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33.残念令嬢と秘密の会合

肋骨屋カオル様から、本作初のレビューをいただきました。肋骨屋様、どうもありがとうございました!

『招待状


 明後日の金曜日、ファインズ家でお茶会(ティー・パーティー)を開きます。

 女性だけの気取らない集まりです。

 パトリシア様もぜひいらしてね。

 お返事お待ちしております。


 ジャネット・ファインズ』



「え、普通に嫌なんだけど」


 私は招待状を夕食のテーブルに放り出した。

 あのジャネット主催のお茶会なんて、冗談じゃない。

 しかも「女性だけの気取らない集まり」?


「どうせまたあのいじめっ()三人衆(トリオ)――あ、ミリアがいなくなったから二人組(コンビ)か。とにかく、あの二人に挟まれてあれこれ言われるに決まっているもの」


 オレンジブロンドのジャネット・ファインズ伯爵令嬢と、ハニーブロンドのイモラ・エマニュエル子爵令嬢。

 王立学院時代、パトリシアの心に消えないトラウマを刻みつけてくれたあの二人と仲良くお茶するくらいなら、地獄の高強度インターバルトレー(HIIT)ニングを10周する方がまだマシだ(※ 本当にやったら死にます)。


「どっちみち、明後日の金曜日はもう予定が入っているし」

 

 イアンとフローレンス夫妻から、何やら相談があるとかで、カミーユと工房を訪ねることになっているのだ。


「では、ファインズ様のお茶会はお断りに?」


 とメリサ。


「ええ。後で返事を書くので、あちらに届けておいてちょうだい」

「もったいない。せっかくいただいたご招待ですのに」


 そう嘆くのは家政婦長(ハウスキーパー)のアトキンス夫人だ。

 パトリシアが他家のお茶会に招かれるなんて、宮廷行事や親戚関係をのぞけば、これが初めてだったからだ。

 実際、〈私〉になる前のパトリシアは、この手のお茶会に招かれたくて仕方がなかったようだった。

 

(好きでもない相手とのお茶会なんて、行っても全然楽しくないと思うんだけどなー……)


「第一、たとえ王宮のお茶会だって、うちより美味しいものが出てくるとはとても思えないもの」

「また、そんな。いやですよ、お嬢様ったら」


 料理番(コック)のジョーンズ夫人が照れたように頬を染めるが、執事のピアースは渋い顔をした。


「お嬢様。お茶会は、何も美味しいものを飲み食いするだけの場ではございません。そのような交際を通じて、家同士の繋がりを強化したり、社交界の情報をやりとりしたりするのが本来の目的でございます」

「それはそうかもしれないけどぉ……」


 不服そうな顔をする私に、ピアースは「しかしながら」と続けた。


「このご招待(呼び出し)は明らかに、お嬢様の最近の動向に対するファインズ伯爵家の牽制でございましょう。そうとわかれば、わざわざ相手の陣地(ホーム)に出向いてやる必要はございません。お会いになるのでしたら、あくまでお嬢様に有利な場所をお選びになるのが得策かと」


 え。

 待って、待って。ピアースって執事よね? 家計管理とかが仕事よね?

 なのに、何でそんなさらっと軍師みたいな発言が出てくるの?

 そりゃ、有益なアドバイスはありがたいけども!


(もしかして、リドリー伯爵家(うち)って、実はとんでもなく凄い家だったりする……?)


 ひそかに冷や汗を流しつつ、私は「わ、わかったわ……」とおとなしく頷いたのだった。


 ◇◇◇

 

「本日休業」の札がかかった〈セルドール〉の店内には、イアンとフローレンス様のほか、知らない男女が数人集まっていた。


「実は、人手が足りなくなりまして」


 そう切り出すイアンの顔は、初めて会った時とは別人のように生き生きしている。


「〈強者の鐙〉――例の鍛錬器具については、馬具用の革や金具がそのまま使えますし、作りも単純なので、俺と元からいる職人だけで何とかなるんです。ただ、サンダルのほうが……」


 馬具工房の〈セルドール〉には靴造りのノウハウがない。

 そのため、知り合いの職人たちに声をかけ、新たに雇い入れたという。


「いいじゃない。それで? 相談っていうのは?」

「はい。まずはこちらをご覧ください」


 そう言ってイアンが出してきたのは、色も形も様々な革サンダルだった。

 

 最初に私が発注したグラディエータータイプのバリエーション。

 前世のビーチサンダルのように、親指と人差し指で鼻緒を挟んで履くトングタイプ。

 足首のところをベルトや紐で留めるアンクルストラップスタイル。

 どれもお洒落で、今すぐ街に履いていきたいと思えるようなデザインばかりだ。

 

「すごいわ。これ全部あなたが作ったの?」

「いいえ。作ったのは彼らです」


 店内に集まった男女が一斉に頭を下げた。

 イアンが新たに雇い入れた靴職人達だ。


「あたしら皆、〈セルドール〉と似たような手口でファインズに店を潰されたんで」


 そう言う女性の職人は、彼女が苦労して考案した貴婦人用の室内履きを。

 隣の無骨な男性は〈セルドール〉と専売契約を結んで納めていた乗馬靴を。

 他にも腕利きの職人たちが何人も、苦労して作り上げた商品を、知らないうちに意匠登録されて奪われたそうだ。


「お願いします。あたしらが作ったサンダルも、奴らに盗られないように意匠登録してください!」


 再び頭を下げられた私は、一緒に来ていたカミーユを振り向いた。


「どう思う?」


 意匠登録するのは構わない。でもそれは、ある程度売れるという見込みがあって初めて成り立つ話だ。

 カミーユは「いいじゃない!」と目を輝かせた。


「つまり、このサンダルたちが思いっきり映えるようなドレスを作ればいいんでしょ?〈精霊(ニュンペ)〉シリーズのコレクションとして大々的に売り出せば、うちも儲かって大助かりよ」


 後に――。


 履き心地が良く、長時間歩き回っても足が痛くならない婦人靴を開発したフローレンス・セルドールは、国王から女男爵(バロネス)の位を賜り、〈セルドール〉はケレス王国を代表する一大シューズブランドに成長する。

 そのきっかけを作った一足のサンダルは、今も〈セルドール〉本店のガラスケースに大切に保存されているという――。

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