視界から完全に失せた。それをきっかけにして、レイは踵を返し、振り向くなと自分に言いきかせながら必死に駆けた。
秋護の、高らかな笑い声が光の中から聞こえてきた、ような気がした。それはまったく不純なものや不快なものが含まれていない、本当に軽やかな笑い声だった。
レイは振り返らなかった。足も止めなかった。
くたびれた気持ちを引きずり、鈍い足取りを無理やり突き動かして。
あまりに多くの犠牲を伴い、多くの痛みを背負って。
息を切らしながらついにレイは、湿った空気の中に浮かぶホテルの玄関へとたどり着いたのだった。
鳥の話 37
横に2歩、後ろに3歩。
左手足を狼の布袋の中から晒したゴンザレスは、ぴょんぴょんと華麗なステップを踏んでいく。
V.トールとZ.アエルの連携攻撃によって、ゴンザレスの頭部はまるで硫酸で焼かれたかのように、狼の顔としての原形を保ってはいなかった。両目もなく、前に飛び出していた鼻もねじ切られ、綿が噴出した状態で無残な姿を露にしている。それはどう贔屓目に見ようとも狼の着ぐるみではなく、人間が単にボロ布を纏っているようにしか受け取れない。
しかし外見がいかに痛々しく、グロテスクと化しても、しょせんは着ぐるみ。中に入っている謎の怪物までにはダメージが及んでいないらしく、彼の動きは少しも緩まなかった。
V.トールはサーベルで、Z.アエルは白い粒子を翼に乗せて、それぞれ執拗なまでにゴンザレスに対し、攻撃を重ねていく。Z.アエルは右腕が大きく負傷しているにも関わらず、それを一切感じさせない動きでゴンザレスを徐々に追い詰めていった。一瞬の油断もなければ、迷いもない。彼女の怪物の目はゴンザレスのみを映し、その腕はゴンザレスを屠るためだけに振るわれていた。
息も切れ、意識もおぼろげな仁は、思うように動かない自身の右腕を一瞥する。相手に予断を許さず、猛攻を加えていくZ.アエルを目の当たりにし、仁は自分の弱さを改めて知ると共に、あきらの強さとリーダーとしての貫禄を見せ付けられた。デビルズオーダーを纏めあげるトップとしての実力はやはり並大抵のものではなかった。これほど頼りがいのあるあきらを、仁はこれまで見た覚えがない。
ゴンザレスが赤い光線を乱射してくる。空を彩る赤い軌跡を、V.トールは慣れない左腕のサーベルで、Z.アエルはビームで応戦することで、次々と防いでいった。
敵の攻撃をすべて打ち落とすと、仁はちらりとZ.アエルの方を窺った。すると彼女もこちらに視線を運んでいた。数秒にも満たない、ほんの少しの間、視線を交し合うと、V.トールはサーベルを腰に引っ掛け、自由の利く左手に電撃を纏っていく。
十分な電撃を体の内から奮わせ、滾らせ、発する。青白く仄かな輝きを灯す指先に目をやってから、V.トールは再び横に視線を移した。するとそこには左手の掌中に、野球ボール大の白い光の球を浮かばせるZ.アエルの姿があった。
掛け声をかけあうこともなく、しかし、一寸のタイムラグもなく、V.トールとZ.アエルの手から光が離れ、中空を横切ってゴンザレスを貫いた。
V.トールの電撃は掻き毟るように、Z.アエルの光球は引き剥がすように。ゴンザレスの“表皮”を存分にいたぶっていく。
2つの光を同時に体へと叩きこまれ、たまらずゴンザレスはのけぞった。布の焦げた匂いを発散しながら、着ぐるみの腹のあたりから鉱石のように青く滑らかな体が衆目に晒されていく。
さらに続けて、Z.アエルは白い粒子を蝶の鱗粉のように広げるとそれでゴンザレスを包み隠した。彼女の狙いが、仁には手に取るように分かった。そして自分に期待されている役割も瞬時に理解した。
自分たちが体内から生成する粒子の特性。その1つが発火性だ。V.トールはあきらから教わった情報を頭の中で再度繰り返し唱え、それから、電撃を指先から放出した。
怯んだゴンザレスは対抗手段をとる間もなく、白い粒子に包囲される。そこにV.トールの撃ち込んだ電撃が触れた。すると、かすかな閃光が瞬いた後、噴きだした火炎が凄まじい速度で粒子を舐めつくしていった。
狼の着ぐるみが炎の中で踊り狂っている。爆発的な勢いで噴出した火炎の奔流は、ゴンザレスに逃げることを許さなかった。着ぐるみはもがくが、火のまわりが早く、そうこうしているうちにその身を容赦なく焼き焦がしていく。その熱気と明るさはまるで、雨に沈んだ景色を彩る照明のようだった。
