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4:海賊星の凋落


 ――キングは星の荒海を生きてきた。

 数少ないオスとして生まれ、メスを求めて旅立った、不安と希望に満ち満ちたあの日こそが、今に至る彼の栄光の原点だ。

 多くのオスが交尾のチャンスもなく散っていく中、キングは最上のメスと出会い、巣をつくり、多くの卵を授かった。

 だが、この程度では満足しない。

 星の大海に乗り出して力尽き、波に呑まれていった者、膨大多数。彼らが失うのは大抵、おのが命と付随するあれやこれや。すなわち家族や財産、信頼や理想、生きるしがらみのほんの一切。

 それは謀略と暴力、星の連邦社会の倣いであり、非文化された些細なルールだ。大成功か、完全なる破滅か。勝利に必要なのは、能力と、運と、もうひとつ。それは他愛の無い精神疾患――冷酷さだ。

 だからこそ、彼は成功者だった。

 己が才覚を自覚してなお、キングは勉学に励み、努力を惜しまず、あがいてあがいて上を目指した。利となるあらゆるものへ貪欲となり、欲望を叶える為にあらゆる手段を厭わなかった。すなわち、踏みつけ、苦しめ、他者を餌にし、沸き起こる怨嗟をすら糧にして。

 だからこそ、彼は築き上げることができたのだ――

 ――海賊衛星【クロノボロス】を!

 ここは銀河星間帝国のただ中にあって、広大な暗黒宙域に息を潜める悪名高き宇宙海賊の一大拠点。で、ありながら、文明レベルは数多の知的星系文明圏に勝るとも劣るものではない。

 いや、治安の良さと快適さで言えば、例を見ぬほど優れた位置にあるかもしれない。なぜなら、この小さな星に住まう既に数百万に及ぶ構成員は、全てキングの子孫なのだから。

 それでいて、彼の欲望は底が知れない。もっと、もっと多くの力を!銀河すら手中にする、強大な力を我の手に!

「この手に神星天邪(キノマ・クノリス)の冷酷なる力を!」


 なのに、今や――キングは死にかけている。

 遂に、冷酷な運命の刃が彼を捉えたのか?それは応にして否。一族の誰よりも長かった寿命が、遂に彼へと追いついたのだ。

 死の床に就く彼の姿は、星で最も堅固な塔の天辺にあって、最も華美で豪奢な部屋にある。

「――我らがキングに、偉大なる力を!」

 深く深く頭を垂れ、重々しく唱和するのは将来有望な海賊幹部たち。

 その錚々たる顔ぶれを寝台から見下ろしたキングは、満足げに口元を歪めた。

 ――この星の紫紺の空は、常に無窮とは言い難い。

 例えば地に立つ者に覆い被さんばかりの圧迫感を与える、膨大無数の天差す高層塔の群れ。宇宙まで繋がる無数のレーザーライナー――それをを基軸に大小数多の船艇が往来し、一瞬たりとも動きが止まることが無い。空そのものすら、巨大な宇宙要塞が全天の三分の一ばかりの視界を制し、夜に煌く満天の光芒とて、人工で無い輝きは僅かだった。

 そして、寝台の左右に立ち並ぶは、頼りになる一族の凶悪な幹部達。いずれも暴力と謀略に長け、やがて我らが勢力をなお拡大し、宇宙に覇を唱えていくであろう未来の冷酷なる成功者達。

 だが、死に瀕してなお、キングは己が欲望を留めはしない。

 なにしろ、手に入れたのだ。若き頃から彼がずっと切望し、探し求め、そして成功を得た果てに、ひょんなことで舞い込んできた『破壊の具現』の片割れを。

 ああ、偉大なる神星天邪(キノマ・クノリス)

かつて宇宙中の数多の文明を滅ぼすに至り、次なる破壊のときを待つ、まどろむ『宇宙の絶対暴力』。

 彼が手に入れたのは、正確にはその卵と言うべきものだった。

 しかも、完全ではない。

 地球で言うなればガチョウの卵の形と大きさを持った、澄み切った黄色く光る鉱石。表面には解読不可能な金の模様が多重に浮かび、まるで見つめ返してくるような確かな光と力場を溢れさせる神秘のパワーを溢れさせ、しかし半ばで艶やかな断面を見せて真っ二つになっている。

 手に取るだけでなぜか理解できた。この邪神の卵の使い方を。そしてもうひとつの片割れを得て完全な形になった時、生まれ出でる偉大なる滅びの力を。

 卵はつい先日、神秘の力を介して、その片割れの在処をキングへと教授した。これまで慎重に遮蔽されてきたものが、なぜか顕わになったらしい。

 運命だ!と彼は狂喜した。運命が!我に力を与えようと手助けしてくれているのだ、と。

 場所はたった500光年ばかり向こう。遠すぎるほど遠くはない。信頼する遠征調査隊を派遣したのも、先日の話だ。奴らならば、確実に狙った代物を持ち帰ってきてくれるに違いない。

 しかし――

(完全な形で手に入れたら)

どうするだろうか、と彼は胸中で自問する。だが、答えは出ない。

 暴力は、使うだけが能ではない。持っているだけで、あるいは持っていると思われるだけで、それは十分に効果を発揮する。

 彼は、その力の入手を心の底から望んでいたが、そのものの行使はもはや望んでなどいなかった。

 それは幸せなことだと一方で彼は思う――破壊によって権力を得た彼が、なんと秩序を望むようになったのだ。

 これまで彼はひたすら貪欲だった。

だが、彼はこの時、初めて大事なものに気づけたのだ。

 愛すべき家族(ファミリー)、大切な衛星(ホーム)。永遠に尊ばれ、存続するべき我が一族を。

 宇宙を手に入れる――!

 痩せ細ったひびの入った指を、キングはぐっと握りしめた。もうすぐ我が物となる邪神の力を背後に背負い、銀河星間帝国を言いなりとし、艦隊を!星系を!そしてついには銀河そのものをこの手にするのだ!


