エルフ、出張修理をする
ゴーレムメイドが手渡してきた手紙を見ると、冒険者組合からだった……
どうやって異世界まで手紙を……構築した郵便用の魔法システムがちゃんと機能しているという事か……
人間用の転移用の『扉』も生きてるし、手紙だっていけるよねえ……
中身を確認すると、組合本部にある訓練用シミュレーション施設の修理をして欲しい……んだそうだ。
元々の設備を作ったのは私だけど……維持の為の整備ゴーレムも、人間の教育もしたんだけどなぁ……
ちゃんとマニュアルも作ったし…秘書ゴーレムが……
多少の修理なら、対応出来るはずなんだけど……すごい壊れ方したのかな……
うーん……やっぱり行ってみないとわからないな……
仕方ない……武光に言っておくかな……異世界に出かけるって……
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「俺も行こう」
「……行きたいの?」
「……俺はお前の『精霊の騎士』だからな……ついて行くのは当然……いや、すまん……本当は行きたいだけだ……」
「……ふーん、私と一緒にいたいからじゃあ無いんだ……そっかぁ……」
俯いて両手で顔を覆う……
焦って近づいて来た武光に、指の隙間からニタリと笑う顔を見せると……
寝室に連れていかれて……一緒にいたいんだと……たっぷり……わからされた。
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「さてさて、異世界にようこそ」
「相変わらず、サクッと来れるな」
「うん」
……いやホント……何度も思うけど、あの時の苦労はなんだったのかと……
転移用の『扉』から出ると、冒険者組合本部の転移用に用意された部屋だ。
この部屋に転移したという連絡が、組合長あたりにいっただろうからこの場で待つ事にする。
私の服装は、こちらの普通の人が着る様なワンピース……ただし、裾はここの常識からすると眉をしかめられそうな長さ……と言うか、短さ。
脚がほとんど露出した、こちらなら娼婦ですら着て歩かない(室内でならわからない……異世界で娼館行った事ないし)痴女の様な格好だ。
まぁ……前はサンバ衣装モドキだったから、見た目は今の方がはるかにマシなんだけど……
隣の武光はちょっと高級な、貴族の5男坊くらいの……下っ端騎士が着てそうな服を着てもらってる。
そこそこいい服を着てもらいつつ……もっといい服だと「こいつと結婚しまーす♡今日からお前達より偉い人になるので、お辞儀をするのだー」と思われかねないので少しめんどくさい。
私も国だと重鎮中の重鎮なので……初代国王の、義理とはいえ母親……
高い情報収集能力のある冒険者組合の本部に、『オトコ』を連れて行ってどうなるか……
独立組織ではあっても、高位貴族との柵を無くす事はまず無理だし……そこに伝えなくてはいけない情報というのはある。
例えば国に大きな影響力がある女性(私の事だね)が、男をつくったとか……
私がいるから他の国に比べたら女性の権利はかなり強い……とは言え全体から見たら男が幅をキかせている世界で……言ってみれば女王の王配が、口を出してくるかもしれない……というのと似ているだろうか……
ともかく彼等は「権力を持った女性の側にいて、それを操ろうとしないとか有り得ない」くらいに思っているだろうし、権力を欲しがらない男がいるとか考えつかない。
まぁ、それだけ私の側に男がいるのは警戒される。
だから普段は周りを性別の無いゴーレムで固めているんだけど……
ちなみに女性達は男達のナワバリ争い……少なくとも力任せのお山の大将になりたがる思考には興味無くて、いい感じで男を動かして美味しい所だけを頂いている。
「そういう乱暴な事は、男共にやらせておけば良いのです……おほほ」
とかそんな感じだ。
ともかく、私が武光を連れてる事を警戒するのは……それによって力関係が変化する……と思っている貴族で、彼等が勝手にそう思うだけ……なのだが、実際にそう思うだけで色々ややこしくなるのは……まぁ……ある。
この際だし……私が生活の中心を異世界に移して、いっその事コチラでは亡くなったとかにしてもらおうかなぁ……
そうなると国葬だし、財務卿とかいい顔しなさそうな気がする……いや、私に対する手当を出さなくて済むと思えば喜ぶのかな?
