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疲れた時、ちょっと笑いたい時に読んでいただけたら嬉しい作品達

やめられない腹筋のおかげで、幸せになりました

作者: はやはや

 僕、棚橋絢斗たなはしけんとは、うだつがあがらないサラリーマン。

 社会人になって22年。同期の中には、役職に就く奴もいる中で、ずっと平社員だ。とある企業のサービス部に属している。

 毎日、毎日パソコンに向かい、クレームの電話を受け、定期的に相手のご機嫌を伺う電話をし、会社の歯車になって、年々心がすさんでいく。


 そんなストレスに晒されているにも関わらず、体はどんどん脂肪を蓄え、膨張していく。

 そして、今年、健康診断で引っかかった。


――判定E 要医療 半年以内に内科を受診し、結果をお知らせください


 脂質異常症とある。

 そりゃそうなるよなという食生活なので、ショックはない。ただ、病院に行くのが面倒だ。



 E判定が出ているにも関わらず、今日の晩御飯はコンビニのロースカツ丼。全く反省の色なし。

 家に帰り、それをレンジで温めていると、スマホが着信を知らせた。

 画面を見ると知らない番号が表示されている。


 電話が鳴ると、即座にとってしまうのは、職業病かもしれない。


『突然のお電話失礼します。私、はなまるコーポレーションの藤川ふじかわと申します』


 ものすごく落ち着いた声。いいところのお嬢様というイメージが浮かぶ。綺麗な黒髪、品のいいワンピース、大型犬を飼っていて……

 勝手に妄想を膨らませる。


『只今、モニターを募集しておりまして、ご案内してもよろしいでしょうか?』


 ピーピーピー とレンジが、カツ丼の温めが終わったことを知らせる。本当なら電話を切ってやりたいところだけれど、藤川さんの、落ち着いた品のいい声をもう少し聞いていたくて、「はい。大丈夫です」と言っていた。


◆◆◆


『ありがとうございます!

 只今、はなまるコーポレーションでは、筋力トレーニングベルトを開発中でございまして、その効果を実証するために、モニターを募集しております。

 ご興味がありましたら、いかがでしょうか?』


 そう言われてスウェットで隠れたお腹をさする。ぷるんと垂れた肉が悲しい。


「筋力トレーニングベルトってどんなものですか?」


『はい。腕用、足用、お腹用とございまして、ベルトという名の通り巻いていただくだけのものです』


「モニターになったら何か特することあります?」


 彼女の声を聞けば聞くほど耳に心地よくて、質問をして喋らせようとする。我ながら下種だ。


『3つのうちから1つ選んでモニターをお願いするのですが、今ですと2つお試しいただけます。さらにベルトはそのまま差し上げますし、永久保証いたしますので、もし、故障など不良がありましたら新しいものを無料でお届けします』


 子どもに語りかけるような口調で言われ、心がぐらりと動く。


「やります! モニター!」と言っていた。


◆◆◆


 3日後、筋力トレーニングベルトが届いた。僕が選んだのは、お腹用と腕用だった。

 梱包を解くと、中には2種類のベルトが入っていた。小さい方は腕用だろう。お腹用は、ボクシングのチャンピオンベルトのような形をしていた。

 ベルトを充電しながら、説明書に軽く目を通す。充電が終わったところで、早速お腹にベルトを巻きスイッチを入れた。


 ぶるぶるという振動と筋肉を収縮させる動きがお腹に伝わった。

「おぉ……」と声が漏れるほど、なかなか力強い動きをする。しばらく腹筋運動をした(させられた)後、ベルトを外すとお腹が赤くなっていた。


 効果あるのかな? と半信半疑ながら、僕は毎日腕とお腹にそれを巻いた。モニターとして優秀だ。


 ビフォーと現在のお腹周りの写真を撮り、はなまるコーポレーションに送付する。

 すると、思いもよらぬ返事が来た。

『テレビショッピングで放映される、モニターのインタビューに出て頂けませんか?』


◆◆◆


 インタビューの依頼を受けてから、僕はベルトを手放せなくなった。意外と薄型のベルトなので、服の下に装置しても、何ら違和感はない。

 ただ、自分の意思に反して、お腹の辺りや腕が微にぶるぶるしたり、ぴくぴくしたりする。でも、その刺激がないと逆に落ち着かなくなっていた。


 だから仕事に行く時も巻いている。一度、ベルトが机に当たっていたらしく、隣の席の奴から「何か机、ぶるぶるしてない?」と言われて以来、お腹と机の間にスペースを開けるようにした。