【うわあッ!】

 突然の部屋中のどよめきに、キングの思考は現実に引き戻された。

【?】

 見ると、泰然自若であるべき次代の後継者達が、驚き慌てて窓の外を見つめている。

 ――未熟者どもが。

 キングは毒つきながら、のろのろと窓の方へと視線を向ける。くそ、これでは儂はまだまだ死ねぬ……。

【うひょおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーッッッッッ!】

 だが次の瞬間、キングは全身から体液を噴出させて驚愕したのだった。離れた場所に立つ、地表八百階に達する宇宙ポートのエレベーター塔――それが爆炎を放ちながら根元から折れ、切っ先がまっすぐこの建物へと振り下ろされてくるのだ!

 この聖城塔は、惑星一番の強固な塔だ。だが、防禦に絶対はない。あれだけの質量がぶつかれば、外界バリアもオーバーロード間違いない!

 ベッド内蔵のコンピューターが、唐突に警告を発した。《心拍数がイジョウです。鎮静剤をトウヨします》

『いらん!』

 ――とか色々わたわた思うだけでなんら有効な手を打てぬままに、巨大塔が見る見る影を落とし――

 チュッ!ドオオオオオオオオォォォォォォォォーーーーーーンンッッッッッ!

 破れたバリアの閃光と轟音が鳴り響き、続けて大震動が襲い掛かった!巨大な窓ガラスが全て粉々に砕け散り、安定性の高いアリ人達の肉体すらコロコロと転がっていく。

【ぬんオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーッッッッッ!】

 ゆさッ!ゆさッ!と部屋全体が揺さぶられる中、キングはベッド柵に掴まって衝撃に耐えていた。  

 揺れはじきに収まった。この星一番の強固な塔は、耐震設計も抜群だ。そして沈静化したとみるや、素早く毛布と羽毛の掛け布団を剥いで起き上がり、彼は王としての威厳を示そうとした。

 ――まばゆい光芒が広大な室内を駆け巡ったのは、その直後だ。

【……え?】

 キングはまばたきした。

 大切な大切な部下たちが、全員倒れ伏している。

 いや、倒れているだけではない、何人もが胴から下を断ち切られ、ビクビクと最後の断末魔を感じさせて痙攣している。

 そして、その中心には見慣れないものが一つ、存在していた。

 ――白い。

 最初に抱いた感想がそれだった。

 そんなに大きくはない。小柄なキングと、大して大きさは違わない。

 だが、頭部は非常に小さかった。脚も併せて4本しかなく、まっすぐなだらかに直立している。外骨格を備えておらず、体表は柔軟性を帯びているようだ。明らかにクロノボロス人ではない。

 そして、背には2対4枚の白い羽。

(見たことのない奴……だが……)

 しかし、

(なんだ……?)キングはうすら寒い思いに、冷や汗を滲ませていた。(このおぞましい気配は……儂が……威圧……されているのか……?)

 思えば、この容姿、どこかで聞いたことがある。それも非常に――極めて非常に悪い意味で……。

「……あら?」

 いまさら気付いた振りをして、白い来訪者は首だけを曲げて明るく澄んだ目をキングへと向けた。その手には、金色に輝くメリケンサック状の輪が握られている。どうやら武器のようだが――。

【何者だ】

 威厳を取り繕って、キングは重々しく誰何した。

 同時に、ベッドが再び骨格電動スピーカーごしにこっそり囁く。《心拍数がイジョウです。鎮静剤をトウヨします》

【……】キングは手探りでベッドの電源を切って続けた。【我が聖城に足を踏み入れた以上、容易く帰してやるわけにはいかぬぞ……】

「そうですか~♪」来訪者は破顔したようだった。「奇遇ですね♪わたしも同じです。手ぶらで帰る気なんて、ありません♪」

 そう言うとキングへと優雅に向き直り、笑顔でぱちりと宙に指を鳴らすと、すたすたと歩み寄ってきた。

 合図を受けたか、その背後に小さな2基の円盤が音もなく浮遊して付き従う。

「さ~て」

 歩みを止めずに寝台の横にやってきた来訪者は、無造作に残った掛布団を剥ぎ取ると、笑顔でグイとキングの喉笛を掴んだ。

【な、何をする】

「卵を」

 にっこりと微笑んで、来訪者は手のひらを向けた。「卵をくださいな♪」

【ふ、何のことだか……】

「2号?やっちゃってもらえる?」

 来訪者の冷厳な響きのひとことに、右側に浮かんだ円盤がキングの傍まで浮遊してきた。と思いきや、フチに無数の細かい刃が迫り出して、キュィィィンと恫喝的に回転を始める。

【な、なんのつもりだッ!?】

 だらだらと汗を流しながらキングは声を絞り出した。【無礼なことをすれば、た、タダでは済まんぞ!】

「こっちも同じ気持ちです。タダで帰る気はありません♪」笑顔の来訪者が、くい、と合図をするように指を曲げると、回転ノコギリの刃と化した円盤が、ゆったりとキングの頭部触角の1本に触れようとした。

【ふ、冗談だろ?や、やめろ!やめろ、今なら許してやらんでもないこともな……ぃギャアアアアアーー!】

「じゃあついでにもう1本♪」

 邪気のない来訪者の指示に従って、円盤は触角の2本目も切り落とし、ふわりと元の位置に戻った。

【た、タダでは……済まんぞ……】痛みに丸くなって、ヒクヒクと震えるキング。

「それはもう聞いたけど」

【誇りあるクロノボロスの大幹部達よッ!】激痛を怒りに変えて、キングはガバッと起き上がって喚いた。【やれ!今すぐこいつを処刑しろ!】

「……」

 聞こえるのは、遠くで鳴り響く警報の音と騒ぎ声。それが空虚な室内の静寂感をいや増している。

 キングの呼びかけにもかかわらず、床に倒れた幹部たちは、ただの一人として起き上がろうとはしなかった。それどころか、ピクリとも動かない。

「ふ、ふふ……もう分かってるんでしょ?」笑いをこらえながら、来訪者はじろじろとキングの顔を眺め回した。「それとも現実逃避しちゃってるのかしら?