地上で生まれた光の照り返しを受けながら、Z.アエルは突然、前方を見つめながら呟いた。
「あの赤い粒子は、Lの石版。ボクたちの体の中に入っているものと、同じものです」
V.トールはハッとなり、彼女の方に顔を向けた。粒子や光線、さらに怪物めいた皮膚など自分たちと多くの共通点があることが気にはかかっていたが、黄金の鳥のリーダーの口からそう断言されると、急に現実味が沸いてきた。
「やっぱり、僕たちと同じ……でも、あの着ぐるみはマスカレイダーズのリーダーだって言ってたよね。それは一体、どういうこと?」
「……Lの石版はもう失われたはずでした。でも、ボクは何となく察してはいたんです。マスカレイダーズが光の装甲を使い出したときから。多分、敵の背後にいるのは、あの人だって」
マスカレイダーはもともと、こちら側の所有物だった。それは戦闘前に、あきらの口から聞いた情報だ。しかし、なぜそのような事態が発生したかまでは教えてくれなかった。その答えが、あの赤い粒子に、そしてそれを操る着ぐるみの中身に隠されているとでも彼女は言いたげだった。
V.トールが目を向けると、着ぐるみはすでにそのシルエットを大きく崩していた。地面を撫でるような足跡が耳に届き、そちらを凝視すると、こちらに近づいてくる細身の影がある。炎をものともせず、熱気を振り払う素振りさえみせず、歩み寄ってくるその影は明らかにゴンザレスの中に入っていた人物のものだった。
「私とその人が出会ったのは3年前――。あの人は、自分の娘の命を取り戻すため、どこからか黄金の鳥の噂を伝え聞いて、ボクのところに来たんです」
彼女の話を聞いているうち、V.トールは皮膚があわ立つのを感じた。捉えようのない何かが、頭の隅で引っ掛かっているような気がする。そしてそれは、ごわごわとした気味の悪い感触を絶えず仁に与えてくるようだった。
「そしてその体にボクは石版を、黄金の鳥の力を埋め込んであげたんです。白石さんや、菜原さんのように」
敵に聞こえないよう、仁や菜原の名前を口にする時だけ彼女は小声になった。仁は彼女の言葉に耳を傾けながらも、目はすっかり火炎の中を過ぎる影に奪われていた。うねる炎を手で払い、その怪物は狼の姿を脱ぎ捨てて、ついにそのシルエットは曇天の下へと素顔を晒す。
「そしてあの人が石版を使って変化した、その怪物にボクがつけた名前は、エッジ」
視覚するものの内臓をすり潰し、挙句の果てには心さえ深く削るような禍々しい気配に身を包んだ、その怪物のイメージを一言で表現するならば、“鮫”に違いなかった。
体の質感や全体像は、やはりV.トールやZ.アエルにひどく似ていた。体には金で描かれた模様が走っており、目元も鉄格子のようなスリットで形成されている。V.トールの頭部をユニコーンと喩えるならば、相手の頭部は鮫である。色はV.トールのような黒ではなく、大海のような澄み切った青。その程度しか、仁の目には違いが見えなかった。その体の周囲に渦巻く粒子の色も違っているが、酷似した全体像の前では、些細な相違点だった。
右足には、V.トールの腹部にはめられているのと同形状の石板が備わっている。その足を力強く踏みしめ、怪物はこちらに少しずつ歩を寄せていった。
目の前に現れたことで、V.トールは先ほどのあきらの言葉を改めて呑み込んだ。自分たちと同じ粒子を使い、同じ石版を体内に宿し、同じ力を用いる怪物。
「L.エッジ。それがあの怪物の名前。ボクが、名づけたんです」
Z.アエルの言葉にも緊張感が滲んでいる。そのことが、仁の恐れをさらに煽り立てた。自分の指がかすかに震えていることに気付き、仁は情けなくなる。まだ残留粒子でざらつく掌を、痛いくらいに握り締める。
「そしてその石版をもつ人の名前、それは」
鮫の鎧を纏いし怪物――L.エッジはその体から、さらに大量の赤い粒子を展開させた。それは重なり合い、覆い被さり合って、その姿を隠していく。ちょうど、先ほどホテルを隠していた深く大きな霧と同じような要領だった。
「佐伯、稔充。死んだはずの。黄金の鳥をマスカレイダーから取り返して命を落としたはずのあの人が、持っていた、石版なんです」