いっそこっちで費用負担するか?
色々考えていると、部屋の扉がノックされる。
返事をすると、扉を開けたのはガッチリした身体の……背の高い女性。
組合長のジェーンだ。
来たのが私だとわかったのか、組合長自ら来てくれた様だ。
「リンド様……わざわざすみません」
私より……武光よりも、骨格と筋肉で縦にも横にも大きなジェーンは……私に申し訳無さそうに小さくなって、頭を下げていた。
私は軽く手を振って、気にするなと返事をする。
「さて、設備を確認させてもらおうかな」
「あ、いえ……お茶など……」
「今の私……ココにいる事になってないんで、長居しづらいんだよね……」
「え?!」
「ま、そんな訳で要件を済まそうか」
「はぁ……」
先ずは訓練の対象者からすればメインの場所……グラウンドの様な所へ行く。
オーバル形状の……一番近いのは闘技場……だろうか?……まあ、使い方も似たような物だし……周りを壁で覆われた所だ。
ここでは様々なモンスター……野生動物等も入るけど……冒険者が対処する事になる敵の姿を真似るゴーレムとの戦闘訓練ができる場所……なのだが、壁の一部……制御室にあたる所の正面の透明な板が割れて、その奥の制御装置も破壊されていた。
「酷いな……」
「何コレ、どうしたの?」
武光に続いて私が声を上げると、ジェーンがびくりと震えて……恐る恐る私を見てくる。
その様子から一瞬ジェーンが壊したのかと思ってしまったが、ジェーンの戦い方……頑丈なガントレットやブーツを着けての格闘……とは壊れ方が違う気がする……と言うか原因は巨大な戦斧かなんかだよね。
「その……とある方が……訓練させてくれと……」
透明な板はガラスなどではなく……モンスターの素材を加工して、更に私が魔法で限界まで強化した特別製。
並の冒険者では傷一つ付けられないないはずなのだが……見事に粉々になっている。
「怪我人は?」
「いません……窓と制御装置を破壊したところで、刃が止まってくれまして……担当が腰を抜かしましたが」
私は頭を掻きながら話を聞く。
「あ……あのぉ……貴重な設備を破壊してしまって……」
「ん……いや、怪我人がいなくて良かった……むしろ簡単に壊される様なモノを使わせてしまって申し訳無かった」
ジェーンは目を大きく開いて、手をぶんぶんと振る。
「いえっ!!……簡単では無くて……あの……あっ!」
「……?」
ジェーンが私達が入って来た出入口の方を見て声を上げる。
そちらを見ると……子供?……小柄な少女が立っていた……刃渡りの部分だけでその子の身長よりもある……巨大な戦斧を持った美少女が……
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「アンタがココ作ったヒトぉ?」
フワッフワのお菓子のような顔の、ちょんと乗ったイチゴのような唇から、クソ生意気なガキの様な口調の言葉が出てくる。
「勇者の末裔のクリス・テシガワラさんです……S級冒険者の……訓練させろと……その……無理やり……」
ジェーンがぼそぼそと私に耳打ちしてくる。
ほっほー、S級冒険者ねぇ……しかも勇者の末裔かぁ……
S級冒険者と言うのは……まぁ、わかるだろうけど……すっごい偉い冒険者だ。
勇者の末裔ってのは……まぁ……そのまんま、先祖に勇者がいるヤツの事だ……過去に転移してしまって帰るのを諦めたのが、コチラの住民と結ばれた人の子孫の事。
時々先祖帰りでとんでもないのが生まれてくる。
クリスなんちゃらは、アニメの魔法少女の様な可愛らしい顔と服装なのに、表情がまるでそぐわない。
その子……なんか嫌な感じなんで、ソイツでいいか……ソイツは……にちゃにちゃとした笑顔になって、私を見る。
一見ふわふわひらひらの可愛らしい服装は……妙に胸元を強調していて、あざといくらいの大きさの肉の塊で出来た谷間が見えている。
「ごめんねぇ……組合のヤツら簡単には壊れないって言うからさぁ……こんなよわよわザコ施設だなんて知らなかったからァ……あはははははっ!」
中々甲高くて、耳に響く『音』だな……
それはそれとして……私は亜空間収納から何体かゴーレムを取り出し、修理を始めさせる。
ここまで壊れると、さすがに整備用のゴーレムでは荷が重い……
しかし『こういうの』が出てくる様だと、こっちのタイプも常駐させた方が良いだろうか……
「……おい……無視かよ」
美少女の口調が一段悪くなった。
まぁ……こんなのは相手にしない方が……
「君……やめてくれないかな」
「……おっいい男……コホン……はぁい♡わかりましたぁ♡……お兄ちゃん♡」
しつこく絡んでくる『ソレ』をたしなめた武光が、『ソレ』に目をつけられる。
しゅるりと巨大戦斧をどこかに消して……亜空間収納持ちか……両手で武光の手を掴んで、自分の胸元に……アァ?