 ……あ・な・たの部下……みんな殺しちゃったのよ?」

【そ、そんな筈は……!そんな筈はないッ!】

 叫びながら、しかしぶわッ!と涙があふれ出た。【そんな筈はないんだッ!こいつらは、次代の星を導く者ッ……】

 だが、気づいていないわけでもなかったのだ。さっきから、部下たちは微動だにしていない。忠誠心豊かなこいつらが、これだけの暴挙を黙って見過ごすことなんて、決してありはしないのだ!

《……アイオさま》左側の円盤が囁いた。《何かが室外から接近していマス》

「え~?ここに通じるシャッターは全部落とせって言っといたじゃん」

《それが……全てぶち破ってきているようデシテ》

【ふふ……ふはは……!】キングは笑った。【そうか、あいつだ……!まだあいつがいた……!】

「え?だれ?」

 無害そうな目をしながら、アイオ――と呼ばれた来訪者は淀みない動きで輪っかの先端をキングに突き付けた。その切っ先の小さな穴に、鈍く青い輝きが満ちてくる。

 ビームガンか、とキングは気づいた。これの斉射で、部下たちは全員殺されたのか……!

(しかも、あの一瞬で……)

 ビルが倒壊し、シールドが消えた瞬間、飛び込んで薙ぎ払ったのだ。それも、キングには傷ひとつつけずに。恐るべき技量だった。そして、こいつの目的は、自ら述べた。卵だ。神星天邪(キノマ・クノリス)の卵を狙っているのだ!

 いや、断じて渡すわけにはいかん。海賊の誇りに賭けて!

【貴様の技量は、大したものだ。……この星に入り込むなど、そうたやすいものでもなかったはずだが】事態の好転を願って、キングは時間稼ぎを始めた。【教えよ、どのように侵入し……アウチッ!】

 「ねぇ……時間稼ぎはやめにしない?」

 アイオは、エネルギーを最低にしたビームガンでキングの頬を焼き始めた。「わたしも暇じゃないんだけれど」じりじりと眼球に向かってビームが近づいていく。

【奴は、『アマルガ』星の『ストラド』ッ!】ちょっと声が上ずってしまったのも仕方あるまい!【貴様ほどの腕の持ち主なら聞いたこともあるだろう。その装甲は強大無比。こんなビームガンなど通用しない。我ら外骨格族の中でも宇宙最強の戦闘強者よ!貴様がいかに強くとも……】

「あなたが雇った傭兵なの?」

 言葉を途中で遮って、アイオはベッドの後ろに回った。

【え?まあ、そうだが……】本当は、手下が拾ってきた傭兵だが、手下が死んでしまったのなら、キングが雇い主も同義だろう。

「あ、そう」アイオは一つ頷くなり、キングの額に武器を突き付け、入口扉に向かって大声で呼ばわった。

「そこの方~ッ?いま、わたしはキングさんの頭に武器を突き付けているわ~。この方を殺されたくなかったら、ゆっくりと中に入ってきてもらえるかしら~!」

 果たして――。

 返答は、扉を貫いて飛んできたトゲ付きの鉄球だった!

 それはキングの頭を危うくかすめ、素早く身を沈めたアイオの頭上を通り過ぎると、鎖で巻き戻って扉の奥へと戻っていった。

 遅れて、ミシリと軋んだ扉が、大音響を立てて室内に倒れ込む。

 ズシ、と奥から、扉の残骸を踏みつけて――

「へぇ……」アイオの端正な顔が面白そうに歪んだ。

 ――室内に入ってきたのは、ぬらぬらとした黒を思わせる、全身トゲだらけの巨大な全身鎧の怪物なのだった。

「う~ん、あの鎧が肌だったわね……」有翼少女には、交戦した記憶があった。「このビームガンでは不十分そうねぇ……倒そうと思えば、倒せそうではあるけれど」

 体形は、アリ人とは異なり、2手2足に胴に頭部、大きさは段違いだが、言ってみれば来訪者に近い。羽根はないが、頭部には全身のトゲよりもひと際目立つ、先が二股に分かれた角が屹立するように生えていた。

【……ス、ストラドッ!あ、危ないだろーが!儂に当たったらどうするつもりだったんだ!】

「……別に」言葉少なにストラドとやら低く述べた。「あんたが雇い主じゃあないし」

「ですって」

 面倒そうな目で、ベッドの裏からアイオは囁いた。「あなたを助けに来たわけではないみたいよ?」

「だが、雇われ人としては、せめて仕事をしておかねばな……」

 ジャリ、と巨人は棘付き鉄球を引き寄せた。「次の再就職のためにも、襲撃者は葬っておくべきだろう」

「あっそ」

 2基の円盤を盾になる位置に陣取らせ、アイオはベッドの裏から小声でツンツンとキングを武器で突ついた。

「ほら、早く卵を出しなさいよ。ベッドのどっかにあるんでしょ?わたしがここに居たら、あんたがお陀仏になるのよ?」

【なぜワシがお陀仏なんだ】

「わたしがあんたを盾にするからよ」

「――フンゥ!」

 空気を読まず、再び唸りを上げて飛んできたストラドの鉄球が、飛び込んだ円盤の1基に阻まれた。ビームシールドがバチッと瞬き、鉄球がゴトンと床に落ちる。しかし、円盤の方も無傷とは行かなかったらしく、フラフラと宙によろめいた。

「やるな!」兜の下で、ストラドは挑戦的に嗤った。「だが、次は防げんぞッ!」

 そう言って、ドスドスと床を蹴って突進してくる!

