第1話
次はアシェルです(n*´ω`*n)引き続きよろしくお願いいたします!
「あ、アシェル様よ!」
「本当だわ! 相変わらずお美しいわね……! しかも、騎士団の副団長様だなんて、天は二物を与えずなんて真っ赤な嘘ね」
騎士団の本部に向かうアシェルの近くを通りかかった侍女たちが、そんなことをこそこそと話している。その侍女たちのことを煩わしく思いながらも、アシェルは少しだけその侍女たちに視線を向けた。そうすれば、侍女たちは「マズイ」とでも思ったのか、早足でその場を立ち去っていく。
(俺で天は二物を与えずなんて言っていたら、団長がどうなるのかお前ら考えればいいのに……)
アシェルは自らがとても恵ままれていると理解している。王国でも一、二を争う美貌の一族フェアファクス伯爵家に生まれた。家族仲は普通にいいし、年の離れた弟と妹は可愛らしくて仕方がない。剣の腕も頭脳も申し分ない。そして、何よりも容姿が整っている。
しかし、そんなアシェルでも素直に負けを認められる数少ない相手が、団長であるミリウスだった。彼はバケモノ級の剣の腕を持ち、あぁ見えて頭もいい。生まれは王家であり、今だって王弟という確たる地位を持っている。いずれはどこかの高位貴族に婿入りするか、公爵という地位をもらい受けるはずだ。そして、何よりも――その容姿は、アシェルにも引けを取らなかった。
「……まぁ、何も知らない奴らに分かってもらっても……微妙かな」
そうぼやいたのは、いったい何故だったのかはアシェルにも分からない。ミリウスと出会った当初は、生まれて初めて劣等感を抱いた。だが、ミリウスの性格は憎めないもので。だからだろうか、今では軽口をたたき合える親友という仲にまでなっていた。それがいいのか悪いのかは、よくわからないのだが。
「あ、副団長!」
「……リオ」
騎士団の本部を目前にして、ふと目の前からアシェルの部下であるリオが駆けてきた。普段ならば何があっても優雅に歩くリオが、駆けるなんて珍しい。そうアシェルが思っていれば、リオは「副団長、今日の午後から休暇ね!」とほぼ一方的に告げてくる。……それに、アシェルは眉を露骨にしかめた。
「いや、何故そうなる? そもそも、俺がいないと仕事が回らないし、休みの管理は俺の仕事――」
「だからなのよ! 副団長が働きすぎだって、国王陛下から怒られたのよ! だから、今日の午後から明日一日休暇。……まぁ、怒られたのは団長だから、私は……その」
そう言って目を逸らすリオは、大方アシェルがいないことを不安に思っているのだろう。いつも思っているが、こうなれば本当に本部の人間を増やしたくなる。むしろ、ここまで三人……というか二人で続けられてきたことの方が奇跡だろうか。
アシェルだって、出来れば働きたい。働かなくては周囲に迷惑がかかるから。あの私生活が超適当な団長が、周囲をまとめられる保証などない。しかし、国王陛下の命令に背くことこそ出来ない。そう考えれば、ここは素直に休暇を受け入れ、休暇の翌日から馬車馬のように働けばいい。……ミリウスがまともに働いてくれれば、こんなことにはならないのだが。
「……はぁ、国王陛下の命令だったら、俺は素直に受け入れる。……団長が怒られるのは、もう自業自得だし。……ただ、そろそろ本当に本部の人間を増やそうかな。もう俺たちだけじゃ回らない……!」
「それには、賛成。出来れば本部の仕事に慣れてもらうためにも、若い方がいいわね。ほら、あの三人とかどうかしら?」
リオの言う「あの三人」とは、大方最近入って来たばかりの三人の少年騎士のことだろう。あの三人は熱心に訓練に取り組んでいるし、誰か一人ぐらい本部に引き抜いても問題ないはず。……まぁ、それは追々。そう思い直し、アシェルは「じゃ、午前中にある程度の仕事は片付ける」と言い、腕時計を見る。時間は午前十時。……あと二時間あれば、今日の分の仕事の五分の一は片付く……と思いたい。
「お願いします。……あと、今日の午後はセイディが半休なのよね……!」
「……だったら、何だっていうの?」
「どうせだし、またどこかに連れて行ってあげたらどうかしら? っていうお話よ。あの子、バカみたいに働いているから気分転換が必要だと思うのよ。それに、副団長も!」
ニコニコと笑ってそう言うリオは、とんでもなくお節介だ。いや、アシェルにだけは言われたくないだろうが。そう思いながら、アシェルは「……考えておく」とだけ返した。心の中では、セイディを連れ出すことに前向きだったのだが。
「……というか、バカみたいに働くのは俺たちだけで十分だ」
「そうよね。私と副団長だけで十分……」
そう言って、アシェルとリオは顔を見合わせる。本当に、そろそろ過労死しそうなので本部の人間を増やそう。もう、ミリウスに書類仕事をさせるのは諦めている。あの人は、人に縛られることを最も嫌うからだ。
「そう言えば、怒られた張本人は何処に行ったの?」
「……いじけて狩りに行ってくるって言っていたわ。ほら、溺愛する姪っ子の王太子殿下が今日は一日授業らしくて……」
「……明日の訓練は、中止かなぁ」
「いや、明日副団長は休暇でしょう……」
流れるように働こうとするのは、アシェルとセイディぐらいだろうか。もしかしたら、この二人は結構お似合いなのかもしれない。そう思いながら、リオは「……仕事脳」とボソッと呟いていた。どう足掻いても、仕事をしたがる人間というものは一定数いる。きっと、アシェルもセイディもそう言う人種。……ただし、過労死する前に止めなくてはならないが。
「まぁ、セイディを連れ出すことを前向きに考えて頂戴。よろしくお願いしますね~」
そう告げて、リオはアシェルの肩を軽くたたく。アシェルは厳しい人間だが、懐に入れた人間にはめっぽう甘い。だからこそ、リオはこう言う風なことが出来るのだ。