第3話
「美味しそう、ですね……!」
「そうでしょう。ここ、私のおススメなのよ」
真正面で、目をキラキラとさせているセイディを見つめ、リオは口元をふっと緩めた。セイディの目の前には、美味しそうなイチゴが存分に載ったケーキが置いてある。そして、その側にはまだ湯気の上がる温かい紅茶。
このスイーツショップのおススメは、イチゴを使ったスイーツである。この近辺にあるイチゴが名産品の領地から仕入れているということもあり、甘酸っぱくて大層美味しい。そう思いながら、リオは自分の目の前に置いてあるイチゴのタルトと温かい紅茶に視線を落とした。
「最近はどう? 仕事には慣れた?」
タルトをフォークで切り分けながら、セイディにそんなことを問いかける。そして、そのままフォークで刺して口に運ぶ。相変わらず、美味しい。そう思いながら、リオは心の中で笑みを浮かべてセイディの回答を待つ。そうすれば、セイディは「……仕事にはすっかり慣れましたね」とフォークを持ちながら答える。
「……ただ、最近は、その……いろいろと、思うことがありまして……」
「思うこと?」
セイディの言っている言葉は、何処か歯切れが悪い。もしかすれば、何かがあったのかもしれない。もしも、セイディに何かがあるのならばリオは力になりたいと思っている。リオは、セイディの一番の友人だと自負しているからだ。恋や愛を信じていないとしても、友情ぐらいは信じたい。そう思いながら、セイディのことを見据えれば、「……まぁ勝手な感情の問題です」と言いながら大粒のイチゴを口に運ぶ。
(……感情の、問題)
その言葉を聞いて、一番に思い浮かんだのは、もしかしたら誰か好きな人が出来てしまったのかもしれないということ。セイディは騎士団のメンバーに気に入られているし、魔法騎士団のメンバーとも交流がある。さらには、宮廷魔法使いとも度々会っているのだから、誰かに恋をしていてもおかしくはないだろう。問題は、それが「誰か」ということである。
(……私ではないだろうし、その……やっぱり、団長か副団長辺りかしら?)
セイディの世話を嫌というほど焼いているアシェルや、頼りがいのあるミリウスが一番に頭の中に思い浮かぶ。年下が好きならばクリストファーたちも可能性としてある。……あと、魔法騎士団の団長のジャックや、宮廷魔法使いのフレディ。そこぐらいだろうか。リアムだけは、ないだろうな。それだけは、分かった。
「……好きな人でも、出来たの?」
出来る限り、敵意を見せないように。出来る限り、害のないように。そんなことを考えながらセイディにそう問いかければ、セイディは「……好き、というわけではないと思いますよ」と言いながら紅茶を飲む。……やはり、歯切れの悪い返事だな。もしかすれば、リオには知られたくないことなのかもしれない。一瞬そう思ったが、それはそれで構わないだろう。人の恋路に首を突っ込めば馬に蹴られるから。だから、リオはただ笑顔を浮かべて応援するだけだ。
「そう。まぁ、私はセイディが誰のことを好きになったとしても、応援しているわよ。だって、私たち友達だもの」
――嘘。
自分が言った言葉に対して、心がそんな抗議をする。しかし、それは無視をして紅茶を口に運んだ。……セイディが、誰かを好きになったところで、意識を始めたところで自分には関係ない。そう、そうに決まっていて――。
(……バカよね。こんなことを、思うなんて)
目の前のイチゴのタルトを少し乱暴に切り分けて、口に運ぶ。リオは末端男爵家の令息だが、その仕草は高位貴族と言っても過言でないほど美しい。だが、今のでは本当にただの末端貴族の男ではないか。そう思い直し、イラつく心を抑え込みまた優雅な仕草に戻る。
「リオさん? 何か、私、気に障るようなことをしましたか?」
そんなリオの態度を見て、セイディがそう問いかけてくる。それに、リオは「いいえ、何でもないわ」と笑い誤魔化す。目の前のセイディは、どんどん人の感情に鋭くなっている。もしかしたら、自分の心の葛藤にも気が付いてしまうのではないか……そう思えば、気が気じゃない。そう思うのならば、もう関わるのを止めてしまえばいいのに。でも、止められないのだ。ずっと、セイディの側に居たいと思ってしまう。
「……この後、まだ時間はあるかしら?」
だからだろうか、ふとセイディにそう声をかけてしまった。その言葉を聞いたセイディは、「……まだ、大丈夫ですけれど」と時計を見たのち回答した。その後、少し無邪気に「一人では、ないので」と儚げに笑うのだから本当に質が悪い。一瞬そう思って眉をひそめたものの、リオは「じゃあ、付き合ってほしいところがあるのよ」と声をかける。
「付き合ってほしいところ、ですか……?」
「そうよ。少し懐かしくなったから、昔の思い出の場所にでも行こうかなぁって」
リオは紅茶を飲み干し、何でもない風にセイディにそう告げてくる。そうすれば、セイディは「……はぁ」と少し戸惑ったような返事をする。そりゃそうだ。思い出の場所とはいっても、リオ一人の思い出の場所。セイディが知るわけもないし、関係があるわけでもない。
「結構いいところだから、セイディも気に入ると思うわよ。……あと、騎士団にお土産を持って帰ろうと思うのよ。適当に焼き菓子も選んで頂戴」
「……お金」
「いいのよ。食材の一つとして経費で落としちゃうから」
「……それは、大丈夫なのでしょうか?」
リオは騎士団の経理にも関わっている。団長であるミリウスがとにかく「雑、雑、雑」なので、リオとアシェルにそう言うことがすべて回ってくる。それに中途半端に関わられ、尻拭いをするよりはマシなので、リオもアシェルももうすでにミリウスにデスクワークを行わせることを諦めている節もあるのだが。
「それに、どうせ私が選ぶよりもセイディが選んだ方がみんな喜ぶから、貴女の直感で選んで頂戴。お金は、一旦私が立て替えるし」
「……では」
「あと、自分の分もいくつか選べばいいわ。今日付き合ってくれたお礼」
何でもない風にそう言うリオは、すぐに財布の中の金額を思い出す。騎士団のメンバーへのお土産代ぐらいは、持っている。というか、持ってきた。あのメンバーのことだ、お土産がないと怒り出すのは目に見えている。
リオの意識は、すっかりと財布の中の金額に移っていた。だから、セイディが少し戸惑ったような表情を浮かべていたことに、気が付けなかった。……きっと、その何処か照れたような表情を見れば、自分の気持ちに気が付けていたはずなのに。生憎、それは――今日ではなかった。