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24.残念令嬢、運ばれる

 居酒屋(パブ)のドアをくぐった途端、店内の視線がいっせいにこちらを向いた。

 向かって左手にカウンター。右手に粗末な丸テーブルがいくつかあるだけの狭い店だ。

 いかにも地元の常連さんしか来ませんよ、という感じでアウェー感が半端ない。


 しかも、その常連さんたちが見るからに強面(こわもて)というか、胡散臭いというか。

 西部劇で、流れ者が酒場(サルーン)のスイングドアを開けて入ったとたん、『ここは余所者の来る所じゃねえ』とか言って絡んでくる系の人たち、といえば伝わるだろうか。


 とはいえ、いつまでも入口に立ちすくんでいるわけにもいかず、意を決してカウンターに歩いていくと。

 案の定、早速ガラの悪そうな若者が寄ってきた。

 粗末なシャツにぼってりしたズボン。くたびれたハンチング帽の下からは、赤味がかったぼさぼさの金髪が飛び出している。

 若者はだらしなくカウンターに寄りかかり、私のすぐ横に肘をつくと、反射的に目を逸らす私をぐいと下からにらみ上げた。


「よう、お嬢ちゃん。ここはあんたみたいな娘っ子が来るような店じゃ……っ!?」


 見事なまでのテンプレ台詞。

 その途中で、若者はなぜかぎょっとしたように息を呑む。

 何事かと私がそちらを見れば、若者は咄嗟に腕で顔を隠して後退った。

 

「???」


 そんなことをされれば、なおさら興味を持つのが人の常ではなかろうか。

 私がもっとよく見ようと、そちらに踏み出しかけたとき。


 若者が、乱暴に私を突き飛ばした。


 重たい上に体幹よわよわ、さらに片足が浮いた瞬間を狙いすまして押された私は、でっちーん! と音を立てて床に尻餅をつく。

 はずみで、履いていたサンダルの紐がぶちっと切れる音がした。

 まわりの客が慌てたように駆け寄ってくる中、若者は風のように店を飛び出していく。


「バカみてえに見てんじゃねえよ。バーカ!」


 という、いかにも頭の悪そうな捨て台詞を残して。


 ◇◇◇


「可哀想になあ。怪我はなかったかい?」

「……ったく、あの野郎。こんな可愛らしい嬢ちゃんにひでえことしやがる」

「すまねえな。あいつ、今度見たら俺がぶっちめといてやっから」


 ――引き続き、パブ〈王の樽(キングス・バレル)〉にて。


 私は常連客の皆さんから、下にも置かぬもてなしを受けていた。

 目の前のテーブルには、揚げたての白身魚と芋のフライ(フィッシュ&チップス)と、ジョッキに入ったレモネード。

 皿にも、陶製のジョッキにも、王家の紋章が入っている。

 というのも、ここは引退した巡回兵が開いた店で、客もほとんどが非番だったり引退したりした巡回兵の人たちだそうだ。


「王都で〈王の(キングス)〉と名のつく店は大抵そうさ。でなきゃお偉い財務官殿が、嬢ちゃんみたいな別嬪さんを一人でこんな所に置いてくもんかね」

 

 ……第一印象で胡散臭いとか言っちゃってすみませんでした。

 皆さん口は悪いけど、めっちゃいい方ばかりでした。

 ただし私に絡んできたあげく、突き飛ばしていったあんちくしょうは除く!


「BBもなあ。普段はあんなことする奴じゃないんだが」


 どうやらあんちくしょうはBBというらしい。


「おおかた、昔振られた女に嬢ちゃんが似てたとかだろ」


 わはは、と笑い声が上がったところで、イサーク様が戻ってきた。


「待たせてすまない。馬車をつかまえるのに手間取った」

「いいえ、こちらこそお手間を取らせてしまって」

 

 慌てて立とうとした私の足から、ぽとりとサンダルが脱げ落ちる。

 そうだった。さっきBBに突き飛ばされたとき、紐が切れていたのだった。

 それを見たイサーク様は、大股で私に近づいてくると、「失礼」と声をかけるや、私の膝裏と背中に手をかけた。


 ふわっ、と身体が浮き上がる。


「グググ、グスマン様っ!?」


 こここ、これはもしかしなくても、乙女の憧れ、お姫様抱っこというやつでは!?

 いやしかし、華奢でスリムなスタンダードサイズのご令嬢ならともかく、今朝の私の体重は170ポンド(約77kg)、ボクシングでいえばライトヘビー級である。


「申し訳ない。馬車まで我慢してほしい」


 いやいや、我慢が必要なのは、むしろイサーク様のほうですけど!?

 真っ赤になった私の周りで、巡回兵の皆さんがテーブルを叩いたり、口笛を吹いたりして囃したてた。


「いよっ、旦那も隅におけないねえ!」


 まるで、あの雨の日の講堂のように。

 ストロベリーブロンドの令嬢を軽々とお姫様抱っこして、雨の中を颯爽と歩いていった少年の後ろ姿がよみがえる。

 入学式の日、パトリシアに「すっげえでぶ!」と叫んで泣かせたその少年は、ストロベリーブロンドの令嬢――聖女ミリアに骨の髄まで心酔していた。 

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