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序章:丘の上の呪われた家

コメディ風のアクションです。主要人物たちが何かと気まま過ぎると思われるかもしれません。

序章:丘の上の呪われた家


 カン!カン!カン!

 影を長くする斜陽を浴びながら、少年が1人、屋根に上って何やら槌を振るっている。

 奇妙な家だった。いや、家と言って良いものか。ボロ家と表現するのも生ぬるい、率直に言って廃材の寄せ集め感さえある建築物である。

 何しろどこからどこまでが壁で、屋根か塀なのかすらも判りづらい。一体どこから集めてきたのやら、錆びた車のボディや色とりどりのコンテナ鋼板、巨大シャフトや煙突といったプラント設備の残骸に、小型船と思しきものの船底、その他由来がなんなのか得体のしれないパーツ類がでたらめのように組み合わさり、その合間に土嚢や波板トタンが詰まっている。他にもドラム缶に郵便ポスト等々小物類も嵌め込まれ、それらはまだ分かるとしても、斜めにお地蔵さんが組み込まれているのはなかなかにバチ当たりな所業だ。その扱い方を見るに、製作者は一切気にしてはいなさそうなのが窺い知れる。

 ただ、そんな混沌な構造物(ケイオス・コンプレックス)でありながら、何らかの秩序が感じ取れないでもないのは、仮にも、そう、仮にも誰か人がそこに生活していることを本能的に感じてしまうからだろう。とはいえ、慣れない者が直視を続けると建物の概念がゲシュタルト崩壊してしまいそうな、なにやら得体のしれない生き物の巣を目撃したみたいな気持ちになって、何処かおぞましい、冒涜的な不快感を感じてしまうに違いない。

 それがこんもりと小高い丘――直径30メートルになるかならないか――全体へ、張り付く様に増殖していた。周囲が真新しい新築の住宅地なだけに、ひときわ異彩を放っている。

 一方、そんな建物の屋根に上って修理をしているらしい少年もまた、違う意味で目を惹く存在だった。

 初見だと肉体労働の似合わなさそうな線の細めな少年である。小柄で端正な容貌は、むしろ少女じみている、と言っていい。ほっそりとして手足が長く、どこか気品もあって、西洋の古式ゆかしいお屋敷の物静かな書斎に腰かけ、日がな一日、本を読んで過ごしている、そんな深窓の美少年――みたいな表現が似合うのだった。

 ――なのに次の瞬間、軒下へ向けて槌を投げつけんばかりに怒鳴りつけたものである。

「爺ちゃん!さっきから手が止まってんぞ!今の時間分かってんのかコラ!」

「うるさい!」軒下から野太い声が怒鳴り返した。甲高い少年の声とは好対照だ。「怒鳴るな月比古!ワシは考えているのだ!」

「はぁ?」何考えることがあんだよッ!」少年は負けてはいなかった。ビュッと音が鳴る勢いで槌を軒下へ振るう。その先には、ぽっかりと壁に穴が開き、薄暗いその先にはボロボロにささくれた畳があった。どうやらそこは屋内らしい。――その周囲には、散乱した土嚢の山。「爺ちゃんのすべきことはだな!土嚢を目いっぱい積み上げて、壁の穴を塞ぐことだけだ!余計なことを考えるんじゃねェ!」

「その土嚢を積み上げるだけでは元の木阿弥になりかねんと言っておるのだ」

 そう言って見上げる形で、ヌッと姿を現したのは、これまた魁夷な風貌の大男だった。だが、どちらかと言えば、魁夷よりも怪異と言った方が表現として正しいだろう。

 屋根の上の美少年に『爺ちゃん』と呼ばれた大男だが、血の繋がりがあるようには到底見えやしなかった――巨大にいかつい体躯、だがそれ以上に容貌が猛獣じみていた。端的に言って、2本足で立つライオンみたいだ。

 彼のその膨大な量の逆巻いた茶髪と、同じくこげ茶色の頬髭と顎髭が合体して巨大なタテガミに見えた。鼻の辺りから下が盛り上がっていて、口内の列歯は肉食獣のように鋭く、顔と言わず全身にうっすらとした薄茶色の和毛が生えている。太い手足の指は短いが、鋭い爪が出し入れ可能だ。房の付いた長い尻尾がぶんぶん揺れているのは、苛立っている証拠なのかもしれない。

 実際、『爺ちゃん』に親しい間柄の者でさえ出合頭にぎょっとし、まじまじと見直してようやく『ああ、ゴローさんだ。……でも、なんでライオンなんかに見間違えたんだろうなぁ?と』とホッとしながら首をひねるくらいには、この大男は人外の風格なのだった。

