エルフ、温泉に行く
温泉地のカタログが置いてある。
一時期から活気の戻りつつある……男の時は武光と野郎二人旅行とかをした温泉地のカタログだ。
なぜ『島』の私の家に……などと思うわけが無く、私が置いたので無ければ……置いたのは武光しかいない。
そう言えば……息子……チックと時々連絡を取りあっているらしい武光が、私とチックが旅の途中で一緒に温泉に入った話をしたらしくて、『温泉……(チラッ)』とやり出すようになって……
お風呂だったら……一緒に入ってるのに……それじゃ嫌って事かな?
まぁ……行きたいって事ならいいかな?
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新幹線とバスを乗り継いで着いた先は、硫黄のニオイが漂う目的地。
車で移動……というのも考えなくは無かったけど……リンドとしては免許を持ってないので、武光1人に運転させる事になるからね……
前世……男の時は、仕事でも使うから免許はあったけど……
『馬車』だと、空を飛ぶのに許可いるしね。
一応前の時は許可を取っている……手続きはやってもらったんだけど……
地上を走るのにも、ナンバー付いてる訳じゃ無し……外交官扱いにしてくれるという話もあったんだけど、優遇が過ぎると野党の人達が攻撃材料が出来たって大喜びしちゃうからね……
それに今回は完全に私用だし……
何気に武光と私がつき合っている……と知られ始めていて……いや、隠してないからね……特に武光が……
人のいる所でも普通に手をつないでくるし……満面の笑みでお姫様抱っこをされた時は、周囲が黄色い声で満たされた。
週刊誌にすっぱ抜かれるどころか、SNSとかで発信していくスタイル……
世界を超える恋愛として、話題になっている……賛否両論あるけど……今のところ肯定的な意見の方が多い。
否定的な意見として多いのが、『議員の息子が将来立候補した時のイメージ作りなの、明白なんですけど……笑』と言うやつ。あと、御舞議員に対しての……『次の選挙の為の票集め戦略なのは、とある筋からの情報で確定しています(キリッ)』と言うのもある……
とある筋って……どこの誰だよ……
実は先日、武光から……自分が政治家にならない事を……父の御舞議員の跡を継がない事を告げられた。
だから無責任な発言など、なんの意味もないのだと……そう言われた。
既に両親には承諾されていて、私はあとからそれを教えられた形だ。
御舞議員も、自分の息子が議員になる事に拘っていなかった……らしい……
……それでも武光はそのための勉強をしていたはずだ……
将来有望な男の、輝かしい未来を捻じ曲げてしまった大きな罪悪感と……それより……私を選んだ……選んでくれたという……じわりじわりと……心に湧き上がる……幸福感……
ダメだと思いながら……密かに喜んでしまうのを止められない……
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道を歩くと、私達に気付いた他の旅行客がこちらをチラチラ見てくる。
尖った耳を持つ女性など、この場所にはおそらく私ひとりで……別の場所になら、確実にもうひとりいるけど……世間の認識では私だけだ……
私達を見ている2人連れの女性達に微笑みながら会釈をすると、2人は意を決した様に近づいて来て「エルフさんですよね?」と、聞かれた。
そうだと伝えると、「お2人の事応援しています!!」言われる。
にこやかな武光が、私の肩を抱き寄せながら礼を言うと……女性達は目を丸くしながら歓声をあげる。
少し会話をして……2人のうち1人が私達がプライベートである事に気付いて、もう1人にもう行こうと言う。
2人とは握手をして別れた。
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旅館に着いて女将に迎えられる。
エルフの私を見ても、顔色一つ変えずに笑顔で対応されて……さすが老舗旅館は違うと思わされる。
ここは……御舞家が何代も前からちょくちょく使っているところで、なんと言うか……お金がある人が泊まるような……少し高級な旅館だ。
武光は、単によく使っているところだから選んだだけらしい。
ちなみに野郎二人旅行の時は、バイトして貯めたお金だけで何とかする……という縛りだったので……『俺』が気を使わなくて済むようにと、武光がそうしてくれた……かなり安い旅館だった……
今回は武光のお誘いで……自分の……か……『彼女』を……連れてきたから……武光が全部出すって……彼女……
