エルフ、変身する
「こ……これをください」
「はい、コレね」
何気に入った中古玩具を取り扱う店で、小学生くらいの男の子がショーケースの中を指さした。
店長……どこかで見た事ある様な……体格の良い白髪の男性が優しそうな顔で対応している。
男の子が指さした商品は、長く続くヒーローの『2代目』と呼ばれるシリーズ初期のヒーローが使った変身用のアイテムで、番組では主人公がそれを使って輝く巨人になって怪獣と戦うモノだった。
……そう言えば……この店長さん……『初代』に似てるなぁ……そのまま年齢重ねたみたい……
アイテムの玩具は、箱が無いためかそこそこの価格で……と言っても小学生にはちょっと高いかな?……という値段だった。
男の子はじゃらじゃらと『ちょ金ばこ』と書かれた箱から小銭を出して、並べ始めた。
普通は嫌がられそうな小銭での買い物を、店長さんはニコニコしながら対応している。
ざわり……と精霊達が騒いだ。
彼らにとって余り好きでは無い、『何か』が近付いてきているようだ……
店の自動ドアが開く……
姿を消していて……私だけに見える精霊達が、その周辺から……さぁ……っと散って、男の子の周りに集まって行った。
入って来たのはスマホ片手のニヤニヤした男……
スマホをちらちら確認しながら店内の商品を見て、頷いている。
ぶつぶつ言いながら……どことなく偉そうな雰囲気で……ウロウロしていた男がショーケースの空いている場所……男の子が購入する為に店長さんが取ってくれたスペースを見て、不快そうな表情になった……
ぶわりと……湧き上がる黒いモノ……コレも私だけに見える精霊……しかし、悪いモノ……だ……
本来精霊というのは呑気で自由な……それこそ猫の様な性格で……と言っても、個性の違い……興味本位で……強い悪意を持つ存在に近付き過ぎて……染まってしまうモノ……
そうなると、彼ら自身にもどうにも出来なくなって……どんどん醜く、元の姿からかけ離れていく……
そしてイタズラでは済まない……近付いた相手も、自分自身も破滅する様な行動をしてしまう……
男にまとわりつく精霊……黒精霊は、男の中から次々湧いてきて……このままだと取り返しが着かない気がしたので止めてあげたいが……男の感情をどうにかしないと、また同じ事になりそうだ……
そして私には、男がなぜ怒っているのか分からない……
「おい!……それは僕が買うって決めてたんだ!!価値の分からないガキが買うんじゃない!!」
男の吠えた内容で全てわかった……全てわかる程下らない事だ……と、思ってしまった……
「おいオッサン!!……ソレは電話で売るなって言っただろ!!」
「予約も取り置きもウチではしない……と言いましたよね」
「うるさい!!うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!……僕は客だぞ!!」
男の子が怯えた様に、男と店長さんの間で視線をさ迷わせている……
コレはいけない……私は仕方なく前に出る……
私が男の視界に入ると、男の挙動がおかしくなった……
落ち着き無くなり始め……距離をとる……私の方を見ない様にしているようだ……
女と顔を合わせられないのか、黒精霊のせいなのか……あるいは両方か……
男は大人2人には負けると思ったのか……男の子に醜悪な表情の顔を向けて、吐き出すように言う。
「おい……ソイツは僕が買うんだよ……お前みたいなガキが……価値も分からない様なヤツが買ってんじゃねえよ」
「「やめなさい」」
男の子に標的を移した男に私と店長さんの声が同時に出た。
「……ぁ……うっ……るさい!!……」
男を見る私達の視線に耐えられなくなったのか、また男が大きな声を出す。
「くそ!!……あーあ、オッサンもバカだよ……僕みたいなお金を落とす客を拒否しちゃうんだからさぁ……」
「この子の方が先だったからな」
私の言葉は無視。