佐伯稔充。仁はその名前に聞き覚えがある。事故で娘を亡くし、あきらの仲間となって黄金の鳥を復活させるため奮闘した男の名。自らの命を引き換えに、黄金の鳥を奪い返したと聞いている。つい数時間前、仁は彼に生きる希望をもらったことを実感したばかりだった。
さらにこの地にそそり立つ『ホテル クラーケン』の中には、突然命を落とした夫を悼む佐伯かえでがいる。そうだ、彼は死んだはずだ、と仁は赤い粒子に取り込まれていくL.エッジを見つめながら混乱する。あきらがこんな状況で嘘をつくとは思えない。その理由もない。ならば、これはどういうことなのか。佐伯稔充という男は生きていたのか。それも、自分たちの、敵という立場となって――。
「……こうして君と、顔を合わせるのは久しぶりだ」
L.エッジが言葉を発する。それは機械ごしのがらがら声ではなく、魂の通った、男の声だった。
Z.アエルが肩を震わせる。おそらく、佐伯稔充のものと声が一致したためだろう。Lエッジは粒子を被りながら、こちらを真っ直ぐに指差し、わずかに首を傾げた。
「時間稼ぎは済んだ。私に課せられた役目はこれで終わり……あとは、楽しい仲間たちに任せておこう」
「待て!」
仁は叫んだ。L.エッジは焦燥を顕わにしたV.トールの言いたいことを、素早く察したようだった。
「おっとそうだ、忘れていた。しかたない。ここまで私を追い込んだ褒美に教えてやってもいい。……彼女はどこにも行ってはいない。彼女は、彼女自身の場所にいる」
「葉花自身の、場所……」
謎かけのような答えに、仁はしばし言葉に詰まる。葉花自身の場所、と口の中で何度か唱え、そのうちに思考の奥底から浮かんでくる答えがあった。
「まさか、しろうま……」
今の葉花にとって、帰ることのできる場所は仁の家である喫茶店、しろうまだけだ。だが、そこで葉花が捕まっているというのはなんだかしっくりと来ない回答だった。これまで境界線の内と外にあったものがいつの間にか混ぜこぜとなり、一色と化してしまったかのような、気味の悪さを感じる。だが、それ以外に思い当たる場所もなかった。
L.エッジは仁の発した言葉にふっと息を漏らすと、挑発するかのように言い放った。
「居場所は教えたが、彼女を救えるかどうかは別だ。そこにもマスカレイダーズを置いてきた。私の見こんだ精鋭だ。果たして、手負いの君に、勝つことができるかな?」
怪物のこちらを嘲るような発言にも、仁は迷うことなく応えることができる。答えは、この道に足を踏み出したその時から、決まっているからだ。
そのためにこの戦場を駆け、アークを倒し、ここまでこの怪物を追いつめた。ここで躊躇をする理由などあるはずもなかった。
「……当り前さ。どんな敵が相手でも、僕は必ず葉花を救ってみせる」
電撃を纏った指先を、赤い粒子に巻かれた怪物へと向ける。そして日常を脅かそうとする敵を、大切な人の命を弄ぶその組織を、鋭く睨んだ。
「お前たちの、思い通りになんか、させるもんか」
仁が宣言すると、L.エッジは体から放出する粒子量をさらに加速度的に増加させ、赤い霧の中で薄く笑んだ。その表情が、底知れぬ自信に溢れたものだったので、仁はほんの少しだけ、動揺を覚える。この怪物の正体が、話に聞いていた佐伯稔充のイメージとどうしても重ならなかった。
鮫に似た怪物の姿が赤い粒子の中で薄まっていく。まるで水に溶けていく絵の具のように、その実体があやふやになり、輪郭が途切れていった。L.エッジと粒子との境界線が液状化し、そして次第にその青い体は背景に吸い込まれていく。
Z.アエルが粒子を掌に集め、駆け出した。遅れてV.トールも後を追う。彼女が空中に漂う真っ赤な粒子を光線で根こそぎ薙ぎ払ったときには、その怪物の姿は霞のように掻き消えていた。
残されたのは、風にそよぐ赤色のわずかな粒子と、足元で燃えゆく狼の着ぐるみだけだった。高い湿度の影響からかあまり炎は燃え盛らず、すでにちろちろと地面を這うような下火に変わっていた。おそらく変声機であろう小型の箱のような形をした機械が転がっている。Z.アエルは少しの間見つめた後で、体重をかけ、それを踏み潰した。
「とにかく思うことは多々ありますけど、今は、急ぎましょう」
彼女の提案に、V.トールは無言で頷いた。とりあえず当面の危機は去った。L.エッジの撤退に解せない部分はあるものの、身を引いてくれたことには安堵していた。今の段階でもかなりの時間を消費してしまっている。これ以上、到着が遅れるのはまずかった。