彼女かぁ……ふふっ……
案内された部屋は……部屋って言うか……旅館の離れで……家?というくらいの建物だった。
はぁ〜……と、ため息にも似た声を上げながら中を探検していると……ベッドルームとして洋間に改装された部屋があった……
おそろしく高そうなベッドが置いてあって……試しに座ってみると、いい感じ……
そのままベッドに乗って、寝そべってみると……おぉ……硬すぎず、柔らか過ぎず……絶妙……
しばらくベッドの感触を堪能していると……開いた扉の所に武光が立って、こちらを見ていた。
ニヤニヤしながら部屋に入って来て、ベッドの端に座って私を見る。
「んー?、リンドさんはベッドが気になるのかなぁ?……」
「ちっ……違う……違うよ……」
「そうなの?……ベッドで俺の事誘ってたんじゃ……期待しちゃった?」
「……ちょっとしか……してない……」
……高級ベッドは、2人で激しく弾んでも大丈夫だった……
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「むぅ……」
ちょっと流されすぎかなぁ……と思いながら、武光と2人で町の中を色々見て回る。
旅館の浴衣を着て、日本の雰囲気たっぷりの温泉街を歩くと、異世界感の強いエルフ顔は凄い浮いている気がする。
最近は外国人は珍しくは無いのだが……耳の尖ったのはいないので、目立つのは間違い無い。
土産物屋や射的……スマートボール?……駄菓子屋まである……古くからの建物のある場所だけに、昭和を感じさせる方向になっている様だ。
日本人でも、今どき駄菓子屋などはほとんど見る事がないので、珍しさもあって結構人がいる。
以前来た時はこうじゃなかったので、こっちの方が受けると判断したんだろうと思う。
射的屋に入ってみると、若い人達から年配の人……外国人旅行者達が楽しそうに的を狙っては、盛り上がっていた。
太鼓の音と、「あた〜り〜」と言う声がすると、歓声が上がる。
店内は半分がコルクの弾を撃ち出すライフル、もう半分がおもちゃの弓で的に当てる様になっていて、お客は好きな方で遊んでいる。
景品はお菓子。
「どっちでやる?」
「両方……とりあえず弓かな」
武光に答えながら弓の的当ての受付で、適当な弓と矢をまとめて受け取る。
弓は正直かなりちゃちな作りで……まぁ、ホンモノなんて危ないし、そもそもマトモに飛ばせるかと言う……
飛距離も怪しくて、皆……山のような軌道で矢を飛ばしている。
試しに1本飛ばしてみると、的の中心から数cm下に当たった……うん。
私は1本をつがえながらもう1本を指に挟み、武光にそれ以降の矢を渡して、どんどん渡すように頼んだ。
武光が頷いたのを確認して、矢を飛ばす……当たり。
どんどん「あた〜り〜」
命中の声を聞きながら、次々矢を射る……中心に残り全部が当たると、「あた、あたあたあたあたあたあた……!」と、どこかの世紀末救世主伝説の様に太鼓係が声を上げる。
「ふむ……」
「うぉ……すげぇ……エルフさん?」
「生で初めて見た……」
お……注目浴びてるな。
まぁ……当たり前か……温泉街にエルフだもんな……
しばらくザワついたあと、いっせいに拍手が起きる。
私はどーもどーもと手を振った後、景品のお菓子……アーモンド入のチョコレートをいくつも貰った。
袋も貰えたので、それに入れる。
ガサガサと音を立てながら、今度はコルク銃の方へ行く。
小さな的がいくつも立ててあって、狙いにくさで点数がついている。
アレを倒せば当たった事になるのか……まぁ、やってみようかな……
「エルフさん……そっちも行くのか……」
「またすげぇの見せてくれるんかな?」
期待の混じった声を聞きながら、ライフルを受け取る。
こっちは弓と違って、そこそこリアルな作りで……サイズなんかもそれっぽい感じがする。
……弓は馴染みがあるけど、ライフルは良く知らないから……そう思うだけかもしれないけど……
コルクの弾を詰めて、引き金を引く……
ポンッ
飛んでいくのが目で追える程のスピードで、弾が的に向かって……行かなかった……
思ったのと違う方向……なんでそっちへ飛ぶのか……ペちっと壁に当たって、下に落ちた。
「むぅ……」
何度か試すと一応前にはいくが、的を倒すまでにはならない。
……これはひどい……
なにかコツの様なモノでもあるのかと周りを見ると……人がそれ以上前に行かない様になのか、設置してあるカウンターに乗り上がるようにしている人がいる。
……アレで少しでも近くから当てて、足りない威力を稼いでいるのかな?
