#25 少女を拾った話
赤髪の女の子に手を伸ばすと彼女は戸惑ったように目を見開いた。
声が出せないから彼女にどう説明していいか困る。こんな路地裏の端っこに蹲る子供に文字なんてわかるわけないし。
ここは前世の世界だと恐らく千六百年代辺りだろう。だからと説明できるのかは不明だが、王都でも身寄りのない子供が多くいる。
子供と限っているのは、大人になるまで生きていられないから。野垂れ死ぬなりペストやインフルエンザにかかるなりして待ちゆく人々の身長と並ぶ前に死ぬ。
残酷な話だが、どれだけ死ぬのが簡単で生き続けるのかが難しいかよく分かる例だ。
四百年後には前世のような世界が作られていることを祈る。
何事かと走ってきたユリウスと合流した。
「どうした?」
「いえ、その······」
ラレニアさんは説明に困っている。
やはりそうか。そこらにいる子供を拾うなんて考えられないよな。だって聖騎士なんて貴族とかそこら辺のボンボンだろ。
聖騎士とか言っているのに子供一人救えないなんて情けない。
何のための孤児院なんだか。ただやっていない慈善活動をアピールするだけの腐った施設だ。実際に建物を見たが、庭は雑草が生い茂っていて建物は見えにくく、子供は少なかった。
ただ存在するだけの慈善施設。意味がない。
「まさかその子を孤児院に?」
ユリウスがそう問うてきたので俺は首を縦に振る。
彼は顔を顰め、少女を汚らしそうに見ている。その目がもう少し良ければ彼女を素晴らしいと褒め称えるだろうに。
魔力を目に込めると、魔力を見ることができる。殆どは魔力を込めなくても何となくでわかるがわからない奴もいる。何より正確に測りたいのならば魔力を込める。
彼は残念ながら魔力を込めないと人の持つ魔力がわからないようだ。
彼女の魔力量はかなり多い。とても捨てられたとは思えない。元は奴隷だったが逃げ出した、とかそういう過去だろうか。
「こらこら。もう帰るよ」
「ぁ······ま、まって。ぉ、お願い。た、助けて······」
少女は振り絞ったように俺の手を握って助けを求めた。
言葉一つ一つに迷いがあり、怯えている様子だ。彼女の頬は赤く腫れており、服はぼろぼろで足も腕も痣だらけだ。
その痣だらけの手足は骨が見えるくらい痩せており、寒いのに裸足で顔色が悪かった。
この子はこのままこの場所にいたら誰かに拾われたりしない限り確実に死ぬ。
拾われる確率なんて高いわけない。寧ろほぼない。俺なんかは偶然の偶然だ。そう考えると俺の両親はもの好きというか、少し頭にお花畑が広がっていたようだ。
「ユリウスさん、今の発言は聖騎士として問題かと」
「え、あーそうだね。すまない。その子は孤児院に届けよう」
ユリウスは少女を抱きかかえると、気が乗らない様子でゆっくり歩き始めた。
他の聖騎士達は既に教会に戻っており、ユリウスの味方はいなかった。かといって少女を捨てるわけにもいかない。
渋々ユリウスは少女を孤児院まで送ることになったのだった。
「ありがとうございます! その子はどうします······?」
孤児院に少女を届けると、孤児院の従業員が頭を下げてきた。
そして従業員は俺の方に視線を移した。俺も孤児だと思われているようである。まあそれは仕方ない。セントリア人だし。
俺としては孤児院に入りたくないのだがユリウスとラレニアさんはどうするのだろう。教会だって身寄りのない子供をいつまでも保護するわけにもいかないだろう。
「どうしたい?」
いや意見俺に求めんのかい!
って言っても喋れないんだから答えるにも答えられない。問い方をもっと工夫してほしいよね。
孤児院に入りたくない理由は三つだ。
一つ、俺は今喋れない状態にあり筆談でないと会話できないこと。この世界の識字率は不明だが環境から見るに低い。だから孤児院にはいられない。
二つ、レイガルドを殺せる機会が減る。孤児院に入ってしまうと彼との接点が減ってしまう。彼の命を狙う者としてそれは避けたい。
三つ、施設の環境が悪すぎる。これは致命的だ。ミルトアの家屋よりも汚いかもしれない。しかも何よりミルトアより中で暮らしている人数が多いのだ。
嫌だと即答したいところだが······。
「孤児院の金が横領されているかもしれない。一ヶ月だけでいいから生活してみて」
ユリウスが耳打ちしてきた。
孤児院の金が横領されている、か。それはいけないことだねぇ。でもそんなところに住みたくないよ。
でも断りにくい。
俺が困っていると少女が俺の袖を掴んだ。
捨てられていた彼女にとって見知らぬ場所で見知らぬ人と一緒に暮らすのは気が引けるだろう。
「あーその、すみません。実はこの子喋れなくって······」
断るような言い方してますけど? 大丈夫っすか?
「ら、ラーファ、文字読める······」
んー何て?
嘘は良くないけど? 路地裏にいるぼろぼろな子供が字を読めるわけ······。っていうか名前はしっかりあるんだね。ラーファ、か。覚えておこう。
「じゃあ積極的に紙を渡すんで、ラーファさんにお任せします」
おい! 簡単に信じるなよ! これが嘘だったら俺が困るんだけど――――!?