「え?ちょっと!」

 巨大な肩と肘とを突き付けて突撃をかけてきたストラドに、アイオは羽根を羽ばたかせて跳躍し、巨体の肩を蹴りつけて空中で反転すると空中でビームガンを乱射した。その軌跡はことごとくストラドを捉えていたが、巨体は全くダメージを受けた様子もなく、天上界の楽器のような音を立てて反射する。

 すたっとアイオが部屋の壊れた扉の上に降り立った時、ストラドと呼ばれた巨人はベッド間際にまで到達していた。

 ちょうど位置を交換し合ったような形だ

「フン!」

 巨人は間近のベッドを見下ろすと、興味なさげに背を向けた。

 だが、小声でキングに囁いていた。

「……キングよ。奴らはあなたの所持する何かを狙っているようだ。それが何か分かっているのなら、俺が預かっておこう」

【エ……?いや、しかし……】

 後ろ手にちょいちょいと蠢く手に、キングは逡巡する。

 何のことを言っているのかは分かる。確かに、来訪者は邪神の卵を求めている。この男に渡せば、キングの命は取られないかもしれない。

 それを頭では理解した。だが、行動には移せなかった。すんなりと戦利品を渡すような性格であったなら、この地位には到底手が届かなかったがゆえに。

「チッ」

 ストラドは棘付き鉄球を構え直した。白羽根が長物の武器を取り出したのだ。

「ま、ビームガンが効かなかったら、もっと強力な武器を使えばいいだけで」

 じゃきり、と向けられた銃身の切っ先が、赤く剣呑な輝きを帯びていく。「キングの体が真っ二つになったところで尋問の方法なんていくらでもあるし、邪魔者を消し去るのを優先させてもらおうかしらね」

「キサマッ!」

 ブンッ!と鉄球を回転させたストラドだったが、アイオのライフルが火を噴く方が早かった。

 だが、あにはからんや、撃ち放たれたビームは床を貫いていた。そしてそのままあさっての方向へと流れていく。ベッドにも誰にもかすりもしない。

「ぬかったなッ?」

 それを、狙いを外したとほくそ笑んだストラドは、次はこちらの番だとばかりに、鉄球に最終加速をつけるべく足底に力を入れた――

 その足がずるりと後ろに取られる。

「ヌオッ?」

 ズッと体が前のめりになる。

 いや、体ではない。足元の床が――アイオのビームによって床も壁も丸ごと繰り抜かれたベッド周辺全体が、ストラドの踏ん張り力に作用して、ごっそりと後ろにずれ始めたのだ。

「な、なぁニィィィ!」

 ベッドを掴んだところで意味はなく、ストラドは為すすべもなく空間に投げ出されていた。

 だが、キングとてそれは同じだ。ベッドがただ置かれただけだったのなら、慣性の法則で室内に留まれた可能性も、あるいはあったかもしれないが、生憎と床とベッドは固着している。結果、キングもストラド同様、ベッドごと外の空間へと投げ出されていたのだった。

【ぐわああああ~~~~!】

 一気に落下速度を上げるベッドに必死につかまりながらも、キングが無意味な叫びを上げる。

 慌てて宮部分を掴んだら、スイッチに触れて電源が入った。

《心拍数がイジョウです。鎮静剤をトウヨします》

【いらんわ!】

《でも……》

【でも言うな!】

「さて、邪魔者は消えたことだし」

真上から飛んできたアイオが、落下中のベッドにふわりと正座で着地した。鼻息荒く顔を向けたキングは、これ以上強張りようのないほど強張った顔を器用にもさらに強張らせた。羽根があるこいつなら、落下ごとき歯牙にもかけまい!ああ、若き頃みたいに背に羽根があったなら!

《対象照合》

 ベッドが機械音声で呟いた。《セラフィム星系人……》

 どうやら人物識別センサーを無意識に作動させたものらしい。とみに激しくなっていた物忘れ対策としてベッドに取り付けていた機能で、前に立つ者の名前を忘れても、視覚特徴から相手の名から経歴、知りうる全ての情報を伝えてくれる。データベースは銀河星間帝国のものを取り入れており、個人的知り合いのみならず、銀河中のありとあらゆる有名人――権力者や芸能人、金持ち、そして犯罪者を網羅している。

(そうだった――セラフィム!)とキングは目を見開いた。(なぜ忘れていたのか――!)

 直接に遭遇したことはない。だがそれもむべなるかな、彼女をそれと知って目撃し、のちまで生き残った敵はほぼ皆無。いわく、宇宙の悪鬼。いわく、秩序の破壊者。いわく――

【地獄のセラフィム!】

「あ、ご存じでしたか」平然と来訪者が頷いた。「でも、セラフィムって星の名前と言うか、種族の名前なんですよね~」

 長い髪と2対の羽根を激しく上空へとたなびかせながら、アイオは困ったように頬に手を当てた。「セラフィムだって、悪人もいれば、善人もいるはずだもの。宇宙の平和を希うセラフィム人だってきっと――」

 その時、ベッドコンピューターが外部に声を発した。骨格電動スピーカーが外れたようだ。

《照合終了。……対象人物は、セラフィムのアイオ。確率100%》

「あら?」

 ベッドに正座する有翼の魔物がキョトンとした顔をする。

《銀河超1級重犯罪者。出生日・不明。出身・セラフィム星系と考え得る。……推定含め、犯罪件数666件。関係する死傷者およそ125億人。推定損害額およそ72×10の四乗クレジット。関係する最も有名なエピソード=事件。DD20514年の帝国第一艦隊を殲滅。DD20743年にマロール星系住民を絶滅、DD22794年に帝都エークサラーデュへのテロ行為……》

「あ、数値はきちんと10進法になってますか?」

《10進法です》

【耳を貸すなコンピューター!な・に・が善人じゃ!】キングは半泣きで喚いた。【そもそもセラフィムは1匹残らず絶滅したと聞いたぞ!善人も悪人もないはずだ!】

「現にいるじゃないですか、こ・こ・に……ま、いいや」

 宙に浮いていた敷布団の下の隠し棚を、セラフィムのアイオは目ざとく見つけたらしい。無造作に手を突き入れて蓋に触れ、あっという間に暗証キーを解読すると蓋を開け、入っていた黄透明の半球を取り上げる。

