#3 二年後の話
隔離空間で二年間、先輩方にお世話になった。人身売買なのかどうかはハッキリしないけど、ここにいる子供達が急にいなくなったりはせず、お兄ちゃんことおっさんは年に数回しか来なかった。
食事は子供が作る。食料は気づいたら補充されていた。俺はまだ小さいので、お兄さんお姉さんにお世話になっている。お兄さんお姉さんは最年長で十歳前後。その前はいなかった。
俺は今、二歳だ。最年少は俺で、俺以降子供は来ていない。まあ、そんなに頻繁に子供が入ってくるという事でもなさそうだし、俺に一番年が近いのは五歳だ。
子供は一見多そうに見えるが、案外少ない。人の顔と名前を覚えるのが超苦手な俺でも、直ぐに覚えられた。子供は不思議なもので、少なくても多く見えるのだ。実際は十人にも満たない。九人だ。
半ば子供だけで暮らしているので、毎日がトラブル続きだ。喧嘩は毎日だし、陶器の皿も十日に一度は落として割れる。そもそもこの世界は陶器の技術が未発達だ。高価な皿だったら丈夫なのかもしれないが、一般の皿は現代日本より断然割れやすい上に、形やデザインが単調だ。
しかし、この場所は色々と謎が多い。
ここに連れられた時、妙に仰々しい扉があった。あれは一体? それに、外に出る事も叶わない。ここにいる子供達は俺を除いて、外というものを知らない。閉鎖されているのだ。
地下っぽいし、太陽光も入りこまない。最も謎なのは、太陽光を浴びなくても明るく、体調を崩さないという事。太陽光を浴びなかったら不健康になるし、体の発達に悪影響が出る。それなのに正常に発達しているし、普通に元気だ。室内は明るく、電灯もランプもないが明るい。常に明るいというワケでもなく、夜は暗くなるのだ。
魔法や魔術といった可能性があるが、確証はない。そんな、ねぇ? 魔法とか魔術っていう可能性があったら、期待しちゃうよね? 転生があるし、なくもないんだよね。
この空間はトイレ、浴室、寝室とリビング兼ダイニングでできている。台所はリビング兼ダイニングに繋がっていて、できたてのご飯を食べられる。
一体誰が何故このような場所を作ったのかは、考えるのをやめにした。情報が少なすぎるし、ここから去る理由もない。ここの生活も悪くないと、俺は思う。
ここでは子供の名前はなく、それぞれ花の名前で呼び合う。お兄ちゃんことおっさんが決めたもので、とりあえず知っている花の名前を当てた感じだ。花はこの空間にないが、子供達が理解できてしまうのだから不思議だ。
読み書きは、頭のいいお姉様と評判の、鬼灯さんが教えてくれる。日本の漢字を知っている俺にとって、鬼灯という名前は羨ましいと思った。格好いい名前とは反対に、最年長のふわふわした清楚系お姉さんである。
他にも、菊、紫陽花、薔薇、菖蒲、桜、水仙、梅、金木犀がいる。その全てはおっさん曰く、異世界の花であくまでも伝説上の花なのだそうだ。
おっさんはもしかして···と思ったのは昔の話。だが、異世界の伝説上の花なら、この世界は俺の住んでいた世界とは違う世界と考えられる。花の名前は全て、日本にあるのだから。
おっさんが転生者や転移者でなくても、他に転生・転移者がいる可能性はある。俺は転生者だし、他にいても不思議ではないのだ。
因みに、俺の名前は金木犀だ。俺はこの名前を気に入っている。金木犀は好きな花ランキングで三位以内に必ず入る好きな花なのだ。でもやっぱり一番はダリアという花だ。前世、祖母に花屋に連れて行かれた時、心を奪われたのを覚えている。
そういえば金木犀の花言葉にはダークな意味があるんだっけ? 俺は花言葉に詳しくないが、花言葉って一つの花に沢山あるからいい意味もあるだろう。名前に暗い意味があるとモチベ下がるので、意味は追求しない。
この空間には本がある。読み書きは年上に教えられたので一応できるが、ぎこちない。この世界の識字率がどのくらいなのか、知りたいところである。
「みんなー、ご飯できたよ!」
ご飯ができた、と。
ご飯当番はなく、毎日が鬼灯姉のご飯だ。毎日作っているだけに、普通に美味い。そこらにある冷凍食品より美味いかもしれない。他の子供達にも好評で、ご飯と聞いたら直ぐに駆けつける。
白米が欲しいところだが、ワガママはいけない。毎日パンで飽きているというワケではなく、毎日食べていたものが急になくなって寂しいのだ。
いただきます・ごちそうさまの文化がないのか、早く食べたかったり遊びたいから省いているのか。そういう挨拶はない。勝手に食べ始めるのがここのスタイル。
「金木犀は長いから、木犀でいいかな?」
「いーよ!」
喋ると毎回思う。自分の声が高いな、と。前世は一応高校生だった。声変わりはしていたので、今の自分の声に違和感を感じる。
「いただきー」
「あっ! 菖蒲兄がご飯取った!」
「こら、菖蒲! 紫陽花にそれを返しなさい!」
「もう食べたぜ!」
「罰として、夕ご飯は減らします!」
「んなっ! それだけは許して、鬼灯姉ぇ!」
普通に見れば、家族の他愛もない会話だ。それがとてつもなく、俺は幸せに感じる。
ゆっくりと流れるこの時間が、いつまでも続く事を祈る。