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50.残念令嬢、巻き込まれる

 こうしてフレデリックの行方不明事件は、釈然としないながらも解決したかに見えたが――。

 

 庭師のチャドが他殺体で見つかったのは、その翌日のことだった。

 

「といっても、まだ確定ではないのだが……」


 早朝からノルデンブルクの巡察隊に駆り出されていたイサーク様は、珍しく歯切れの悪い口調だった。


「発見された死体は、指名手配中の結婚詐欺師チャドウィック・ベントン、通称〈(うずら)のチャド〉と判明した。死亡したのは昨日の夕方から夜にかけて。場所はノルデンブルクの色街にある安宿だ。最初はよくある痴情のもつれと思われたが、死体がこのようなものを握りしめていたため、庭師のチャドと同一人物ではないかという疑いが浮上した」


 死体の掌から出てきたものだ、と見せられたのは、黒っぽい染みのついた銀ボタンだった。

 よくよく見れば、表面に飾り文字の「S」の刻印がある。


「お屋敷のお仕着せについているのと同じものです!」


 ルシールが驚いた声を上げた。

 ルシールと私は今、ノルデンブルクの巡察隊本部にいる。

 隣室には、チャドのものとおぼしき死体が置かれているという。

  

「ソロン家に関係のある品物を所持していたことと、死体の左目の下にほくろがあったことから、屋敷の使用人たちに聞き込みを行ったのだが……」


 いざ詳細に訊いてみると、グリムス夫人を筆頭に、臨時雇いの庭師の顔などきちんと憶えている者はいなかった。

 唯一、ルシールだけが生前のチャドと何度か話したことがあり、その関係で死体の身許確認を依頼されたのだ。


「若い娘さんにこんなことをお願いするのは、まことに心苦しいのだが……」

「大丈夫です。死体を見るのはこれが初めてじゃありませんし」


 明るい声で言ったルシールだったが、振り向いて私を見たときには、困ったように眉を下げていた。


「ていうか、私は一人でも全然平気でしたのに。お嬢様まで来ていただくことになるなんて……」

「いやいや、私はあなたの雇い主だからね? 保護者みたいなものだからね?」


 これでも中身は40歳間近(アラフォー)だ。14歳の女の子を、たった一人で変死体と対面させるわけにはいかない。


「――では、どうぞこちらへ」


 巡察隊の騎士と、イサーク様について隣室に入る。

 がらんとした部屋の中央に台があり、灰色の毛布に覆われた人型のふくらみが載っていた。

 イサーク様が先に立って台に近づき、毛布の上部をめくってこちらを振り向く。

 彼女の頭越しにちらりと見えた男の顔は、かなり後退した額の一部が不自然な緑色に変わり、唇も暗緑色に染まっていた。

 前世の葬儀で見た祖父や祖母の死顔とは全然違う、明らかに尋常ではない方法で死んだとわかる人の顔だ。


「はい、チャドさんです。間違いありません」


 ルシールの声に我に返ると、死体はすでに毛布に覆われ、イサーク様が私たちの背中を優しく押すようにしながら、ドアのほうに誘導してくれていた。

 そのまま、元いた部屋も素通りして建物の外に出ると、そこはもうノルデンブルクの街中だ。

 このあたりは前世でいえば官庁街になるのだろうか。涼しげな噴水を囲む広場のあちこちに、飲み物や食べ物を売る屋台が並び、お昼時が近い今、長いローブを羽織った文官らしき人々や、軍服姿の騎士たちが思い思いにくつろいでいた。


「二人とも、気分が悪くなったりしていないだろうか」


 心配そうにのぞきこんでくるイサーク様に、揃って首を横に振る。


「もう少ししたら迎えの馬車を手配するが、それまでここでしばらく休んでいくといい。屋内より気が晴れるだろう」


 そう言うと、イサーク様はすたすたと屋台の方へ歩いていった。

 すらりとした長身に、街路樹の木漏れ日を浴びてアッシュブロンドがきらきらと輝く。


「恰好いいですよねえ……」


 ほっと息をついてルシールが言った。

 ええ、と私も素直に相槌を打つ。


「チャドさんね、あんなふうに生まれたかったんですって」

「え?」


 噴水の縁に腰かけたルシールは、何かを思い出すように、ぽつりぽつりと話しだした。


「チャドさんも私と同じ、貴族の庶子なんです。金髪に生まれてさえいたら、家を継ぐチャンスもあったのにって言ってました。だから髪をブロンドに染めて、貴族の女を片っ端から口説きまくって、あと少しで結婚ってとこまでいったのに……」


 ――そいつも庶子だった。騙してやがったんだ、俺のことを。


 チャドはそう言っていたそうだ。


「ええ? でも、それって……」

「そうなんですよ! お前が言うなって話ですよね!」


 だからバチが当たったんですよ、きっと。

 そう言うルシールに頷きながら、私は全然違うことを考えていた。


 結婚詐欺師が庭師に化けて、お祖父様の屋敷で一体何をしていたのだろう?

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