【か、返せッ!】

「いやです♪」アイオは笑顔を浮かべた。「これはわたしが有効に活用してあげますね」

【な、何を勝手な!】

「……で、もうひとつの片割れのありかも、あなたは知っているみたいだけど」

アイオは笑顔で銃を突きつけた。「教えてくださる?」

【こ、こここ……断る!】

 笑顔の裏にあるアイオからのドス黒い重圧にキングは怯えた。だが、それを表に出すわけには行かなかった。これが、生涯最後の試練だ。これまであらゆる壁を乗り越えてきた。きっと今回も、

「じゃあ死ね♪」

 羽根のように軽いトリガーが続けて引かれ、キングは喉と心臓を撃ち抜かれた。

【え?】体に開いた穴をガクガクと見下ろし、呆然と視線を戻すキング。【え?】

「さて、それじゃあ♪」

 誰に言うともなく小さな機械を取り出すと、キングの脳に埋め込んで操作を始めた。電気刺激を与え、脳内情報を取り出す悪魔の装置だ。神経が刺激を受け、まだかろうじて意識のあるキングの表情が、苦悶で痙攣し始める。

 それを一切無視して、アイオは操作パネルをいじっていた。

「え~……っと……アリ人の脳みそにはこんな操作で――おお!」

 一層カクカクと震えて白目を剥き、泡を吹くキングをガン無視して、アイオはうっとりとホロスクリーンを見つめた。「順調ね。……問題は」

 ベッドのヘリから、真下を覗き込んだ。地面は近い。「……う~んむ、間に合うかな~?」

《《アイオさま!》》

 その時、空から小さな円盤が追い付いてきた。

《なにしてるんですか!》《突然下に下りテ驚きましタヨ!》《手筈はどうしたんですか!》

「いや~ちょっとアマルガ人を相手にするのが面倒になっちゃったから」

 誠意があんまり感じられない声音で、アイオは後頭部を掻いた。「でも、もうすぐブレインスキャンが終わりそう」

《このままでは間に合いまセン》《諦めてください》《頭だけちぎって持っていかナイト》《ちょっと待て2号》

「ま、しょうがないか」

 やる気なさげな口調とは裏腹に、アイオは手早くビームガンでキングの首を刈り取ると、ぐんにょりした頭頂を掴んで飛翔した。直後、路上に落ちて四散する部屋の一部とベッド――と、投げ出されたキングの肉体。その時、解析が終わった。

「あ、終わった?じゃあこれもいらないか」

 すげなくアイオはキングの生首から手を離した。

 ――この時、まだキングにはぎりぎり意識は残っていた。昆虫系はしぶといのだ。

【~~~~~!】

 だが、アイオの視界に頭部はみるみると小さくなっていき、やがてべちゃっと地面に広がった。かなりの硬度を誇る外骨格も、この高さでは耐えられなかったのだ。年をとり、弱っていたからかもしれない。

 その横に開いた大穴は、きっと先に落ちたアマルガ人のものだろう。

 だが、アイオは、既にそれらは気にも留めていなかった――手元の装置に注視していたからだ。そして出てきたデータに目を丸くする。

「……へ~……。あそこにねぇ。懐かしいなぁ……」

《ハヤク船へ戻りまショウ!》《このままでは追っ手が来ます》《一刻も早く離脱しませんト》《そのとおりです》《牽制に、ここらのビルを全て破壊しておきまショウカ?》《それはやめろ2号》

「ん~ここは1号の案を採用かな」

 バサリと4翼を広げてアイオは舞い上がった。「さあ、とっととずらかるわよ1号2号!」

《ラジャ♪》《は、了解です》

だが、飛翔を始めたアイオの背後で、1号円盤が慌しく回転して明滅した。

《来ましたアイオさま!背後から熱源20!武装クロノボロス兵です!》

「早いのね~」

アイオは背後を見遣って口を尖らせた。高空から個人用ジェットパックを噴かせたアリ人の群れが降下している。その先頭が素早くこちらに指先を突き付けると、一斉にレーザーガンを猛射しながら突っ込んできた!

 アイオは円盤の一基に手を伸ばした。

「1号!ナパームランチャーを!」

《駄目ですアイオさま!ここで撃てば、地上の住民に被害がッ!》

「だったら使える武器を渡してよ」

《アイオ様ならば、お腰のモノで大丈夫なはずです!》

「え?対人戦闘用よこれ?」

 しかし、1号は頑として武器を供与しようとはしなかった……。

「む~~~」

 それでも切迫感もなく、アイオは左右の腰――光学迷彩を施された秘匿ホルスターからリング状のサークルガンをを抜き出すと、エナジーボルトを閉鎖してチャージを始めた。

 背後からの攻勢は激しいものだった。長大な剣を思わせるレーザーガンも極めて避け難い代物だ。しかし、アイオはなんなくそれらをひらりひらりと回避し、狭隘な空を飛翔した。数多の塔が障害地形を形成してくれており、低空を飛べば地上のアリ人に当たることを怖れて攻撃を止めてくれる。速度もこちらの方がずっと速い。それでもたまに危ない攻撃があったが、背後を飛ぶ二基の円盤がシールド生成してビームを弾き飛ばしてくれていた。

 順調だ。今のところは。だが、前方に敵の援軍が現れたら押し込められる可能性がある。だからこそ、叩ける余裕があるうちに圧倒的な火力で焼き払うべきなのだが――。

「……」余裕の笑みを浮かべながらも、アイオはちらりと1号を見遣った。いつからだろう。絶対忠誠を誓うべきペットロボの分際で、飼い主に歯向かうようになったのは。教育の仕方を間違えたのだろうか。

(ま、これがこの子の元の性格か……)

「おっと♪」

 ピッ、と指を伝わるチャージ終了のサインにそんな悩みはあさってへと消え、アイオは不敵に唇をぺろりと舐めた。1号の言うことも、ある意味的を得ている。わたしがあんな貧弱な追跡隊ごときに右往左往させられるべきでない!

