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#9 『氾濫』の話

 実は俺自身は、魔物が来る事を薄々察知できていた。

 魔物襲撃の前は訪れる商人が多少なりとも少なくなる。今回は極端に商人や旅人の来訪が減ったので、魔物がそろそろ来るだろうと思っていた。

 来る魔物は殆どが意思がないが、ごくごくたまに意思を持った魔物が現れる。魔物ははっきりとした意思を持たぬ生き物とされていて、本能のままに生きる動物だ。よく実験動物に使われるイメージがある。

 魔物の襲撃を『氾濫』や『洪水』と言う。普通の『氾濫』は近隣の村や集落を襲わず通り過ぎるだけで、行く道を阻む者だけを殺していく。『洪水』は『氾濫』した魔物に何かしら異常が起きて、村や集落を襲うというものだ。

 『洪水』は村や集落の周りを囲う柵を超えた時点でそれは『氾濫』とは言わず『洪水』となる。

 同じような感じだが、現地民からすると大きな違いだ。

 幸いなのは『洪水』は十年に一度程度の頻度だという事。最後に『洪水』が起きたのは四年前なので、あと六年くらいは大丈夫だろう。

 六年後は······十一歳になる。その頃まで生きていけるかどうか定かではないが、六年後も息災である事を祈る。

 急いで家に入った俺は、安心させようと抱きついてきた母と父に隠れる。俺には魔法という武器があるので本当のもしもの時にはそれを使って自分を守れるが、母と父はそれ程魔力が多くない。

 俺は思ったより魔力が多かった。でも特別な能力は持っていないし、人並み外れているというわけでもない。少し残念という気持ちもあるが、高望みはすればする程に愚かだ。


「何があっても、――――を守るからね」

「怖くない、怖くない」


 優しい。本当に優しい人達だ。

 俺なんか守らなくてもいいから、自分の身を一番に考えて欲しい。それに、俺がまるで弱々しい子供みたいで、格好悪いじゃないか。

 ぽんぽんと、背中を優しく叩かれた――――撫でられたの方が的確だ。

 雷が来た時の鬼灯姉を思い出す。彼女は怖がる子供達(俺以外の全員)を一つに集めて、腕で包んでくれていた。包みきれていなかったが、恐怖は和らぐ。俺は別に怖くも何ともなかったけど、彼女に促されるままに抱きしめられた。寒い時は暖かくて助かったものだ。


「よしよし、大丈夫だよー」

「大丈夫、大丈夫」


 主に声掛けをしているのは母で、父は母の言葉をなぞるように言葉を二回言う。

 父が発言する意味があるのだろうか? というか、寧ろ逆効果になるんじゃないか?

 ガタガタと、家の屋根に何かが乗っている音がする。しかし、おかしいな。いつもはこんなに······というか、もう魔物が柵を超えているので『洪水』だ。

 『洪水』の時は家にいた方がいい。結局どんな時でも安全なのは家なのだ。

 いや、ミルトアの農作物全滅じゃね?

 飢饉······。いや、いやいや、水不足も起こりにくいし大規模な飢饉は発生しない······だろうか?

 農作物をぐちゃぐちゃにされてしまえば、もう生きる道は狩りしかない。

 まずい。考えてみれば非常にまずい事態だ。

 めきっと、くっついていた物が剥がれる音がした。音は家の壁から聞こえている。壁とはいえ、天井に近い端っこの部分だ。

 この世界の家は脆いから、直ぐに壊れ――――って、えぇ!? 魔物が入ってきちゃうんじゃないのだろうか。

 ぼとりと、天井から液体が落ちた。

 液体は広がらず、潰れた球体を保持している。赤い、血のような色をした液体だ。これは魔物だろう。前世の世界のスライムに該当するものだろうか。床がどろりと、液体のあるところだけ溶けていた。


「おかしい······『洪水』にしては長いな」

「······そうね」


 長いのか。俺は経験した事がないのでわからないが、『洪水』が引くまでの時間がいつもより長いらしい。

 それに、十年に一度の頻度なのに、まだ四年しか経っていない。どこかで開拓でもして魔物が追い込まれたのか、それとも魔物の気まぐれか。どっちにしろ異常事態だ。

 ところでmy fatherとmy motherよ。天井から落ちたモノにそろそろ気づいてもよろしいと思うのだが?

 まあ、あの液体は何も動かず床をゆっくり溶かしているだけだから気づかないのも何となくわかる。だけど、じゅわっと音を立てて溶かしている。それ程大きい音ではないのだが、静かとは言い難い。

 俺から仕掛けてみるか。


「な、何あれ······?」


 演技にしてはなかなか良いのでは?

 俺はその液体を指差す。父と母はその方向を向いた。ぷるるん、と動く液体。全てにおいて流線型のボディ。つるつるすべすべのお肌。もうスライムじゃん。

 父がそっちに手を向け、次の瞬間には赤い液体は消えていた。何故か蒸気のようなモノが見える。父の手から、火が出たような気がする。


「······何でもないよ。気にしないでね」


 父がにっこりと、優しく笑った。優しいのは表面だけだ。だが······液体――――もうスライムでいいや――――が蒸発して何でもないと言うのは少々無理がある。どう見ても何かあっただろう。

 ああ、そういえば火属性の魔法については教えられていなかったな。知ってはいるが、教えられていない以上使うわけにもいかない。使ったら不気味とか言われそうだし。


「あ」


 あ?

 あ。

 家が崩れ、いや、溶けていく――――

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