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エルフ、歩く酒樽と話す

すいません……お久しぶりです……

一応ドワーフ達を追い返しはしたが、少し離れた所からガンテツの工房を睨みつける様に見てくる……ドワーフ(ヤツら)の、圧力すら感じる視線が工房を囲んでいるのが、壁越しだというのにわかる。


本当は酒場に持ち込んでそこで試し飲みをしてもらうつもりだったが、命の危険すら感じるのでやむなく工房の店舗部分……基本が注文生産なので受付カウンターと見本の展示スペースくらいしかないので狭い……で、小さな打ち合わせ用のテーブルで行う事にした。


……どんだけだよ……恐ろしいな……日本のウィスキー……そしてドワーフの察知能力……


壁の方を見ていた視線をガンテツへ向けると、コチラも食い入る様にウィスキーの箱を睨んでいる。

お土産で渡したんだから……遠慮無く飲んでくれていいんだけど……?


「なんもわかっとらんな……エルフよ……このような酒を前にして、じっくりと外側から味わうのは当然じゃろうがよ」

「そういうものかな?……ただ……それを作った職人達は、見回すんじゃなくて飲んで欲しいと思ってるんじゃなかな」

「ムウ……エルフのクセに……が、一理あるのか……」


ガンテツはそう言いながら箱に手を伸ばすが……その手が震えている事に気が付いて、忌々しそうに睨んだ。


「おい、俺とした事が緊張しているみてぇだ……代わりにコイツを開けろ」


そう言って弟子の女性ドワーフに声をかけると、女性ドワーフはぶんぶん首を横に振る。

さっきは箱に手を伸ばしていたのに……ガンテツの緊張が伝わったのか、嫌がり始めた。


2人とも震えで中のビンを落としたら、そのまま命を断ちそう……

仕方なく私が箱を開けて中身を取り出す……琥珀色の液体がトロリと揺れる美しい入れ物に、ドワーフ達が息を飲む。


ビンとウィスキー……どちらに反応したのかは分からないけど……

工房の外の気配が……ギシギシと音を立てている様な錯覚を起こす程……濃く、強くなっていく……


外のドワーフ(かれら)は見えてもいないのに、感覚が鋭敏すぎる……


ビンを手渡そうとすると、ガンテツは自分の手を後ろに隠して泣きそうな顔をする……そんな顔初めて見た。

仕方なく1度テーブルに置くと、息がかかるのすら恐れる様に……そっと顔を近づけていって……うっとりと眺めだした。


「…………」


このままだといつまでも眺めていそうだったので、声をかける。


「飲まないの?」

「いや……ワシは、この素晴らしい酒を飲むのにふさわしい器を持っていない事に……今気付いた……あぁ……なんという事だ……」


私は亜空間収納からグラスを取り出して、ビンの横に並べる。

ガンテツは、グラスとウィスキーの間で何度も往復させてから大きく頷いた。


「おぉ……おぉっ!!……コレは……おぉっ!!……」


気に入って貰えたようで……








ーーーーーーーーーーーーーーー








結局私がグラスにウィスキーを注いで、ガンテツの前に置く。

ビンを開けただけで広がる香りで、2人のドワーフがガクガクと震え出す……そんなに?


ガクガク震えるのは、2人だけではなくて……建物……工房も震えている。

多分、周囲のドワーフ達のせいだ……並の建築物に比べても、かなり頑丈なハズなのに……ちょっと怖い。


せっかくなので、私と武光の分も用意する。

もちろん、土産に渡したものとは別のヤツだ……自分の分を減らされたら、2人が泣いちゃうからね……


ガンテツと弟子の女性ドワーフが震える手を伸ばして……一度戻して手を拭いてからそっとグラスを手に取る。

うっとりと眺めてから顔に近づけていって……フワリと登るその香りでなんともだらしない顔に……


直後は真剣な表情になって、グラスに口をつける。


「……おぉ……おぉ……」


呻く様な声だけを発しているガンテツと、無言のギラギラした目が怖い弟子の女性ドワーフ……

弟子の女性ドワーフは、師匠のガンテツに一応(・・)遠慮しているが……その視線で、1人だけウィスキーを楽しむガンテツを貫きそうだ。


私はもう1つグラスを用意して、女性ドワーフへ差し出す。

そしてガンテツの物とは別のビンを取り出して……ガンテツの分を減らすときっと揉める……そこへ注いだ。


女性ドワーフはグラスと私を交互に見て……途中ガンテツの事もチラッと見た。

ガンテツが自分のグラスに夢中になっているのを見て……ガンテツは一瞬私の手に持ったビンを見ていたので、ガンテツの物と違うウィスキーだったら奪おうとしたかもしれない……おずおずと顔をグラスに近づける。


