エルフ、歩く酒樽に会いにいく
「ドワーフ?」
『島』の私の家の居間でだらだらしていると、武光がポロリと言った。ドワーフを見たことが無い……と。
「ああ、リンドみたいなエルフがいるんだからドワーフも異世界にいるのかな……と」
「あぁ、いるいる……がっちりして、背が低くて、髭モジャで、鉄臭くて酒臭い、仕事終わりには呑みながら、ガハハって笑うヤツ」
私は、異世界で何度も会っているヤツらの事を思い出しながら答えた。
頑固で人の話を聞かないが、一度受け入れるとそいつの為に命までかけてしまう連中だ。
「……会ってみる?」
「できるのか?」
久しぶりに、あの髭モジャ達に会うのもいいだろう……
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王都の外れにある、鍛冶屋たちが集まっている地区……常に火を扱う仕事である為、火災の可能性は大いにある……という事で中心から外れた場所に集中しているし、ほどほどの高さの壁とそこそこの幅の堀が住宅地との間にある。
鍛冶師達は、髭が生える前の赤ん坊じゃねえぞ!!火の扱いをしくじる訳がねぇ!!……彼等は子供の時点で髭が生えてくるので、生えていない時期は本当に小さいウチだけ……と憤慨したのだが、結局固まって暮らす方が便利だったので……材料や……特に彼らの愛してやまない酒を手に入れ易いので……納得した。
そして仕事を始めてしまえば、それ以外はどうでも良くなるのが彼等だ。
彼等を誘致した時の事を思い出して、大変だったと……ため息をつく……
……そう、彼等を呼び寄せたのは私。
『あの子』と共にこの国を作り上げた時に、ここに来てもらったのだ。
エルフという……彼等にとっては『薬草くせえ』私の頼みなど、聴くに値しない雑音で……仕事の邪魔にしかならない。
まぁ、しつこく通って……鉱石や、酒の……可能な限り元の世界のモノを再現した……苦労した……供給を保証してなんとか来て貰ったのだ。
ドワーフの認識では、私は『酒エルフ』になっている。
まぁ……今回も土産として元の世界のモノを持ってきたので、割と正しい認識かもしれない。
私と武光は、その鍛冶師地区を歩いている。
武光は前に来た時の服装……私はお尻が隠れるくらいのローブ……その下は久しぶりに着た『サンバコス』こと、魔石を数珠繋ぎにした衣装?……水着?……まぁそんな感じの要所要所が隠し……きれてない、色々はみ出しかけているソレ。
お尻の前も後ろも一本の線。
魔石には魔力が充填できるので、普通の人は私の事をまじまじと見ようとすると……放出される魔力の塊に触れ続けるせいか、気分が悪くなったりする。
大抵の人は本能的に目を逸らしてしまうので、際どい格好でも……まぁ……耐えられる……
良くまぁ、以前はこんなので平気だったなぁと思う……感覚がエルフ寄りだったからなのか?
今は……まぁ……最近エッチな目で見られるのわかってきたし……
主に武光のせいだけど……この前のコンビニとかの事もあるし……たまにワザと下着けないで外出させられるし……
すれ違う男達の視線が、ローブの隙間からチラ見えする素肌に向けられては……魔力にあてられて目を背けている。
それでも目がいってしまうのは男の本能……まぁ私も『俺』の時だったら見ちゃうと思うしね……
一度日本に帰ってから、周りを威圧する様な魔力の放出はちょっぴり控え目にする様にしてるし、チラ見程度なら出来る。
……それはそれとして、今日のサンバコスは意味がある。
1つは保有している魔力のせいで、無用なトラブルを避けられる……という事。
もう1つは……まぁ、コレは後でいいか……
「……すごい音だな」
「うん、件数多いからね……鍛冶屋」
武光の言葉に、私は頷く。
そこら中鉄を叩く音と、金属の焼ける匂いがする。
一区画、ほぼ鍛冶屋と風呂屋と飯屋だ。
もちろんそれ以外の施設……行政関係などもあるが、ドワーフにとってはないのと同じだ。
