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17.残念令嬢と財務官(後編)

 王都を南北に貫くリブリア河を境に、街の景観はがらりと変わる。

 王宮を始め、名のある貴族のタウンハウスが集まる西岸は、手入れの行き届いた公園や、美しく整備された街路に洒落たブティックやカフェが立ち並び、いかにもハイソな雰囲気だ。

 これに対し、中規模以下の商店や民家、精肉場や市場や娼館街が無秩序に入り混じる東岸は、活気はあるが場所によっては治安も悪い、混沌としたエリアだった。

 ダリオの倉庫は東岸の、それも――イサーク様によれば――相当ガラの悪い地区にあり、普通なら伯爵家の令嬢が頻繁に出入りするような場所ではないという。


 そんなわけで、YOUは何しに商会へ? というイサーク様のもっともな疑問に答えようと、私が口を開きかけたとき。


「お・待・た・せ!」


 バアン! とオフィスのドアが開き、ピンクブロンドの縦ロールにきんきらきんのラメドレスを着込んだカミーユが、スキップしながら現れた。

 思わず椅子ごと後退るイサーク様には目もくれず、担いできた山のような布地をどどんと床に積み上げる。


「ごめんなさいねえ。あれだけ上物ばっかり見せられると、つい目移りしちゃってぇ。これ全部、つけで買いたいんだけど、いいかしらぁ」

「ああ、いいぜ。何たって、天下のリドリー伯爵家のお嬢さんが後ろ盾だ。間違っても取りっぱぐれはないからな」


 そうなのだ。さっきイサークをやりこめた件で機嫌を良くしたダリオは、つけの件を二つ返事で承知した。


「それじゃ、嬢ちゃん。こいつが保証書だ。ここにサインをもらおうか」


 ――ん?


「保証書? サイン??」

 

 ここへ来て、私はふいに前世のことを思い出す。

 たとえ友人が相手でも、借金の保証人には絶対なるな――。

 私は慌てて保証書の文面に目を通した。


「これって……」


 カミーユが買った商材費、〆て一千万シルを、三ヶ月以内に返済できなかった場合、私がその全額を、利息も含めて肩代わりすることになってる――っ!?

 待って、待って。今回仕入れる布地の予算は、三百万シルのはずでしょう?


「え。でも、いずれは全色買い揃えることになるんだし……」


 無邪気に首を傾げるカミーユに、頭が痛くなってくる。

 

「現時点で確定している注文は、お父様の式典服とシルヴィア様のイブニングドレス、それにカイル様の騎士服一式だけよ。その売上だけで一千万も払えるの?」

「えっと、他にもたくさん注文が来れば……」

「仮に注文が来たとして、返済期限まで三ヶ月しかないのよ。裁断から仕立てまで、全部あなたがやるんでしょ? たったの三ヶ月で、一体何着作れるの?」

「そ、それは……」


 私の見幕に、プロレスラーのようなカミーユの身体が次第に小さくなっていく。


「第一、どうやって追加の注文を取るつもり?」

「そ、そこはほら、アタシの評判を聞きつけた誰かがそのうち……」

「馬鹿っっ‼」


 バアン! と両手でダリオのデスクを叩くと、未記入の保証書がひらりと舞った。

 カミーユが「ひっ!」と縮こまる。


「もうちょっと先のことを考えて行動しなさいよ! そんなんだから、バスケスにいいように搾取されたり、横領の罪を被せられた挙句、〈メゾン・ド・リュバン〉を追い出されたり、挙句の果てに詐欺まがいのやり口で上客を取られちゃったりするのよ! 才能もガタイもあるくせに、何でそんなに悪い奴にボコられ放題になってるのよっ!」


 はあはあはあ。

 荒い息をつきながら、我に返ってあたりを見ると。

 涙目になったカミーユは、ずぶ濡れの小犬のように両肩を抱いて震えており。

 ダリオはにやにや笑いながら、デスクに胡坐をかいており。

 イサーク様は――何やら、考えに耽っているようだった。


「リドリー嬢」

「……はい」


 やっちまった。

 次期侯爵閣下の面前で、めっちゃ怒鳴り散らかしたことに、今さらながら気づいたけれど、どうせ私の評判なんて、落ちるとこまで落ちている。

 開き直って返事をすると、イサーク様から出てきたのは、予想外の言葉だった。

 

「今の話を、もう少し具体的に聞かせてほしい」

「と、おっしゃいますと?」

「君の言葉が事実なら、〈メゾン・ド・リュバン〉のバスケスは、脱税および虚偽の告訴、それに商取引法違反を働いていたことになる。捜査の結果次第では、そこの……あー……」


 縦ロールの髭マッチョに胡乱な眼差しを向けるイサーク様に、「カミーユです」と名前を教えて差し上げる。


「カミーユに、未払いの給金、冤罪に対する賠償金、および顧客を奪われたことに対する損害賠償金が支払われるはずだ。細かい数字は計算してみないとわからないが」


 そこで、イサーク様の唇の端が、かすかに上がったように見えたのは気のせいだろうか。


「……おそらく、合計すれば一千万シルは超えるだろう」


 びりり、と紙を裂く音に振り向けば、ダリオが保証書を真っ二つに破いていた。

 悪党面の商会主は、私と目が合うと「ちっ」と舌打ちしてみせる。


「世間知らずのお嬢ちゃんから、うまいこと(むし)ってやろうと思ったのによ」


 私はカミーユと顔を見合わせ……。

 次の瞬間、手を取り合って歓声を上げた。


 ◇◇◇


 その後――。


〈メゾン・ド・リュバン〉のオーナー、ユーゴ・バスケスは、多くの従業員に対する給与未払い、売上金の横領、その罪をカミーユに被せたこと、他にも山のような余罪がばれて逮捕された。

 訴訟は今も続いているが、賠償金は莫大な額になり、バスケスは〈リュバン〉の店舗も土地も手放さざるを得なくなった。

 結果、いっせいに職を失うことになった〈リュバン〉の従業員を引き取り、分割払いで店を買い取ったカミーユが、彼自身のブティック〈ジョリ・トリシア(可愛いパトリシア)〉を立ち上げるのは、もう少し先のことになる。


 その背後に、脱税・密輸取締局の筆頭捜査官イサーク様の水際立った活躍があったことはいうまでもない――。

これにてSeason 1は完結です。

少しでも面白いと思ってくださった方は、↓の☆☆☆☆☆評価で応援していただけますと、モチベアップに繋がります。

次回からスタートするSeason 2もどうぞお楽しみに!

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[良い点] 現在も絶賛ダイエット中の身としては、胸に迫るもののある、時に涙なしには読めないお話です。 特に『残念令嬢、着手する』の鏡に映った姿を丁寧に丁寧に言葉にしたあの文章は、衝撃でつい目が滑りま…
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