第百七十九話 旅立ち
ゼストたちと会ってから、もう三日が過ぎた。
フレイムアーム(仮)の練習だが、とうとう指まで再現することができたぞ。
まだぐっぱぐっぱするのとピースが限界で、細かい動きはできないが。
それはそうとして、俺は今子ぎつねの家に向かっている。
彼女は今日独り立ちする。
一緒に旅に出る以上、親ぎつねに挨拶くらいはしといたほうがいいだろう。
『そろそろか』
見慣れた景色が視界に映る。
すぐに子ぎつねたちが棲んでいるところに着いた。
『お、ちょうど別れの前の挨拶みたいなのやってんな……ん?』
彼女たちが拠点にしている洞窟。
そのすぐ外で二人が向かい合っていた。
人化した子ぎつねと、スタイル抜群で高身長の謎の銀髪美女が。
『確か親のほうも【人化の術】持ってたよな?』
……ということは、あれは人化した親ぎつねなのか?
キツネ耳しっぽなど、面影はあるっちゃあるし。
「あれ? ノアじゃない。ちょうどいいところに来たわね。こっちに来るといいわ」
俺に気づいた謎の美女が、そう声をかけてきた。
彼女の【念話】と同じ声に話し方。
やっぱり人化した親ぎつねだったか。
『久しぶりだな』
俺は二人のそばに降り立った。
「ちょうど今、娘から聞いたわ。一緒に冒険の旅に出るそうね。いろんなところに行っていっぱいおいしいもの食べるんだって、娘が楽しそうに話してくれたわよ。他にもたくさんね」
親ぎつねが嬉しそうに語る。
子ぎつねは少し恥ずかしそう。
『反対はしないのか?』
「しないわよ」
俺の質問は即答された。
「付き合いはそこまで長くないけど、ノアがどういう魔物なのかは知ってるわ。一緒に戦ってわいわい騒いだ友達じゃない。魔物性がいいノアなら、安心して娘を預けられるわ」
『面倒はしっかりと見るから安心してくれ』
「任せたわよ」
『おう』
俺と話し終わった親ぎつねは、再び子ぎつねのほうを向いた。
「……今まで一緒に暮らしてきた五年間があっという間に感じるわ。一緒にクナの実を採取したり、草原で駆けまわったり、魔法の練習したり、じゃれあったり……。いろいろあったわね」
「私もすごく楽しかった。けど、終わってみたらあっという間だったね。今までありがと」
「これからの魔物生は楽しいこととか面白いこととかいろいろとあるわ。めいいっぱい楽しむのよ!」
「ん。わかった!」
親ぎつねが子ぎつねの頭を撫でてから――
「ご飯はよく噛んで食べてしっかり動いて夜はきちんと眠るのよ。それから一年に一回は顔を見せてほしいわ。魔法の練習は欠かさず毎日続けること。継続は大事よ。毒のある魔物や食べ物には気をつけるのよ」
早口でそう捲し立ててから、急に泣き出した。
さっきまで頭を撫でられていた子ぎつねが、今度は逆に頭を撫でている。
子ぎつねから親バカって聞いていたが、これは正真正銘どう見ても親バカだな。
それも結構重度の。
ひとしきり泣いた親ぎつねが、子ぎつねをギュッと抱きしめる。
長すぎる抱擁が終わったかと思えば、今度は親ぎつねが人化を解いてからもう一度抱き着いた。
「ママ、抱きしめるの長すぎるよ。ちょっと苦しい」
「あ、ごめん。つい力が入っちゃって……。立派に成長して旅立つ我が娘を、これ以上引き留めるわけにはいかないわね。楽しんでくるのよ」
「うん、わかった。今度帰って来た時には、もっと成長した姿を見せてあげるから」
「楽しみに待ってるわ」
どうやら親子での別れの挨拶は終わったようだ。
『じゃ、もう行くぜ。この子がここに帰ってくる時には、なにか土産でももって俺も遊びに来るからな』
「ノアも今までありがとね。次来る時は私も何か用意しておくわ」
『じゃあな』
「ママ。またね、バイバイ。元気にしててね」
手(俺は翼)を振りながら洞窟を去る俺たち。
親ぎつねは、そんな俺たちに静かに手を振り続けるのだった。
新作の第一話を短編として投稿しました。
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タイトル:「飯を作るしか能のないザコは必要ねぇ!」と追放された私、奈落の底で素敵な彼女できました~私のスキルの効果を知ったとたん泣きついてきたけど、もう遅い。得意の料理で彼女と“最強”目指すので~
来週連載開始予定です。