 パソコン操作が若干しにくいけれど、これもモニターとしての使命を果たすためだ。


 そして3ヶ月後。

 僕はモニターのインタビューを受けた。上半身裸の

ビフォーアフターの写真も放映された。脂肪の浮き輪のようになっていたお腹が、真っ平になっていた。

 このまま続ければ、いつか腹筋が割れてくれるのではないだろうか……

 筋力トレーニングベルトの凄さと便利さを雄弁に語った。インタビューには、はなまるコーポレーションの社員も立ち会っていたけれど、その人も満足そうに頷いていた。


 今日のインタビュー映像は、今後定期的にテレビショッピングで流されるらしい。


「足用の筋力トレーニングベルトも、プレゼントさせていただきます!」


 はなまるコーポレーションの人は言った。


◆◆◆


 モニター期間が終了したにも関わらず、僕は腕、足、お腹に毎日ベルトを巻いている。

 もはや、ベルトの刺激と負荷がないと落ち着かないのだった。

 今日も人知れず、腕と足とお腹をぶるぶるさせている。僕の体はジムで鍛えたというほど、立派には見えないけれど、それなりに筋肉らしきものが、ついてきた。


 人には話せないけれど、お風呂上がりに体を確認するのが今、一番の楽しみだ。



 さらに半年が経った。はなまるコーポレーションの藤川さんから電話がかかってきて、後少しで一年が経つ。

 僕の体はすっかり見違えった。(顔や顎周りの肉づきは変わりない)


 ある昼休み、僕は自販機前のスツールに座り、缶コーヒーを飲んでいた。背後に気配を感じ、振り返る。そこには一人の女性がいた。

 僕よりだいぶん年下だろう。小柄でショートカットのヘアスタイルが、彼女の頭部の小ささを強調している。

 その横顔は、リスのような小動物らしい可愛さがあった。僕が飲んでいるものと同じ、缶コーヒーのボタンを押す。出てきた缶コーヒーを手に取ると、僕の斜め向かいに座る。


 お互い缶コーヒーを口にしようと顔を上げると、目が合った。彼女のまん丸の瞳が、僕の顔に穴があくほど、じっと見つめる。


「あの……」

「筋力トレーニングベルトの人ですよね⁈」

「は……⁈」


 思いもよらない彼女の言葉に、間抜けな声が出てしまった。


「私、あの映像見て、すごいなぁと思ってて」

「それは、どうも」


 たぶん、テレビショッピングを見たのだろう。自分の人生の中で、こんなに可愛い子から、すごいなんて言われたのは初めてだった。


◆◆◆


 彼女は総務課に勤める、山下雪乃やましたゆきのと言った。僕が抱いた、リスのような小動物らしいという雰囲気に似合わず、ぐいぐいくる子だった。


 初めて会ったあの日、雪乃は「腹筋見せて下さい!」と言ったのだった。そして、だいぶ見栄えのよくなった僕のお腹を触り、「すごい! すごい!」と連発した。


 筋肉フェチなのか? と思ったけれど、そうではなく

「棚橋さんの、このお腹が好きなんです」と言った。


 自販機前の休憩スペースで、男の腹筋を触る女(女に自分の腹筋を触らせている男)は、セクハラになるんじゃないだろうか……と心配したけれど大丈夫だった。




「あーこれ、肩にも効くわぁ」

 雪乃はそう言いながら、僕の太腿に頭を置いている。僕の太腿には筋力トレーニングベルトが巻いてある。その上に肩が当たるように、雪乃は横になっている。


 僕の腹筋をつんつんと指でつつきながら雪乃は言った。

「もう、ベルトしなくても十分じゃない?」

「いや、俺はこれからも鍛え続けるよ。このベルトのおかげで、雪乃と出会えたんだから」


 雪乃はえへっと笑う。頬がピンク色になっている。

 僕達は3ヶ月前に結婚した。

 筋力トレーニングベルトの振動や負荷がないと、落ち着かなくなってしまったけれど、何よりも尊い人に出会うことができた。僕は今、幸せだ。

呼んでいただき、ありがとうございました。

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