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#5 逃亡した話

 命が死に迫るこの状況で、薔薇姉はまだ火が回っていない壁を破壊し始めた。案外、壁は脆いもので、薔薇姉が二発殴っただけで壊れた。その行動に気づいた菖蒲兄が薔薇姉の手伝いを始める。

 空いた穴は徐々に大きくなっていった。

 水が尽き、もう半ば諦めていた鬼灯姉が二人の頭を撫でた。照れくさそうに薔薇姉は俯き、菖蒲兄はそっぽを向く。


「ナイスだよ、二人。ありがとう」


 穴は人が通れるくらいの大きさになっている。一度穴が空いてしまえばあとはそこから破壊していけばいいだけだから、それ程時間はかからなかった。


「木犀、来て」


 鬼灯姉に呼ばれた俺は、彼女の近くに歩み寄る。

 皆で一緒に脱出か? 仲のいい家族だ。

 鬼灯姉は俺をだっこすると、穴に飛び込んだ。

 壁の反対側は外で、決してまた違う空間があるなんて事はなかった。鬼灯姉に続き、二人が穴から出てくる。

 脱出完了だ。いい空気があると心配も晴れる。


「···残ったあいつらは···?」

「···残念だけど、期待しない方がいい」


 菖蒲兄が悲しそうに薔薇姉に聞く。薔薇姉は冷たく、ネガティブな事を言った。

 鬼灯姉は動じず、燃える建物をずっと見ていた。俺を下ろさず、じっと。その手は震えて、涙目だった。

 近くの住民は火を消そうとして、水をかけている。が、消える気配はなく逃げ出す者が多い。

 大切な家族を、見捨てられない。今直ぐ一人でも火の中に飛び込みたいが、できない。この小さな体じゃ、逆に俺が死んでオシマイだ。いや、前世の高校生の大きい体だとしても、無理だ。

 一酸化炭素中毒にならなかっただけでも、幸運。何故ならなかったのかは不明だが、それはともかく運が良かった。


「フム···逃げ出す子供がいるとはのう。これは困ったものじゃ」

「誰――――ッ!?」


 突如背後から聞こえる老人の、しわがれた声。この声は、ついさっき聞いた。会話からして、俺達を攫おうと考えていたのだろうか。もう一つの声もあったから、共犯がいるのだろう。

 鬼灯姉は警戒している。でも俺を下ろさないと十分に警戒できないだろう。手は先程より震えているし、汗が凄い。

 老人を見ると、下半身が透けていた。幽霊? こんな昼間に幽霊が現れるとは、この世界はおか――――いや、待て。幽霊? この世界ってもしかして、ファンタジーな感じ?

 思えば、鬼灯姉が手の平に火の玉を出してたりしてたな···。気づかなかった。


「その子がアタリのようじゃの」


 老人は俺を見る。鬼灯姉も、薔薇姉も菖蒲兄も気にも留めようとしない。ただただ、俺を視界に捉えている。

 はえ? 何故、俺なのだ!? 俺、転生者だけど、それ以外は何者でもないよ!? 犯罪も犯してないし、心当たりはありません!

 孫でも見るような目ではない。敵を見るような目で、老人は淡々と俺を観察する。


「二人共、逃げるよ!」

「うん!」


 鬼灯姉、ありがとう! あの目線、凄く怖かった。

 鬼灯姉が戦闘で、後を追う二人。


「逃げるは勝ちだ···よ···?」

「鬼灯姉···?」


 鬼灯姉が言葉を失う。

 後を追う二人に声をかけようとして、そこで止まったのだ。

 ただ呆然と立ち尽くす彼女が見たのは、既に息絶えた二人の姿だ。

 土の上に倒れた二人は、無残な死に方だ。追う途中で、あの老人に殺されたのだろう。

 俺はどうして、冷静でいられるのだろう。血の繋がりがないからなのか、未だ夢だと思っているのか。

 これまで家族として生きてきた子供達が死んで、何も思わない筈がないのに――――


「そんな···、二人は···」


 倒れ、死んだ二人の後ろから現れたのは、先程の老人だ。

 二人は尖った石を心臓部分に刺されていた。老人の杖の先っぽには、宝石のような物がついている。

 魔法? それだと納得がいく。

 そもそも、俺をあの空間に連れて行ったおっさんはどこへ? 火事になっているなら、駆けつけるのが普通なのに···。

 鬼灯姉はその場に座り込んだ。こうも目の前で無惨に殺されていては、ショックが大きいだろう。

 彼女は這いずるように二人に近づき、触れようとする。下ろされた俺は瞬きすると、さっきとは違う場所にいた。

 白い光に包まれていたから、もしこの世界に魔法があるとするのならば転移とかだろう。仮定だが、この世界には魔法がある。

 鬼灯姉が転移させたのだろうか。とりあえず歩く。

 あまり景色は変わっていないし、近い場所なのだろう。

 暫く歩くと、焦げ臭くなった。さらに進むと、天に手を伸ばす火が見えた。

 家と家の間の狭い隙間を通り、俺は鬼灯姉との合流を試みる。

 見えたのは老人の姿と、倒れている鬼灯姉だ。

 殺されたのか? じっくり見ると、鬼灯姉の腹に石の槍が刺さっている。

 死んでいる、か。

 どうして、何も思わない? 何も思えない? 悲しいのに、どうしてそれを悲しいと認識しない?

 鬼灯姉の姿を、死んだ家族を見ても、俺は何も思えない薄情な人間なのか?

 隠れる俺は、逃げてしまえばいいと思ってしまった。

 でも、それは何だか許せなくて、鬼灯姉に近づく。

 老人は去り、土の上には三人が転がっていた。


「······木···犀·········? ···ど、···どう、······して·········」

「鬼灯姉···!」


 彼女は生きていた。でも、もう残る時間は少ないだろう。腹部に深く深く刺さった槍から、土に血が滲んでいる。


「···もう、······私···は···死ぬ···。···だ···から、さ···いご······に」


 俺は黙って頷く。

 鬼灯姉はゆっくり、手を差し出した。俺は迷いなく、その手を握る。手はとても冷たかった。


「···か···な、らず···、生き······の···び······て······っ。わ······たし···、の···こ······とは···っ、覚え······て···な···ても···、いい···から···」


 鬼灯姉の頬に、涙が流れた。彼女の光を失いかけた瞳から、星が溢れているようだ。

 俺が泣いていないのが、とても悪く思えた。


「···魔···法···、を···、教え···て···あげ···る······」


 鬼灯姉は握った手を経由して、俺に何かを注ぎ込んだ。脳内に唐突に、情報が流れ込む。魔法、というやつなのだろう。


「······も···くせ···い、···今日···か···ら、·········と···なの···って···」

「······」

「そ···う···、わ······た···し······の···、···············の、···なま······」


 最後まで言い終わらない内に、彼女の腕が崩れ落ちた。

 鬼灯姉は昔、普通の生まれだったのだろうか。捨てられて、あの場所に?

 気づけば俺の頬に、涙が溢れていた。

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