鍛冶屋はドワーフ達が親方をしている鍛冶屋、飯屋は仕事終わりに酒を飲む為……彼等は仕事場では飲まない……鍛治にも酒にも失礼だと言っているが……うっかり仕事終わりに飲んだ勢いで、鍛治の神に供えている酒を飲んでしまうからだ……風呂屋はあまり風呂に入らないドワーフ達に耐えかねた私が、『風呂上がりの一杯』が最高であると熱弁して、何件もの銭湯を建設して、習慣にさせた……
風呂に入ってから飯屋に行くと、よく冷えたエールを1杯サービスしたのも大きい。
今では入浴そのものを気に入っている様で、それぞれ店ごとの特色のある風呂屋を楽しんでいるようだ。
まぁ……今は作業真っ最中の時間帯だし、周りからは鉄を叩く音……金属の焼けるニオイがしている。
慣れないと、まともに会話すら難しいね……私と武光は、精霊の補助で普通に話せるし、ニオイも抑えられる。
私は1件の鍛冶屋の出入口を抜けて、中を見回す。
店の奥……作業場からはこの鍛冶屋の親方ドワーフ……『三代目代目ガンテツ』が槌を振るっている音がしている。
『ガンテツ』……という名は、私が転生した時よりもかなり過去の転移者が彼の先祖に付けたものらしい。
どんな意味かは分からねぇと言われたので『テツ』は多分鉄の事で、『ガン』は岩か……頑固……この時は一途の意味と説明した……それをだいぶ気に入っている様だ。
「……いらっしゃい……なんかようすか?」
店先にいた女性ドワーフ……見た目では全く年齢の分からない……ドワーフ基準だと若い……多分……が面倒そうに声をかけてくる。
彼女もドワーフだけあって、鍛治と酒の事で頭がいっぱいだ。
奥で作業中のガンテツの弟子で、本当ならガンテツの横でその仕事を見ていたいだろうに、若手故に店先で来客対応をする様に言われて渋々店番をしているんだろう。
まぁ、ドワーフなのでこんなモノだ。
コレで怒るヤツはドワーフに注文などしてはいけない。
なので普通は人間が対応するものだし、ここにも前に来た時は人間の店員がいたはずだけど……?
店員の彼は、若い割に随分出来た人物だったので……辞めさせられたとかではなさそう……
そう思って聞いてみたら、子供が生まれそうなので家にいるそうだ。
子供かぁ……子供……そっかー……子供ねぇ……
チラッと武光の顔を見る……武光も私のことを見ていた……
身体の奥がきゅうぅぅぅぅぅ……って……なっ……ちゃうよぉ……
「あー、今日はなんすか?」
女性ドワーフに声をかけられて、ハッとなる……
バタバタと挙動不審になるが、取り敢えず武光にドワーフと会わせるのは達成した事に?
いやでも、いかにもドワーフ!といったおっさんドワーフには会ってないし、ガンテツには会わせておきたいな……
私は亜空間収納から、ひと振りの剣を取り出す。
これはガンテツが若い時に鍛えた……『あの子』の剣。
「手入れを頼む」
「あー、親方は忙しいっすから……新たに仕事は……」
「予約はしてあるんだ……ずっと昔にね」
そして続いて私が取り出した物を……まだ箱に入っているそれを見て、女性ドワーフが硬直した。
初めて見るもののはずなのに、ドワーフの本能か……中の物に気づいた様だ……
「……!……おい、リンド……」
「……ん?……ああ……」
武光に言われて気づいたけど、地区全体に響いていた槌の音が消えていた。
「…………」
「触るな!!」
ふらふらと箱に手を伸ばす女性ドワーフを……何者かが、建物全体が揺れる程の大声で怒鳴りつけた。
まぁ……何者かがと言っても、奥の部屋からドスドス歩いてくる髭モジャ以外には無いんだけど……
「ガンテツ……久しぶり」
「……おう、酒エルフか」
汗まみれのドワーフは……私と話をしながらも、視線は箱から離れない。
やっぱりこのドワーフもコレがなんなのか気づいているようだ……土産に持ってきた、日本産のウイスキーに……
ガンテツはかなりの葛藤を見せてから、箱から視線を剥がして私を見る。プロだなぁ………
「手入れだな?」
「うん、お願いしたい……あ、ソレはお土産だから断られても渡すよ?」
「……物だけ貰うなんぞワシの矜恃が許さんわ……」
うんうん……そういうの好き。
「とりあえず」
「ん?」
「そいつらをどうにかしろ」
ガンテツが顎で指した方を見ると……大量のドワーフ達が出入口や、窓にびっしり並んで私達を……正しくはウイスキーの入った箱をギラギラした目で見ていた……
怖……