他の人を真似してカウンターに乗り、前のめりの姿勢で的を狙う。
カウンターの横に立っている店員が、私の事をニヤニヤしながら見ている……やっぱり変だったか……
なんか小さい声で「……うぉ…ノー…ラ……」とか言ってるけど……よく聞こえないな……きっと笑われてるんだろう……
とは言え……もうここまでしてしまった以上、ヤケクソだ……当たるまで頑張る。
少しづつ姿勢を変えて何発か撃つと、やっと低い点数の的が倒れる……はぁ……コレで良しとしよう……
カウンターから降りると……浴衣がはだけて、かなり肌が見えてしまっていた。
武光が直してくれるが……耳元に口を寄せて来て……「下……着てないのか?」と聞かれた。
「ん?……いや、ちゃんと着……むぅ?」
パタパタと身体に触ると……アレ?
「あ……あの時……」
ベッドの弾力を……武光とチェックした時……シャワー浴びて……浴衣……そのまま着てたな……
武光にふざけて「セクシー♡」とかポーズとって……チラチラ見せてたら……武光が……いや、うん……
あ……店員が私の事見てたのって……
店員に顔を向けると、目を逸らされた……
見られたか……バタバタしてたから……かなり見られちゃったかも……
失敗したな……と思っていると……ん?……武光?……いや、手を掴んで……
「無防備……我慢出来ない……」
旅館まで連れ帰られた私は……
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ベッドの上で目を覚ました私は、ノロノロと身を起こした……
無防備なのはイケナイ……ということをたっぷりわからされて、身体は少しダルい。
武光の姿が見えないので、周囲を『探る』と……精霊達が、離れ専用に作られている露天風呂にいる事を教えてくれた。
……私もお風呂……入りたい……身体ベタベタしてるし……
ふらふら歩いて武光のいる所へ向かった。
服は……服は着ていない……お風呂入るし……いいや……
簡単な脱衣場から露天風呂に向かうと、外はもう夜で……結構時間が経つていたんだなと気付かされた……
ぺたぺたお湯に浸かっている武光に近づくと、武光は私に気付いて……軽く目を見開いて……
「リンド……綺麗だ……」
「うっ……く……真顔で言うな……」
「真剣な気持ちで言ってるんだから、真顔なのは当然だ」
「む……ぅ……」
身体を軽く洗って……ベタベタだったから……武光の横に並んでお湯に浸かる。
肩が触れ合って、お湯の熱とは違う……好ましい温度……体温……を感じる……
「武光……」
「ん?」
「私の事……受け入れてくれて……ありがとう……男だった相手を好きだって言ってくれて……」
「こちらこそ、ありがとう……だ……俺なんて元男に好きだって言って受け入れて貰ったんだぜ?」
ふふっ……
「あ〜、そうだなぁ……うん……アレだよ……これからもよろしく」
「こちらこそよろしく」
武光と私の視線が絡み合って……それから……