「ゴメンなさぁい♡……お兄ちゃん♡」
武光の手を自分の無駄肉に押し付けて……武光が離れようとしているのに……クソ怪力でそれをさせない。
私の数倍のサイズのそれは……かなり柔らかい様で、武光の手を包む様に沈ませている。
「……武光が……嫌がっているからやめろ……」
「んふ♡……お兄ちゃん♡……タケミツってゆーんだ♡……お兄ちゃんだって、おっきくて♡やーらかい方が……イイよねぇ♡」
「……そうなのか?!武光?!」
「……そんな事は無い」
「躊躇したぁ!!」
「あははははははははっ♡」
フヒュ!!
つい……打ち出した魔法が、武光と『ソレ』の顔の間を通っていく。
反射的に飛び退いた『ソレ』が私の事を睨みつける。
「おイィ!!尖り耳ィ……今のはシャレにならねえぞぉ!!」
「なに、ちょっと壁の強度テストというヤツだよ」
『ソレ』の向こう側にある壁に拳大の穴が空いている。
『砦崩し』と呼ばれる範囲魔法を拳の直径くらいまで収束したものだ……ドラゴンも2体くらいなら貫通するぞ。
「当ててないんだから問題無いだろう?」
にやにや笑う私
「避け無きゃ当たるコースだったろ!!……オトコ取られそうだからって殺そうとするか?!」
「はっはっはっ……取る気……だったのか?」
「てめぇ!!」
ゴウッ!!
笑っていた私の身体ギリギリ……避けなかったら身体が真っ二つになったであろう空間を、戦斧が通り過ぎていく。
「あはははははははははははっ♡」
「ふははははははははははははははははっ」
笑顔で見つめあう私と『ソレ』……
「「死ねっ!!」」
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「くそぉ……」
「くくく……年季が違うのだよ!!」
唐突に始まったその戦闘?は唐突に終わった。
地面から伸びた触手に、空中で固定された『ソレ』をにやにやしながら眺める。
いくら怪力で、動きが速くても、直線で動く相手を捉えられない程未熟では無い。
それに……ここの設備、私なら制御装置無しで作動させられるから、いくらでも『手』を増やせるんだよね。
制御装置は、あくまで私がいなくても使える様に用意したモノだからね……今みたいに走ってくる相手を転ばせたり、そのまま固定したり……足が地面についてないと力入らんだろ?
「くそぅ……なんかずるい気もするけど……負けは負け……アンタのオトコには手を出さないからもう許してくんない?……設備壊したのも謝るから……」
「設備に関しては、問題点を指摘してもらったとも言えるし……良しとしよう……だが……」
「だが?」
「ひとつ訂正しておく……武光が私のオトコなんじゃない……私が武光のオンナ……だからな」
ちょっと顔を赤くしながら言ったら……ジェーンが……昔の私を知ってるジェーンが、目を丸くしていた……
いいじゃないか……文句あるのか……もう、敵対する国の城の横にクレーター作ったりとかしないくらいには大人しいんだぞ。
まぁ……それはともかく……手を出されないのは良し。
ふんぞり返った私を、皆が呆れた様に見ていた。