 狙いをつけて放たれたレーザー光線の集束を無茶な機動のバレルロールで回避し、アイオはぐんと羽ばたいて速度をつけた。そして上昇しながら足を前へと振り上げる。勢いに躰が反転し、頭を下にして躰の正面が元の後方へと向き直る。 

 これぞアイオが多用する対後方迎撃戦術――後ろ暗い所業ゆえ追われる事が多いため、この技は芸術的なまでに高められ、洗練されている。

 攻撃を受ける危険に備え、停止は瞬きよりなお短い――が、その間で20程度の標的を捉えるなど、まったく充分すぎる時間だった!

 ジュ――ジュアッ!

 アイオの不思議な機動にアリ人たちが目を見張ったその一瞬で、全ては終わっていた――。

 凄まじい速さで躍動した二挺の光線銃が、全ての追跡者の眉間を撃ち抜いていたのだった。壁にぶつかり、あるいは流星のように墜落していった彼らは、もちろん、全員が既に絶命している。

「ふふ♪」銃を握る両手を広げて姿勢を制御すると、再び翼が空を掻き、アイオは矢のような速度を取り戻した。

 だが、脅威は続く。エアジェットヘリが三台ばかり塔の上層から飛び出てくると、猛烈な機銃斉射を浴びせ始めたのだった。

「とッ!」

 エルロンロールで回転しながら、塔を盾にするように回避飛行し、アイオは命じた。「2号!吸着爆雷!ありったけ!」

《ラジャ♪》

 命令を受け、勇躍と円盤は背後へ向かってばらばらと螺子のような部品を振りまいた。それらは宙で一旦とどまってクルクルと回転し――ヘリの接近を感知して一斉にそれらへ向かって吸い寄せられるように飛んで行く。

 ピタリと機体に吸着した螺子の伝える反応に、操縦士どもは蒼ざめたに違いない。が、なすすべもなく――次の瞬間、全機のヘリが盛大な爆発を起こしていた。小型滞空式吸着爆雷が螺子の正体だ。

 路上のアリ人達は、落ちてくるヘリから必死に逃げ惑った。だが、限られた土地で路上は狭い。カギ爪でビルを這い上れた者は良し、そうでない者は無様に機体の下敷きになっていく。

 犠牲になったのは、路上の者達ばかりではなかった。傍には空中車道が通っており、横向きのレーザーライナーに沿って無数のエアヴィークルが走っている。その往来のど真ん中へも多量の吸着地雷が潮のように流れ込んでいき、車両を次から次へと爆散させていく。

 まさに阿鼻叫喚の地獄!だがアイオにとっては実に好都合だ。その隙に充分と距離を稼ぎ、目指していたある塔に取り付くと、壁に手をかけた。

 とたん――バサッ――!とステルス偽装布が宙にはためき、下から流れるような外観を持つ、白い宇宙艇――シェオール号が姿を現す!

「さ!とっととこんな虫くさい星を出るわよ!――2号?シェオールの全機関を始動して!」

《了解デス》

「1号は対地対空監視をお願い!」

《分かりました!》

「じゃあとにかく発進!全速力で星圏離脱!操縦はわたしに任せて!」

《《はッ!》》

「じゃあ2号、初期加速プランB!グラビティパルス作動準備」

《ッ!や、やめ……》《ラジャ♪》


 機体の吸着に費やされてきた猛烈な電力量を持つ静電気が、ふわりと離れる機体と塔の間に眩い稲妻を走らせる。だが次の瞬間、宇宙艇は獰猛な衝撃を放って一気に塔の高さを突き抜け、巡航陽電子エンジンを吹かせて強烈に上昇していったのだった!

 だが、その直下を中心に、街が広範囲に崩壊していく。地響きを立てて無数のビルが倒壊していき、一瞬の無重力で宙に浮いた住民たちが、直後の超重力で地面に叩きつけられて微塵の染みと化していく!

《直下の街!重力衝撃による被害甚大!住民が数千人単位で瞬時に死傷したと思われますッ!》

「あはは~♪汚物は消毒ですよ?」

《ア、アイオさまッ!》

「で、2号、敵の反応はどう?」

《地上からレーダー照射を受けてマス!その数、15――もっと増えてきていマス!》

「1号!ビーム遮蔽弾を広角投下!2号!機体の反射膜は保ちそう?」

〈充分とはいえまセンが、四十ウォル単位時間まで耐えられマス!〉

「思ったよりも短いわね!予定よりも反応が鋭いわ!1号ッ?索敵きちんとやってるッ?」

《は……》

《左舷上方に、離脱していくロケットを確認》2号が報告した。《撃墜しておきますカ?》

「……。それは構わなくていいわ」ちらり、とそちらを一瞥したアイオは、すぐに興味を失った様だった。「ミサイルが勿体ないでしょ?」

 とたん、期待が激しく振動した。対空砲撃だ!弾幕が一面に空を引き裂き、黒い爆炎が空を無数に舞い始める!

《上空!》1号が警告を喚く。《防空要塞より迎撃レーザーの発振を確認!次いでミサイル!直上です!》

「くッ!」

 アイオは操縦桿を真横に倒した。艇がバレルロールを描いて別方向へとベクトルを変える!「1号!降下ミサイルをハッキング!時限信管を強制作動させて自爆!」

〈りょ、了解!――む、無理です!〉

 瞬間、黒煙をついてミサイル弾頭がヌッと目前に現れた!