『ふぁ……』


女性ドワーフもその香りに魅了されたようだ。

じっくり香りを楽しんだ後、そっと口をつけると……固まってしまった。


ドワーフの飲む酒は……酒というよりアルコール!!という感じなので、手間と技術をかけた向こうのウィスキーに驚きを隠せないようだ。


いや、実際は味わい深い物も異世界(こっち)にはあるんだけど……ドワーフの消費量には対応出来なくて、専用に作られたのを提供している。


じっくり作ったのも楽しんで欲しいのだが、生産スピードか追いつかなくて……それなりの品は長老クラスの一部だけが楽しんでいた。


ガンテツも長老候補の1人だけど、あくまでも『候補』なので……

ましてや弟子の女性ドワーフは、あと100年は飲む機会の無いソレを口にして、昇天してしまいそうだ。


「リンド……」

「ん〜、先に飲ませたのは失敗だったかな……」


ガンテツに渡した剣の『手入れ』と言うか、それでちょっとやって欲しい事があったんだけどなぁ……








ーーーーーーーーーーーーーーー










結局……一度ウィスキーを取り上げることで、正気に戻ってもらった……

こちらから渡したモノのせいなのに、申し訳ない気分だ……済まない事をした……


「……………………で、注文の話だな……」

「うん、いや……悪いね……ムリヤリ……」

「いや、俺が職人として仕事の話を後回しにしちまったのがいけねぇ……」

「いや……」


ガンテツと私で、自分が悪いと言い合っていたが……先に進まないと武光に言われてしまった。

チラリとガンテツと目を合わせてから、私は亜空間収納から金属のインゴットをいくつか取り出す。


「鉄?……かなり良質なモンだが……お前なら……ミスリルでもなんでも手に入るだろう?」

「ガンテツにはコレで剣を……いや、『カタナ』を打って欲しいんだよ」

「『カタナ』……前にお前が見せてくれたヤツだな?」

「あれは私がでっち上げた……本物とは程遠いシロモノだよ……本物は……」


そう言いながらもう一つ亜空間収納から取り出したのは、御舞家に所蔵されていた日本刀。

武光の家に伝わっていた物だ……美術品と言うより、実用性の高いモノだ。


「ほう……」


ガンテツの目がギラリと光る。

ウィスキーを前にしていた時とは違って別人の様だ。


抜いた時の注意と、鞘に戻す前にしなければならない事を説明すると、ガンテツは深く頷いた。

ならば慣れた者が扱うのが正しいと、本人も尋常では無いレベルの職人であると言うのに、自分で抜く事すらやめた。


武光が紙をくわえてぬるりと鞘から抜くと、ガンテツもそれを真似て私の渡した紙をくわえて……その前に馴染みの無い和紙をマジマジと見ていた。


ギリギリまで顔を寄せて、食い入る様に頷きながら刀を見る。

武光が刀を鞘に戻すまでの手順を見届けて、紙を離してから深く息を吐く。


「いやいや……良いものを見せてもらった……冒険者の使うモノとはまた違う逸品だな……で?……俺に?」

「うん、お願いしたい」

「いやいやいやいや……そっちの世界にもいるだろう?……鍛治の職人?……まぁそういう専門のヤツが」


まぁ……確かにいる……数が極端に減っているとは言え、素晴らしい腕前の刀鍛冶がいる。

ただまぁ……今回は……使う材料が……特殊なのだ……ガンテツの前に出した鉄……それにひと手間加えたモノになる……そうすると性質としてはファンタジー素材に近くなってしまって、そんなモノを扱った事の無い刀鍛冶に使わせるのは変なクセが付いてしまいそうで……申し訳がない……


ガンテツだったらいいのか?……いいのだ。

このドワーフはソレ(・・)を扱った事があるからだ。


「ガンテツには……魔鉄で『カタナ』を打って貰いたい」

「あぁ?」


魔鉄……その名の通り、高純度の魔力に晒された鉄鉱石が、恐ろしく魔力との親和性が高い性質に変化したものだ。


もちろんミスリルの方が魔力に馴染むし、杖などなら魔法の増幅すら可能だ。

ただ、魔鉄には『鉄』としての性質もある……ソレで武器を作れば魔法を纏わせた武器……魔剣を作る事も出来る。


……ただまぁ……


「……ここにあるのはかなり良質とは言え魔鉄じゃねぇ……どうしろってんだ?」

「うん……それはね……」








ーーーーーーーーーーーーーーー









鉄のインゴットを亜空間収納に一度しまって、工房の裏庭……と言っても試し斬りなどをする為の単なる囲いに区切られた空き地だが……そこへ移動する。


インゴットを置いて……着ていたローブを脱ぐと……工房の周囲にいた男達の中の、人間達が私のほぼ隠せていない身体をいやらしい目で見てきて……魔力の威圧で気分が悪そうになっていた。


ドワーフはエルフに欲情する様な『変態』はほぼ(・・)いないので、彼らの関心は鉄のインゴットに向いている。


酒につられて集まったのに、金属があればそっちに注意が逸れるドワーフ達……割りと好きだ。


ドワーフは精霊に好かれているので、私の魔力フル状態でも平然としているが、人間の職人達とドワーフと取り引きに来た商人達はキツそうだ。


それでも私の身体を見てくる男達……スケベ心すげえ……


インゴットに触れて、『服』が壊れる寸前まで充填していた魔力を無理やり流し込む。

自然の環境で、偶然に偶然が重なって起きる現象を、強引に力技で再現する……


破裂寸前まで魔力が押し込まれた『服』……使われている魔石は……今度はどんどん魔力が吸い出されて、ピキピキと嫌な音を立てている……


魔力が足りなかったら、体内の魔力も使わないといけないか……と思っていたら……なんとかなった様で、鉄が魔鉄に変わってくれた。


遠目に見てもドワーフ達からは変化がわかったようで、どよめき……というか雄叫びがあがる。

人間の職人達や、商人達も、ドワーフ達の様子から何かが起こった事に気づいたようで、それを見極めようと身を乗り出している。


周りの全ての人達が注目する中……風に吹かれた私の身体から……灰のようなものが、舞っていく……

ポソリ……と下に落ちたのは……魔石を繋いでいた……糸……


限界を迎えた『服』が……魔石が砕けて粉になった。

何十人もの男達に……無数の視線に晒された私の肩に、武光の手でそっと脱いだローブがかけられた……

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[一言] 泥酔エルフ…(幻覚)
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