表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/61

11.残念令嬢と縦ロール(後編)

「アタシが採寸したのは、騎士団長のお嬢さんじゃなかった」


 そう言うと、カミーユはまっすぐ私を見た。私と、私がここしばらくずっと着ているダークネイビーのデイドレスを。


「あの日、たまたま泊まりに来ていた伯爵家の令嬢だったのよ」

「――つまり、私ね」


 そうなのだ。

 パトリシアの記憶によれば、ブルクナー家と我が家は昔から仲が良く、シーズンオフは互いの荘園屋敷(マナーハウス)を行ったり来たりする間柄だった。

 去年もそれでブルクナー家に家族ぐるみで滞在していたのだが、その時、確かに採寸された覚えがある。


「でも、あの時採寸に来た人はもっと……」


 めっちゃシュッとしたイケメンだった。

 間違っても、レスラー体型に縦ロールの女装男子じゃない。

 カミーユは手の甲を口に当て、「ほほほ」と笑った。


「やあねえ。お堅い騎士団長様のお屋敷に伺うんだもの。めちゃくちゃ気合入れて身体も絞ったし、お化粧だって落としていったわよ」


 いや、それだけでそんなに印象変わる!?

 私の内心のツッコミをよそに、「けど、わからねえな」と眉をひそめたのはダリオだった。

 

「どうしたらそんな行き違いが起きるんだ?」


 ブルクナー家のお嬢さんに呼ばれたはずのカミーユが、なぜ私の部屋に案内されたのか。


「何もかもこの男のせいよ!」


 カミーユは、ショッキングピンクに塗った爪を、ソファに縮こまるバスケスにびっと突きつけた。


「アタシがブルクナー家に呼ばれたことを知ったこいつは、同じ日に自分の店の人間をあの屋敷に送り込んだの。そして、本物のお嬢さんの採寸はそいつにやらせ、後から来るアタシは伯爵家のお嬢さんのところに案内するように、あらかじめ使用人たちに言っておいたのよ!」


 あの日は大勢の人が屋敷に出入りしていた。

 そんな中で起きた仕立て屋同士の行き違い……。

 幸いカミーユにお咎めはなかったものの、シルヴィア嬢のドレスは結局〈メゾン・ド・リュバン〉が仕立てることになった。

 失意のカミーユは、精魂込めて縫い上げたドレスも残したまま、逃げるようにブルクナー邸を後にしたのである――。

 

「だけど、何より辛かったのは、あの小さなお嬢ちゃんをがっかりさせてしまったことよ」


 その時のことを思い出したのか、カミーユはすんと鼻をすすった。

 黒のアイラインで縁取った大きな瞳に、うっすら涙が浮かんでいる。


「アタシの作るドレスを、あんなに楽しみにしてくれてたのに……」 

「なるほどな」


 話を聞き終えたダリオは、カミーユとバスケスを等分に見比べた。


「事情を聞けば、おまえの怒りももっともだ。それで、こいつをどうしたい? 裏の河に、重石をつけて沈めるか?」

 

 バスケスが「ひいっ!」と悲鳴を上げてソファからずり落ちる。そのままずりずりとこちらに這い寄ってくると、私の膝に縋りついた。


「お、おたっ、お助けください、お嬢様! ここっ、このような者の言うことを、まさか真に受けられるのですかっ!?」

「うーん……」


 私は、腕組みをして考え込んだ。

 状況からみて、カミーユの言葉に嘘はないだろう。

 だけど、バスケスを法的に裁くのはおそらく難しい。

 低賃金で長年こきつかっていたことも、横領の濡れ衣も、すべて店の中だけで起きたことだ。証拠なんていくらでも捏造できるだろうし、それを覆すだけの知識も力も、今の私は持っていない。

 ブルクナー邸で起きたなりすましの件だって、騎士団長にしてみれば、出入りの業者の間で起きた些細な事故に過ぎないわけで。今さら時間と手間をかけて調査し直してくれるかどうか……。


「……もういいわ」


 カミーユが、ふいにそう言って立ち上がった。


「何もかも、今となっては済んだことよ。全部話したら、すっきりしちゃった。それにアナタ。伯爵家のお嬢さん……」

「パトリシア。パトリシア・リドリーよ」


 私が名乗ると、カミーユは微笑んで優雅に一礼した。

 

「レディ・パトリシア。アタシのドレスを、そんなふうに素敵に着てくださってありがとうございます」


 素敵? いや、素敵なのは間違いなくこのドレスのほうだ。

 

「これね。私の一番のお気に入りなの! 着心地はいいし、動きやすいし……」


 言いながら、いいことを思いつく。


「だから、もっと作ってもらえないかしら。今日から、私の着るものは全部あなたにオーダーするわ」

「「えっ」」


 カミーユとバスケスが揃って声を上げる。


「それ本当?」

「本気ですか、お嬢様!」

「もちろんよ」


 私は力強くうなずいた。

 私だけじゃない。お父様の服も仕立ててもらえば、カミーユの店は晴れてリドリー伯爵家の御用達だ。

 彼ほどの腕前なら、すぐに他の貴族の顧客もつくだろう。

 それに……。

 私はちょっと悪い笑いを浮かべて言った。


「でね? 早速だけど、作ってほしいものがあるの……」


 ずっと欲しかったトレーニングウェア。カミーユならさくっと作ってくれるんじゃない?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