「!」

 ドゴゥッ!と装甲にミサイルが直撃し、激しい衝撃が艇を揺さぶる!が――

 粉塵を突き抜け――シェオール号は一層スラスターを噴かせて攻撃空域を突き抜けた。

「……!」

 緊張で操縦桿を握る腕が震えた――しかし、「……ふ、ふふ!」

 ああ、この焦燥感!危機的状況にあって、心の裡から湧き出るこの喜悦は止められない!

「やるじゃない!外骨格生物め!わたしじゃなきゃ、とっくに撃破されてたわね!」

 銀河星間帝国の軍用艇でも、今の攻撃には耐えられなかっただろう。アイオ自身が設計し、組み上げた船だからこそ、突破できたのだ。

 そうして宇宙空間へ向けて飛行を続けるシェオール号へ――!

《アイオさま!上空の要塞より、駆逐艦4隻の発艦を確認!》

「ふふ!優秀な駆逐隊ね!――よし、2人とも!ここからが正念場よッ!用意始めてッ!」

《ラジャ♪》

《………………はい》

「いくわよぉ!」

 勝ち気に微笑み、アイオは両手の操縦桿を一気に倒した。とたん、艇は回避運動を諦めたかのように駆逐艦隊の真っただ中へと突っ込んでいく!

 それは敵にとって自殺攻撃にも思えただろう。艇の揺れは激しさを増し、間近を迎撃弾が唸り、レーザー斉射が装甲を焦がす!

 そのさなか、アイオは焦燥に満ちた視線を円盤達に向けた。

「まだなのッ?」

《3隻まで捕捉!……あと――1隻……!》

 ドゴウッ!と命中弾が機体を震わせ、エネルギーが遮断回線を逆流して、操縦盤にスパークを噴き上げる。

「つッ!」

 その瞬間、2基が激しくまたたいた!《全艦を捕捉完了!》

「作動ッ!」

 だが、アイオの命令よりも先に、どちらかが自ら実行させたに違いない――。アイオの声が終わるか終わらぬうちに、4隻全ての駆逐艦の機関が爆発を起こし、漆黒の宇宙に大輪の焔の華を咲かせたのだから!

 迎撃に備えた起爆装置が作動したのだった。ただし、戦闘が始まると、どの艦も妨害信号を発するようになる。それを縫って起爆させるには、全ての電波の周波数を把握してしまわねばならない。また、同時爆破でなければ警戒してランダム変調されてしまうだろうから、タイミングを合わさねばならなかったのだった。

 制御を失った駆逐艦は艦同士でぶつかり合い、また二つ折れになって四散し、あるいは迷走を始めて宇宙防空要塞に激突し、戦時の混乱に拍車をかける。

 その爆轟の花弁の合間を華麗に駆け抜けるアイオのシェオール号――しかし!

《アイオさま!1隻の損害軽微!予備機関が健在!追撃してきます!》

「むッ!エンジンごとに多層の遮蔽電波を展開してたって言うのッ?――だけどッ!」

 背後を追って来る駆逐艦を映像越しに見つめて、アイオはにやりとした。「ふふ!そうね!ちょっと物足りなかったもの!――やっぱり食後にデザートは欲しいかしらッ?」

 そう叫ぶなり――アイオは後方ミサイルを発射した!次いで閃光弾!迎撃を始める駆逐艦は、折からの激しい光芒に、戸惑うように艦首を揺らす。

 だが、その騒ぎに紛れ、アイオ艇は急速Uターンで駆逐艦へと肉迫していたのである!その白い機影を確認したクロノボロス人の慌てふためく姿が艦橋で踊る――。

 それへ向かって、艇から銃を構えた2本のマニピュレーターが伸び、ぴたりとそちらへ照準すると躊躇なく荷電粒子弾を撃ち込み始めた。

 真上から貫かれ、押し潰されるように爆散する艦橋!だが攻撃の手はそれでやむことなく、シェオール号は巻きつくような機動で駆逐艦の各所へ、ドゥ!ドゥ!ドゥ!と光弾を撃ち込み、離れ際にはトドメとばかりにエンジンへ船尾光子機関砲を斉射すると、錐もみしながら反転し、高速離脱したのだった。

 その取り残された無音の宙域で、駆逐艦はあちこちから火を噴き上げる。だが、それは鎮火することなく、一気に猛威を高めると、ド派手に爆発轟沈したのだ!

「ぃやったッ!」

 感極まって、アイオは両こぶしを目いっぱい振って叫びを上げ、そして再びガッ!と操縦桿を掴むと、二基の円盤にキラキラとした視線を向けた。「――よっし、ふたりともっ?ちょびっと邪魔が入ったけど!――亜空間跳躍ドライブ準備!」

《ラジャ♪》

《了解です……》

「なによ1号!元気ないじゃない!――これから宝を掘り出しに行くってのに!」

 くすくすとアイオはペットロボに笑みを向けた。「判ってる?しばらくすれば、私達は宇宙最高の宝物を手に入れるのよ!ええ――まさかあんな辺境の恒星系にあったとは!面倒な戦いを仕掛けただけの価値はあったわね!」

《アイオさま!》

「ん?なに1号?準備が出来たの?」

《背後をご覧下さい!星が……ほ、星が!》

「え?」

 振り返ると、海賊星のあちこちで、連鎖的な爆発が起きていた。爆散し損ねた駆逐艦が地表や防空要塞にぶつかったものらしい。

 だが、爆発の規模は見る間に大きくなっていった。防空要塞の高度が下がっているのが判る。下調べによると、人工の星ゆえか中心部は岩石ではなく、高エネルギー生産区画となっているらしい。だが通常多層の強固な殻で守られていて、そこが損傷を受けるというのは通常考えがたい話だが――。

(あ、そう言えば、中枢区画のシールド装置にウィルスを仕込んでたんだっけ)

 ――突如!

 目を圧せんばかりの閃光が宇宙に花開き、人工星が吹っ飛んだのだった!

