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第4話

「足元に気を付けてね。ここ、結構段差が急だから」

「……は、ぃ」


 スイーツショップで買い物を済ませた後、リオはセイディの腕を引いてとある場所に来ていた。空はすっかりオレンジ色に染まり、そろそろ帰らないとアシェルがうるさいのは目に見えている。だが、何故か少しでもセイディとの時間を楽しみたい。そう思い、リオはセイディを自身の思い出深い場所に誘った。


 少し急な階段を上り、リオがセイディのことを連れてきたのは、小高い丘だった。その側には遊具なども設置された広場があり、この丘は子供たちの遊びのスポットだったのは一目でわかる。この丘は、王都の中では比較的自然が豊かな場所であり、リオにとって憩いの場だった。今も、昔も。


「ここはね、私が昔妹とよく来ていた場所なのよ」

「……妹、さん?」

「あぁ、勘違いしないで。妹は生きているわよ。ぴんぴんして、今は婚活に励んでいるぐらい」


 セイディの目が少し揺れたのを感じ取り、リオは茶化したようにそう言う。きっとセイディのことだ。リオの妹は亡くなったと勘違いしてしまったのだろう。その妹からは、今だって騎士団の寄宿舎に手紙が来る。「結婚相手にいい人はいない?」そう問いかけてくる妹は、必ず最後にこう締めくくるのだ。


 ――お兄様に、いい人はいないの? と。


「私って、一応王都貴族だけれど……ほら、実家の爵位が男爵って言うこともあって、『成金』なんて言われる音も少なくないのよ。……まぁ、男爵子爵の爵位は実際お金で買えるから、仕方がないのかもしれないけれど」


 少し笑いながら、リオはそんなことを言う。どこの国でも、大金を積めば男爵子爵の爵位を買うことは容易だ。リオの生まれ育ったオーディッツ男爵家がそうでなかったとしても、そう思われてしまう気持ちも分かる。もちろん、セイディが生まれ育ったオフラハティ子爵家も同じような扱いだった。


「でもね、私は自分の家に誇りを持っているのよ。……あの家に生まれてよかったって、心の底から思っているの」


 目を瞑れば、幼い気頃からの思い出が一気に脳裏を駆け巡る。優しい父と母。可愛らしい年子の妹。……まぁ、妹は最近婚活のことばかり考えているため、若干鬱陶しいのだが。何がと問われれば、相手を紹介しろとうるさいこととしか言いようがない。


「……私も、いつかはそう思えるでしょうか?」

「セイディ?」


 ふと隣に視線を向ければ、セイディがリオの顔をまっすぐに見つめていた。その目には強い意志が宿っている。でも、その反面何処か不安そうに揺れていて。なんと言葉にすればいいかが、分からない目だった。そんな目を見つめて息を飲めば、セイディは「……実母のことを、何も覚えていなくて」と続けた。


「私は父には無視され、継母や義妹には虐げられてきたに等しかった。それに、味方になろうとしてくれていた一部の使用人たちも、自ら遠ざけた。それは、割り切っているとしても……実のお母様のことを覚えていない。それでも、私もいつか『あの家に生まれてよかった』と思えるのでしょうか?」


 実母は、セイディのことをどう思っていたのだろうか? オフラハティ子爵家のことを、どう思っていたのだろうか? 昔まだ親しくしてくれていた使用人たちにそれとなく訊いたことがある。しかし、彼女たちは決まって「……貴女のお母様は、素敵なお方でしたよ」としか教えてくれなかった。実母には何か秘密がある。それは、セイディにも分かっている。だが、何一つとして思い出せないため、何も分からないのが現状だった。


「それに、リオさんは温かい家庭に生まれたのですよね? 私、そう言うの知らないので羨ましいです」


 その後、セイディは丘から茫然と王都を見下ろしていた。活気にあふれていた王都の街は、徐々に人の数が少なくなっていく。それを見つめているセイディは、とても美しい。オレンジ色の光と、茶色の髪が合わさっているからだろうか。その髪は普段の数倍綺麗に見える。


「私からすれば、貴女の方が羨ましいわ」

「……リオ、さん?」

「……いえ、ちょっとした昔の話」


 少し、言葉が零れてしまった。でも、それは紛れもないリオの本心だった。周りの人から慕われ、愛される。そんなセイディを、何度も何度も羨ましいと思った。それに、結局は愛や恋を信じているであろうセイディのことが、まぶしかった。彼女は自分が持っていないものを持っている。もちろん、その逆もある。その自覚は、少なからずあったのだが。


「さぁて、思い出話もおしまいね。そろそろ帰らないと、副団長にお説教をされてしまうわ。……帰りましょうか」

「……そう、ですね」


 手を一度だけパンっとたたいて、リオはしんみりとした空気を入れ替える。それから、笑みを浮かべてそう言った。そうすれば、セイディも眩しいばかりの笑みを浮かべてくれる。その笑みは、今日一番の笑みで。そんな笑みを見ていると、無意識のうちにセイディに手を伸ばしてしまう。そのリオの手は、セイディの方側の方に触れた。


「……綺麗だから、みんなに見せつけてやりたいかもしれないわね」

「……リオ、さん?」


 ぼやいた言葉は、きっとリオの本心だったのだろう。恋なんて信じない。そう自分に言い聞かせていたにも関わらず、セイディに惹かれ始めている。意識をし始めている。……それが幻想だと言いきれたら、どれだけ幸せだっただろうか。


「なーんて、ほんのじょう――」


 だから、冗談にしようとした。だけど、何処か照れたような表情を浮かべるセイディを見ていると、冗談にはしたくなくて。その表情を見ていると、口は無意識のうちに言葉を紡ぎ出す。


「――本当に、貴女に出逢えてよかった」


 きっと、セイディはリオの「恋なんて信じない」という気持ちを、ぶち壊しに来たのだろうな。そのために、出逢ってくれたのだろうな。そう、思ってしまう。


「……セイディ、さっさと帰って焼き菓子を食べましょう? 副団長にこってりと絞られるのは、私嫌だもの」


 だけど、今はそれを告げる時ではない。そう判断し、リオは笑みを浮かべてセイディの手を取った。セイディのどことなく照れたような表情と、赤く染まった頬は――きっと、一生忘れない。

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