Z.アエルはちらりと、V.トールの肩越しに背後を窺った。振り向かずともそこに何があるのか、仁には分かった。そこには葉花の、そしてあきら自身の担任教師でもある男、速見拓也が倒れていた。
なぜここにこの男が、と仁は思いながらも、自分がそれほど驚いていないことに気付いている。心のどこかで彼がマスカレイダーであることに気付いていて、しかし無意識のうちにそれを信じたくなくて、目を逸らしていたのかもしれない。
「この人が、ダンテだったんだね」
Z.アエルの方を向かずに尋ねると、彼女は短く答えた。
「はい」
「確かにこの人は、敵だけど。葉花のことも、あきらちゃんのことも、凄く考えていてくれていたと思う。いい先生だよ、本当に」
「ボクも、そう思います」
そう答える彼女の口ぶりは非常に淡泊だったが、それが本心であることは確かだった。だからこそ、あきらは拓也を傷つけはしたものの殺すことまではしなかった。粒子で傷口を埋め、彼が出血多量で死ぬことがないよう、さりげない配慮もみせた。
拓也の、自分を救わんとする強い気持ちに彼女は気付いている。気づいていても、それを真っ向から拒絶し、立ち向かわなくてはならなかった。デビルズオーダーという組織を取りまとめている長としての彼女は、冷徹に振り舞わなくてはならない義務を負っているからだ。
彼女の体から伸びる2つの影。2人のあきら。2つの立場。その齟齬が大きければ大きいほど、彼女の身に刺す痛みもまたその強さを増していく。その重圧から生じる苦痛は、仁には想像すらできない境地であるに違いなかった。
「彼、連れて行ってもいいかな」
雨に打たれ、横たわる拓也を見つめながら仁がそう提案すると、一瞬、Z.アエルは不審げな表情を浮かべた。
「ちょっと彼には聞きたいことがあるんだ。ここまでダメージを負えば、もう戦う気力もないだろうし。いいだろう?」
説明を加えても、彼女はあまりいい顔をしなかった。だが、無言のままに粘ると結局しぶしぶといった様子で仁のその無茶な願いを聞き入れてくれた。
「ありがとう、あきらちゃん」
礼を言うと、V.トールは拓也を片手で引きあげ、肩に担ぎあげた。彼の体はくますことなく湿っていたが、こちらも雨を存分に被っていたため、あまり気にはならなかった。
ただ、彼の襟もとに赤い痣を見つけた時には不審に思った。それが翼を広げた鳥の形のように見えたからだ。だが、いつまでもそれを気にかけているわけにもいかない。仁は拓也から視線を外し、彼の体をしっかりと片腕で抱きしめると、Z.アエルと向き合った。
彼女もまた、こちらをじっと見つめていた。その体からぽうと白い光が浮かび上がる。その様子はどことなく幻想的で、仁はその美しさに一瞬心を奪われた。
「ボクは黄金の鳥を守り抜きます。それが使命ですから。だから、白石さんは葉花さんを頼みます」
あきらも葉花を危険に晒してしまったことに対して責任を感じているらしかった。しかしリーダーとして黄金の鳥を守りぬかねばという使命感のほうがさらに重くのしかかっているのだろう。彼女の言葉には苦々しく、己を悔いるような感情が滲んでいた。
「葉花さんは、何も悪くないんです。ボクのせいで、こんなことになって……だからお願いします。絶対に、助けてください」
終わりの方は涙声になっていた。V.トールは悲しげな彼女を前にしながら、騎士の仮面の下で緩やかな笑みを浮かべた。
「分かったよ。大丈夫、君からもらったこの力で、葉花は必ず僕が救ってみせる。だから、信じて欲しい」
Z.アエルを真っ直ぐに見つめ、彼女の心を少しでも軽くできればという気持ちをこめる。その思いが通じたのか、彼女は顔をあげると、少し安心したように肩を落とし、軽く顎を引いた。
「はい。分かりました。白石さん、気をつけて」
「あきらちゃんも、気をつけて。僕も信じてるよ。また、生きて会おう」
少ない言葉をかわし、V.トールとZ.アエルは互いの拳を軽くぶつけ合った。それだけで良かった。力が胸の奥より沸き上がり、自信が満ちて溢れるようだった。
そして彼女はすでに白昼のもとに暴かれてしまった古びた外観のホテルへと。仁は『しろうま』の方角へと。それぞれ鮮やかな白と青の粒子を撒き散らしながら、それぞれの目的地へと足を速めた。
20話 完