後編
だまされたわ。修二め。
だって私のお気に入りのクッションとおもちゃがそこにあったんだもの。
飛び込んでじゃれてたら、あっという間に閉じ込められちゃった。
「うにゃーーっ! にゃーーっ!!!!」
ちょっと修二! 狭いわ! 暑いわ! 暗いわ! どうにかしてちょうだい!!
私はしましま越しに自慢の爪を立てたけど、痛いばっかりで全然びくともしない。
あ、暗いのは平気だったわ。夜は修二と一緒に寝ちゃうから夜目が効くのをすっかり忘れてた。
「お行儀よくするんだぞ、さくら。うーん、やっぱりケージを機内持ち込みできる飛行機の方が良かったかなぁ……」
しましまの隙間からまぐろチュルルンを差し出されたから、ペロペロ舐めちゃった。
ふんだ。こんなので機嫌を取ろうったって、そうはいかないのよ。
あー、おいし。
「柳沢様。貨物室までは通常の室内でお預かりしますし、貨物室も室温は客室と同等を保っています。ご安心ください」
「すみません、お願いします。ちょっとだけお留守番だ。頼むぞさくら」
という事があって、今は目もくらむほど高い場所にいるの。
お気に入りの窓からは桜が見えない。ここはずーっと夏の“シンガポール”と言う国で、私達はここでしばらく暮らすんだって修二が教えてくれた。
ここには真帆じゃない女の人がいた。正直苦手なタイプよ。だって事あるごとに「サクーラ、サクーラ!!」っておっきな声で呼ぶんだもの。
あーあ。真帆ならもっと優しく呼んでくれるのに。どうして真帆はいないのかしら。
まだ箱の中から出られないのね。早く出してあげないと、修二の元気が底をつきちゃう。
私は今日も箱に向かって元気に猫パンチ。今度の敵は厄介なことに頑張って飛ばないと手が届かないの。
『サクーラ危なーい! 困った猫ちゃん』
だから私の名前は“サクーラ”じゃない、“さくら”よ。その変な“ー”、外しなさーーい!!
※ ※ ※
シンガポールという国に来てからどのくらい経ったかわからない。
全然寒くならないし、あの箱は修二とちがう言葉をしゃべるから内容なんてわからないし、鳥すらベランダに来ない。
修二もだんだん家に帰ってこなくなって、あの変な女と一緒の日が続いた。
「ぅにゃぁ~~っ! にゃーーーーっ! なーーーーっ!」
修二! 真帆!!
どこなの? 会いたいよ! 早く撫でて! 撫でてくれるなら大好きなまぐろチュルルンも我慢するから。
早く帰ってきて、さくらって呼んでよ!
『オー。サクーラ。修二に会えなくて寂しいのね。マスターが戻るまで一緒に遊ぼうか?』
女はひらひらと猫じゃらしを振るけど、全然そそられない。
私はお気に入りのクッションの上で丸くなって目を閉じた。
眠ったらきっと夢で二人がさくらって呼んで、いっぱい撫でてくれる。
……全然寂しくなんて、ないんだから。。。
※ ※ ※
夢かと思った。だっておっきな手が私を撫でてるんだもの。
夢なら覚めたくたないって、そうーーっと目を開けたら、修二が私を撫でてくれていた。
私、大人だもん。泣かないもん。勝手に涙が出てくるだけだもん。
「にゃぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ! なーーーーーーーーーーーーーーっ!」
修二、修二だ!! 修二が帰って来てくれた!!!!
私は子供みたいに泣いて、修二をふみふみした。
修二のバカバカ。寂しかったよ。また捨てられちゃうって、ずっと怖かったの。
「ほんとごめんな、さくら。一人ぼっちで寂しかったな。こっちの仕事も終わったよ。日本に帰ろう!」
修二はまた私のクッションを入れた箱を目の前に置いた。
そこはもう知ってる。入らないもんねーー。
「ほーら、さくら。新作のねずみだ。楽しいぞ!」
修二はぽーんと箱の中にねずみを投げ込んだ。
わーい! って追いかけて咥えたら。
「かしゃん」と音がして、またしましまに閉じ込められた。
修二とはもう二度と、絶対、一生、口利かないっっ!!
私は苛立ちと共にがじがじとねずみに噛みついてると、
「ほーら。お前の大好きなまぐろチュルルンだ。食べるか?」
って、修二は隙間からひらひらさせた。
食べる!! 食べるわよ!!
今日はお代わりも寄越しなさいよ!!
※ ※ ※
箱の中で何度か眠ったり、起きたり、ねずみをかじったりしてるうち、修二がまぐろチュルルンを持って現れた。
修二はまぐろチュルルンを食べ終えた私を箱から出して抱っこし、大きなお花を手にどこかをてくてくと歩く。
くん、と鼻にはさくらの花の匂い。
でもいつもの公園じゃない場所だ。見覚えのない景色だけど懐かしい。
ここがどこかを知りたいのに、見えるのはたくさんの人の背中ばっかりだ。
全然前が見えないじゃない。
「“美羽”のラスト、お願いしまーーす!!」
たくさんの人間がばらばらと動いて、私の目の前がようやく開けた。
「3・2・1……アクション!」
ぶわりと強い風が吹いて桜を揺らすと花びらが散って、女の人が振り返った。
私と女の人の目が合い、女の人はとても綺麗に笑って、ゆっくりと瞬きをした。
「にゃっ!! みゃっ!!」
真帆だ! 真帆も帰って来てくれたよ、修二!!
「カットぉ~~! いい表情だった。お疲れ、真帆ちゃん」
私は修二の腕を抜け出して、一目散に真帆の元に駆け寄り、ぴょんと飛び上がって真帆に抱き着いた。
「うにゃっ。にゃっ!!にゃっ!!!!」
真帆、真帆!! 抱っこして! いっぱい撫でて! 今までの分もいっぱい……いっぱい!!
私は嬉しくって、ペロペロと真帆を舐めまくった。
うえ、真帆の顔から何か変な味がする。ま、いっかぁ!!
「お帰り、さくら。私を覚えててくれたのね。お帰りなさい、修二さん!」
今度は私の知っている、お日様みたいな真帆の笑い顔だった。
忘れる訳ないじゃない! ずーーっと待ってたんだよ、私。
「ただいま。真帆、クランクアップおめでとう」
修二は大きなお花を真帆に渡した。
「真帆は覚えてる? 真帆はキャスト、僕は宣伝担当で一緒のクレジットに並びたいって」
「覚えてる。夢が叶ったら……」
「結婚しよう。これからは僕と真帆と……」
「さくらもずっと一緒にね」
真帆も修二も大好きなまぐろチュルルンみたいにすっかりとろけた顔で一緒に私を撫でてくれる。
「にゃっ!!!!」
私の名前はさくら。
修二と真帆とまぐろチュルルンが大好きな、世界一幸せな黒猫なのよ!!
【おしまい】