「あーあーあー……もうイイよ!!そんなのホントは欲しくなかったしさぁ!!……こんな店もう来ねえよ……てめえの店の評価のとこ、最低の店だったって書き込んでやるからな!!」
捨て台詞と共に男が店を出て行って……外からガァン!!と音がした……
悔し紛れに壁を蹴っていった様だ……最低だな……
「お騒がせしました……」
「いえ……大丈夫なんですか?……放っておいて……?」
店長さんが苦笑しながら見せてくれたスマホに早速書き込みがあって、どんな情熱か……SNSにも最低の店としてある事無い事酷い悪口が書き込まれていた……そちらはこの店の事を知っている人からなのか否定されていた。
私もそこに今自分の見た事を一切の脚色無く……伏せる所は伏せたけど……書き込むと、子供を脅すとか!!……恥ずかしい事をするなとか書かれていた。
すっかり怖がらせてしまった男の子に、私と店長さんは笑顔で気にしてはいけないと言って、商品を受け取らせた。
男の子が店を出ていったあと……しばらく店内を見ていた私に、精霊達が……
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精霊達の力を借りて、高速で駆けつけた私の視界に……泣きながら膝から血を流すさっきの男の子がいた。
精霊達が知らせてくれた……さっきの男がこの子を突き飛ばして、変身アイテムを盗んでいった事を……
「探して」
一言だけ言うと精霊達が男を探してくれる。
頭に送られてきた映像にニヤニヤ笑う男……その手には店の袋……男は何も購入していないので、それが盗んだモノだろうと思う……が映る。
男は我慢が出来なかったのか……袋からアイテムを取り出して眺め始めた。
舐める様に眺めた後、それを天にかざし……ニタニタしながら言う……
「変身……なんて……なぁ……え?!……うわっ!!」
男の声に……黒精霊が応える……応えてしまった……
男は全身を黒いモヤに包まれた……苦しいのか、モヤの中から苦しそうな声が聞こえている……
クソっ……もっと早く手を打てば良かった!!……男の後をつけるべきだった……
男のいる場所に駆けつけると、そこには黒い球形の……光を通さない塊があった……
黒い玉はどんどん大きくなっていって……ある程度大きくなると、今度は縦に伸び始める。
見上げる程の長さ……高さに……40mはあるだろうか……黒いモヤは、突然崩れる……いや、形を変えて……人型になっていく……
その姿は……輝く巨人に酷似した……漆黒の巨人……
ヒビのような金色のラインが身体を覆う……憧れのヒーローを汚した姿……
私の目には……その黒い巨人の身体の奥に、あの男が取り込まれているのが見えた。
溺れる様にもがく男は、とても苦しそうだ……自業自得だと思いもするが、黒精霊の活動が活発なったのは……多分私のせいだ。
元々精霊は地球にもいるが、人々がその存在を忘れかけて見えなくなっていた……
ただ、私が地球に来て、精霊達が人の目に触れる事で『存在力』が増してしまっていたと思う。
力を増やしていた精霊達は、自然を守り……命を守る助けになっていたはずだが……それに合わせて黒精霊も増えていた……のかもしれない……
だとすれば……私の責任でもある……
苦い思いで黒い巨人を見上げていたら、それまでぼぉ……っと立っていた巨人が、なにかに気づいた様に私の方を見た。
いや、正しくは……私の周りに集まってきてしまった野次馬立ちを見た……
野次馬達は……見上げる程の巨人がいきなり街中に現れて、驚いてもいるが……緊張感が無い。
スマホを巨人に構えて、ニヤニヤ笑っている者もいる。
……巨人が動いた……ずしりと地面が揺れて転倒する人が出ると……初めて危険だと言う事に気づいたのか、ザワザワとし始める……
野次馬が叫び声をあげると……巨人はビクリと身体を震わせて、そちらを見る……
そしてうるさいとばかりに脚を上げて……野次馬に向かって……踏みつけ……
