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作者: 榊原 秀輝

亡き父に捧げる

7月17日 あなたの息子より

音は俺の心を躍らせる。うまく言えないけれど心臓にズドーンと鳴り響くような時もあるし、心のドアを優しくノックするようなリズムを奏でてくれる時もある。勉強する時だっていつでも俺は音を聞きながら足や指でイカしたビートを感じている。どんな時でも俺は音を感じていた。去年だってそうだった。狭苦しい病院の個室の中で俺は親父のためにウクレレを弾いてやった。親父がガンだって聞いた時俺はそこまで驚かなかった。

 親父は俺の小さい頃からタバコもガンガン吸うし、お酒だって溺れるように飲んでた。カップラーメンは毎晩食ってたし、飲み会で毎日夜遅くに帰っていた。母さんが注意したってやめる気配は一切ないし、母さんが泣きながら俺の部屋で離婚しようか迷ってるとこぼした時もあった。俺たちは親父のことを当然嫌い、俺は親父に死んで欲しかった。

 去年の春から親父が病院で寝たきりになった。初めて面会した時、親父の中太りな体はぬいぐるみの綿が抜かれたような身体となっていた。弟や姉ちゃんは泣きながら父に寄り添って今までの態度を謝罪した。俺は困惑と共に熱い何かが身体中をよぎったが、

『元気そうじゃん。』

と一言死ぬきで絞り出した笑顔で言った。

 それから俺たちは何日も通い詰めた。途中から交代で病院に泊まることになり、俺も泊まった。親父はみんなの話を楽しそうにきいている様子だった。だけどレスキューが入る回数が増え、俺たちは担当医に呼ばれた。救命措置はもうとらないとの同意を求められた。その日の家族会議は難航し、何度も俺は怒鳴った。だが結局親父には何も伝えなかった。

 みんなのつくり笑いがうまくなった頃、一人一人が親父と話す機会を設けた。俺は何を話すべきなのか分からず、スマホにひたすら話したいことをメモしまくった。だけど全て水の泡となってしまった。

 『泣くのはやめ〜て〜♪』

親父から誕生日にもらった白いイヤホンでサザンを聴きながら、寒空の下、川沿いを歩いていた。夕暮れの川は金色の輝きを放ち、俺の目を焼きつける。泣きたいわけでもなく、歩き疲れたわけでもなく、嬉しいわけでもないこの感情は決して言葉では表せられない。

 突然イヤホンに電話音が鳴り響いた。俺は右耳のイヤホンを押し応答した。

『母さん?今帰ってるから…』

『もしもし秀か?』

その声は紛れもない親父の声だった。

『親父?…いや何で?…ありえねえし、は?』

『時間がないからよく聞け秀』

俺は訳がわからなかった。死んだはずの父親の声がイヤホンを通して聞こえてくる。

『いいか今から…』

『全然よくねえし、親父今どこなんだよ。俺今も親父のこと探してたんだ。』

気づくと俺の足は地面を思い切り踏み蹴って進んでいた。

『親父俺まだまだ親父にひいてやりてえ曲たくさんあんだよ。俺一生懸命練習したんだ。サザンにビーズにボウイ?だって弾けれるんだ。あとさ俺親父に死んでほしいなんて言ったことあるけど、本心じゃないから、これからは親父の好きな酒だってタバコだって何本でも許してやるよ。あとは…あとは…あとは…』

白い息を吐きながら笑って走っていた顔から、熱い雫が流れ出た。俺はその場で蹲った、

『秀…今から言うことちゃんと聞け、お前は男なんだから姉ちゃんをしっかり助けてやれ、輝樹の面倒を見ろ、あとは母さんを慰めてやりなさい。俺はお前が道外さないように上から見とくから、俺だってお前のスーツ姿を見たかった。タキシードだって。お前が弾くギターと駅前で勝負してみたかった。お前と酒を飲みたかった。あとは…お前の子供も見てみたかった。』

涙がとまらない。とまらない。とまらない。あふれ出ては溢れていく。何度も拭っているのに金色の眩い光は揺れている。

『じゃあな…ギター続けろよ』

『待てよクソ親父!反面教師のまま死んでいくのかよ。まだ何も俺は正しい事何一つ教わってないんだ。一人でカッコつけて死ぬのかよ!おい!』

 気づいたら俺はベッドの中で右手を上げていた。顔中にまだ温かな雫が飛び散っていた。右手の中には白いイヤホンが片っぽ握り締められていて、俺は右耳に押し込んだ。親父の大好きなサザンが微かに聞こえてくる。その途端親父の姿が思い浮かんだ。俺の身体を洗ってくれている姿、俺と一緒にサッカーをしている姿、俺と一緒にマックで嬉しそうにポテトを食べている姿、俺のギターと一緒に歌っている姿、一時回復しリハビリのために病院内を歩き回っている姿、俺が親父の硬まった身体を病院で拭いている姿。

 俺は一言だけ枯れかけた声で呟いた。

『ありがとう』


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