#60 失明した話
ばちっと目が覚めた。何だか寝覚めが悪い。悪夢も見ていないのに、不快な気分だ。しかも寝ぼけているのか、視界が欠けている。
いやいや、問題は俺の睡眠の質じゃなくて、今ここにいることだな。確か俺、気づいたら森の中にいて、変質者に話しかけられたんだ。そして目がアレして······。
うん、意識がおむすびコロリンしちゃったんだね。仕方のないことさ。意味がわからないとはいえ、魔法を使いすぎたのか? まあともかく、雷の忠告を破ったのは失敗だった。
ここ、どこかな。鳥の鳴き声、葉が擦れる音、陽の光。ふかふかのベッド。色々と情報はあるのだが、わからんものはわからん。窓を覗けば森が見える。昨日? の森とは同じ場所っぽいな。
懐かしいな。二歳の頃だから、四年前にもなってしまうのか。あの時も、気づいたら知らない天井が届かぬ場所にあったな。いつか、いつも見ている世界の天井に、手が届く時が来るのかな。
はっ、それどころではない。デジャヴや自然を感じるほど、余裕はない。ここがどこだかわからない以上、頼みの綱は転移魔法しかない。
まあ、希望を乗せて転移魔法してみるか。まずはベッドから起き上がって、あれ、服が変えられてる。もと来てた学校の制服は······どうやらこの部屋にはないようだ。血まみれだし、いっか。
転移魔法、発動! 眩しい光を放つ魔法陣が足元に広がる。しかし、何も置きないまま散らばるようにして消えた。
がーん。ショック。魔力切れってわけじゃないし、何でだ?
こんこん、とドアを叩く音がした。足音がないとは、なかなかやるではないか。
ドアノブが動いて、隙間から変質者が顔を出す。
「目の調子はどう? あ、あとアーティファクトここにあるからね」
ん? ああ、首が軽いと思ったら。枕のすぐ横にアーティファクトがあったので、取ってつける。ふっ、つけるのも慣れたものだぜ。
目の調子について聞かれたが――――あ。寝ぼけてたわ。完全に左目が見えていない。欠けた視界の原因はこれか。
失明って本当に起きるんだな。不自然極まりない。左側から人が来たら、絶対気づかず衝突するわ。
原因としては多分、魔力を一気に使いすぎた。というより、これまでに溜まった分も含めて体が耐えられなかったか。脆弱だな。まあ、これは放置しててもいずれ失明していただろうし、仕方のないことさ。
声の次は目か。次から次へと邪魔なものばかりが増えていく。
七転八起。きっとどうにかなる。治癒魔法じゃ治せないだろうけど。
気を取り直して、まずは眼鏡をかけた彼、名前はクロードだったか。クロードさんに感謝を伝えた。
「どういたしまして。ところで、オーディンっていう名前に心当たりは?」
「オーディン······?」
知らんなあ、オーディン。聞いたことねぇ。っていっても、興味なさすぎて会ったことあるけど覚えてないだけっていう可能性もある。いや、俺のコミュニティちっさいからそれはないか。
オーディン、オーディン。聞き覚えはないし、発音がカーティリスっぽくないな。つまり、知らん。
「その様子だと知らないか······今度こそ転生者だと思ったにな」
背筋が一瞬だけすっと立ってしまった。びくっと、転生者というワードに反応してしまった。
な、なるほどね。そのオーディンさんは、もう死んでいるのね。で、クロードさんはその彼の転生者を探しているってところかな。
それって、凄く大変なのでは?
だって、クロードさんがどう探しているのかは知らないけど、転生者っていうのは、俺やファルカスやルミナリアさんみたいに、異世界からの転生者もいる。っていうことは、オーディンさんが異世界に転生していてもおかしくない。そもそも全員が全員、もとい生物の全ての魂が転生できるのかどうかもわからない。
途方もない探し物をしているな、彼。
「でも不思議だね。君の魂、オーディン様にそっくり」
いいだろ、魂に多様性があったって。
ところで魂とは? 転生を体験した以上、信じていないわけじゃない。もともと日本は年中行事にアニミズム入ってたりするし。
でもそれは、生物が全て持つのか、理性や自我を持つ生物のみ持つのか。
「魂って、どういうものなんですか?」
「ああ、魂ね。体とは別に、生きる源ってところかな。記憶を持つと転生、と呼ばれる現象が起きるんだよ」
ざっくりした説明だな。まあでも、彼の話から生物の全てが魂を持っていそうだ。
じゃあつまり、前世、白川雷だった俺は死んだが、魂に記憶を持っていたから忘れないまま転生、生まれ変わりか。
記憶を持っていたら転生ってことは、持っていなくても全ての生物が生まれ変わってるってことね。
じゃあオーディンさんが転生してる確率、もっと下がるくね?
ぉん、頑張れよとしか言いようがない。
「魂は捨てられず、また新しく作られない。数は決まっているから、一つ前の人生を覚えていても、その前の人生を覚えていないことも、あるらしいよ」
「へぇー」
じゃあ雷の前の人生、いや人じゃないかもしれないけど、それがあるんだな。
ん? まさかクロードさん、まだ俺を疑っているのか? 視線はじとーとしている。いや、覚えてなかったら意味ないじゃん。
「場所を変えようか」
ぱちんと、彼が指を鳴らした。魔法を使っていなかったのに、一瞬で景色が切り替わる。
外。しかも服までまた変えられている。さっきはパジャマ感全開だったが、今は崩した礼服みたいなやつだ。幻覚じゃなさそう。すごぉ。
そこは若々しい葉に彩られた森の中にぽつんと建つ、美しいものだった。
パルテノン神殿のような作りの上にコロッセオどーん。簡単に言うとこうなる。
見方によってはバベルの塔にも見えなくはない。
かなり大きい。しかし既に遺跡のようで、かつてはあったであろう庭園は荒れ果て、その中の遺跡の柱を抜いたようなモニュメントは折れるなり倒れるなりしている。
寂れている、しかし美しい。気のせいだろうが、クロードさんの姿がぶれたように見えた。