「わぁああああああああぁぁぁっ!!!!」
られなかった……
漆黒の巨人の脚は、銀色の腕によって止められていた……
黒い巨人に酷似した……いや、この銀色の巨人に漆黒の巨人が似ている……
銀色の巨人……『初代』がそこにいた……『黒』の脚を止めた『初代』は……野次馬の方を見ると、皆一斉に逃げ出した。
野次馬からしたら脅威が2倍になった様に感じたから……かもしれない……
私には、『初代』が悪意のある存在には見えなかったが……
黒い巨人が『初代』を振り払う様にすると、『初代』は簡単に転がされる。
苦しそうな『初代』……癇癪を起こした様に、蹴りを入れる黒い巨人の脚を躱す事も出来ずに、蹴られている。
動けなくなった『初代』……
身体が光に包まれると、そこには白髪の男性……玩具屋の店長さんが倒れていた。
黒い巨人は店長さんには興味が無いようで、店長さんに駆け寄った私の事も気にしていない様だった……
店長さんは荒い息で、苦しそうな顔をしながら私を見る……見た事あると思っていたらこういう事だったのか……
精霊達に店長さんを癒す様に頼みながら、店長さんの横に落ちていた『初代』の変身アイテムを拾い上げる。
ずしりと重い……オモチャとは違う質感のそれを見ていると、店長さんがその上から私の手を握って……
「済まない……あとは……頼む……」
「後って……私が?」
「君なら……出来る……!」
私はアイテムを見て、店長さんを見て……ソレを天にかざしながら叫ぶ!!
「変身っ!!」
アイテムはフラッシュの様に輝き、私の身体が光に包まれた。
変身アイテムと精霊達の力で私の身体は巨大化……肌は銀色の膜の様なものに覆われる。
髪色がエメラルドグリーンに変わって、顔に硬質の仮面の様なモノが被さると『変身』が終了したようだ。
チラリと身体を見ると、ヒーロー達のそれと違って……どう見ても銀色のボディペイントにしか見えない。
もしニュースにでもなったら、全身にモザイクがかかってしまいそうだ。
とっとと終わらせないと、かなり恥ずかしい事になる……
黒い巨人が自分と同じ位のサイズの巨人……痴女?……いやいや……の方を向く。
ジロジロ見られているのが……非常に気まずい……早く倒そう……
ヒーローっぽくクリーンに戦う余裕が無いので、足払いをかけて倒れた所をストンピング!
ガスガス蹴っていたら、視線が……おい、どこ見てるんだ……変態め!
黒い巨人が太ももの奥の方を見ていたので、思わず顔を踏みつける。
ストンピングと今の踏みつけで、黒い巨人からモヤモヤと黒精霊が離れていく。
黒精霊は、巨人から離れると消えていく……
消える直前に白い子猫の姿に変わっていくので、今度は変なモノに興味を持たない様にして欲しい……
黒精霊が離れていくと、黒い巨人も縮んでいく。
それに合わせて私も縮んでいって……ストンピングは続けている……最後の黒精霊がいなくなると、そこには男の子のアイテムを盗んだ男がピクピクと痙攣しながら倒れている。
通報を受けたのか警官がこちらに走ってくる。
私と男を見ると……ぎょっとした様に1度立ち止まって、ゆっくりと近づいてくる……
いやいやお勤めご苦労様です……
警官達は私の事をジロジロ見てくる。
確かに銀色ボディペイントは怪しいよなぁ……と思いながら視線を下に向けると……肌色……
精霊達が離れ過ぎて……銀色ボディペイントが無くなっていた……
慌てて顔に触れるとまだ仮面は残っていた……全裸仮面……
逃げ出した……全裸に銀色仮面で……
その状態で散々逃げ回ってから、収納にしまってある服を着ればいい事に気づいた……
たっぷり人に見られて、ネットに私の身体が晒される事になって、ニュースにもモザイク付きでみんなに見られて……
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「という夢を見たのさ」
「夢かよ」