「いいか?家と言うのは、ただの積み木遊びとは違うのだ」いつのまにか、ライオン男は腕組みをして注釈を述べ始めていた。「快適で、安全にして安心感があり、かつ見栄えも良くないといかん。……しかるにどうだ?我が家の異常極まりない造形は?」

「……そうだな」月比古少年は、連なる新興住宅地の家々を見下ろした。スレートの屋根にすっきりした白壁、おしゃれな出窓にきちんとした門扉。そして屋根の太陽光パネル。意匠は各家とも異なれど、それらは素敵な今風建築だ。

「ちょっと……違うかな」ややあって、少年は答えを返した。「敢えて言うなら、うちよりも機能的に劣っていそうだ」

「はー!」これ見よがしにライオン男は額を押さえた。「我が孫ながら、どうしてこう美的センスがないのか……」

「なんだとッ?」少年は激昂した。「それは聞き捨てならんな!第一、爺ちゃんも同じようなもんじゃねェか!前に修理したとき、これでヨシ!完璧だ!とのたまってただろ!?」

 ただ、そう言う月比古少年、今年16歳になる高校1年生だが、美術の成績はすこぶるよくない。人物画を書くと、常に顔のパーツが呪われたように偏ってしまう。それを見ると、なるほど、ピカソのキャビズムも適当に書いた風に見えて実は見事な芸術なんだなぁと再認識されること請け合いだろう。

 とはいえ、ライオン男の方も、センスは似たようなものなのだった。

「……御託はいいからさ、急げよ、もう日が暮れちまうだろ?」

 このまま際限なく言い合いを始める――そんな雰囲気であったが、少年は再度無視するように槌を振るっていた。まるで、言い争いにうんざりしたように見える。しかしてその実、懸念に急かされていたのだった。

 少年の心配材料とは、何か?

 家の修理を急がせ、そもそも家を修理しなくてはならなくなった要因。それは――

  ミシミシ、と唸りのような音を立て、家全体が揺れた。

  ――そう、地震だ。

 それはごく緩やかなものだったが、家全体が細かく振動し、軒が揺れ、バラバラと細かなものが落ちてくる。

「動くなよ月比古」

 ライオン男は、そろりと身を沈めた。

「分かってる。爺ちゃんも気をつけろ」

 連日の地震で、家のあちこちが脆くなっている。補強をしておいたが、見るからに安定性の欠けた建物だ。何が起こってもおかしくない。次の瞬間、ドミノかジェンガみたいにバタバタと崩れ落ちる可能性は十分、いや、十二分にある。

 そうして息を凝らしているうちに、揺れは静かに収まっていった。

 ――しかし、どうやらこの2人にとっては、災難はそれで終わりではなかったようである。

 最初に、屋根の上から月比古少年が住宅地を指さした。

「おい爺ちゃん……あいつが接近中だぞ」

「あいつだと?」

 ライオン男のいる場所は塀に囲まれていたが、巨体を生かして伸び上がり、顔だけを塀の外を見下ろした。そして顔をしかめる。「ゲ!梵馬のジジイじゃねェか!」

 どうやら2人にとって歓迎すべからざる来客らしい。

 1人の老人が、むっつりとした表情で丘を登ってきている。かなりの高齢であったが、丘のきつい傾斜をものともしない。矍鑠とした身のこなしに、決意に満ちた足取りだ。来ている服も見るからに高級である。名状しがたき建築物を目前にして、まるでためらいを見せてもしない。

 家の周囲には様々な罠を張り巡らせていた。が、その老人はことごとくを触れることなく回避している。何度も引っかかって配置を覚えてしまったものらしい。まったくタフな爺さんだ。時刻から鑑みるに、仕事終わりで休む間もなくやってきたであろうに。

 ライオン男は忌々しそうに舌打ちをした。「くそ……」

「屋根はもうこんなところでいいだろ?」

 月比古少年は、やってくる老人が苦手らしかった。返答を待つことなく、手早く修理道具を片付け始める。「壁は家の中からだって塞げるしな……爺ちゃんが」

「お前も手伝え」

「やだ」

 ライオン男は苛立たしそうに呻いて、自分も道具を片付け始めた。

 なんだかんだ御託を並べていた割には、土嚢袋には全て土を入れてある。あとは積み上げるだけだ。とはいえ、ただ積むだけでは高くなると崩れ落ちて来やすい。地震となると、てきめんだろう。だからシャベルで形を一つ一つ整える必要があって、それがまた面倒くさい。

「くそ」

 最後にもう一つ毒つきながら、少年に続いてライオン男も屋内へと撤収していった。

 夕日はますます赤くなり、影がどこまでも伸びていく時刻である。

 『外経名(ゲヘナ)村』は、そろそろ夜の帳を迎えようとしていた。



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