「おおっ?」

 流石のアイオも驚愕した。「脆いな~♪」

《い、いう事はそれだけですかアイオさま!あなたは!あなたはひとつの星を!抵抗のしようのない700万人もの住民をその手で!その手で!》

「なによ700万人ぽっち!やっちゃったものはしかたないでしょ。どうせ海賊なんだし!」

 アイオは口を尖らせた。「で、そんなことより2号?ドライブの準備はまだかしら?」

《は、あともう少々……跳躍ドライブ準備完了しまシタ!》

「んじゃ跳躍スタート!」

 アイオは操縦桿を前に倒した。「目標『イーシャ星系』第3惑星!――最大出力!」

《アイオさま!ボクの話を!》

「いいでしょ、これまでこんなこといっぱいあったし……」アイオはキラキラと心底うれしそうな笑顔を浮かべた。

「それに、たぶん……これからもいっぱいあることだから♪」


〇 〇


 海賊衛星クロノボロス崩壊の僅か前まで時間は遡る――。

 

 雇い主を失ったアマルガ人のストラドは、生きていた。彼は自分が開けた地表の大穴をよじ登ると、当たり前のように無傷の体を晒して空を睨みつけた後、聖城塔の隣のビルへと向かった。

 そこでは、脱出艇を整備していたアリ人たちが、倒れた設備などの復旧作業にいそしんでいた。

「どけ!」

 その小柄な群れを押しのけて、ストラドは傲然と脱出艇に乗り込む。サイズが大きめなのはありがたい。

【な、なにをするか!こ、これはキングの乗り物だぞ】

「ふん!」ストラドは鼻で笑う。「ヤツは死んだ」

【なんだトォ!】

「借りるぞ」手短に宣言して、ストラドはエンジンをスタートする。

【おい!待て!】

 だが、突き出される手を無視して、ストラドの脱出艇を発進させた。

 目標は、当然あの白い犯罪者だ。なにせ、アマルガは任侠に厚いと名高い武人の星。同胞は宇宙に僅かだとしても、守るべき信念はしっかりと胸に根付いているのだ!

「ゆるさん……!あの白いやつ……!」

 どこにいるかはすぐに分かる。行く先で断続的に爆発が起きているのだ。

 やがて、降下してきた駆逐艦が何かに集中砲火を浴びせるのが見えた。

「迂闊な……あんなところにいるのか!」

 思ったよりも馬鹿なヤツ……とストラドは減速しかかった。あの状態では、もはやもつまい……。

 だが、事態が急変した。駆逐艦が次から次へと爆散し、更には防空要塞すら傾き始めたのだ!

「……!まずい!」

 危険だ。もしあれのエネルギー炉が爆発すれば、途方もなく広範囲が爆散する!

 さすがに衛星自身が爆散するとまでは読み切れなかったが、ここは全力で逃げねばならない、と彼の本能が激しく告げた。

 手っ取り早い逃げ道は、宇宙だ。だが、この星は低重力とはいえ、脱出艇では速度が不十分だ。

 焦るストラドの視界に、傍の宇宙ポートで小型の武装宇宙船が鎮座しているのが入った。あれはつかえる。

 白いやつを追撃するつもりだったのか、エンジンもかかっているようだ。

「よし!」

 ストラドは脱出艇を翻すと、墜落する勢いで宇宙ポートに突撃した。

 ドッゴォ!と脱出艇が爆発し、船に乗り込もうとしたアリ人たちは、突然の衝撃に頭を抱える。

 だが、襲い掛かる熱風から頭を上げられないうち、爆発の噴煙を平然と掻き分けてズシズシと駆け迫ってきた黒い巨体に次から次へと弾き飛ばされていく!

【ま、待て!何者だッ!】【ここは通せないッ!】

「どけーッ!」

 鎧袖一触、群がるアリ人たちを、当たるを幸い、こぶしで次から次へとストラドはぶっ飛ばした。

 しかし、意外に抵抗が強い。殺してまでもなぁ、という若干の躊躇が宇宙船の強奪を今一歩で留めていた。任侠の星の誇りがあるのだ。

 その事情が、一変した。

 墜落した宇宙要塞は爆発を起こさなかったが、代わりに、衛星中核から強力な磁力線が吹き上がったのだ。

 それが見えない種族は宇宙にいるし、クロノボロス人も少々疎かったが、ストラドにはばっちり見えていた。

(まずい!)

 それの正体はすぐに分かった。衛星中枢のエネルギー炉が暴走を始めたのだ。このままでは、この星は爆発する――!

 ストラドはこれまでの比ではない剣幕で、アリ人たちをぶっ飛ばした。

「どけーーーーーッ!」

【ぐはーーーーッ】

「俺はッ!」鉄球が飛ぶ!

【グギャアーーッ!】

「死ぬわけにはいかんのだーーッ!」

【ギヒャーーーーッ!】

「まだ見ぬメスに出会うまではァァァーーッ!」

 ――気が付くと、アリ人たちは全滅していた。ビルから突き落とした奴もいたかもしれない。

「……」ハァハァ、と荒い息のストラドは、素早く宇宙船に乗り込むと、コクピットに残っていたわななくアリ人を襟首を掴んで放り出し、操縦桿を握ると船を発進させた。

 炎を噴き上げて後にする宇宙ポートが、衛星の崩壊に巻き込まれて倒壊していく。危機一髪だった!

「すまん、クロノボロス人どもよ!」

 宇宙任侠の担い手として、さっきのはちょっとまずかった。いや、かなりまずい。はっきり言って言い逃れのしようがない。

「だが!――きっと仇は討ってやる!」

 ギン、とストラドは目を光らせると、逃げ去った白いやつの痕跡を追った。

 その時、データはひとつの跳躍ドライブの航跡データを拾い上げた。

「爆発直前に離脱する機体……こいつか!」

 どうやら、この宇宙船にも跳躍ドライブは搭載されているようだ。性能に差はあるのかもしれないが、一応跡は追えるはずだ。

「待ってろよ白いやつ!」

 ストラドの宇宙艇は加速すると、光の速さを超える亜空間へと突入していった。


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