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#7 拾われた話

 目が覚めると、薄暗い天井が見えていた。

 天井には蜘蛛の巣が張ってあったりと、少し汚れている。元は白かったのだろうが、薄汚れているのに加えて暗く、灰色だ。

 ここはどこだろう。見覚えのない場所だ。

 火事が起きて、皆死んで、それで俺だけ生き残って――――。思い出すだけで息が苦しくなる。

 俺は仰向けから起き上がる。ベッドの軋む音がした。俺の隣にはツギハギだらけのカーテンがあって、そこから光が透けていた。


「起きた?」


 カーテンの反対側に、三十代くらいの女性がいた。茶髪で、おっとりしていそうな人である。

 その女性の手には、分厚い皿が乗っていて、その中にはお粥のようなものが入っていた。だがお粥にしては水分が少ない。

 部屋を見渡すと、この家の持ち主の貧しさが伝わってきた。

 狭く、ベッド以外は何も無い寂しさのある家だ。窓はガラスではなく、木だけの見開き窓だ。風通しがいいと思ったら、どうやらガラスなしだったようである。

 この部屋だけの話かもしれないが、あまりいい雰囲気とはいえない。電気なんてある筈なく、か細く揺らぐ蝋燭が部屋の隅で明かりを照らしている。


「大丈夫? ママとパパはどこかわかる?」

「ママとパパはいません」


 わかってる。どうせ捨てられるんだ。

 俺は捨て子で、もう普通の生活なんてできやしない。捨てられて、最後には自ら命を捨てるのがオチだ。

 生まれながらに捨てられた命。そんな状況で、自暴自棄にならなかった主人公たちの気がしれない。俺はもう、死んでもいい。どうせもう、将来なんてないのだから。


「いない······? 迷子じゃなくて······?」

「はい。捨てられました」


 女性はきょとんとする。

 捨て子は珍しくない筈だが、普通こんなに綺麗な服を着ていない。だからおかしいと思ったのだろう。


「じゃあ、これまでどうやって暮らしてきたの?」


 その質問、来ると思った。

 これは全て正直に話すべきだろうか。だが信憑性のなさだけはダントツだ。ここは少し新しいストーリーをアドリブで作るしかない。

 捨て子で、たまたま優しい人が拾ってくれて今まで育ててきてくれた。でも火事でその人達を失って、自分だけ逃げられた。

 ストーリーというよりかは、殆ど事実だ。詳細を省いているだけにすぎない。


「優しい人が拾って、助けてくれたんです。でも火事でその人達は失って······」

「そう。大変だったね······」


 女性は俺の頭を撫でる。

 まるで小さく弱い子供のような扱いだ。実際、そうなのだけれども。でも、嫌じゃない。寧ろ心地よく感じるのだ。

 心までも幼くなってしまったのかな、と少し残念になる。

 俺はもう、二十年近く生きてきた。その途中に転生があった事で、一からまたやり直す辛さを経験した。

 だからもう、心まで幼くいられる場合でもないのに、幼い頃に必ず味わう未来への希望が忘れられないのだ。


「今日から、君はこの家の子だよ」

「······?」


 ああ、あれか。甘い言葉を吐いて安心させ、信用させる。そしてその後、売り捌いて金儲けする。

 この時代は殆どが貧しく、生活が苦しい。そんな中、子供を引き取ろうと考える人なんていないのだ。食料も少ないだろうし、育児は自分の首を締めるような行為に他ならない。

 悪いが、俺は助けてくれたからと言って信用するような奴ではないのだ。

 そもそも命の価値観が違う可能性も高い。

 今は養ってくれても、後から口減らしで捨てられる事だってあるだろう。


「大丈夫、私達は君を捨てたりなんかしない。絶対に」


 女性は撫でていた俺の頭を手で優しく包み込むと、そっと抱きしめた。

 何故だろう。こうして甘やかされると、その優しさに溺れていたくなる。頼ってしまいたくなる。

 俺はこんなにもチョロかったのか。

 不思議だ。何も感じないのに、心のどこかで何かが埋まったような感覚がある······ような気がする。

 これまで一緒に暮らした兄や姉達がいても、俺が転生者だからかどこか距離があるように感じていた。俺は異常で、他とは違う記憶と経験を持っている。その覆す事のできない事実を、俺は孤独と感じていた。

 だけど、死のうとは思わなかった。

 それは何故だかわからない。生まれて直ぐに捨てられ、誰にも見向きされないとわかっていながら、俺は生きたいと思っていた······?

 恐らく、未来を考えていたのだろう。

 これからこの孤独による心の穴が笑顔で埋め尽くされていくのを、待っていたのだろうか。ありもしない幻想だと、思いながらも。でも兄や姉達が死んで生きる場所がなくなった時に、その夢を捨てた。

 でもこの女性は、俺を捨てたりしないと言った。

 だから俺は、一度捨てた夢をまた拾う。


「寂しかったね、辛かったね。でも大丈夫。これからは私達が守るから――――」


 水滴が頬を伝った。

 久方振りに涙を流した。人前で泣くという無様な姿を晒すのが、恥ずかしかったから。だから涙が出ても直ぐに拭き取って、自分だけの涙にした。

 でも今は、人前で泣いてもいいって、そう思えた。

 しゃっくりのように肩が上下する。

 何だかんだ、声を上げて泣くのは恥ずかしい。

 その恥ずかしさを忘れる程に、俺は嬉しい気持ちになれたのだった。

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